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第9章『300年前の真実』

4話

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 森はアスカが思った以上に大きかった。こんなに広いとは思ってもみなかった。
 池に行ったのも、イズミと出会った時が初めてであった。そして実はアスカもまた、両親から『森には入らないように』と厳しく言われていたのだった。しかし、つい興味本位で森に入り、あの池でイズミと出会ったという経緯があった。
 そして今日初めて森の中の方まで歩いたのだが、歩く途中で小さな動物が走っていたり、小鳥が飛んでいたりしてとてもはしゃいでいた。大きな木も村の中にはないものばかりで、辺りを見回しながら目を輝かせていた。

 そんなアスカを見ながらイズミも嬉しくなっていた。先程までの辛く悲しい気持ちは、いつの間にかどこかへいってしまったかのように楽しくなっていた。

 ふたりが出会ったあの池は森の南の端に位置していたのだが、イズミが暮らす家は森の中心の北寄りにあった。普段のイズミであれば10分程で辿り着いていた距離ではあったが、ふたりで話しながら、そしてアスカが色んなものに興味を示していた為か、普段の倍以上時間が掛かってしまっていた。

「俺の家はあれ」

 家が見えてくると、イズミは指を差しながらアスカを見た。

 アスカの家とは違い、建てられてから何年、いや何十年経ったのかと思われるような古くて小さな家である。
 塗装などされていない薄茶色の屋根と壁。窓にはカーテンも付いていない。家の大きさも部屋数がせいぜい3部屋といった感じである。可愛いや綺麗とは程遠いような外観であった。
 そんな家を見ながらイズミは少し恥ずかしそうに話す。
「ごめんな。うち、きたねぇから……」
「そんなことないよ。ちゃんと庭もあるし、花も木もあるし」
 全く気にしていない様子のアスカはにっこり笑いながら家の周りを見ている。
 森の中にぽつんと建つ家。しかし家の横には小さいながらも庭がある。
 そこには小さな花壇、そして畑のようなものも見える。
「ははっ、ありがと」
 照れくさそうにイズミは頭を掻きながら答える。
「花はカオルが世話してんだ。顔に似合わず花とか動物が好きなんだと」
 そして今度は苦笑いしながらそう説明した。
「そっかぁ。じゃあ、カオルさんはきっとキレイでかわいいものが好きなんだね」
「えー」
 嬉しそうに笑うアスカを見ながら、イズミは顔を顰める。

(可愛いものが好きって面かよ……)

