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第13章『秘密』
6話
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路地の向こうの通りへと男の姿が見えなくなった後、反対側の通りを振り返る。
町の喧騒の中、よく知る人物の足音も遠ざかっていく。
「……参ったな……」
路地の壁に凭れ掛かり、顔を隠すように右手で覆う。
尾行されていることには気が付いていたが、一体何が不安にさせてしまったのか。
完全に自分のミスである。
冷静に対処しなければならなかった。
思った以上に焦っていたのかもしれない。
「まずい話は聞かれていないはずだが……」
ぼそりと独り言を呟く。
顔を覆ったまま、カイはその場にしゃがみ込んだ。
俯き両手で両目を覆う。
「大丈夫だ……いつも通りに……」
自分に言い聞かせ、膝に手を付きながらゆっくりと立ち上がる。
ふぅっと深く息を吐いた。
「さて」
ちらりと路地から通りを見つめる。
ゆっくりと歩き出し、通りへと出た。
ふむ、と顎に手を当て周辺をじっと見回す。
リョウの姿は見えない。
「何かいいものあるかな」
くるりと方向変換すると、宿屋とは反対側へと歩き出した。
この町には以前、一度だけ訪れたことがある。
その時はただ宿を取っただけであった。
どんな店があるのかは正直何も情報がない。
煌びやかな店のウィンドウを覗きながら、カイはゆっくりと大通りを歩いていた。
「ん?」
ひとつの店の前で足が止まる。
レトロな茶色い三角屋根に小さな木製の扉。
店の窓は大きく、沢山の人形やぬいぐるみが店内いっぱいに飾られているのが見える。
「また、怒られるかな……」
ぼそりと呟き、リョウの顔を思い浮かべる。
子供じゃないと怒るかもしれないが、自分にとってはいつまでもあの頃のままのリョウなのだ。
小さな扉に付いた取っ手をゆっくりと掴み、そっと扉を手前へと引く。
ギッと木が擦れるような音と共に鈍い鐘の音が頭上に響く。
扉に付いている鐘が鳴ったらしい。
そっと扉を閉めた後、カイはゆっくりと店内を見て回った。
子供が喜びそうな人形やぬいぐるみが所狭しと飾られている。
「何がいいだろうか」
顎に手を当てながら店内を見ていると、ひとつの人形に目がいった。
大きな瞳の可愛らしい人形だ。
柔らかそうなふわふわとした薄茶色の髪に、青く大きな瞳。
「……茶色の髪も似合いそうだな」
ふとある人物の顔が浮かんだ。
しかし、人形に触れることなく再び店内を歩き始めた。
沢山飾られた中の、あるぬいぐるみの前で足が止まる。
思わずふふっと笑みがこぼれてしまった。
「すみません」
店の奥で人形を触りながら作業をしている店主を呼ぶ。
「はい、なんでしょう?」
真っ白の髪に真っ白の長い髭の年老いた男がにこやかに出てきた。
☆☆☆
辺りが暗くなり始めた頃、ゆっくりと宿屋の階段を上り、静まり返った廊下を歩いて行く。
扉の前に立つと、カイは静かにノックをする。
中から返事は聞こえてこない。
誰もいないのであろうか?
