一緒に召喚された私のお母さんは異世界で「女」になりました。【ざまぁ追加】

白滝春菊

文字の大きさ
上 下
8 / 8
母親視点

しおりを挟む

 ついに子供が生まれた。男の子。長い間、私が待ち望んでいた瞬間だったがエリオットはその場にいない。

 彼は新しい妻の妊娠を祝うために家族と一緒に盛大な宴を開いていた。私はそのことを知っていたが改めて心の中で痛みを感じずにはいられなかった。

 その日、私は一人で出産を迎え、数人の使用人だけが私を支えてくれた。彼らは少しでも私を励まそうと優しく声をかけてくれた。
 何人かは涙ぐんでいた。私が一人でいることを気の毒に思ってくれているのだろう。しかし、彼らの同情がどこか遠く感じられ、心は深く沈んでいった。

 新しい命が私の腕の中で温かく感じられたとき、ひとしきり涙がこぼれた。
 それは喜びの涙ではなく、どこか虚しさを感じる涙だった。エリオットの顔を思い浮かべながら私はこの子にどう向き合っていけばいいのかを考えた。
 私が今、何をしても、この子を育てるために何をしてもエリオットには届かないという現実が重くのしかかっている。

 その日の夜、家の中で新しい妻とエリオットがどれほど幸せそうに過ごしているのかを想像するたび、私はこの孤独をどう乗り越えればいいのか分からなくなった。
 子供は確かに私の心を少しだけ癒してくれる。でもエリオットの不在が私の心に穴を開け続けていた。

 娘に会いたい。

 娘はもうこの世界にはいない。彼女は元の世界に帰ってしまった。そんな娘にもう二度と会うことはないのだと頭では分かっていても心がそれを受け入れられない。

 あの日、娘が生まれたときのことを思い出す。あの小さな命が私たちの元にやってきた瞬間、平凡だった夫の顔に心からの喜びが浮かんでいた。

 夫は特別な人間ではなかった。どこにでもいる、普通の男性だったけれど私と娘がいればそれだけで満たされているようなそんな人。

 彼は娘を抱き上げた瞬間、目を潤ませながら「本当にありがとう」と言ってくれた。
 普通の男性で、普通の父親で私たちを心から大切にしてくれるそんな夫。

 あの小さな家庭がどれほど平穏で幸せだったか。あの頃の夫と娘と過ごしていた日々があまりにも懐かしく、切なく、そして無性に恋しく感じられる。

 娘に会いたい。

 あの頃のように彼女の笑顔を見て、抱きしめたくてたまらない。異世界に来てしまったとしても、あの子は私の一部であり、私の大切な宝物だったのに私が手放したの。

 心の中で彼女の名前を呟く。その声が空虚に響くたび、私はまた胸が締め付けられるのを感じた。
 
 この世界には彼女がいないことが、こんなにも辛いとは思わなかった。もう一度、あの子に会いたい。あの子の笑顔を、声を、もう一度だけ感じてみたい。

 ◆

 数年後、気がつけば私は愛人から使用人になっていた。最初は耐えがたかったその変化も時間が経つにつれて自然に受け入れることができるようになった。

 エリオットと若い妻の仲睦まじい様子を私は遠くから眺めることしかできなかった。
 彼が私にくれた思い出や言葉が徐々に薄れていくような気がして、時折寂しく感じることもある。


 洗濯物を干し終わると私は小さな息子の顔を思い浮かべた。あの子を育てることが私の今の生きがいになっている。
 それでも時々、あの娘と過ごした日々が恋しくなる。彼女の笑顔や手をつないで歩いた時間が恋しい。

 そう言えば……あの子がこの世界を離れる時に掛けた言葉は聞こえているのかな?