 イズミが嫌そうな顔をしていると、突然後ろから誰かに抱き締められた。
「うわっ!」
 驚いて体をびくつかせ、思わず声を上げる。こんなことをするのは――。

「おっかえりーっ、イズミちゃんっ」

 聞き慣れた声が後ろからしたかと思うと、頬にキスされた。
「カオルっ!」
 寒気を感じ、びくりと体を震わせると、イズミは抱き締めている相手の手からなんとか逃れ、怒った顔で振り返る。
 思った通り、そこには楽しそうにニヤついているカオルの姿があった。
「もうっ! 何すんだよっ!」
 頬を手で擦りながら怒鳴る。
 全くこいつはなんでこんなことをするんだ、と毎回のようにイズミが怒っているのだが懲りないようだ。
「なんだよ。そんなに怒るなって。おかえりのチューだ」
 全く反省の色もなくカオルは相変わらずにやりと笑っている。
「何が『おかえりのチュー』だっ! この変態っ!」
 顔を赤くしながらイズミが頬を膨らませる。
 そんなふたりのやり取りを横で見ていたアスカはぽかんとしていたのだった。
「ん? おおっ! イズミちゃんがふたりっ!」
 するとアスカに気が付いたカオルがわざとらしく驚いたように声を上げた。
「んなわけあるかっ、バカ」
 カオルがふざけているのは目に見えて分かった為、イズミは呆れた顔でカオルを眺めていた。そして面倒臭そうに溜め息を付く。
「あっ! もしかしてカオルさんっ?」
 ぼんやりとふたりを眺めていたアスカもハッとすると、今度は目を輝かせながらカオルを見上げた。
「おうっ、俺がカオルさんだ。なんだ、イズミちゃんってば俺のこと、この子に話したのか?」
 カオルは腰に手を当て、ニッと白い歯を見せアスカを見下ろしながら笑う。そして今度はイズミをちらりと見て、嬉しそうに顔をにやつかせた。
「んなわけねぇだろ。調子に乗んなバカ」
 鬱陶しそうな顔で答えると、イズミはすっとカオルから目を逸らした。
「そぉーんな悪いこと言うのはこの口かぁ? んんー?」
 するとカオルはイズミに近付き、両手でイズミの口の端を掴み、ぐいっと引っ張る。
「いれれれれっ……あにふるんらろっ!」
 イズミは涙目になりながら、自分もカオルの口の両端を引っ張る。
「あははははっ」
 アスカはふたりの様子を唖然としながら見ていたが、突然楽しそうに笑い出した。
「?」
 ふたりはお互いの口の端を引っ張り合いながらきょとんとした顔でアスカを見る。
「いいなぁ。楽しそうで。僕、兄弟いないし、パパやママともそんな風にしたことないから」
「どこが?」
 イズミはやっとカオルから解放され、自分も放すと、羨ましそうに眺めるアスカを意外そうな顔でじっと見つめた。
「全部だよ。ケンカしたり、ふざけ合ったりして。僕からしたら、すごくうらやましいよ」
「そうかなぁ」
 じっと見つめ返すアスカを見ても、イズミにはさっぱり理解ができず、不思議そうに首を傾げていた。
「じゃあ、今日からは思う存分、俺やイズミと喧嘩したり、ふざけ合えばいい」
 カオルがにやりと笑ってアスカを見下ろす。
「ほんとに? またここに来てもいいの?」
 アスカは顔を明るくさせ、じっとカオルを見上げる。
「もちろん。いつでもおいで。イズミも喜ぶだろうし。なっ?」
 カオルは満面の笑みを返し、ニヤッとしながらイズミを見下ろす。
「いいよ。俺は別に」
 イズミは頬を赤らめながら口を尖らせ横を向く。
「なんだよぉー。ほんとは嬉しいくせにぃー。素直じゃねぇなぁ。子供は子供らしくしてりゃいいんだよ」
 相変わらずにやりと笑いながらカオルがイズミを面白そうに見ている。
「うるせぇや。別に、ここじゃなくたって、アスカとは池でも遊べるからいいのっ」
 十分子供なのだが、子供扱いされるのが悔しくて、イズミはじろりとカオルを睨み付けた。
「はいはい」
 やれやれといった様子でカオルは溜め息を付きながらイズミの頭をぽんぽんと軽く叩く。
「馬鹿にしてるだろっ」
「してないって。イズミちゃんが可愛くって仕方ないだけだって」
 頬を膨らませながら怒るイズミを見下ろしながらカオルはにやりと笑う。
 しかしイズミは『その顔が胡散臭いんだよ』と心の中で思いながら、じっとカオルを睨み付けていた。