いや、そんなことはない。確かに気配がする。
もしかしたらまた眠ってしまったのだろうか。
もしくは、自分を拒絶しているのだろうか……。
じっと扉を見つめながら、カイは今まで感じたことのないような不安に襲われていた。
そしてもう一度、今度は強く扉をノックする。
すると中からガタッと音が聞こえてきた。
数秒してゆっくりと扉が開く。
そっと扉の端から覗き込んだその顔は、少し赤く目の腫れた不安そうなリョウの顔であった。
「ただいま」
いつものようにカイはにこりと微笑む。
「……おかえり」
上目遣いで見ながら、リョウは扉を開けてカイを招き入れる。
「寝てたのか?」
部屋の中に入ると、布団の捲れたベッドの方を見ながら後ろにいるリョウに話し掛ける。
もちろん、先程まで外に出ていたことは分かっている。
しかし、知らない振りをした方がいいと判断した。
「……うん」
バタンと扉が閉まる音と共に、ぼそりとリョウが答えた。
やはり、出掛けていたことは内緒にするつもりなのだろう。
「そうか……今日は少し疲れたしな。甘い物を買ってきたよ。食べるか?」
持っていた紙袋を見せながらカイは再びにこりと笑ってリョウに話し掛ける。
「ううん。今はいらない」
ふるふるとリョウは首を横に振ってそのまま俯いてしまった。
「…………」
溜め息を付くと、カイは持っていた紙袋をテーブルの上へと置く。
明らかに元気がない。
目が腫れているのも眠っていたからではなく、恐らく泣いたせいだろう。
どうしたものかとカイは首を捻った。
「それ……何?」
すると、カイが右手に持っていた包みを指してリョウが問い掛けてきた。
白い柔らかそうな包みにオレンジ色のリボンが付いている。
リボンの色はカイが指定したものだった。
リョウの瞳の色とリョウの好きなオレンジ色。
「あぁ……」
今思い出したかのような顔をして、カイは持っていた包みを両手で持ち直した。
「はい、リョウにお土産だよ」
にこりと笑ってリョウに手渡した。
「えっ? 何?」
暗く沈んでいた顔が急に明るくなった。
大きな目をぱちぱちとさせている。
甘い物では機嫌は直らなかったが、こちらは効果があったのかもしれないとカイはふふっと笑う。
もしかしたらオレンジ色のリボンを気に入ってくれたのかもしれない。
「開けてみて」
じっとリョウを見下ろしながら優しく微笑む。
「うん……」
不思議そうにきょとんと首を傾げながらも、リョウはその包みを持ったままベッドに腰掛ける。
そして自分の膝の上に包みを置くと、ゆっくりとリボンをほどき始めた。
するりと外れたリボンをベッドに置き、包みの口を広げて中を覗き込む。
「ん?」
首を傾げながらリョウは中に入っている物をそっと取り出す。
ふわふわとした柔らかい物。
「ええっ!」
出てきたのは茶色い犬のぬいぐるみであった。
リョウは目を大きくさせ、何度も瞬きしている。
喜びというより驚きの顔であった。
(何か間違えただろうか……)
少しだけ心配になりながらも、ぬいぐるみを持ち上げたまま固まっているリョウに向かって話し掛ける。
「手触りもいいし、これなら邪魔にならないだろう?」
茶色い犬のぬいぐるみは、柔らかいもこもことした素材で、頭以外は綿があまり入っていない。ふにゃんとした感じで持ち上げられたまま首を傾げている様に見える。
「はぁっ? ちょっとカイ兄っ! 俺もう子供じゃないんだけどっ! こんなんで喜ぶかよっ!」
顔を真っ赤にさせるとリョウはむっとした顔でカイを睨み付けた。
やはり怒られてしまった。
しかし、いつもと変わらないリョウの顔を見てカイは嬉しくなっていた。
安心した顔で笑う。
