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第8章『正体』

1話

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 ふたりはユキノの家を出ると宿屋へと戻っていた。
 荷物の整理をしながらタクヤは急にふと大事なことを思い出したのだった。
 すっかりと忘れてしまっていた、あの約束を……。
「ああっ!」
 突然タクヤが叫び出し、イズミはビクッとしてタクヤを見た。
「うるせぇなっ」
 不機嫌な顔でタクヤを睨み付ける。騒がしいのはいつものことだが、急に叫ばれるのは心臓に悪い。イズミは猫のように音に敏感なため、大きな音や声が苦手なのだった。
「いや、えっと……。約束してたんだよ。すっかり忘れてた……」
 イズミに睨まれ動揺したタクヤであったが、急におろおろと慌て始めた。心なしか顔色が青ざめているようにも見える。
「何が?」
 鬱陶しいと思いながらも面倒臭そうにタクヤに問い掛ける。
「昨日さ、イズミに教えてもらった通りに森まで行ったんだよ。その時にさ、イズミが言ってた人っていうか何者なのか分からないけど、とにかく会えたんだ。でも、その時は教えてもらえなくて、今日の朝、もう一度来いって言われてたんだよ」
 タクヤはイズミの問いに答えると、「あーっ、もうっ」と呟き、自分に苛立ちながらわしゃわしゃと髪の毛をかき回す。
「馬鹿だな、お前。人助けなんかしてる場合じゃなかったんじゃねぇか。まったく、阿呆、馬鹿、間抜け、唐変木」
 イズミは呆れた顔で淡々と話すと、「くだらねぇ」と呟きながら、再び自分の荷物の整理を始めた。
「ちょっとっ。なんだよっ! 確かに俺のせいだけど、なんでイズミにそこまで言われなきゃなんないわけ?」
 あまりの言われようにタクヤはムッとしてイズミを睨み付ける。確かに忘れた自分が悪いのは分かるがそこまで言わなくてもと口を尖らせていた。
「何怒ってんだよ。当然のことだろ?」
 しかしイズミはタクヤを見ることなくしれっとして答える。
「当然って……。もういいよっ」
 冷たく言われることは分かってはいたが、タクヤは頬を膨らませてそのまま床に座り込んだ。なぜいつもこうなってしまうのか。それも分かってはいるのだが、腹が立ってしまうのだ。
「いいならいいじゃねぇか。いつまでもごちゃごちゃ言ってんなよ。自業自得だろ? 俺がせっっっかく教えてやったのにな」
 イズミは自分の荷物を片付け終えると、ベッドに腰掛けタクヤを眺める。そして睨み付けるように見た後、嫌味を込めて話すのだった。
「あーそうですよっ。イズミにせっかく教えてもらったのに、棒に振ったのは俺ですよっ」
 更にムッとしたタクヤは口を尖らせ横を向く。引き下がれなくなっているのもあったが、イズミの言い方があまりに気に入らなくて拗ねていたのだった。しかし、
「はあぁぁぁぁぁぁ……」
「ちょっとっ! なんだよ、そのわざとらしい溜め息はっ!」
 今までになくイズミがタクヤに聞こえるようにわざと大きく溜め息をついた為、いい加減、頭にきてしまったタクヤは大声で怒鳴るのだった。
「別に」
「ムカつくっ!」
 しかし、しれっとして返すと今度はイズミが横を向いてしまった。そしてタクヤはふたたび頬を膨らませていたのだった。