「ねぇねぇ、カオルさんもイズミみたいに何かできるの?」

 ふたりの様子を楽しそうに眺めていたアスカであったが、ふと思い出し、カオルを見上げながら突然そんな質問をしたのだった。
「…………」
 その瞬間、カオルから笑みが消え、今度はじっとイズミを睨み付けた。
「だってっ! 見られちゃったんだから、しょうがねぇだろっ」
 カオルが睨む意味を悟ると、何か言われる前にイズミは顔を赤くしながら言い訳をする。
「まぁーったく。ドジ、まぬけ」
「うるさいっ! 見られちゃったもんはしょうがねぇじゃんかっ! それに、カオルは何も言ってなかったじゃんかっ」
 カオルに呆れたような顔をされ、イズミはムキになって言い返す。
「お前、それは責任転嫁ってもんだろ」
「せきにんてんかってなんだよっ!」
 そして10歳の子供では分からないような言葉を言われ、イズミは悔しさのあまり涙目になってしまった。
「あー、お前じゃ分かんねぇか。まぁいい」
「よくねぇよっ!」
「あ、あのう……」
 言い合うふたりを見て、アスカは自分のせいで喧嘩していると、おろおろしながらふたりに声を掛けた。
「あっ、ごめん。何?」
 泣きそうな顔で見ているアスカに気付き、イズミは慌てて笑顔を作る。
「ごめんね、僕――」
「アスカのせいじゃないってっ」
「そうそう、イズミのせい」
「なんでだよっ!」
 落ち込むアスカを宥めようとするイズミの言葉に、カオルがまた面白がって余計なことを言った為、再びイズミは不機嫌になる。
「お前、もうちょっと心広くなれよ。俺の言うことにいちいち怒るなって」
 さすがに『苛めすぎたか』とカオルは少し反省すると、苦笑いしながらイズミに言い聞かす。
「なんか納得いかねぇ。だって、カオルが余計なこと言うからいけないのに、なんで俺が我慢しなきゃなんないわけ?」
「まぁまぁ、そう怒るなって。眉間に皺寄ってるぞ。それ、ほっとくと痕が残るぞ?」
 膨れているイズミを宥めようとカオルが言った言葉で、イズミは思わず額を擦る。
「おっ、そうだ。アスカも魔法覚えるか?」
 すると今度はカオルがぽんっと手を打つと、突然そんなことを言い出したのだった。
「えっ! ほんとにっ?」
「ええっ!?」
 カオルの言葉にアスカとイズミは同時に声を上げ、アスカは喜び、イズミは驚いて目を丸くしていた。
「おうっ。ひとり教えるのもふたり教えるのも変わんねぇしな。た・だ・し、人前では絶対に使わないこと。約束できるなら教えてやる。イズミもだぞっ」
 カオルはアスカをじっと見下ろし、人差し指を立てて言い聞かす。そして隣にいるイズミの方を向くと、じっと睨み付ける。
「うん。約束するっ」
「分かってるよ。うるせぇな」
 アスカはにっこりと笑って頷くが、対してイズミは面倒臭そうに顔を顰めていた。
「イーズーミー。ちょっとはアスカを見習えよ。まったく……育て方を間違ったな」
 大きく溜め息を付き、カオルは呆れながらイズミを見下ろす。
「うるせぇや。カオルのせいだもん。ぜーっんぶ、カオルのせいっ」
 再びイズミはムッとして不機嫌そうに頬を膨らませる。
「はいはい。私が悪うございました」
 カオルは仕方なさそうに両手を上げて負けを認めた。
「ふんっ」
 不機嫌に鼻を鳴らしながらも、イズミは少しだけ満足した顔をしていた。
「ふふっ。これから楽しみだなぁ。それじゃあ、よろしくお願いしますっ。あっ、そうだ。まだ自己紹介してなかった。僕、アスカといいます。よろしくお願いします」
 ふたりのやりとりをにこやかに見ていたアスカは、ふと思い出し、改めて自分の名前をカオルに言って頭を下げる。
「おうっ。俺はカオルだ。よろしくなっ、アスカ」
 カオルもニヤッと笑うとアスカを見下ろし軽くウインクしてみせた。
「俺はイズミ――」
「お前は言わなくていいだろ」
 なんとなく自己紹介をしようとしたイズミに、すかさずカオルが突っ込む。
「あははははっ」
 嬉しそうに笑うアスカ。そして照れ臭そうにしているイズミ。
 一緒になって笑うカオルだったが、そんなふたりを愛おしそうに眺めながらも、複雑な顔をしていたのだった。
 そのことにふたりは気が付いていなかった……。
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