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出会いと別れ編

エルフとダークエルフの出会い

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 エルフの集落は純血のエルフだけが住む特別な場所。森に囲まれたこの自然豊かな里には緑に溶け込むように調和した家や小さな店が立ち並んでいる。

 その集落の外れに一軒だけひっそりと佇む家がある。そこで扉が開き、若いエルフの娘、アステルが姿を現した。彼女は整った顔立ちに背中まで届く美しい金髪、そして澄んだ青い瞳を持つ。ローブを羽織ったその姿には、不安の影がちらりと見え隠れしていた。

 今日は天気が悪い。こんな日は森への採取のために外に出るのは億劫だったが、彼女にはどうしても必要な素材がある。昨日どうしても避妊薬が欲しい、明日までには店に届けてほしいと、いつも作った薬を納品しているエルフの商人から頼まれたのだ。

 避妊薬とは文字通り妊娠を防ぐ薬である。エルフ族は基本的に子どもが生まれにくい種族ゆえに使う人が少ない。つまり、あまり売れない商品だ。
 それでもたまに需要があるから作る。信用を失わないよう、確実に作って売る。それがここで生きているアステルの仕事であり生活の一部。

 息を吐くと意を決して一歩踏み出して森へと続く道を進む。道といっても獣道のようなもので草木が生い茂り、人が通れるようにはなっていない。しかし慣れている彼女にとってなんてことはない。
 それにこの道を進めば目的の木の実や薬草が生えている場所に辿り着くはずだ。アステルは迷いのない足取りで森の中へと入っていく。

 しばらく歩くと木々に囲まれた少し開けた空間に出た。そこには一本の木があり、そこに実る赤い木の実こそが彼女が欲していた避妊薬の原料となるものだ。手の届かない高い位置になっている実は彼女の風魔法なら採ることができるだろう。さっそく小さな風の刃を繊細に作り出し、狙いを定めて放つ。

 すると木の枝ごと切り落とし、赤い実がボトッと落ちてきた。それを緑色のロングスカートの裾を掴んで持ち上げると落ちてきた実は広げた布の上に転がり、それを何個か採取する。
 これで目的は達成された。雨が降り出したので急いで帰ろうと採ったばかり木の実を採取用のカバンの中に仕舞い込み、来た道を戻った。


 家まであと少しというところで空模様が変化し始める。ぽつぽつと降っていた小雨が土砂降りに変わったのだ。視界が悪くなり、ぬかるんだ地面に足を取られないように気をつけながら足早に進むとふと視界に人が横たわっている姿が目に入った。一瞬、驚きつつもすぐに駆け寄り様子を確認しようと声を掛けながら体に触れた瞬間、目を見開いた。

「大丈夫……あ」

 慌てて揺さぶろうとした手を離すと目の前にいる人物の容姿を見て驚愕した。銀髪に褐色肌、そしてエルフと同じ長い耳を持っていた。つまりこの者はダークエルフだ。

 ダークエルフとはエルフよりも体格が良く、身体能力が高いとされている。そして闇の精霊との親和性が高く、大昔に魔族に魂を売り、闇に落ちた厄災招くエルフだと呼ばれ、特に純血なエルフからは大昔から忌み嫌われていた存在だ。

 それなのになぜこんな危険な所で彼が倒れているのかわからないが放っておくわけにもいかない。よく見ると怪我をしていてまだ生きているようだ。ただ意識がないのかぐったりとしている。

 このままだと危ない。訳があってダークエルフに対してあまり偏見のないアステルはせめて手当てだけでもしてあげようと彼に肩を貸すような格好でなんとか立ち上がる。自分よりはほんの少し大きいくらいだ。見た目よりは軽い、と感じながらもなんとか引きずるように家に運ぶことができた。

 ◆

 今は使われていない、家を出ていった父親の部屋に運び込むとベッドに寝かせて傷口の確認をする。腕や胸にできた裂傷にアステルは眉を寄せた。
 おそらくこれは魔物の爪による傷だ。出血も酷く、かなり深い。これでは命に関わるかもしれない。衣服を脱がせ、上半身を露わにする。鍛えられた筋肉質の体つきに複数の痛々しい傷跡。

 アステルは手早く薬箱から消毒液を取り出し、綺麗な水を含ませた新品のタオルで傷口に付いた汚れを洗い流してから薬を塗り込んだガーゼを当てて包帯を巻きつけ、止血した。

 後はできるだけ温かく、清潔にして安静にしないといけない。そしていつ目を覚ますかわからないが今から依頼をされた避妊薬を作らねばならないのでずっと見ているわけにはいかず、仕方なく部屋を出た。

 それから作業部屋に籠ったアステルは調合用の鍋に材料を入れ、煮詰めていく。材料を混ぜ合わせ、魔力を注ぎ込み、出来上がった液体は薄い紫色になっていた。
 熱湯消毒をしておいた瓶に詰めた避妊薬の何本かを他に渡す予定の薬と一緒の木箱に入れ、残りはまた欲しいと言われた時の為にわかりやすい印を付けてから保管した。

