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第12章『誘う森』

10話

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 轟音と共に強い風が吹き荒れる。
 目を開けることができない程の風に、思わず顔を背ける。
「なんだ?」
 風がおさまるとすぐにタクヤは魔剣を両手で掴み、音がした方向をじっと見つめた。
 しかしあれだけの音がしたにも関わらず、何事もなかったように森は再びしんと静まり返っている。
「……気配は、ないな……」
 男がタクヤの言葉に答えるようにぼそりと呟いた。
「さっきの音……」
 張り詰めていた気を少し緩め、タクヤは構えた剣を少し傾け周りを見回した。
 と、その時――。
 突然何かが首に巻きつく。
 次の瞬間、『ドガッ!』といった鈍い音と共にタクヤは大きな木の太い幹に背中を打ち付けていた。
「ぐ……はっ……」
 一瞬の出来事であった。
 何も見えなかった。
「……げほっ……げっ……うっ……」
 背中に感じる激痛と絞められた首への圧迫で息がうまくできない。
 目を開けるのも辛い。
 薄っすらと目を開き、必死に凝らしながら前を見る。
 男が自分よりも3メートルくらいか、暗がりの為正確な距離は分からないが、離れた所に呆然と立ち尽くしているのがどうにか見えた。
 どうやら自分は何かに吹っ飛ばされたらしい。

「……おい。大丈夫か? 何があった?」

 男も何が起こったのか分かっていないようだ。
 剣を右手にだらんと持ったままタクヤを見つめている。
「……げほっ……うっ……はぁ、はぁ……一体……」
 やっと声に出すことができた。
 座り込んだ状態で右手で魔剣を探る。
 手に何か冷たいものが当たる。感触で魔剣だと分かった。
 タクヤはぎゅっと魔剣を掴むと左手で喉元にそっと触れる。
 確かに何かが自分の首を鷲掴みしたような感触があったはずだが、何もない。
 一体、何が――?

 周りをきょろきょろと見回す。
 気配も姿も感じられない。
 見えない敵……。
 敵なのかどうかは分からないが、確かに自分は襲われた。
 ただ、吹っ飛ばされたものの、その後の攻撃らしきものがない。
(何か……確かめているのか?)
 相手もこちらの様子を窺っているのかもしれない。
 敵なのかどうかを。

「おい。何があった?」

 気が付くと、すぐ目の前に男が立っていた。
 怪訝そうな顔でタクヤを見下ろしている。
「分からない……。でも、なんとなく敵意は感じない気もするし……」
 座り込んだまま首を擦りながらタクヤはじっと森の奥を見つめる。
「敵意はないのに襲うのか?」
 訝しげに見下ろし、男は持っていた剣をタクヤに向けた。
「ちょっとっ! なんで俺に向けてんだよっ!」
 驚いて思わず声を荒げる。
「お前……何者だ? お前が敵じゃないという証拠もない」
 冷静な声色で男は淡々と話す。
「あのな……俺が化け物にでも見えるのかよ?」
 ふぅっと深く溜め息を付き、タクヤはじっと男を見上げる。
「人間の皮を被った化け物ならいる」
「…………」
 相変わらず表情を変えない男に、そして男の言葉にタクヤはなんと答えるべきか分からなかった。
 男の言葉が何を意味するのか。
「なんのこと?」
 じっと男を見上げたまま、タクヤはふっと口元に笑みを浮かべる。
「……まぁいい。お前は害はなさそうだしな。……じゃあな」
 そう言って男は剣を鞘に戻すと、さっさと先を歩き出してしまった。
「はぁ? 害ってっ……。て、ちょっと待てよっ」
 慌てて立ち上がると、タクヤは急いで男を追い掛けた。



 ☆☆☆



「ちっ……こいつら魔物かっ?」
 次々と襲ってくる木の枝に苦戦していたイズミは、舌打ちしながら1本1本枝に攻撃していた。
「さぁ? 魔物かどうかは分からないが、どうも俺たちのことが気に入らないみたいだね」
 リョウの手を掴んで冷静に自分たちに結界を張ったカイは、走りながらイズミの呟きに淡々と答える。

