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第15章『組織』
3話
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アスカが生きている?
一瞬脳裏に浮かんだ言葉。
動揺を隠しきれず、イズミはふらりと後ろに倒れそうになる。
隣にいたタクヤがハッと気が付き、慌てたようにイズミを支えた。
「どういう意味だよ? アスカがオリジナルって……」
タクヤはイズミが言葉を発するよりも先に、カイに向かって詰め寄るように問い掛ける。
「……言葉の通りだよ。俺が、アスカに頼まれたことのひとつ。イズミに伝えてほしいと言われていることがある。『僕は生きてる』と」
軽く息を吐くと、カイが真面目な顔で答えた。
その言葉にイズミもタクヤも驚愕する。
『もしかして』とは確かに思ったが、本当にアスカが生きている?
「お前は……アスカに会ったのか?」
目を見開きながらイズミが問い掛ける。
言葉を発しながら体が震える。
支えてくれていたタクヤがぎゅっとイズミの腕を強く掴んだ。
「……さっき、話したよね。『ある人』に頼まれて君たちに会いに来たと。それがアスカだよ。……俺の、マスターだ」
最後の言葉にリョウがびくりと反応した。
3人の話を黙って聞きながら徐々に泣き止んでいたリョウであったが、何か思い当たることでもあるのだろうか。
「マスター……」
どういう意味なのかと考えていると、タクヤが呆然とした様子でカイの言葉を繰り返した。
「アスカは俺の主人だ。組織の中で、俺は、アスカの世話係としてあの子のそばにいた。……最初はなんでこんな子供の世話なんて、と思っていたが、あの子が俺を救ってくれたんだ。あの子の為ならなんだってやろうって思っている。……研究所に行った後、左腕を失った俺は部屋に閉じ込められ、そこで子供の面倒を見ろと言われた。……腕のない俺を見て、アスカは泣いたんだ。他人のことでなんでこんなに泣けるんだろうって思った……。あの子が、博士に頼んで俺のこの左腕を作ってくれたんだ。自棄になっていた俺を、いつも笑顔で元気付けてくれていた……」
左腕をぐっと掴むと、カイは苦しそうに話す。
カイが話しているのは本物のアスカなのか?
信じられない。アスカは300年前に、自分の目の前で死んでしまった。
それが、生きていたなんて。
「……本当に、アスカなのか?」
自分の腕を掴むタクヤの手を離し、イズミは一歩前に出るとカイをじっと見上げる。
「……どうだろう。俺は真実は知らない。ただ、あの子がそう話していただけ。それからもうひとつ。イズミに伝えることがある。『渡せなかった誕生日プレゼントを次に会った時に渡す』、と」
「っ!」
首を横に振りながら答えるカイ。
しかし、アスカに頼まれたという言葉を聞いた瞬間、イズミはぞわりと体を何かが這ったような感覚があり、目を見開いたまま固まってしまった。
「っ!?」
話しながらイズミの顔を見ていたカイが言葉もなく驚いている。
「イズミ? 大丈夫か?」
再びイズミの腕を掴み、タクヤが覗き込むようにして声を掛ける。
するとハッとした顔をして声を上げた。
「イズミっ、目の色が……」
「っ!」
タクヤの声に慌てて両目を手で押さえる。
恐らく目の色が元に戻っていたのだろう。
動揺しすぎて力がコントロールできなくなっていた。
手で目を押さえたままゆっくりと目を閉じる。
そしてそっと手を離し、目を開けた。
「……大丈夫だ」
一言だけ話すとタクヤから離れてふらふらと歩き出す。
慌ててタクヤが追い掛けてきた。話し掛けることなく隣を黙って歩いている。
「……リョウ、俺達も行こう」
そう言ってカイはリョウの手を取り歩き出した。
そしてリョウもじっとカイを見上げると、黙ってついて行く。
「混乱してるところ悪いけど、まだ話は終わっていないんだ。続けてもいいかな?」
ふたりに追いつくと、カイが声を掛けてきた。
話すと決めた以上、全て話そうとしているのだろう。いや、どこまでが真実かは分からないが。
「……大丈夫だ。続けてくれ」
振り返ることなく答える。
深い溜め息の後、カイが再び話し始めた。
