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第19章『運命の子』

4話

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 カオルの話は信じられないような話だった。
 自分たちが聞いていてもいいのかと、途中少し気にはなったが、カオルはいつものようなふざけた態度ではなく、常時真剣な顔で話していたため、きっとこれは自分たちにも知っていて欲しい話なんだと考えた。

「今から話すことは全て事実だ。受け入れられないこともあるかもしれないが、聞いて欲しい……。イズミ、実はな、お前とアスカはアスカの両親の子供ではないんだ」
「っ!」
 じっと真剣な顔で見つめるカオルの言葉に、イズミは大きく目を見開いた。
 以前イズミから聞いた両親の話。しかしそれが本当の親ではなかったとは。
 タクヤもまた、カオルの話に驚きを隠せなかった。
「いや、アスカの母親の体から生まれたのも事実ではあるんだが、それよりも前に、お前たちふたりはある女性のお腹の中にいたんだ。お前たちの本当の母親の名前は『レイラ』という」
「あっ……」
 カオルの話に思わず声を上げてしまった。
 つい数時間前にハヤトから聞いた話に出てきた、カオルやハヤト、そしてレナを人間の姿に変えたという女性。
「そうだ。タクヤは聞いていたな、レイラのこと。彼女がイズミとアスカの母親で、父親は……この俺だ」
「っ!?」
 まさかの話にタクヤとイズミは声もなく驚いた。
 カオルが父親とは一体どういうことなのか。
「え? だって、カオルは人間じゃないんだろ?」
 目を丸くして思わず前のめりになりながらカオルに尋ねる。
「そうだな……だが、レイラが作り出した俺たちの体は、ほとんど人間と大差ないんだ。俺は、レイラのことが愛しくて大事になった。その気持ちに気が付いたレイラも、他のふたりと俺とを違う目で見るようになっていた。……つまり、その後俺たちはお互いに愛し合って……イズミとアスカができたんだ」
 話している途中で照れ臭くなったのか、カオルは頭をがしがしと掻きながら答えた。
「お前たちができたと分かった時は、本当に幸せだった。ただの光の塊だった俺に、子供ができたんだ。レイラのことを更に愛しく思うようになったよ。感謝しきれないほどにな」
 両手をぎゅっと膝の上で握り締め、当時を思い出すようにカオルが話し続ける。
「だが、幸せな日々はそうは続かなかった。俺は、神の使いだった。神が俺たちのことに気が付かないわけがなかったんだ……。神の怒りを買ったレイラは、神によって腹の子供ごと消されようとしていた。だが、その直前に彼女は腹の子、つまりお前とアスカを助けるために最後の力を使ったんだ。それは、お前たちを産んだ人間の女性の中にお前たちの魂を移動させること。……彼女は、その後、神の罰によって消され、自分の中の力を使い切ったために、転生もできないほどに魂も砕け散ってしまったんだ……」
 そう話したカオルの顔は、今まで見たことがないくらいの悲しみの表情だった。
 恐らく、以前言っていた『あのこと』というのがこの話だったのだろう。
 なんとも言えない顔でタクヤはじっとカオルを見つめた。
「……俺の、本当の母親……」
 ふと、イズミはじっと自分の手を見つめながら呟いた。
 カオルが父親だった事実よりも、本当の母親の話が衝撃だったのかもしれない。
 自分たちを助けるために魂まで砕け散ったのだ。
「レイラは……お前にそっくりだったよ。赤く綺麗な長い髪に輝くような金色の瞳だった。本当は、お前を見てすぐに分かった。彼女の子供だとな。俺の子供だからというよりも、彼女が自分のすべてをかけて守ったお前を絶対に守ると誓ったんだ。でも、まさか神がお前たちにこんな残酷な運命を背負わせるとは思わなかった……。お前たちが力を持って生まれてきたのは俺とレイラのせいではあるが、お前たちの運命は、神によって与えられた俺とレイラの罰のせいなんだ。……すまない」
 カオルはじっとイズミを見つめながら話した後、両手を膝に付いて深く頭を下げた。
「…………」
 しかし、イズミは無表情に黙ってカオルを見つめ返すだけだった。
 もしかしたら、初めて自分の運命を聞いた時以上に、イズミは深く傷つきショックを受けているのかもしれない。
 じっとイズミの横顔を見つめながら、タクヤは辛そうに目を細めた。
「別に、謝らなくていい……。前までは、確かに神とやらの失敗のために、なんで俺が世界を救わなきゃなんねぇんだって、なんで運命の子が見つかるまで生き続けなきゃいけねぇんだって腹は立っていた。なんで俺だったんだって……。自分の母親にも嫌われるような醜い姿で生まれて、俺なんて生まれてこなきゃ良かったんだって思った」
 頭を下げ続けているカオルに向かってイズミは無表情のまま話し掛ける。
 しかし、最後の言葉にハッとしたタクヤが口を挟んだ。
「イズミっ! そんなことないっ! そりゃ、イズミの運命は受け入れ難いものかもしれないけど、俺は、生まれなきゃ良かったなんて絶対に思わないっ。イズミの過去を聞いた時も、酷い親だと思ったけど、イズミを産んでくれたことだけは感謝したいって思ったんだからっ」
 必死になって話すタクヤの言葉に、イズミもハッとした顔をして振り返った。
「……違う。前にも話したが、俺はそう思っていただけだ。お前に会うまでは……っ!」
 無表情にそう答えた後、イズミは再びハッとした顔をすると、急に顔を背けてしまった。
「……おいおい、目の前でイチャイチャするなよ。父さんは寂しいぞ」
 すると、いつの間にか顔を上げていたカオルがなんとも情けない顔でイズミを見ていた。
「はっ? 別にっ」
 真っ赤な顔でカオルを睨み付けるイズミの顔はなんだか急に幼く見えた。
 まるで父親に反抗する娘のようだった。

「はははっ、娘を娘の彼氏に取られた父親だな。とはいえ、その彼氏は俺の息子みたいなもんだけどな」

 突然楽しそうに笑い出したハヤトがそんなことを言い出した。
「えっ!? 師匠っ、何言って……」
 そんなことをハヤトに言われるとは思っておらず、顔が急に熱くなってきていた。
 自分がイズミの彼氏と言われたことも、ハヤトの息子みたいと言われたことも、両方だ。

「えー、息子にしては大きすぎない?」

 今度はレナがふざけてそんなことを言い出した。
「別にいいだろ。実際は親子よりも歳が離れてるんだから」
 にこりと笑いながらハヤトが答える。
 確かにそうなのだが、見た目は6年前に会った時とあまり変わっていない。
 父親というよりは兄のような感じかも? と少し考える。
 ふと、先程イズミと話していたことを思い出した。
「父親っていうより師匠は兄貴かも」
 ぼそっとなんとなく呟いた。
 すると、その言葉にその場にいた全員が自分に注目してきたため、タクヤは慌てたように顔を赤らめた。
「な、なんだよっ!」
「ははっ、じゃあ歳の離れた兄貴だな」
 ハヤトは嬉しそうにタクヤを見ながら笑っている。
 恥ずかしいと思いながらも、ハヤトにそんな風に思ってもらえることは自分にとっても嬉しかった。
 胸の辺りがじんと熱くなっていた。
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