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第8章『正体』

11話

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「ユキノさん……」
 まだ信じられないといった顔でじっと見つめる。見た目はユキノで間違いないと思いながらも、つい数時間前まで一緒だった彼女とはまるで別人のようなその表情に困惑していた。
 一体何があったというのか。そしてなぜ今も人の気配が感じられないのか……。
「…………」
 イズミもまた険しい顔で黙って少女を見つめていた。何かおかしい、そう感じてはいるが、それが何かが分からないのだ。
「ユキノさんっ!」
 歩いてくる少女に向かってタクヤが思い切って声を掛けた。
 すると、何かに反応したようにビクッと体を震わせ、その場に立ち止まった。
「ユキノさん? ユキノさんだろ? 一体どうしたんだ? 何があったんだ?」
 声を掛けながらゆっくりと近付く。
 しかし、少女は何も答える様子はなく、じっとこちらを見つめているだけであった。
「……本当にあの女なのか?」
 疑わしく思っていたイズミは少女に近付くことなく、立ち止まったままタクヤに声を掛ける。確かに見た目は彼女ではあるが、やはり何かおかしいと考えていた。
「ユキノさんだよっ、絶対。なんでそんなこと言うんだ」
 むっとして振り返ると、タクヤは睨み付けるようにしてイズミを見た。自分が間違うはずがない。確かにおかしいとは思うが、きっと何か事情があるはずだ、と考えていた。
「本当にそうか? その女からは生きてるニオイが全くしない」
 じっと少女を睨み付けるようにしてイズミが問い返す。
 確かに人の気配は感じない。しかし――。
「でもっ……あれはユキノさんだよっ。まさか、そっくりさんなんてことはっ――」
「クローン……」
 タクヤが必死に話している途中で、ふとイズミが呟くように遮った。
「っ!」
『まさか』と思いながら少女の方を再び振り返った瞬間、今までピクリとも動かなかった少女が突然ふたりに向かって走り出した。そして右手に持っていた剣を両手で持ち、振り上げる。
「っ!?」
 ハッとした瞬間、慌てて魔剣で受け止めた。しかし、ビリビリと信じられない程の圧力に驚く。とても女の子の力、いや、人間の力とは思えない程であった。やはりクローンなのか?
 しかし、少女は剣を押し上げるようにし、魔剣が離れたところで剣を下ろした。
「っ!」
 急に剣を下ろした少女に驚き、タクヤも魔剣を下ろす。
 すると、少女はタクヤを睨み付けるようにして声を発した。
「嘘つきっ!」
 そして、その表情は怒りなのか悲しみなのか、大きな瞳を更に大きくさせ、溢れそうな程に涙が溜まっていた。
 こんな表情も見たことがなかった。しかし、発せられた声もまた、ユキノのものであった。
「ユキノさん……」
 先程のイズミの言葉も気になるが、やはりタクヤには目の前の少女はユキノとしか思えなかった。たとえ人の気配を感じなかったとしても、何かあるだけなのだとそう思っていた。
「私たちのこと、助けるなんて……。優しいふりして、嘘ばっかりっ!」
 しかし、再び彼女はタクヤに怒りをぶつけてきたのだった。
「なんのこと? 一体何があったの?」
 タクヤは目の前の少女はユキノだと信じ、心配そうに問い掛ける。一体何があったのか。どうしてこのようなことをしてくるのか。
「あなた達のせいよっ!」
 するとユキノは再びタクヤに向かって剣を振り上げる。
「ちょっと待ってっ! 俺たちのせいって? 何があったのか説明してよっ!」
 必死に魔剣で受け止めながらユキノに向かって問い掛ける。
「タクミが殺されたわっ!!」
「っ!?」
 泣きながら強く睨み付けるユキノの表情と発せられた言葉に、タクヤは固まってしまった。

 ――今、なんて言ったんだ?

「目の前でっ、人形みたいに、首を刎ねられたっ!……私たちが何をしたっていうの? 私たちはただっ、ただ……静かに暮らせたら、それで良かった。それだけで……」
 泣き叫びながら剣をカシャンと地面に落とし、ユキノはそのまま崩れるように座り込んでしまった。
「……タクミが……殺されたって……どういうこと? 魔物に?」
 呆然と立ち尽くしたまま、タクヤは呟くようにユキノに問い掛ける。タクヤもまた、ごとりと魔剣を地面に落としてしまっていた。
「知らないわ……。あの人と、同じ顔をした人が……」
 泣きながらユキノはぼそぼそと答える。そして殺意にも似た目でイズミを睨み付けながら指差したのだった。
「えっ?」
「っ!」
 ハッとすると、タクヤは驚いてイズミを振り返った。そして、イズミも言葉もなく驚いた表情をしている。一体どういうことなのか。
「イズミと同じ顔って……」
「そうよ。その人が言ったの。……そう、あなた達のせいだって……。あなた達が私たちに関わったからっ。あなた達のせいよっ。許さないからっ!」
 呆然とするタクヤに向かってユキノは俯いたままぼそぼそと話し始めた。そして、口調が段々激しくなってきたかと思うと、バッと顔を上げ、憎悪を感じる強い目で睨み付けてきたのだった。
 座り込むユキノを見下ろしながらタクヤは困惑していた。
「そんな……一体どういうことなんだ……。イズミと同じ顔をした人なんて……。もしかしてイズミ、双子の兄弟とかいる?」
 呆然としながらもタクヤは必死に考え、そしてふとイズミを振り返った。
「…………」
 しかし、イズミからの返答はなかった。何か苦しそうな表情をしているが、何を考えているのかは分からない。何かを隠しているのか。
「イズミ?」
 心配そうに見つめ、イズミに近付こうとしたその時、後ろでカチャッという音がして、タクヤは反射的に振り返った。
 その瞬間、いつの間にか立ち上がっていたユキノの体がタクヤにドンッと勢いよくぶつかった。
 そしてそれと同時に何か体に熱いものを感じた。
「えっ?…………」
 一瞬、何が起こったのか分からず、不思議そうにじっとユキノを見下ろす。
 しかし、ユキノはふらりとタクヤから離れていった。その手には何か赤い液体のような物が付いている。
「…………」
 じわじわと体に感じた熱さが広がっていく。
 タクヤはユキノの姿を見つめた後、ゆっくりと自分の体を見下ろした。
 先程ユキノが手にしていた剣が、自分の左の脇腹辺りに刺さっている。
「っ!」
 そこで初めて自分が刺されていることに気が付いた。先程から感じている熱さ、これは体の痛みだったのだ。一体何が起こったのか分からず、理解するまでに時間が掛かってしまった。
 そして――、

「タクヤっ!!」

 イズミが遠くで叫んでいるのが聞こえた気がした。しかし、意識が遠くなっていく。

「イ、ズミ…………」

 ぼそりと呟くと、タクヤはそのまま倒れてしまった。
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