「……分かった。俺の知っていることはアスカに聞いたことくらいで、そこまで詳しいわけじゃない。時々組織の別の人間から指示があって外出することもあったが、ほとんどの時間をアスカとふたり、個室に閉じ込められていたからね。とはいえ、その部屋はある意味なんでもあって、力の修行もできたし、体のトレーニングもできた。……ただ、アスカ自身は力を制御されていて、いつもぼんやりと過ごしていた。あぁ、そうだ。勘違いしてるかもしれないから教えておくけど、アスカは今のイズミとは違う。恐らくだけど、300年前の姿のままだと思うよ」
先程までとは違い、カイは穏やかな口調で話していた。アスカとの思い出は、きっとカイにとって唯一の心安らげる時間だったのだろう。
しかし最後の言葉を聞いてイズミはハッとして立ち止まる。
「300年前の姿って……まさか、子供のままなのかっ?」
振り返ると驚いた表情でカイを見つめる。
イズミが立ち止まるのに合わせるように他の3人も足を止めた。
「そうだね。リョウよりも少し幼い感じだよ。12、3歳といったくらいじゃないかな?」
ふむ、と顎に手を当てると、にこりと笑ってカイが答える。
「アスカ……」
俯き、地面をじっと見つめたままぼそりと呟く。
あの頃のことを思い出す。
いつも笑顔だったアスカ。あの笑顔をまた見れるかもしれない。
なんとも言えない思いがイズミの中に沸き起こっていた。
「そういえば、さっき言ってた博士って」
ふと思い出したようにタクヤが口を挟んだ。
「……あぁ。博士は、あの組織の中でクローンや人形を作っている人物だ。何者なのかは俺も知らない。腕を作ってもらうのに会ったことはあるが、当時は50代後半くらいの男性で、今は60歳を過ぎているかもしれないな」
「クローンを作ってるっ!?」
淡々と話すカイの話の内容は、とても信じられないようなものだった。
驚いたようにタクヤが声を上げる。
「彼の技術は、組織の中で共有はされているだろうけど、彼が作った『あの3人』以外は失敗作だと聞いている。恐らく、何体か博士以外が作ったクローンがいるんだろうな。詳しいことは分からない。ただ、彼だけが唯一無二なんだそうだ」
顎に手を当て思い出すようにしてカイが答える。
何か気になることがあるのか、タクヤが再びカイに尋ねた。
「カイが、その組織に入ったのは5年前なんだよな? その博士はその頃からいたのか?」
「あぁ。俺の腕を造ってもらったからね」
「あ、そう言ってたな。そっか……」
腕を組み、何やら考え込んでいるタクヤをカイが不思議そうに覗き込む。
「何か気になることでもあるのか?」
「うーん……いや、気になるっていうか。えっとイズミ、前にさ、俺の村を襲った魔物は、人によって手が加えられてる可能性があるって話してたじゃん? もしかして、その博士が何か関係してんのかなって思ってさ」
タクヤは腕を組んだまま首を傾げる。
そして今度はイズミの方を見ると思い出したように問い掛けた。
その話を聞いて、なるほどと考える。
「あぁ……その博士が関係してるかどうかは分からないが、可能性はあるかもしれないな」
漸く気持ちが落ち着いてきていた。
頭の中が冷静になっていく。
3人の話に全くついていけていないリョウは、ぎゅっと握られたままの手を見つめた後、ゆっくりとカイを見上げる。
まるで別世界のような話を聞きながら、近くにいるのにカイを遠くに感じる。
自分の知らないカイがいる。
強くなりたいなんて言って飛び出してきたのに、自分はとんだ甘ちゃんだと感じていたのだった。
一瞬脳裏に浮かんだ言葉。
動揺を隠しきれず、イズミはふらりと後ろに倒れそうになる。
隣にいたタクヤがハッと気が付き、慌てたようにイズミを支えた。
「どういう意味だよ? アスカがオリジナルって……」
タクヤはイズミが言葉を発するよりも先に、カイに向かって詰め寄るように問い掛ける。
「……言葉の通りだよ。俺が、アスカに頼まれたことのひとつ。イズミに伝えてほしいと言われていることがある。『僕は生きてる』と」
軽く息を吐くと、カイが真面目な顔で答えた。
その言葉にイズミもタクヤも驚愕する。
『もしかして』とは確かに思ったが、本当にアスカが生きている?
