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第8章『正体』
15話
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暫く歩いていると、一軒の宿屋の前でレナが立ち止まった。
「ここにしましょ」
にっこりと微笑みながらタクヤを振り返る。
「うん。いいよ」
少し後ろで立ち止まると頷きながら答える。しかし先程から、全く目を覚まさないイズミのことが心配だった為、『どこでもいいから早く』といった若干苛立ちにも似た気持ちがあった。イズミがただ眠っているだけとは思えなかったのだ。
そんなタクヤの心の中のことは露知らず、レナはタクヤが頷いたのを見るとさっさと宿屋の中へと入っていった。
その後をゆっくりとタクヤもついて行く。
白い四角い箱のような建物。
この町はほとんどの建物が同じような色や形をしている。
白いコンクリートの壁。白い木製の扉。そして、建物の周りには色とりどりの花が植えられている花壇がある。
建物は白く、それ以外はとてもカラフルな色が多くみられる。
何か意味でもあるのだろうか。
中に入って更に驚く。白い空間が広がっているのかと思われた建物の中は、意外にも少し古めかしいアンティークな印象を与えていた。
焦げ茶色をしたツヤツヤとしたフローリング。同じように焦げ茶色の皮のソファー。丸い焦げ茶色をしたテーブルには小さな花瓶に生けられた赤い花が飾られている。受付も壁も全て焦げ茶色をしている。
何かこの町独自のコンセプトでもあるのだろうか。
今まで見たことのない町の雰囲気と建物に、タクヤはなんとも言えない表情で宿屋の中を見回していた。
「すいませーん。ツイン1つね。ダブルでもいいけど」
宿屋に入ってタクヤがきょろきょろと周りを見ている間に、レナが勝手に受付をしていた。
そんなレナにハッと気が付くと、
「ちょっとレナっ。何勝手なこと言ってんだよっ。あれ? ていうか、レナはどうするんだ? 泊まらないのか?」
慌ててタクヤは声を上げたのだが、ふとおかしなことに気が付いた。部屋が1つということはレナの泊まる場所がない。どうするつもりなのだろうか?
「私は泊まらないわよ。ねぇ、タクヤ君。ツインにする? ダブルにする?」
不思議そうに首を傾げるタクヤを見ながら、レナはにっこりと笑い、さらりと問い掛ける。
「何言ってんのっ!……俺は、ダブルでもいいけど……。って、ダメに決まってんじゃんっ! イズミに怒られるっ……っていうより殺されるっ!」
「どっちよ」
顔を赤くしながら声を上げるタクヤを見て、レナは呆れた顔で眺める。
「だからっ、ツインっ!……でいい」
ハッキリと言い切った後で、ぼそりと付け加えた。タクヤの心の中での答えは『ダブル』なのだが、言えるはずもなく溜め息を付く。
「はいはい、ツインね。すみません、ツインでお願いします」
「あっ……」
再びレナが受付の人に向かって声を掛けた途端、タクヤが声を上げた。
「何? どうしたの?」
驚いた顔をしながらレナが振り返る。
「えっと……いや、なんでもない……」
「ほんと?」
動揺した様子でしどろもどろに答えるタクヤを見て、レナは不思議そうに首を傾げる。
「うん」
じっとレナに見つめられ、変に思われないように必死に平静を保つタクヤ。レナを見つめ返しながら『何も』といった顔で頷いた。
(あぶね。バカな事思いついちゃった……)
しかし、タクヤは平静を装いながらも心の中では酷く焦っていた。
実は『レナが勝手にしちゃったってことにすれば、ダブルでも良かったのでは?』などと考えていたのだった。
そして再び溜め息を付く。
「なぁに? 不満そうな顔して」
受付から鍵を受け取りタクヤを振り返ると、レナはじっと覗き込むようにして声を掛けてきた。