「はははっ。まぁそう怒るなって。ちょっとレオに似てないか?」
そう言ってリョウを優しい顔で見下ろした。
「…………」
むっとした顔のままリョウはぬいぐるみの顔を覗くようにして見つめる。
「そうかなぁ?」
口を尖らせ首を傾げている。
「ふふっ、俺には似て見えたんだよ」
先程までの落ち込んだリョウの姿はなく、すっかりいつも通りになっている。
怒らせたとしても、リョウが元気でいてくれればそれでいい。
カイもリョウの横にそっと腰掛けると、じっとぬいぐるみの顔を見つめる。
「そう?」
ぬいぐるみを両手で持ったまま、リョウは隣に座るカイをじっと見上げた。
「そうだよ」
いつものように、そっとリョウの頭を撫でる。
「もうっ!」
ぷくっと頬を膨らませながらリョウがカイを睨み付けた。
明るく笑ってほしいが、それはまた、別の機会でもいい。
君が元気でいてくれれば、それでいい。
町の喧騒の中、よく知る人物の足音も遠ざかっていく。
「……参ったな……」
路地の壁に凭れ掛かり、顔を隠すように右手で覆う。
尾行されていることには気が付いていたが、一体何が不安にさせてしまったのか。
完全に自分のミスである。
冷静に対処しなければならなかった。
思った以上に焦っていたのかもしれない。
「まずい話は聞かれていないはずだが……」
ぼそりと独り言を呟く。
顔を覆ったまま、カイはその場にしゃがみ込んだ。
俯き両手で両目を覆う。
「大丈夫だ……いつも通りに……」
自分に言い聞かせ、膝に手を付きながらゆっくりと立ち上がる。
ふぅっと深く息を吐いた。
「さて」
ちらりと路地から通りを見つめる。
ゆっくりと歩き出し、通りへと出た。
ふむ、と顎に手を当て周辺をじっと見回す。
リョウの姿は見えない。
「何かいいものあるかな」
くるりと方向変換すると、宿屋とは反対側へと歩き出した。
この町には以前、一度だけ訪れたことがある。
その時はただ宿を取っただけであった。
どんな店があるのかは正直何も情報がない。
煌びやかな店のウィンドウを覗きながら、カイはゆっくりと大通りを歩いていた。
「ん?」
ひとつの店の前で足が止まる。
レトロな茶色い三角屋根に小さな木製の扉。
店の窓は大きく、沢山の人形やぬいぐるみが店内いっぱいに飾られているのが見える。
「また、怒られるかな……」
ぼそりと呟き、リョウの顔を思い浮かべる。
子供じゃないと怒るかもしれないが、自分にとってはいつまでもあの頃のままのリョウなのだ。
小さな扉に付いた取っ手をゆっくりと掴み、そっと扉を手前へと引く。
ギッと木が擦れるような音と共に鈍い鐘の音が頭上に響く。
扉に付いている鐘が鳴ったらしい。
そっと扉を閉めた後、カイはゆっくりと店内を見て回った。
子供が喜びそうな人形やぬいぐるみが所狭しと飾られている。
「何がいいだろうか」
顎に手を当てながら店内を見ていると、ひとつの人形に目がいった。
大きな瞳の可愛らしい人形だ。
柔らかそうなふわふわとした薄茶色の髪に、青く大きな瞳。
「……茶色の髪も似合いそうだな」
ふとある人物の顔が浮かんだ。
しかし、人形に触れることなく再び店内を歩き始めた。
沢山飾られた中の、あるぬいぐるみの前で足が止まる。
思わずふふっと笑みがこぼれてしまった。
「すみません」
店の奥で人形を触りながら作業をしている店主を呼ぶ。
「はい、なんでしょう?」
真っ白の髪に真っ白の長い髭の年老いた男がにこやかに出てきた。
☆☆☆
辺りが暗くなり始めた頃、ゆっくりと宿屋の階段を上り、静まり返った廊下を歩いて行く。
扉の前に立つと、カイは静かにノックをする。
中から返事は聞こえてこない。
誰もいないのであろうか?