「で? 諦めるのか?」
 頬を膨らませたまま黙り込んでしまったタクヤをちらりと横目で見ると、イズミはバカにしたような口調で問い掛けるのだった。
「……諦めない。……でも、もう行ってもダメかもしれない」
 タクヤは口を尖らせ、イズミを見ることなく答える。悔しいが全て自分のせいである。冷たいイズミに怒っていたものの、結局は自分が全て悪いのだ。
「じゃあ行かないのか?」
 イズミはベッドに腰掛けたままタクヤをじっと眺める。試すような口調で問い掛けている。
「行くよっ! いないかもしれないし、いても教えてくれないかもしれないけど、行くっ。だって、このまま諦めるなんて、俺、絶対嫌だっ」
 ハッとするとタクヤは顔を上げ、イズミを睨み付けるようにして言い返した。
「じゃあ頑張れ」
 しかし、イズミはタクヤから目を逸らすと、さらりと一言だけ呟いた。その言葉にタクヤはぽかんとしてしまう。そして、
「え? ちょっとっ。まさか俺ひとりで行くわけ?」
 自分が行くと言えばイズミも来てくれると思い込んでいたタクヤは慌ててイズミに問い返したのだった。訴えかけるようにイズミを見上げる。
「当たり前だろ? なんで俺がついてかなきゃならないんだ?」
 しかしイズミは嫌な顔をして問い返す。昨日も散々断ったのだ。今日も折れるつもりは毛頭なかった。
「え、だって。じゃあ、待っててくれる?」
「やだね」
「やっぱりっ! じゃあダメ。やっぱ一緒に来てよ。そばまで来てくれればいいからっ。だって、イズミ、俺ひとりで行ったら、そのまま俺のこと置いて行きそうだもんっ」
「当然」
「もうっ! ダメダメダメ。無理にでも連れてくからなっ!」
 きっぱりと言い切るイズミにタクヤは大声を上げ、睨み付けた。
「ちっ」
「また舌打ちしたぁっ!」
 面倒臭そうに舌打ちしたイズミを、タクヤは指を差しながら大声を上げる。
「ったく、うるせぇヤツだな」
 溜め息をつきながらイズミは更に鬱陶しそうに呟き、横を向く。
「じゃあ行くよっ。ほら、荷物持ってっ。……ちょっとっ、横向いてんなよっ!」
 タクヤは自分の荷物を持ち、勢いよくイズミを振り返る。イズミは『行く』とは一言も言っていないのだが、連れて行く気満々である。
 しかし、イズミは相変わらず嫌そうな顔のまま横を向いていたのだった。頑なに拒んでいる。
「なんで俺まで行かなきゃならないんだよ」
「もうっ、ほらっ」
 いつまでも横を向いたままぼやいているイズミを見て、タクヤは頬を膨らませると、イズミの荷物を持ち、もう一度声を掛ける。荷物さえ持ってしまえばこっちのものだとも考えていた。
「ったく、面倒くせぇ」
 再び大きく溜め息をつくと、イズミはタクヤから荷物を奪い返すことはせず、仕方なさそうにゆっくりと立ち上がる。結局はいつもの通りの結果となっていたのだった。
「ほらぁっ、行くよっ!」
 ドアの前に立ち、イズミを振り返る。
「ちっ」
 イズミはまた面倒臭そうに舌打ちする。
 しかし、全く無視するようにタクヤが部屋を出てしまった為、仕方なくゆっくりと後に続いたのだった。
 イズミの方が強そうに見えて、なんだかんだでいつもタクヤが勝っていることを、本人は全く気が付いていなかった。いつも最後に折れるのはイズミの方なのだ。



 ☆☆☆



 荷物を持ったまま、昨日訪れた池のほとりまで辿り着いた。
「なんで俺が……」
 ここまで来たというのにイズミはタクヤに荷物を持たせたまま、まだ面倒臭そうにぼやいていたのだった。
「いつまで文句言ってんの。もう来ちゃったんだからいいじゃんか」
 自分の後ろでいつまでもぼやいているイズミを振り返り、呆れた顔で眺める。
「…………」
 イズミは言い返すことはなかったが、嫌な顔をしてタクヤから目を逸らすとそのまま黙り込んでしまった。
「やっぱいないなぁ……。早朝って言ってたしなぁ……。もう昼だし」
 そしてタクヤはイズミを気にすることなく、ひとりでブツブツと呟き考え込んでいた。
「じゃ、帰るか」
 黙っていたイズミが突然嬉しそうに声を掛けた。すると――。