「そんなことないよっ」
慌てたように首を横に振り、苦笑いしながら答える。既に冷静さは全く保たれてはいなかった。
「そう?……まぁいいわ。じゃあ行くわよ」
たらりと額に汗をかきながら焦っているタクヤを見て訝しげに首を傾げながらも、レナはくるりと向きを変え、すたすたと客室へと向かってしまった。
「えっ、ちょっと待ってよっ」
またも置いて行かれてしまった。自分はイズミを背負ってるんだけど? と、内心ぶつぶつ思いながらも、レナに期待するだけ無駄かと諦める。そしてゆっくりと後を追い掛けた。
☆☆☆
部屋に入るとレナに頼んで窓側のベッドの布団をめくってもらい、すぐにイズミを寝かせる。そして椅子を一脚持ってくると、ベッドの横に置き、タクヤはじっと眠っているイズミを見つめた。
「イズミ……」
時折苦しそうな顔をするイズミを心配そうに見下ろす。何か怖い夢でも見ているのだろうか。そっとイズミの額に触れる。特に熱があるという訳ではなさそうだ。本当にただ眠っているだけなのだろうか。
レナは部屋のカーテンを少しだけ開け、外をじっと見つめていた。
少しだけ静かな時間が流れていた。
数分後、ふとレナがぼそりと呟く。
「ふぅ……さて」
深く溜め息を付くと、カーテンを閉めてタクヤの方をじっと見つめる。
そして、
「イズミ君、どう? 寝てる?」
その場から移動することなくタクヤに声を掛けた。
「うん……。でも、なんか辛そう……」
じっとイズミを見つめたまま、ぼそりと答える。うなされている訳ではないが、眉間に皺を寄せながら眠っているイズミを見ると、無理矢理にでも起こした方が良いのではないかと思うほどであった。
「そう……。別にどこも悪くないから心配しなくていいわ。悪い夢でも見てるのよ」
「…………」
タクヤはレナの言葉に返事をすることなく黙ってイズミを見下ろしていた。
心配ないと言われたが、やはり気になる。
「それじゃあ、話をしましょうか」
「えっ? なんの?」
ぱんと軽く手を叩くと、レナはタクヤの様子を気にすることなく元気な声で話す。
びくりと体を震わせタクヤは驚いてレナを振り返った。
「さっき話したでしょ。あなたが知りたがっていることよ」
いつものようにレナは腰に手を当てじっとタクヤを見つめながら答える。
「……俺が知りたいことって?」
なんとなく言いたいことは分かる。だが、わざと気が付いていない振りをしてレナに問い返したのだった。
「イズミ君のことよ。300年前のこと」
「…………」
真剣な顔でじっと自分を見つめてくるレナを見上げながら、タクヤは『やはり』と思った通りの言葉に複雑な表情を浮かべていた。
「まだ知らないんでしょ?」
「……うん……」
なぜレナがイズミのことを知っているのか、しかも300年も前のことを。そう疑問に思いながらも『知りたい』といった気持ちでいっぱいになっている自分に気が付いていた。しかし、そんな大事なことをイズミの知らない所で聞いていいものかと悩む。
「……もう、聞いてもいいと思うの。この子のこと……。この子はずっとひとりで苦しんでる。それを受け止めて、支えることができるのはあなただけよ」
「…………」
じっとタクヤを見つめながら悲しそうな表情でレナが話す。
レナは一体何者なのか。なぜそこまでイズミのことが分かるのか。聞きたいことは山ほどある。しかし――。
「……やっぱりいい。その話はイズミの口から聞きたい」
じっとイズミを見つめた後、タクヤはレナを振り返りきっぱりと断ったのだった。やはりイズミのことを他人から聞きたくはない。例えイズミが話してくれなかったとしても。
真剣な表情で見つめるタクヤを心配そうな表情でレナが見つめ返す。
「気持ちは分かるけど、そんなの待ってたら時間が――」