いや、そんなことはない。確かに気配がする。
もしかしたらまた眠ってしまったのだろうか。
もしくは、自分を拒絶しているのだろうか……。
じっと扉を見つめながら、カイは今まで感じたことのないような不安に襲われていた。
そしてもう一度、今度は強く扉をノックする。
すると中からガタッと音が聞こえてきた。
数秒してゆっくりと扉が開く。
そっと扉の端から覗き込んだその顔は、少し赤く目の腫れた不安そうなリョウの顔であった。
「ただいま」
いつものようにカイはにこりと微笑む。
「……おかえり」
上目遣いで見ながら、リョウは扉を開けてカイを招き入れる。
「寝てたのか?」
部屋の中に入ると、布団の捲れたベッドの方を見ながら後ろにいるリョウに話し掛ける。
もちろん、先程まで外に出ていたことは分かっている。
しかし、知らない振りをした方がいいと判断した。
「……うん」
バタンと扉が閉まる音と共に、ぼそりとリョウが答えた。
やはり、出掛けていたことは内緒にするつもりなのだろう。
「そうか……今日は少し疲れたしな。甘い物を買ってきたよ。食べるか?」
持っていた紙袋を見せながらカイは再びにこりと笑ってリョウに話し掛ける。
「ううん。今はいらない」
ふるふるとリョウは首を横に振ってそのまま俯いてしまった。
「…………」
溜め息を付くと、カイは持っていた紙袋をテーブルの上へと置く。
明らかに元気がない。
目が腫れているのも眠っていたからではなく、恐らく泣いたせいだろう。
どうしたものかとカイは首を捻った。
「それ……何?」
すると、カイが右手に持っていた包みを指してリョウが問い掛けてきた。
白い柔らかそうな包みにオレンジ色のリボンが付いている。
リボンの色はカイが指定したものだった。
リョウの瞳の色とリョウの好きなオレンジ色。
「あぁ……」
今思い出したかのような顔をして、カイは持っていた包みを両手で持ち直した。
「はい、リョウにお土産だよ」
にこりと笑ってリョウに手渡した。
「えっ? 何?」
暗く沈んでいた顔が急に明るくなった。
大きな目をぱちぱちとさせている。
甘い物では機嫌は直らなかったが、こちらは効果があったのかもしれないとカイはふふっと笑う。
もしかしたらオレンジ色のリボンを気に入ってくれたのかもしれない。
「開けてみて」
じっとリョウを見下ろしながら優しく微笑む。
「うん……」
不思議そうにきょとんと首を傾げながらも、リョウはその包みを持ったままベッドに腰掛ける。
そして自分の膝の上に包みを置くと、ゆっくりとリボンをほどき始めた。
するりと外れたリボンをベッドに置き、包みの口を広げて中を覗き込む。
「ん?」
首を傾げながらリョウは中に入っている物をそっと取り出す。
ふわふわとした柔らかい物。
「ええっ!」
出てきたのは茶色い犬のぬいぐるみであった。
リョウは目を大きくさせ、何度も瞬きしている。
喜びというより驚きの顔であった。
(何か間違えただろうか……)
少しだけ心配になりながらも、ぬいぐるみを持ち上げたまま固まっているリョウに向かって話し掛ける。
「手触りもいいし、これなら邪魔にならないだろう?」
茶色い犬のぬいぐるみは、柔らかいもこもことした素材で、頭以外は綿があまり入っていない。ふにゃんとした感じで持ち上げられたまま首を傾げている様に見える。
「はぁっ? ちょっとカイ兄っ! 俺もう子供じゃないんだけどっ! こんなんで喜ぶかよっ!」
顔を真っ赤にさせるとリョウはむっとした顔でカイを睨み付けた。
やはり怒られてしまった。
しかし、いつもと変わらないリョウの顔を見てカイは嬉しくなっていた。
安心した顔で笑う。
「はははっ。まぁそう怒るなって。ちょっとレオに似てないか?」
そう言ってリョウを優しい顔で見下ろした。
「…………」
むっとした顔のままリョウはぬいぐるみの顔を覗くようにして見つめる。
「そうかなぁ?」
口を尖らせ首を傾げている。
「ふふっ、俺には似て見えたんだよ」
先程までの落ち込んだリョウの姿はなく、すっかりいつも通りになっている。
怒らせたとしても、リョウが元気でいてくれればそれでいい。
カイもリョウの横にそっと腰掛けると、じっとぬいぐるみの顔を見つめる。
「そう?」
ぬいぐるみを両手で持ったまま、リョウは隣に座るカイをじっと見上げた。
「そうだよ」
いつものように、そっとリョウの頭を撫でる。
「もうっ!」
ぷくっと頬を膨らませながらリョウがカイを睨み付けた。
明るく笑ってほしいが、それはまた、別の機会でもいい。
君が元気でいてくれれば、それでいい。
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