(仮)母を亡くした令嬢が幸せになるまで

暖夢 由

文字の大きさ
上 下
6 / 43

6

しおりを挟む

その様子を見た王太子は眉間に皺を寄せ、少し考えながら言葉を続けた。

「あの、間違っていたらごめんね。
君はさっき挨拶に来てくれたからアクアンティ家の長女、ナティシア嬢で間違いないよね。
ナティシア嬢はもしかして話ができないの?」

先ほどと違い、真面目な顔で質問を投げかける王太子。
何度も何度も質問されているのに答えないことにお怒りになっているのかもしれない。貴族令嬢が口も聞けないなんて呆れているのかもしれない。そんな女がパーティに出席しているなんてとお怒りなのかもしれない。

そんな考えが頭を駆け巡るが、王太子の問いかけ通り、ナティシアは話すことができないのだから嘘をついても仕方がない。

ナティシアは潔くこくりと頭を下げた。
すると王太子は予想とは全く違う言葉を口にした。

「そっか。ごめんね。今書くものも何も持っていないんだ。
次に会うときは書くものを用意しておくから今はこのままでも大丈夫かな」

予想もしていなかった言葉にナティシアは思わず呆けてしまう。

今まで話すことができないと分かると馬鹿にされることが当たり前だった。
特にグライアンスやグレースは口も聞けないなんて何の役にも立たないと毎日のようにバカにしてきた。

それなのに、王太子である彼はそのことを馬鹿にするどころか、書くものを用意してくれると気遣ってくれる。きっと次に会うことなんてないけれど、その心遣いが嬉しく思ってしまう。

だが返事をしないナティシアの態度が否定を示すと捉えた王太子は戸惑ってしまった。

「あっ、いやだよね。
ナティシア嬢は言いたいことも言えず私だけが話すなんてダメだよね。でも今取りに行ったら誰かにバレちゃうかもしれないし……そしたらパーティ会場に連れ戻されるだろうし……あーー」

そんな王太子の様子にナティシアは思わず笑ってしまった。

「え?ナティシア嬢?……笑ってる?
ちょ…ふっ、ははっ。なんか格好悪いなぁ」

そう言って一緒に笑う王太子は格式ばった高いところにいる高貴な人ではなく、同じただの男の人のように感じた。
きっと2度とこんな風に一緒の時を過ごすことはないだろう。
それでもこんな時間を思い出にもてることがとても光栄な事だと思えた。


こうしてナティシアの社交会デビューは胸を温めてくれる思い出だけを残して終わっていったのだった。

その1週間後、アクアンティ家は大きな衝撃に包まれることとなった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

助けた青年は私から全てを奪った隣国の王族でした

Karamimi
恋愛
15歳のフローラは、ドミスティナ王国で平和に暮らしていた。そんなフローラは元公爵令嬢。 約9年半前、フェザー公爵に嵌められ国家反逆罪で家族ともども捕まったフローラ。 必死に無実を訴えるフローラの父親だったが、国王はフローラの父親の言葉を一切聞き入れず、両親と兄を処刑。フローラと2歳年上の姉は、国外追放になった。身一つで放り出された幼い姉妹。特に体の弱かった姉は、寒さと飢えに耐えられず命を落とす。 そんな中1人生き残ったフローラは、運よく近くに住む女性の助けを受け、何とか平民として生活していた。 そんなある日、大けがを負った青年を森の中で見つけたフローラ。家に連れて帰りすぐに医者に診せたおかげで、青年は一命を取り留めたのだが… 「どうして俺を助けた!俺はあの場で死にたかったのに!」 そうフローラを怒鳴りつける青年。そんな青年にフローラは 「あなた様がどんな辛い目に合ったのかは分かりません。でも、せっかく助かったこの命、無駄にしてはいけません!」 そう伝え、大けがをしている青年を献身的に看護するのだった。一緒に生活する中で、いつしか2人の間に、恋心が芽生え始めるのだが… 甘く切ない異世界ラブストーリーです。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...