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しおりを挟むその様子を見た王太子は眉間に皺を寄せ、少し考えながら言葉を続けた。
「あの、間違っていたらごめんね。
君はさっき挨拶に来てくれたからアクアンティ家の長女、ナティシア嬢で間違いないよね。
ナティシア嬢はもしかして話ができないの?」
先ほどと違い、真面目な顔で質問を投げかける王太子。
何度も何度も質問されているのに答えないことにお怒りになっているのかもしれない。貴族令嬢が口も聞けないなんて呆れているのかもしれない。そんな女がパーティに出席しているなんてとお怒りなのかもしれない。
そんな考えが頭を駆け巡るが、王太子の問いかけ通り、ナティシアは話すことができないのだから嘘をついても仕方がない。
ナティシアは潔くこくりと頭を下げた。
すると王太子は予想とは全く違う言葉を口にした。
「そっか。ごめんね。今書くものも何も持っていないんだ。
次に会うときは書くものを用意しておくから今はこのままでも大丈夫かな」
予想もしていなかった言葉にナティシアは思わず呆けてしまう。
今まで話すことができないと分かると馬鹿にされることが当たり前だった。
特にグライアンスやグレースは口も聞けないなんて何の役にも立たないと毎日のようにバカにしてきた。
それなのに、王太子である彼はそのことを馬鹿にするどころか、書くものを用意してくれると気遣ってくれる。きっと次に会うことなんてないけれど、その心遣いが嬉しく思ってしまう。
だが返事をしないナティシアの態度が否定を示すと捉えた王太子は戸惑ってしまった。
「あっ、いやだよね。
ナティシア嬢は言いたいことも言えず私だけが話すなんてダメだよね。でも今取りに行ったら誰かにバレちゃうかもしれないし……そしたらパーティ会場に連れ戻されるだろうし……あーー」
そんな王太子の様子にナティシアは思わず笑ってしまった。
「え?ナティシア嬢?……笑ってる?
ちょ…ふっ、ははっ。なんか格好悪いなぁ」
そう言って一緒に笑う王太子は格式ばった高いところにいる高貴な人ではなく、同じただの男の人のように感じた。
きっと2度とこんな風に一緒の時を過ごすことはないだろう。
それでもこんな時間を思い出にもてることがとても光栄な事だと思えた。
こうしてナティシアの社交会デビューは胸を温めてくれる思い出だけを残して終わっていったのだった。
その1週間後、アクアンティ家は大きな衝撃に包まれることとなった。
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