「俺が話す」
焦ったようにレナが声を上げた瞬間、遮るように後ろから声が聞こえた。イズミが目を覚ましたのだ。
「イズミっ!」
驚いて振り返る。声を上げながらもタクヤは少しだけほっとした顔になっていた。
そしてイズミはゆっくりと体を起こす。
「……アンタは何かあるとは思っていたけどな」
冷めたような目でじっとレナを見つめる。
「うふっ。さすがはイズミ君ね。もう目が覚めちゃったの?」
しかしレナは全く動じることなく、にっこりと笑いながらイズミを見つめ返す。
「ふんっ。白々しい。タイミング計ってたんだろ? どうせ。今まで気が付かなかった俺も俺だが、全く相変わらず嫌なヤツだな、アンタ」
「そうね。ほんとは最後までバラすつもりはなかったんだけど、イズミ君鋭いっ! なんて、もうそろそろ時間もなくなってきたしね」
「ちょっとっ! 俺にも分かるように話せよっ! なんだよ、さっきからふたりばっかりっ」
じっとふたりの会話を聞いていたタクヤであったが、段々面白くなくなってきたのか、頬を膨らませながらふたりに向かって怒鳴り付ける。
「そうだな。こいつに話してもいいんだろ? また拗ねるぞ?」
溜め息を付くと、イズミはレナを見ながら膨れているタクヤの頬を指で刺す。
「ほんとはタクヤ君には教えたくないんだけどなぁ」
「どういう意味だよっ!」
自分の頬を刺しているイズミの指をどかし、肩を竦めているレナに向かって怒鳴り付ける。
「まぁまぁ、怒らないで。タクヤ君には普通の女の子として見てもらいたかったの」
「それは無理だろ? すでに『普通』じゃないからな、アンタ」
タクヤを宥めるレナの言葉にイズミが口を挟む。
「もうっ! なんでもいいから話してよっ……って、イズミ痛いっ!」
怒っているタクヤの頬を掴んで伸ばし始めたイズミの手を払い、レナとイズミの両方に向かって怒鳴るのだった。完全に遊ばれている。先程までの緊張感は一体どこへいったのか。
「はいはい。分かったから怒んないの」
すっかり普段と変わらないタクヤを眺めながら嬉しそうな顔で答えるレナ。やはりタクヤはこうでなくっちゃと考えていた。そして恐らく同じ気持ちなのだろうと、ちらりとイズミを見つめる。
しかし、そんなことを思われているとは知らないタクヤは『なんでレナにまで馬鹿にされなきゃならないんだ』と再び頬を膨らませていたのだった。
「私ね、実は魔法使いなのよ」
「へぇー、そうだったのか。俺はてっきり妖怪か宇宙人かと思ったよ」
腰に手を当てながらにこりと笑って答えるレナに向かって、イズミがしれっと口を挟む。
するとその言葉にムッとして、今度はレナが頬を膨らませる。
「ちょっとっ、それはひどいんじゃない? レディに向かって」
「はっ。アンタのどこがレディだよ。人の人生狂わせておいて」
しかし、イズミはじろりと睨み付けるようにレナを見ながら反論する。
「それは私のせいじゃないわ。あなたの宿命よ。あなたがやらなくて誰がやるの? それにいろいろと勉強ができたんじゃないの?……とは言っても、タクヤ君と出会うまでは全く成長してなかったみたいだけど?」
「もうっ! また俺のこと除け者にしてっ!」
再び置いてけぼりにされていたタクヤが怒り出した。なぜいつもこうなるのかと、少しだけ涙目になりながらイズミとレナを交互に睨み付ける。
「ちゃんと答えたじゃない」
「あれだけじゃ分かんねぇよっ。魔法使いってどういうことだよっ」
さらりと答えるレナにタクヤが怒鳴る。カオルも魔法が使えると言っていた。もしかしてカオルも魔法使いなのか? そもそも魔法使いってなんなんだ? と、タクヤの頭の中は再びパンクしそうなくらいにぐるぐると回っていたのだった。
「後はイズミ君に聞いて。私はそろそろおいとまします」
「ちょっとっ!」