 そして数時間後、再び彼のいる部屋に向かうと相変わらず眠ったままだ。先程と比べると呼吸は安定しているので、いつかは目覚めるだろう。身体能力はエルフの倍なので自然治癒力も高いはず。とりあえず一安心だと思いつつ、アステルはダークエルフの青年の看病をすることにした。

 本当なら病院に連れて行くか、治癒術師を呼んで治してもらうのが一番いいのだが、ダークエルフに対する偏見の強いここの集落では恐らくこの青年は受け入れてもらえないだろう。
 それどころか場合によっては追放だけでは済まないかもしれない。そうなればこの青年の命はない。

 だからと言って見捨てることなどできないし、助けてしまった以上、責任を持って最後まで面倒を見なければならないと思い、まずはこの青年の目が覚めるまで待とうと思いながらアステルはベッドの側に置いてある椅子に座って静かに眠るダークエルフの青年の顔を見つめた。

 こうして近くで見てもやはり、普通のエルフの男と顔の作りはあまり変わらない。少し彫りが深く、目元が涼しげで褐色した肌の色と銀色の髪にしっかりとした体格だがそれ以外はエルフとなんの違いもない。色が違うだけで同じエルフなのだと改めて思う。だからといって油断はしない。

 護身用に持ってきた木の棒を手に取ると膝の上に置く。もしも目覚めた時に暴れた場合は気絶させてでも拘束をしなければならない。そう思いながらアステルは静かに青年の様子を見守るのだった。

 そしてそっと息を吐いて気持ちを落ち着かせるとダークエルフの青年がうっすらと瞼を開いた。ゆっくりと開かれた目はこの集落では見たことのない美しい赤色の瞳だ。アステルは身構え、青年はゆっくりと瞼を開き、ぼんやりとした表情で天井を眺めていた。

「大丈夫……?」

 恐る恐る顔を覗き込むように声を掛けると青年は驚いたような表情を浮かべるのを見た瞬間、アステルは背中から床に叩きつけられていた。

 馬乗りになるようにして体を押さえつけられ、鋭い眼光で睨みつけながら首を絞められてしまった。抵抗しようと転がり落ちた木の棒を拾おうとするがあっさり奪われてしまい、そのまま握り潰される。

 その光景にアステルは恐怖を覚えながらも彼の目を見て悟った。怯えた目をしていると。彼はただ怖かっただけなのだろうと察する。

 エルフがダークエルフを嫌い、恐れて迫害してきたことを彼が身を以て知っているからだ。この青年はエルフを恐れている。そしてエルフであるアステルを殺さなければ自分が死んでしまうと思っているのだと。

 エルフとダークエルフは決して相容れない存在。だがアステルは目の前で、一人で苦しんでいる人を放っておけなかった。それがたとえエルフであろうとダークエルフであろうと同じことだ。

 アステルは震えそうになる声を抑え、なるべく優しく微笑んだ。するとダークエルフの青年は抵抗をしないアステルを見て戸惑っているようだったが、やがて手を離すと彼女から離れてその場に座り込んだ。

 まだ警戒心はあるようだが、それでも少し落ち着いたようだ。アステルは咳き込みながらもゆっくり起き上がると、優しく話しかけた。

「大丈夫……私は貴方に危害を加えないわ」

 その言葉にダークエルフは信じられないというような視線を向ける。

「嘘だ……」

 小さく呟かれた言葉は掠れていて聞き取りにくいが確かに聞こえた。アステルはどうしたものかと考えると彼に近寄って、そっと手を取るとダークエルフの青年は戸惑いの声を上げるが、すぐに振り払おうとはしなかった。

「な、何を……」
「私の名前はアステル。貴方の名前を教えて?」
「……シリウス……」

 渋々といった様子で答えるとアステルはにっこりと笑った。

「シリウス、素敵な名前ね。ご飯食べる? すぐに作るからゆっくり休んでて」

 そう言って部屋を出ていく彼女の後ろ姿をシリウスと名乗ったダークエルフは呆然と見送った。

 扉を閉めると緊張が解けたアステルはふうっと息を吐き出す。必死だったとはいえ我ながら、かなり無茶をしてしまったなと今更ながらに思った。首元に手を当てるといまだに絞められた時の感触が残っている。

「ヴァン」

 羽ばたく音が聞こえて顔を上げると一匹のヴァンと呼ばれたフクロウが飛んできて肩に止まる。ヴァンも怪我をしていた所を森で拾った動物だ。怪我が治ったら森に返そうとしたが。何度も森へ放してもアステルの元へ戻ってくるので今では一緒に暮らしている。この集落にはアステルの味方は少ないが、ヴァンだけは側に居てくれる。アステルにとって唯一の家族だ。

(シリウスはヴァンと同じ)

 アステルはヴァンの頭を撫でながら思う。シリウスもヴァンと同じように傷ついて倒れていた。助けたいと思う気持ちは同じだった。それに彼は悪い人ではないとアステルはあの寂しげな赤い目を見て思う。だからきっと大丈夫。彼に警戒をしながら怖がっている自分に言い聞かせるようにして、ヴァンを止まり木に移してから台所へと向かった。
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