「お前は……アスカに会ったのか?」
目を見開きながらイズミが問い掛ける。
言葉を発しながら体が震える。
支えてくれていたタクヤがぎゅっとイズミの腕を強く掴んだ。
「……さっき、話したよね。『ある人』に頼まれて君たちに会いに来たと。それがアスカだよ。……俺の、マスターだ」
最後の言葉にリョウがびくりと反応した。
3人の話を黙って聞きながら徐々に泣き止んでいたリョウであったが、何か思い当たることでもあるのだろうか。
「マスター……」
どういう意味なのかと考えていると、タクヤが呆然とした様子でカイの言葉を繰り返した。
「アスカは俺の主人だ。組織の中で、俺は、アスカの世話係としてあの子のそばにいた。……最初はなんでこんな子供の世話なんて、と思っていたが、あの子が俺を救ってくれたんだ。あの子の為ならなんだってやろうって思っている。……研究所に行った後、左腕を失った俺は部屋に閉じ込められ、そこで子供の面倒を見ろと言われた。……腕のない俺を見て、アスカは泣いたんだ。他人のことでなんでこんなに泣けるんだろうって思った……。あの子が、博士に頼んで俺のこの左腕を作ってくれたんだ。自棄になっていた俺を、いつも笑顔で元気付けてくれていた……」
左腕をぐっと掴むと、カイは苦しそうに話す。
カイが話しているのは本物のアスカなのか?
信じられない。アスカは300年前に、自分の目の前で死んでしまった。
それが、生きていたなんて。
「……本当に、アスカなのか?」
自分の腕を掴むタクヤの手を離し、イズミは一歩前に出るとカイをじっと見上げる。
「……どうだろう。俺は真実は知らない。ただ、あの子がそう話していただけ。それからもうひとつ。イズミに伝えることがある。『渡せなかった誕生日プレゼントを次に会った時に渡す』、と」
「っ!」
首を横に振りながら答えるカイ。
しかし、アスカに頼まれたという言葉を聞いた瞬間、イズミはぞわりと体を何かが這ったような感覚があり、目を見開いたまま固まってしまった。
「っ!?」
話しながらイズミの顔を見ていたカイが言葉もなく驚いている。
「イズミ? 大丈夫か?」
再びイズミの腕を掴み、タクヤが覗き込むようにして声を掛ける。
するとハッとした顔をして声を上げた。
「イズミっ、目の色が……」
「っ!」
タクヤの声に慌てて両目を手で押さえる。
恐らく目の色が元に戻っていたのだろう。
動揺しすぎて力がコントロールできなくなっていた。
手で目を押さえたままゆっくりと目を閉じる。
そしてそっと手を離し、目を開けた。
「……大丈夫だ」
一言だけ話すとタクヤから離れてふらふらと歩き出す。
慌ててタクヤが追い掛けてきた。話し掛けることなく隣を黙って歩いている。
「……リョウ、俺達も行こう」
そう言ってカイはリョウの手を取り歩き出した。
そしてリョウもじっとカイを見上げると、黙ってついて行く。
「混乱してるところ悪いけど、まだ話は終わっていないんだ。続けてもいいかな?」
ふたりに追いつくと、カイが声を掛けてきた。
話すと決めた以上、全て話そうとしているのだろう。いや、どこまでが真実かは分からないが。
「……大丈夫だ。続けてくれ」
振り返ることなく答える。
深い溜め息の後、カイが再び話し始めた。