しかし、レナはにっこりと笑うとタクヤが止めるのも聞かずにそのまま部屋を出て行ってしまった。
『逃げられた』と、タクヤは顔を顰める。カオルもレナもなんで皆秘密主義なんだと再び頬を膨らませる。
「もうっ、なんなんだよっ」
すると横からイズミがぽつりと話し掛けてきたのだった。
「そう膨れるな。俺が話してやるから」
「ほんとに?」
普段であれば面倒臭そうにするイズミが宥めてくれている。タクヤは思わず意外そうな顔でじっとイズミを窺う。
「なんだよ。嬉しくないのか?」
そんなタクヤの反応に今度はイズミが不満そうに顔を顰めていた。
「いや、嬉しいけど……。ほんとに教えてくれんの?」
椅子に座ったまま、ベッドの上のイズミを上目遣いでタクヤがじっと見つめる。今までもずっと『教える』と言って本当に教えてくれたためしがない。完全に疑う目であった。
しかし、イズミは大きく溜め息を付くとぼそりと呟くように答える。
「ちゃんと教えてやるよ。……そろそろ潮時みたいだしな」
「えっ?」
最後の言葉が聞き取れず、タクヤは不思議そうに首を傾げながら聞き返す。
「いや、なんでもない。ちゃんと話してやるよ。全部」
しかし、それ以上は怪しまれないようにすぐに否定し、全て話すと言い切ったのだった。
「…………」
今までずっと、恐らくイズミに出会った時から知りたかったこと。その全てが聞けるという現実を目の前にして、タクヤは急に緊張し始めていた。
じっと黙ったままイズミを見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「今から話すことは全て事実だ。ちゃんと話すから、聞き逃すんじゃねぇぞ」
「うん」
ベッドの上に上体を起こした姿勢のまま、イズミはじっとタクヤを真剣な表情で見つめる。イズミ自身もどこか緊張しているように見えた。
そしてタクヤも頷くと、じっとイズミを見つめ返した。
「ここにしましょ」
にっこりと微笑みながらタクヤを振り返る。
「うん。いいよ」
少し後ろで立ち止まると頷きながら答える。しかし先程から、全く目を覚まさないイズミのことが心配だった為、『どこでもいいから早く』といった若干苛立ちにも似た気持ちがあった。イズミがただ眠っているだけとは思えなかったのだ。
そんなタクヤの心の中のことは露知らず、レナはタクヤが頷いたのを見るとさっさと宿屋の中へと入っていった。
その後をゆっくりとタクヤもついて行く。
白い四角い箱のような建物。
この町はほとんどの建物が同じような色や形をしている。
白いコンクリートの壁。白い木製の扉。そして、建物の周りには色とりどりの花が植えられている花壇がある。
建物は白く、それ以外はとてもカラフルな色が多くみられる。
何か意味でもあるのだろうか。
中に入って更に驚く。白い空間が広がっているのかと思われた建物の中は、意外にも少し古めかしいアンティークな印象を与えていた。
焦げ茶色をしたツヤツヤとしたフローリング。同じように焦げ茶色の皮のソファー。丸い焦げ茶色をしたテーブルには小さな花瓶に生けられた赤い花が飾られている。受付も壁も全て焦げ茶色をしている。
何かこの町独自のコンセプトでもあるのだろうか。
今まで見たことのない町の雰囲気と建物に、タクヤはなんとも言えない表情で宿屋の中を見回していた。
「すいませーん。ツイン1つね。ダブルでもいいけど」
宿屋に入ってタクヤがきょろきょろと周りを見ている間に、レナが勝手に受付をしていた。
そんなレナにハッと気が付くと、
「ちょっとレナっ。何勝手なこと言ってんだよっ。あれ? ていうか、レナはどうするんだ? 泊まらないのか?」
慌ててタクヤは声を上げたのだが、ふとおかしなことに気が付いた。部屋が1つということはレナの泊まる場所がない。どうするつもりなのだろうか?
