一緒に召喚された私のお母さんは異世界で「女」になりました。【ざまぁ追加】

白滝春菊

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母親視点

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 亡き夫のことを思い出した。彼がまだ生きていた頃、私たちは普通の家族だった。優しくて私を大切にしてくれた夫だった。浮気も暴力もなく、お酒もタバコも嫌いで子育てにも積極的に関わってくれて私たちの生活は穏やかで平和だった。

 でも、娘を産んでから少しずつ変わっていった。最初はただ忙しくて、家事や育児に時間を取られていたせいだと思っていた。しかし、娘が成長するにつれ、夫との間に徐々に距離ができていった。

 最初は子どもを優先するあまり、私たちの関係が希薄になったのだと思っていた。でも、ある日から夫は私を「お母さん」と呼ぶようになり、私に対してまるで女性としてではなく、娘の母親として接するようになった。

 私も最初はそれが母親としての役割だと思っていた。娘を育てることが最優先で夫との関係は二の次だと思っていたから。だんだんと、私が夫にとって「女」でなくなったことが心の中で大きな問題だと感じるようになった。

 もちろん娘が大切だからこそ夫も私を「お母さん」として支えてくれていた。でも、時が経つにつれてその距離感が私を苦しませるようになった。私は彼にとって「母親」以外の存在でなくなり、彼の目に映る私は「娘のお母さん」になってしまっていたのだ。

 夫が亡くなった時、再婚するという考えを持つことすらなかった。ただ、ずっと「母」としての役割を全うしなければならないという気持ちが強かったからだ。

 本当に夫を忘れられないからではなかった。実際、夫を忘れることはできなかったし、思い出も今でも心の中で大切にしている。
 しかし、私にとっての役割は「母」であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。それが私の全てだったから、私の中で再婚という選択肢が浮かぶことはなかった。

 けれど今、私はエリオットと向き合っている。彼は私が思いもしなかった感情を呼び起こしてくれる。年下で、冷静で、強くて優しい彼が私にとってどんな意味を持つのかまだうまく言葉にできない。
 確かに心の中で何かが動き始めている。それが何なのか私はまだわからない。しかし、この感情が「母」だけで生きてきた私にとって、どれほど新しいものなのかを感じている。

 ◆

 エリオットが私を「聖女の母」ではなく「女」として愛してくれた時に感じた高揚感は言葉では表せなかった。まるで夢のような世界に迷い込んだかのような感覚だった。
 誰かにこうして愛されるなんて長い間想像もしていなかったからエリオットが他の誰よりも私を優先して大切にし、女性としての魅力を見てくれることが何よりも嬉しかった。

 まるで芸能人と結ばれたような、現実を超えたような不思議な感覚だった。私にとってこんな高揚感を抱くのは初めての経験だった。夫との関係では感じられなかった。心が震えるような情熱的なもの。
 もちろん最初は戸惑いもあった。年齢差を気にしていたし、私が母親であることを忘れていたわけではなかった。それでもエリオットが私に捧げる愛情は元の世界では知らなかったもので……その時だけは自分が母親であることを忘れていた。

 そしてその結果、私は妊娠したことを知った。最初は驚きと戸惑いが押し寄せてきた。しかし、時間が経つにつれてその驚きは喜びへと変わっていった。エリオットとの間に新しい命が芽生えたことに私は後悔を感じるどころか、むしろ嬉しさが溢れてきた。

 エリオットは私の妊娠を知った時に最初は驚き、そして喜びを隠しきれない様子だった。彼は私を心から大切に思っていることが伝わってきて、私はまた一歩、彼に対する信頼を深めた。私が母親であることを強く感じる瞬間だったけれど、それでも今は心から幸せだと思う自分がいる。

 エリオットがプロポーズしてくれた。彼の真剣な眼差しと優しく言葉を紡いでくれたその瞬間、私はこれ以上ない幸せを感じた。
 まるで運命に導かれたような感覚が胸の奥から溢れ出てきた。私をこんなにも大切に思ってくれる人が現れてくれたから。

 彼との未来がどんなに素晴らしいものになるだろうと心から楽しみで仕方がなかった。これからは私たちの家族が新しい形で始まる。
 娘がどんな反応をするのか少し不安でもあったがきっと理解してくれるだろう、そう信じていた。
 だって、エリオットは素晴らしい人だから。私たちの新しい父親として迎え入れられることに娘もきっと喜んでくれるだろうと思っていた。

 でも、現実は違った。

 浄化の旅から戻ってきた娘は私の妊娠の報告を聞いた途端、その顔に怒りを浮かべて、私に向かってこう言った。

「私が死ぬ思いで頑張っていたのに何しているの……」

 その言葉に私は言葉を失った。娘がこんなに怒るのを見たのは生まれて初めて。彼女の目は冷たく、まるで私の存在そのものを拒絶している。

 娘はこれまで私と二人三脚で支え合ってきた。私たちだけで、数々の困難を乗り越えてきたのだから、彼女にとってこの変化はあまりにも大きすぎた。
 それに加えて、エリオットとの結婚が私たちの関係に何らかの脅威を感じさせたのかもしれない。彼女は私を失いたくなかったのだ。どんなに辛くても、どんなに困難でも、私たちは二人で乗り越えてきたという思いが娘をこのようにさせたのだろう。

 何度も何度も、私は娘に謝った。心から反省し、どうしても許してほしくて言葉を尽くして謝罪した。それでも娘の心は一向に解けることはなかった。エリオットも一緒に説得してくれたけれど、娘の怒りは冷めることなく、私たちの言葉は届かないままだった。

 そして、ついに運命の日が訪れた。元の世界に帰れることが決まったの。

 あの日、私たちはついにその選択を迫られることになった。この異世界での生活が、もう終わりを迎える日が来たのだ。

 「ここに残るか、それとも元の世界に帰るか。選ぶのはあなたたちだ」

 娘がどうするかはまだわからない。でも、私はここに残りたかった。

 エリオットが異世界で力を持っていても、あちらではその力が意味をなさないことをよく知っている。今の私たちにとってここで一緒に過ごすことが、最も幸せな選択。エリオットと過ごす未来、そしてこの新しい世界で娘との関係を修復できるかもしれない希望がまだ残っていると感じていた。

「私ね。お母さんにはお母さんでいてほしかったの」

 私の胸を激しく痛ませた。娘の目には何かが宿っていた。冷たさ、そして、私に対する失望が感じられる。

「お母さんには再婚とかしてほしくなくて、ずっとお父さんを好きでいて、私だけのお母さんでいてほしかった」

 その言葉は私が思いもしなかった彼女の心の中を見せてくれた。娘はただ私を自分だけのものとして、母親としての役目を果たして欲しいと思っていたのだ。
 元の世界に戻ったら、また母親としての生活が始まる。でも、もし私がここに残れば私は母親ではなく、ただ一人の女性としてエリオットと共に新しい人生を歩むことができる。

 娘の言葉を聞いて私は自分の選択が正しかったのではないかと思い始めていた。
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