「……分かった。俺の知っていることはアスカに聞いたことくらいで、そこまで詳しいわけじゃない。時々組織の別の人間から指示があって外出することもあったが、ほとんどの時間をアスカとふたり、個室に閉じ込められていたからね。とはいえ、その部屋はある意味なんでもあって、力の修行もできたし、体のトレーニングもできた。……ただ、アスカ自身は力を制御されていて、いつもぼんやりと過ごしていた。あぁ、そうだ。勘違いしてるかもしれないから教えておくけど、アスカは今のイズミとは違う。恐らくだけど、300年前の姿のままだと思うよ」
先程までとは違い、カイは穏やかな口調で話していた。アスカとの思い出は、きっとカイにとって唯一の心安らげる時間だったのだろう。
しかし最後の言葉を聞いてイズミはハッとして立ち止まる。
「300年前の姿って……まさか、子供のままなのかっ?」
振り返ると驚いた表情でカイを見つめる。
イズミが立ち止まるのに合わせるように他の3人も足を止めた。
「そうだね。リョウよりも少し幼い感じだよ。12、3歳といったくらいじゃないかな?」
ふむ、と顎に手を当てると、にこりと笑ってカイが答える。
「アスカ……」
俯き、地面をじっと見つめたままぼそりと呟く。
あの頃のことを思い出す。
いつも笑顔だったアスカ。あの笑顔をまた見れるかもしれない。
なんとも言えない思いがイズミの中に沸き起こっていた。
「そういえば、さっき言ってた博士って」
ふと思い出したようにタクヤが口を挟んだ。
「……あぁ。博士は、あの組織の中でクローンや人形を作っている人物だ。何者なのかは俺も知らない。腕を作ってもらうのに会ったことはあるが、当時は50代後半くらいの男性で、今は60歳を過ぎているかもしれないな」
「クローンを作ってるっ!?」
淡々と話すカイの話の内容は、とても信じられないようなものだった。
驚いたようにタクヤが声を上げる。
「彼の技術は、組織の中で共有はされているだろうけど、彼が作った『あの3人』以外は失敗作だと聞いている。恐らく、何体か博士以外が作ったクローンがいるんだろうな。詳しいことは分からない。ただ、彼だけが唯一無二なんだそうだ」
顎に手を当て思い出すようにしてカイが答える。
何か気になることがあるのか、タクヤが再びカイに尋ねた。
「カイが、その組織に入ったのは5年前なんだよな? その博士はその頃からいたのか?」
「あぁ。俺の腕を造ってもらったからね」
「あ、そう言ってたな。そっか……」
腕を組み、何やら考え込んでいるタクヤをカイが不思議そうに覗き込む。
「何か気になることでもあるのか?」
「うーん……いや、気になるっていうか。えっとイズミ、前にさ、俺の村を襲った魔物は、人によって手が加えられてる可能性があるって話してたじゃん? もしかして、その博士が何か関係してんのかなって思ってさ」
タクヤは腕を組んだまま首を傾げる。
そして今度はイズミの方を見ると思い出したように問い掛けた。
その話を聞いて、なるほどと考える。
「あぁ……その博士が関係してるかどうかは分からないが、可能性はあるかもしれないな」
漸く気持ちが落ち着いてきていた。
頭の中が冷静になっていく。
3人の話に全くついていけていないリョウは、ぎゅっと握られたままの手を見つめた後、ゆっくりとカイを見上げる。
まるで別世界のような話を聞きながら、近くにいるのにカイを遠くに感じる。
自分の知らないカイがいる。
強くなりたいなんて言って飛び出してきたのに、自分はとんだ甘ちゃんだと感じていたのだった。
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