「私は泊まらないわよ。ねぇ、タクヤ君。ツインにする? ダブルにする?」
不思議そうに首を傾げるタクヤを見ながら、レナはにっこりと笑い、さらりと問い掛ける。
「何言ってんのっ!……俺は、ダブルでもいいけど……。って、ダメに決まってんじゃんっ! イズミに怒られるっ……っていうより殺されるっ!」
「どっちよ」
顔を赤くしながら声を上げるタクヤを見て、レナは呆れた顔で眺める。
「だからっ、ツインっ!……でいい」
ハッキリと言い切った後で、ぼそりと付け加えた。タクヤの心の中での答えは『ダブル』なのだが、言えるはずもなく溜め息を付く。
「はいはい、ツインね。すみません、ツインでお願いします」
「あっ……」
再びレナが受付の人に向かって声を掛けた途端、タクヤが声を上げた。
「何? どうしたの?」
驚いた顔をしながらレナが振り返る。
「えっと……いや、なんでもない……」
「ほんと?」
動揺した様子でしどろもどろに答えるタクヤを見て、レナは不思議そうに首を傾げる。
「うん」
じっとレナに見つめられ、変に思われないように必死に平静を保つタクヤ。レナを見つめ返しながら『何も』といった顔で頷いた。
(あぶね。バカな事思いついちゃった……)
しかし、タクヤは平静を装いながらも心の中では酷く焦っていた。
実は『レナが勝手にしちゃったってことにすれば、ダブルでも良かったのでは?』などと考えていたのだった。
そして再び溜め息を付く。
「なぁに? 不満そうな顔して」
受付から鍵を受け取りタクヤを振り返ると、レナはじっと覗き込むようにして声を掛けてきた。
「そんなことないよっ」
慌てたように首を横に振り、苦笑いしながら答える。既に冷静さは全く保たれてはいなかった。
「そう?……まぁいいわ。じゃあ行くわよ」
たらりと額に汗をかきながら焦っているタクヤを見て訝しげに首を傾げながらも、レナはくるりと向きを変え、すたすたと客室へと向かってしまった。
「えっ、ちょっと待ってよっ」
またも置いて行かれてしまった。自分はイズミを背負ってるんだけど? と、内心ぶつぶつ思いながらも、レナに期待するだけ無駄かと諦める。そしてゆっくりと後を追い掛けた。
☆☆☆
部屋に入るとレナに頼んで窓側のベッドの布団をめくってもらい、すぐにイズミを寝かせる。そして椅子を一脚持ってくると、ベッドの横に置き、タクヤはじっと眠っているイズミを見つめた。
「イズミ……」
時折苦しそうな顔をするイズミを心配そうに見下ろす。何か怖い夢でも見ているのだろうか。そっとイズミの額に触れる。特に熱があるという訳ではなさそうだ。本当にただ眠っているだけなのだろうか。
レナは部屋のカーテンを少しだけ開け、外をじっと見つめていた。
少しだけ静かな時間が流れていた。
数分後、ふとレナがぼそりと呟く。
「ふぅ……さて」
深く溜め息を付くと、カーテンを閉めてタクヤの方をじっと見つめる。
そして、
「イズミ君、どう? 寝てる?」
その場から移動することなくタクヤに声を掛けた。
「うん……。でも、なんか辛そう……」
じっとイズミを見つめたまま、ぼそりと答える。うなされている訳ではないが、眉間に皺を寄せながら眠っているイズミを見ると、無理矢理にでも起こした方が良いのではないかと思うほどであった。
「そう……。別にどこも悪くないから心配しなくていいわ。悪い夢でも見てるのよ」
「…………」
タクヤはレナの言葉に返事をすることなく黙ってイズミを見下ろしていた。
心配ないと言われたが、やはり気になる。
「それじゃあ、話をしましょうか」
「えっ? なんの?」
ぱんと軽く手を叩くと、レナはタクヤの様子を気にすることなく元気な声で話す。
びくりと体を震わせタクヤは驚いてレナを振り返った。
