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第8章『正体』

4話

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「もうっ、ちょっとくらい待ってくれてもいいのにっ。イズミそんなに歩くの早かったか?」
 そんなに時間が経ってしまったわけではないのに、イズミとの距離が結構できてしまい、追い付くまでに大分走る羽目になってしまった。
 タクヤは息を切らしながらもイズミに文句を言う。
「なんなんだ、あの女は。ちょっとはマシかと思ったが、全然ヤバイじゃねぇか。お前、なんでいっつも変なヤツと仲良くなるんだよ」
 しかし、イズミはタクヤの声を聞いた途端その場に立ち止まると、物凄く嫌そうな顔で逆に文句を言い返したのだった。余程サラから早く離れたかったのだろう。
「知るかよっ。っていうか、今までそんな変な人とは会ってねぇじゃんっ。まぁ敢えて言うならレナくらいじゃんっ」
 ムッとしながら更に言い返す。しかし、タクヤにとってもレナは変わっていると思われていたのだった。言われたレナがくしゃみをしていそうである。
「あの女は問題外だ。……そうか、類は友を呼ぶとも言うしな」
 はぁ? といった顔でイズミは答えるのだが、ふと思いついた考えに納得していた。
「なんだよそれっ!」
 なんとも心外なことを言われたと、タクヤは眉間に皺を寄せながらじっとイズミを睨む。
「知らないのか? 似たような人は――」
「んなこたぁ知ってるよっ! そうじゃなくってっ、俺も含まれてるのかって言ってんのっ!」
 イズミが真剣に言葉の意味について話そうとするのを、タクヤは顔を真っ赤にしながら口を挟む。
「よく分かったな」
「もうっ! また馬鹿にしてっ! 俺は変じゃないもんっ」
 しれっとして答えるイズミを更に怒鳴り、頬を膨らませる。なぜいつも馬鹿にするのかとタクヤはいつになくイライラとしていたのだった。
「まったく自覚のないバカは」
 しかしイズミは深く溜め息をつきながら呆れた顔で呟く。
「何がだよっ! それを言うならイズミだって変じゃんかっ!」
「俺のどこが変なんだよ? 至って正常だ」
 怒鳴るタクヤをイズミは不機嫌に睨み付ける。
「いーや、変だねっ。自覚ないのはお互い様じゃんっ」
「お前、何認めてんだよ……」
 自信ありげに強く言い切り指を差すタクヤをイズミは呆れた顔で眺める。
「うっ……」
 張り切って答えた内容だったが、あっさり返り討ちにあってしまい、言葉を詰まらせ悔しそうに唇を噛み締める。
「もういい」
「何が?」
 溜め息をつき、呆れながら目を逸らすイズミを、タクヤはじっと覗き込むようにして見る。
「もう飽きたからおしまい」
 無表情にそう言うと、イズミは再び歩き出してしまった。
「何それ」
 悔しいのもあるが、何か納得のいかないタクヤは立ち止まったまま顔を顰める。
 すると、ついてこないタクヤに気が付き、面倒臭そうな顔をしながらもイズミがタクヤに声を掛ける。
「何してんだ? 置いてくぞ」
「やっぱイズミだってよく分かんねぇじゃん」
 面倒臭そうにしながらも、ちゃんと自分のことを気にかけてくれているのは嬉しいが、やはり何か納得がいかず、タクヤは口を尖らせぼそりと呟く。しかし、これ以上考えても分からないやと諦め、走ってイズミを追いかけたのだった。
 そして追いつくなり笑顔で話し掛ける。
「なぁなぁ、ユキノさんに聞いたんだけど、この先にある町に旨い中華料理店があるんだってっ。寄ってこうぜ」
「…………」
 しかし、イズミは顔を顰め、なんとも言えない顔でタクヤをじっと見る。
「なんだよ」
 普通に話し掛けた筈なのに、イズミがなぜそんな顔をするのかとタクヤは頬を膨らませる。
 すると再びイズミは立ち止まって溜め息をついた。タクヤも立ち止まるが、ますます頭にきていた。そんな溜め息をつかれるようなことはしていない筈である。
「お前、なんの為に旅してんだよ」
 むすっと頬を膨らませているタクヤをちらりと見ると、イズミは呆れた顔で話したのだった。しかし、タクヤが答える前に再び前を向くとそのまま歩き始めてしまった。
「あっ、ちょっとっ……。それは、前にも話したけど――」
「だったらそんな寄り道ばっかしてていいのかよ? お前の師匠の居所が分かったってのに、そんなにのんびりしてていいのか?」
 歩き出したイズミを慌てて追いかけ、タクヤが話し始めた途端、なぜかイズミが怒ったような口調で口を挟んだのだった。それには思わずタクヤもきょとんとしてしまった。先程からイズミの考えていることがさっぱり分からない。
 しかし、再びむっとした顔をするとすぐにイズミに言い返す。
「そうだけど。でも、急いだってどっかで宿取んなきゃならないんだしさ。もちろん師匠の所へはすぐにでも行きたいけど、俺には他にも魔物を倒すっていうのもあるから、やっぱ通る所は全部行きたい」
「お前の一番ってなんなんだ?」
 すると再びイズミは立ち止まって真剣な顔で尋ねたのだった。
「えっ? 俺の一番って?」
 立ち止まってしまったイズミに合わせて自分も立ち止まるのだが、質問の意味が分からない。思わず不思議そうに首を傾げてしまう。
