シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

文字の大きさ
上 下
5 / 104

別れ話

しおりを挟む
 アステルが出掛けている昼間はシリウスが家の仕事をしていた。冒険者になる前から料理以外の家事の大体はできていたがそれでもアステルには劣る。今日も彼女が戻ってくるまで家の仕事をしようと洗濯物を洗おうとしていた。

(またやってしまった……)

 アステルの若葉色のワンピースを手に取ってシリウスは罪悪感を感じていた。昨日もアステルが寝静まった頃、こっそりと匂いを嗅ぎながら己を慰めてしまった。あの時の興奮が忘れられず、再びアステルの服に顔を押し付けて彼女の匂いを嗅いでいる。

(アステル……)

 いつもは平静を装っているがアステルが近くにいるだけで胸が高鳴り、落ち着かない気持ちになる。

 シリウスがこの家で暮らしだしてから半年ほど経った頃だった。森で素材採取を終え、夜中に帰って来た彼は体を綺麗にしようと風呂場に向かったが、その時、偶然にも脱衣所でアステルと鉢合わせしてしまったのだ。

 湯浴みを終えたばかりの彼女は全裸であり、その美しい裸体にシリウスは見惚れてしまった。

 白い肌に形の良い大きな乳房、肉付きの良い尻、水分を含んで張り付いた長く美しい金髪、全てが魅力的であった。そんなアステルは突然現れたシリウスに怒ることなく、恥ずかしそうに頬を赤らめて誤魔化すかのように笑っていた。

 それからというものシリウスの性欲は日に日に増していくばかりだ。それをあまり溜め込んでしまわないよう、定期的にアステルが家を開けている間に処理している。

 そしてついに魔が差してしまった。

 ふた月ほど前にアステルが出掛けている最中、洗濯をしようと彼女の服を手にした瞬間、無意識に嗅いでしまった。

 彼女の甘い匂いがシリウスの理性を壊し、気がつくと欲望のままに動いてしまい、その場で自慰を始めてしまったのだ。アステルの服に顔を埋めながらするのはまるで彼女にしてもらっているような感覚で今までで一番興奮した。

(俺は一体何を……)

 シリウスは我に帰ると己の行動に呆れ果てた。だが、もう止められない。それ以降、シリウスは自分の欲望を抑えられずアステルの衣服を使った自慰が止められなくなってしまった。

 彼女を犯せばどんな風に声を上げるだろう、あのたわわな果実はどのぐらい柔らかいのだろう、彼女の中で射精すればどれだけ気持ち良いのだろう、とアステルを想う度に身体の奥底から熱が込み上げてくる。

 しかしそれは彼女に対する裏切りでもある。彼女はエルフの身でありながら、ダークエルフの自分に優しくしてくれて、一緒に暮らしている家族だと思ってくれているのだ。
 それなのにこんな事をするのは良くない。シリウスはアステルの服を洗濯籠に戻すと家の仕事に取り掛かった。

 ◆

 アステルが家に戻るとシリウスは食事の準備をしていた。今日のメニューは、昨日の夜シリウスが狩ってきたイノシシのステーキと肉が苦手なアステルの為の魚のムニエルとパンとサラダである。焼いたパンはほんの少し焦げているが味には問題はない。

「ただいま、シリウス」
「おかえり」

 彼はいつものように素っ気なく出迎えてくれるが表情は柔らかい。アステルも釣られて笑みを浮かべると二人はテーブルに着いて夕食を食べ始めた。

 シリウスは分厚いイノシシのステーキを切り分けて口に運ぶ。すると口の中に旨みが広がる。味付けもしっかりしており、彼の料理の腕は確実に上がっていた。

 一方、アステルは魚のムニエルを口に入れるとサクッとした食感と共にバターと魚介特有の香りが広がり、思わず頬が緩む。シリウスは彼女の為に魚の骨を丁寧に取り除いている。アステルはそんな彼の優しさが嬉しかった。

 食後はアステルがお茶を入れてくれた。シリウスが好きだと言ってくれた茶葉を使っており、飲むと心が落ち着くそうだ。そしてシリウスはカップを置くと意を決して話し始めた。