「さっき話したでしょ。あなたが知りたがっていることよ」
いつものようにレナは腰に手を当てじっとタクヤを見つめながら答える。
「……俺が知りたいことって?」
なんとなく言いたいことは分かる。だが、わざと気が付いていない振りをしてレナに問い返したのだった。
「イズミ君のことよ。300年前のこと」
「…………」
真剣な顔でじっと自分を見つめてくるレナを見上げながら、タクヤは『やはり』と思った通りの言葉に複雑な表情を浮かべていた。
「まだ知らないんでしょ?」
「……うん……」
なぜレナがイズミのことを知っているのか、しかも300年も前のことを。そう疑問に思いながらも『知りたい』といった気持ちでいっぱいになっている自分に気が付いていた。しかし、そんな大事なことをイズミの知らない所で聞いていいものかと悩む。
「……もう、聞いてもいいと思うの。この子のこと……。この子はずっとひとりで苦しんでる。それを受け止めて、支えることができるのはあなただけよ」
「…………」
じっとタクヤを見つめながら悲しそうな表情でレナが話す。
レナは一体何者なのか。なぜそこまでイズミのことが分かるのか。聞きたいことは山ほどある。しかし――。
「……やっぱりいい。その話はイズミの口から聞きたい」
じっとイズミを見つめた後、タクヤはレナを振り返りきっぱりと断ったのだった。やはりイズミのことを他人から聞きたくはない。例えイズミが話してくれなかったとしても。
真剣な表情で見つめるタクヤを心配そうな表情でレナが見つめ返す。
「気持ちは分かるけど、そんなの待ってたら時間が――」
「俺が話す」
焦ったようにレナが声を上げた瞬間、遮るように後ろから声が聞こえた。イズミが目を覚ましたのだ。
「イズミっ!」
驚いて振り返る。声を上げながらもタクヤは少しだけほっとした顔になっていた。
そしてイズミはゆっくりと体を起こす。
「……アンタは何かあるとは思っていたけどな」
冷めたような目でじっとレナを見つめる。
「うふっ。さすがはイズミ君ね。もう目が覚めちゃったの?」
しかしレナは全く動じることなく、にっこりと笑いながらイズミを見つめ返す。
「ふんっ。白々しい。タイミング計ってたんだろ? どうせ。今まで気が付かなかった俺も俺だが、全く相変わらず嫌なヤツだな、アンタ」
「そうね。ほんとは最後までバラすつもりはなかったんだけど、イズミ君鋭いっ! なんて、もうそろそろ時間もなくなってきたしね」
「ちょっとっ! 俺にも分かるように話せよっ! なんだよ、さっきからふたりばっかりっ」
じっとふたりの会話を聞いていたタクヤであったが、段々面白くなくなってきたのか、頬を膨らませながらふたりに向かって怒鳴り付ける。
「そうだな。こいつに話してもいいんだろ? また拗ねるぞ?」
溜め息を付くと、イズミはレナを見ながら膨れているタクヤの頬を指で刺す。
「ほんとはタクヤ君には教えたくないんだけどなぁ」
「どういう意味だよっ!」
自分の頬を刺しているイズミの指をどかし、肩を竦めているレナに向かって怒鳴り付ける。
「まぁまぁ、怒らないで。タクヤ君には普通の女の子として見てもらいたかったの」
「それは無理だろ? すでに『普通』じゃないからな、アンタ」
タクヤを宥めるレナの言葉にイズミが口を挟む。
「もうっ! なんでもいいから話してよっ……って、イズミ痛いっ!」
怒っているタクヤの頬を掴んで伸ばし始めたイズミの手を払い、レナとイズミの両方に向かって怒鳴るのだった。完全に遊ばれている。先程までの緊張感は一体どこへいったのか。
「はいはい。分かったから怒んないの」
すっかり普段と変わらないタクヤを眺めながら嬉しそうな顔で答えるレナ。やはりタクヤはこうでなくっちゃと考えていた。そして恐らく同じ気持ちなのだろうと、ちらりとイズミを見つめる。