「幸せになって」


 その言葉は今でも心の中で娘への願いとして残り続けているの。

 完
しおりを挟む
感想 7

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(7件)

ぷにぷに0147
ネタバレ含む
解除
aru
2024.12.11 aru
ネタバレ含む
解除
ノコノコ
2024.12.10 ノコノコ

本編では、何この母親!と思っていたけどね。娘より男を選んだ母親の自業自得とは言え、後味が悪いなあ。
子供には罪はないし、母親に手を出したエリオットと両親にもざまあがあれば良いのに。

白滝春菊
2024.12.10 白滝春菊

感想ありがとうございます!
エリオットやエリオットの母に関するざまぁについてのご意見も今後の課題として受け止め、より読者の皆さまに納得いただける形を模索していきたいです。

解除

あなたにおすすめの小説

夫が大変和やかに俺の事嫌い?と聞いてきた件について〜成金一族の娘が公爵家に嫁いで愛される話

はくまいキャベツ
恋愛
父親の事業が成功し、一気に貴族の仲間入りとなったローズマリー。 父親は地位を更に確固たるものにするため、長女のローズマリーを歴史ある貴族と政略結婚させようとしていた。 成金一族と揶揄されながらも社交界に出向き、公爵家の次男、マイケルと出会ったが、本物の貴族の血というものを見せつけられ、ローズマリーは怯んでしまう。 しかも相手も値踏みする様な目で見てきて苦手意識を持ったが、ローズマリーの思いも虚しくその家に嫁ぐ事となった。 それでも妻としての役目は果たそうと無難な日々を過ごしていたある日、「君、もしかして俺の事嫌い?」と、まるで食べ物の好き嫌いを聞く様に夫に尋ねられた。 (……なぜ、分かったの) 格差婚に悩む、素直になれない妻と、何を考えているのか掴みにくい不思議な夫が育む恋愛ストーリー。

愛しい義兄が罠に嵌められ追放されたので、聖女は祈りを止めてついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  グレイスは元々孤児だった。孤児院前に捨てられたことで、何とか命を繋ぎ止めることができたが、孤児院の責任者は、領主の補助金を着服していた。人数によって助成金が支払われるため、餓死はさせないが、ギリギリの食糧で、最低限の生活をしていた。だがそこに、正義感に溢れる領主の若様が視察にやってきた。孤児達は救われた。その時からグレイスは若様に恋焦がれていた。だが、幸か不幸か、グレイスには並外れた魔力があった。しかも魔窟を封印する事のできる聖なる魔力だった。グレイスは領主シーモア公爵家に養女に迎えられた。義妹として若様と一緒に暮らせるようになったが、絶対に結ばれることのない義兄妹の関係になってしまった。グレイスは密かに恋する義兄のために厳しい訓練に耐え、封印を護る聖女となった。義兄にためになると言われ、王太子との婚約も泣く泣く受けた。だが、その結果は、公明正大ゆえに疎まれた義兄の追放だった。ブチ切れた聖女グレイスは封印を放り出して義兄についていくことにした。

貴族令嬢ですがいじめっ子たちが王子様からの溺愛を受けたことが無いのは驚きでした!

朱之ユク
恋愛
 貴族令嬢スカーレットはクラスメイトのイジメっ子たちから目をつけられていた。  理由はその美しい容姿だった。道行く人すべてがスカーレットに振り返るほどの美貌を持ち、多くの人間が彼女に一目ぼれする容姿を持っていた。  だから、彼女はイジメにあっていたのだ。  しかし、スカーレットは知ってしまう。  クラスメイトのイジメっ子はこの国の王子様に溺愛を受けたことが無いのだ。  スカーレットからすれば当たり前の光景。婚約者に愛されるなど当然のことだった。  だから、スカーレットは可哀そうな彼女たちを許すことにしました。だって、あまりにみじめなんだから。

逆ハーレムの構成員になった後最終的に選ばれなかった男と結婚したら、人生薔薇色になりました。

下菊みこと
恋愛
逆ハーレム構成員のその後に寄り添う女性のお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

悪役令嬢に転生したので、人生楽しみます。

下菊みこと
恋愛
病弱だった主人公が健康な悪役令嬢に転生したお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

逃げた先の廃墟の教会で、せめてもの恩返しにお掃除やお祈りをしました。ある日、御祭神であるミニ龍様がご降臨し加護をいただいてしまいました。

下菊みこと
恋愛
主人公がある事情から逃げた先の廃墟の教会で、ある日、降臨した神から加護を貰うお話。 そして、その加護を使い助けた相手に求婚されるお話…? 基本はほのぼのしたハッピーエンドです。ざまぁは描写していません。ただ、主人公の境遇もヒーローの境遇もドアマット系です。 小説家になろう様でも投稿しています。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。