 タクヤ以外の3人は同じ場所にいた。
 そして森の木々になぜだか襲われていたのだった。
 先程、タクヤが走って行った方向に自分たちも一緒に走っていたはずだが、気が付くとタクヤの姿が見えなくなっていた。
 あの轟音は一緒に聞いていたはずだ。
 どこで逸れたのか。
 しかし、走り出した途端にこの木々の攻撃を受けた為、タクヤがどうしたかなど、考えている余裕はなかった。
「くそっ、こいつら……お前ら離れてろ」
 そう言ってイズミはその場に立ち止まった。
 その声にカイはリョウの手をぐいっと引っ張りイズミと距離を置いて止まる。
「え? 何すんの?」
「シッ……」
 きょとんとイズミを見るリョウにカイが制止する。
 カイとリョウに背を向け、イズミは森の木々に向かって大きく両手を広げ、深く息を吸い込んだ。

「光の精霊よ。我が天主の名のもとに承伏せよ。ルミナ・ドゥフール・エルベラート!」

 まるで大きな光の塊が落ちたかのように、辺り一体が光に包まれ真っ白になった。
「ギィイイイイイイ……」
 呻きのような声と共に、徐々に光が消えていく。
「うっわ……今の何っ?」
 眩しさに手で目を覆っていたリョウは、再び暗闇と静寂に戻った森を見回しながら目を輝かせる。
「へぇ。言霊を使った術なんて、初めて見たな。イズミはそんなこともできるんだね」
 顎に手を置き、カイは無表情にイズミをじっと見つめる。
「……あれは、誰にでも使えるものじゃない」
 カイを見ることなくイズミは右手を擦りながらぼそりと答える。
「えっ? そうなの? やっぱイズミって凄いんだっ!」
 大きな目を更に大きくしながらリョウは尊敬の眼差しでイズミを見つめる。
 純粋なその瞳に後ろめたさを感じ、イズミはすっと顔を背けた。
「ねぇ、ことだまって、何?」
 イズミの態度を気にすることなくきょとんとした顔で、リョウはイズミとカイとを交互に見つめる。
「言葉には、色んな『力』が宿っているんだよ。ただ、それを『力』として使うことは難しいんだ。しかも、その言葉で精霊を動かすとなるとね」
 カイはリョウを見下ろしながら質問に答えつつ、ちらりと嫌味を込めてイズミの方を見る。
「精霊?」
 相変わらず意味が分からずリョウは小首を傾げる。
「生物、無生物、どんなものにも精霊が宿っている。精霊によって全ての物は成り立つことができると言っても過言じゃない。ただ、精霊を見ることはできないし、話すこともできない。その『力』を借りることも……ね。イズミ?」
 冷たい笑みを浮かべながらカイはじっとイズミを見つめる。
 先程から何か言いたげに話している。
「…………」
 ちらりとだけカイを見ると、イズミはすぐに目を背け、自分の上着の胸の辺りをぎゅっと掴んだ。
「どうしたの? ふたり共」
 ふたりを交互に見つめながら、その異様な空気にリョウは首を傾げる。
「別にいいけどね。でも、不審に思われるのを分かってて、なんで使ったんだろうね?」
 カイは相変わらず嫌味を込めてイズミに問う。
「……アレは、魔物じゃなかった。何か、霊的なものだ」
 上着を掴んだままイズミは無表情に答える。
「そうなの?」
「へぇ……。そういえば、タクヤはどこに行ったんだろうね」
 首を傾げるリョウをちらりと見下ろした後、ゆっくりと溜め息を付き、それ以上問い詰めることなく、ふと思い出したようにカイは周りを見回した。
「…………」
 確かに気になっていた。
 途中まで感じていたタクヤの気配が突然消えたように感じた。

 魔物ではないものからの攻撃。
 突然消えたタクヤ。
 何かあるのだろうか? やはり、この森は。
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