しかし、そんなことを思われているとは知らないタクヤは『なんでレナにまで馬鹿にされなきゃならないんだ』と再び頬を膨らませていたのだった。
「私ね、実は魔法使いなのよ」
「へぇー、そうだったのか。俺はてっきり妖怪か宇宙人かと思ったよ」
腰に手を当てながらにこりと笑って答えるレナに向かって、イズミがしれっと口を挟む。
するとその言葉にムッとして、今度はレナが頬を膨らませる。
「ちょっとっ、それはひどいんじゃない? レディに向かって」
「はっ。アンタのどこがレディだよ。人の人生狂わせておいて」
しかし、イズミはじろりと睨み付けるようにレナを見ながら反論する。
「それは私のせいじゃないわ。あなたの宿命よ。あなたがやらなくて誰がやるの? それにいろいろと勉強ができたんじゃないの?……とは言っても、タクヤ君と出会うまでは全く成長してなかったみたいだけど?」
「もうっ! また俺のこと除け者にしてっ!」
再び置いてけぼりにされていたタクヤが怒り出した。なぜいつもこうなるのかと、少しだけ涙目になりながらイズミとレナを交互に睨み付ける。
「ちゃんと答えたじゃない」
「あれだけじゃ分かんねぇよっ。魔法使いってどういうことだよっ」
さらりと答えるレナにタクヤが怒鳴る。カオルも魔法が使えると言っていた。もしかしてカオルも魔法使いなのか? そもそも魔法使いってなんなんだ? と、タクヤの頭の中は再びパンクしそうなくらいにぐるぐると回っていたのだった。
「後はイズミ君に聞いて。私はそろそろおいとまします」
「ちょっとっ!」
しかし、レナはにっこりと笑うとタクヤが止めるのも聞かずにそのまま部屋を出て行ってしまった。
『逃げられた』と、タクヤは顔を顰める。カオルもレナもなんで皆秘密主義なんだと再び頬を膨らませる。
「もうっ、なんなんだよっ」
すると横からイズミがぽつりと話し掛けてきたのだった。
「そう膨れるな。俺が話してやるから」
「ほんとに?」
普段であれば面倒臭そうにするイズミが宥めてくれている。タクヤは思わず意外そうな顔でじっとイズミを窺う。
「なんだよ。嬉しくないのか?」
そんなタクヤの反応に今度はイズミが不満そうに顔を顰めていた。
「いや、嬉しいけど……。ほんとに教えてくれんの?」
椅子に座ったまま、ベッドの上のイズミを上目遣いでタクヤがじっと見つめる。今までもずっと『教える』と言って本当に教えてくれたためしがない。完全に疑う目であった。
しかし、イズミは大きく溜め息を付くとぼそりと呟くように答える。
「ちゃんと教えてやるよ。……そろそろ潮時みたいだしな」
「えっ?」
最後の言葉が聞き取れず、タクヤは不思議そうに首を傾げながら聞き返す。
「いや、なんでもない。ちゃんと話してやるよ。全部」
しかし、それ以上は怪しまれないようにすぐに否定し、全て話すと言い切ったのだった。
「…………」
今までずっと、恐らくイズミに出会った時から知りたかったこと。その全てが聞けるという現実を目の前にして、タクヤは急に緊張し始めていた。
じっと黙ったままイズミを見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「今から話すことは全て事実だ。ちゃんと話すから、聞き逃すんじゃねぇぞ」
「うん」
ベッドの上に上体を起こした姿勢のまま、イズミはじっとタクヤを真剣な表情で見つめる。イズミ自身もどこか緊張しているように見えた。
そしてタクヤも頷くと、じっとイズミを見つめ返した。
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