 少しずつでもイズミの気持ちが分かるようになった、などと思っていたのはやはり勘違いだったのかもしれない。残念だが全くもってイズミの言葉の意味も気持ちもさっぱり分からないタクヤであった。
 そんなタクヤに気が付いたかどうかは分からないが、再びイズミは溜め息をつく。そして、
「お前のやりたいこと……。望み、とか」
 と答えるのだった。その答えにタクヤは再び首を傾げながら考える。
「望みかぁ……。んー、やっぱ幸せになりたいってことかなぁ。俺の一番は、平和な世界でイズミと幸せになりたい、かな」
 そう言ってにこりと笑ってイズミを見つめた。
「…………」
 するとイズミは突っ込むわけでもなく黙ってタクヤを見つめ返していた。やはり何を考えているのかは全く分からない。無表情に見つめているイズミをタクヤは不思議そうに覗き込むようにして見た。
「イズミ?」
「……いや、なんでもない」
 しかし、一瞬何かを言おうとした気はしたのだが、すぐにタクヤから顔を逸らしてしまった。その様子に首を傾げるが、ふと考え同じ質問をイズミに問い掛けてみた。
「……じゃあさ、イズミは? 何が望み?」
「俺は……」
 またしてもイズミは何かを言い掛け、そのまま黙り込んでしまった。何か考え込んでいるような表情をしている。
「なんだよ。さっきからどうしたんだ? なんか変だぞ?」
 さすがにタクヤも気になって、不満そうに口を尖らす。自分が気が付かない訳ではなくイズミが変なのだ。
「……やっぱ言わない」
 しかし、イズミはタクヤに背を向け、ぼそりと答えるとそのまま歩き出してしまった。
「何それっ。なんで教えてくんねぇんだよっ」
 相変わらずなイズミの態度に再び頭にくるタクヤ。イズミを追いかけながら怒鳴りつける。
「…………」
 しかし、イズミはタクヤを見ることなく黙って歩き続けている。顔も再び無表情になっている。一体なんなんだと腹が立つ。
「なぁっ、聞いてんのっ?」
「…………」
 自分を覗き込みながら怒っているタクヤを横目で見ると、イズミは仕方なさそうにゆっくりと息を吐く。そして再びその場に立ち止まる。そして、
「そのうち教えてやるから」
 ちらりとタクヤを見て話すと再び歩き始めた。
「…………」
 しかし、一緒に立ち止まっていたタクヤはじっと睨み付けるように黙ってイズミを見ていた。
「何してんだよ」
 立ち止まったままのタクヤを振り返り、イズミは足を止めると呆れた顔をしながら戻ってきた。
「……イズミ、俺、ちゃんと信じたいって思ってるけど。こんなこと言いたくないんだけど、イズミ、ほんとに教えてくれんの?……前にもそう言って、全然教えてくれねぇし」
 なんだか悔しかったのだ。少しずつでもイズミとの距離が縮まっているように感じていたのだが、結局知らないことだらけである。自分はイズミのことをほとんど知らない。悔しくて、口を尖らせ俯いてしまった。
「俺のこと、信用できないのか?」
 睨み付けるようにイズミはじっとタクヤを見つめる。
「そんなことないけどっ、でも……」
 ハッとして顔を上げるが、再び悲しくなり目を伏せる。信じていない訳ではない。ただ、もっと自分を信じてほしいだけなのだ。そう言いたいのになぜか言葉が出てこない。
「…………。まだ、時期じゃない。……もう少し、待ってくれないか?」
 すると、深く溜め息をつき、イズミはぼそりと呟くように話したのだった。
 思わずタクヤは顔を上げてイズミを見る。
「えっ? どういうこと?」
 今までと反応が違う。『時期じゃない』とはどういうことなのか。ドキドキしながらイズミの返事を待つ。
「……まだ、言えない。だから……もう少し……」
 タクヤから目を逸らし、イズミはぼそりぼそりと答える。どこか辛そうにも見えるが、やはり今までとは違う感じがした。
「……分かった。待ってる。イズミのこと、ちゃんと信じるよ」
 そう言ってタクヤはイズミをじっと見つめ、真剣な顔で答えたのだった。
 イズミは黙ったまま無表情にタクヤを見つめ返す。そして何も言わずに再び歩き始めてしまった。
「えっ、ちょっと」
 慌ててイズミを追う。そして追いつくなりタクヤは嬉しそうに顔をにやつかせていた。
 約束を守ってくれるかどうかは分からないが、『待っててくれ』と言われたことが嬉しかったのだ。先程までの嫌な気持ちはすっかりどこかへいってしまっていた。
「何にやついてんだよ。気持ちわりぃな」
 ちらりとタクヤを見たイズミは鬱陶しそうに顔を顰めている。しかし、
「へへっ、なんでもない」
 今のタクヤは何を言われても怒らなかった。相変わらず嬉しそうな顔をしている。
「バカ猿」
 溜め息をつきながら不機嫌にタクヤから目を逸らす。
 タクヤはそんなイズミを優しく見つめていた。少しずつだがイズミも変わってきている。そう感じていた。少しずつでもいい、小さな一歩でもいい。イズミに近付くことができればと考えていたのだった。
「あー、肉まん食いてぇーっ」
 突然タクヤが叫んだ。
 イズミはぎょっとしてタクヤを見る。
「……焼売がいい」
 そしてイズミもぼそりと呟く。
「んじゃ、今日のお昼は飲茶に決定っ!」
 にやりと笑うとタクヤは嬉しそうに声を上げ、右手を高く上げた。

 ふたりは川沿いの道を次の町に向け、ゆっくりと歩いていった。
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