「アステル、話がある」
「どうしたの?」

 アステルが首を傾げるとシリウスは深呼吸をして告げる。その赤い瞳は真っ直ぐにアステルを捉えていた。

「……そろそろここを出ようと思う」
「え……」

 アステルはシリウスの言葉に動揺すると手に持っていたティーポットを落としてしまう。ガチャンと音を立てて割れる陶器の音と中身が床に広がる光景がアステルの目に映った。
 シリウスは彼女が落としたことに気がついてすぐに席を立ったが、アステルは「大丈夫」だと言って彼を止めた。そして、破片を拾おうとするが指先に鋭い痛みが走り、血が流れる。

 シリウスはその手を掴むと傷口に唇を当てて血を舐めとりたい衝動に駆られた。しかしそれを我慢して戸棚から救急箱を取り出し、アステルの指を消毒して包帯を巻く。その間、お互いに何も喋らなかった。

「ありがとう」
「ああ」

 ようやく沈黙を破った二人だったがどちらも次の言葉が出てこない。再び静寂が訪れるが、それを破るようにアステルが口を開いた。

「どうして、急に……?」

 アステルの声は震えており、目元が潤んでいる。そんな彼女を見てシリウスは胸が締め付けられる。彼はアステルに好意を抱いているからだ。
 しかし、自分が抱いている感情は彼女にとっては迷惑にしかならないと自覚はしていた。

「怪我はもう完治した。それに俺がいるとアステルに迷惑がかかる……大丈夫だ。オーガゴートは必ず倒していく」

 傷が癒えたのも、アステルへの迷惑も事実だ。だが本当は彼女の劣情を抑えられなくなってしまったからだ。
 次は服だけでは済まないのかもしれない。だからシリウスは心地の良い居場所を去ろうと思った。

「今すぐではない。準備をしてから出て行くつもりだ。世話になった分の金は必ず作る」
「お金なんて要らない。シリウスのお陰でとても助かっていたのよ」

 オーガゴートのせいで森で素材を取るのが困難になったのはアステルだけではなく他の薬師も同じであり、高騰する材料費に頭を悩ませている。
 シリウスが森で素材や食べ物、魔物の素材を持って帰って来てくれたお陰で薬を作る時間も増えて、お金に困らなくなり、シリウスがここで住むようになってからの方が生活はずいぶんと余裕と豊かさを増した。

 そして何よりも彼が一緒に居るだけで毎日が楽しかった。ヴァンとシリウスとこの先もずっと一緒に暮らしていけるとアステルは思っていた。しかしシリウスが自分から離れることを止める権利がない。アステルは言葉が見つからなかった。

 ◆

 アステルは薬を作りながら考え事をしていた。

(シリウスが居なくなる)

 薬草を調合用の鍋に放り込みながら考える。シリウスと一緒に暮らす日々は本当に幸せだった。彼はとても優しく、献身的だ。
 アステルが病気になった時は寝るまで看病をしてくれた。積極的に家の掃除をしてくれたし、苦手な料理も一生懸命に覚えて美味しい料理を作ってくれるようになった。

 そして共に過ごした穏やかな時間はかけがえのないものだと思っている。だが、シリウスが去ってしまえば自分とヴァンだけの生活にまた戻ってしまうだろう。彼が去った後の事を考えるのは辛い。しかし、シリウスの気持ちを考えれば止めてはいけない。

(私の我儘で彼を縛り付けちゃいけない)

 完成した回復薬を瓶に詰めるとアステルはそれを木箱に仕舞い、新しい鍋に別の素材を突入れていく。次はロディに頼まれた避妊薬。

 白い粉を木製の計量スプーンで量って入れ、今度は赤い実入れてかき混ぜ、青い草を刻んで入れてかき混ぜると紫色の液体へ変化していった。

(避妊薬……シリウスはそういうことしたいのかしら?)

 アステルにはそういった経験はないが知識はあった。男と女が性行為をすれば子供ができるというのは知っている。
 昨日、彼はアステルの服を握り、彼女の名前を呼んで自慰をしていたのだ。もし彼に誘われたら……とシリウスに抱かれる自分を想像して頬が熱くなる。

(子供ができてしまうのは困るけど避妊薬があるから……大丈夫)

 彼とその行為をするのは嫌ではなかった。むしろ望むならしても構わない。下腹部に手を当てると心臓の鼓動が速くなり、顔が更に熱くなる。アステルは悶々としながら次の作業に取り掛かった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

処理中です...