「なぁ~に、寂しいこと言ってんの? イズミちゃんてば」

 ぐいっと後ろから腕を掴まれ、そのまま後ろから抱きつかれたかと思うと、文句を言う前にすぐ耳元で陽気な声がした。
 イズミはぎくりとして後ろを振り返る。
「ああーっ!」
 イズミが声を発するよりも先に、タクヤが大声を上げ、イズミに抱きついている人物を指差した。
「…………」
 嫌そうな顔でイズミは黙ってその人物を睨み付ける。
「いやん、イズミちゃん久し振りっ、チュッ」
 嬉しそうにイズミの頬に人差し指を当て、ウインクしているその人物は、イズミと何か関わりがありそうだと考えていたあの男であった。
「なっ、なっ……。イズミちゃんって、ちゃんって……」
 タクヤは男を指差したまま、口をパクパクさせていた。
「まだいたのかよ」
「つれないなぁ……。誰かさんが約束すっぽかしちゃったけど、イズミちゃんが来るっていうから、仕方なぁーく来てやったのにさ」
 鬱陶しそうに自分を睨み付けるイズミに抱きついたまま、男は悲しそうな表情で話す。
「ちょっとっ! あんたっ! いつまでイズミに抱きついてんだよっ! さっさと離れろよっ!」
 ふたりのことを唖然としながら眺めていたタクヤはハッとすると、今度は顔を真っ赤にさせながら男に向かって怒鳴り付けた。
「えー、どうしよっかなぁ。久し振りの再会だし? 愛しのイズミちゃんを離すなんて勿体ないしなぁ」
 男はイズミをしっかりと抱き締めると、首を傾げながら悪戯っぽくタクヤを見た。
「ちょっとっ! 早く離れろよっ!」
 ふるふると拳を震わせながらタクヤが男に掴みかかろうとしたその時、イズミが鬱陶しそうに男の腕を払い除けたのだった。そしてふぅっと溜め息をつく。
「ったく……何面白がってんだよ」
 冷めた目で男を睨み付ける。やはりふたりは知り合いのようであった。
「べーっつにー」
 男は両手を上げると、しれっとして答える。
「あんたって、昔からそうだよなぁ。気に入ったヤツはとことん苛めるのな」
 呆れたような顔でイズミがちらっと横目で男を見上げた。
「そうかぁ? ま、お前も人のこと言えねぇんじゃねぇのか?」
 男はにやりと笑いながらイズミを見下ろす。
「ちょっ、ちょっとっ! なんなんだよっ! 一体どういう関係なんだよっ!」
 ふたりの間に入り込めずにいたタクヤはムッとしてイズミの横に並び、ふたりを交互に睨み付けた。知り合いのようではあるが、どうにも解せない。
「別に」
「愛人♪」
 無表情に答えるイズミに、顔を赤らめ、頬を両手で覆いながら嬉しそうに答える男。
「死ね」
 しかし次の瞬間、男はイズミに殺気を含んだ目で睨まれていた。
「ほんっと、変わんないなぁ、お前は。って、何お前まで睨んでんだよ」
 男は嬉しそうにイズミを見下ろすが、すぐ横でも殺気を感じ、タクヤを見ると、こちらでも凄い形相で睨み付けていたのだった。そして、
「だからっ! どおいう関係なんだって聞いてんだよっ!」
 ちゃんと答えてもらっていないため、再び同じ質問をする。睨み付けるようにしてふたりを見ていた。
「俺とイズミはな、話すと長くなるんだが――」
「昔ちょっと世話になっただけだ」
 男がしんみりとした顔で話し始めたのだが、すぐ横からイズミが口を挟んだ。
「ちょっとじゃねぇだろ? お前のオムツ替えてやったり、風呂に入れてやったり――」
「いつの話だよっ」
 嬉しそうに話す男の話の途中でイズミが鬱陶しそうに口を挟みながら男を睨み付ける。
「えっ……」
「お前も呆けてんじゃねぇよ」
 そして今度は信じられないといった顔で口を開けたままぽかんとしているタクヤを睨み付ける。なんでこうバカばっかりなんだとイズミは大きく溜め息をつく。
「お前ら、ほんっと面白いな」
「一緒にするな」
 楽しそうに眺めている男をイズミがすぐに嫌そうな顔で睨み付ける。
「世話になったって……」
 タクヤは漸く落ち着くと、今度はじっと訝しげにイズミを見つめた。ふたりが言う『昔』が気になったのだ。
「保護者みたいなもんだ」
「こんな保護者いらねぇよ」
 イズミが答える前に男がにやりと笑いながら答えたのだが、再びイズミが横から口を挟んだ。
「どっちだよっ!」
 何を信じればいいのか分からず、タクヤは顔を顰める。全く何がなんだか分からない。
 そんなタクヤを見ながらふっと男が笑みを浮かべる。そして、
「昔こいつに魔法を教えてやったんだよ」
 男はちらりとイズミを見た後すぐにまたタクヤを見てニヤッと笑いながら答えた。
「魔法?……えっ!? じゃあ、イズミの『力』って魔法だったのかっ?」
 一瞬首を傾げたタクヤはハッと気が付くと唖然として男を見上げた。
 今までイズミの『力』が一体なんなのか、イズミ自身からは教えてもらえなかった為、まさかそれが魔法だとは思いもしなかったのだ。
「なんだお前。知らなかったのか?」
 へぇっと呟くと、男が意外そうな顔でタクヤを見下ろす。
「知らねぇよっ! 聞いてねぇもんっ!」
 タクヤは頬を膨らませると、イズミにではなく男の方を睨み付けていた。やはりこの男が気に入らない。男の態度も自分を見下ろしているのも全てだ。
「何? お前、言ってなかったのか?」
 顎に手を当てながら男はまた意外そうな顔で、今度はイズミをじっと見下ろす。
「聞いてないっ!」
 イズミが答える前にタクヤが割り込んできた。そしてなぜだか悔しくて、顔を真っ赤にさせていた。
「……言ってなかったっけ?」
 ちらりとタクヤを見た後、イズミは一瞬鬱陶しそうな顔をしたが、すぐにタクヤから目を逸らし、しれっとして問い返した。
「聞いてねぇよっ! いっつも『秘密』とか言ってなんにも教えてくれなかったじゃねぇかよっ!」
 顔を赤くしたままイズミを睨み付けると大声で怒鳴り散らしていた。もう誰に対してかは分からないがとにかく悔しいタクヤであった。
「うるせぇな。いちいち本気にするなよ」
 ふぅっと溜め息をつくと、イズミは鬱陶しそうにちらりと横目でタクヤを見る。
「悪かったなっ! 俺は素直なんだよっ!」
 そして再び頬を膨らませる。ムッとして声がどんどん大きくなる。しかし、
「馬鹿なだけだろ?」
「うるさいうるさいっ! だからすぐに馬鹿って言うなよっ!」
 呆れた顔でイズミに言われ、タクヤは涙目になりながら怒鳴っていたのだった。いつものことながら、19歳とは思えない子供っぷりである。
「お前ら仲いいな。なんか俺、妬けちゃうなぁ」
「なんで皆、同じこと言うんだ?」
「目が腐ってんのか、頭がいかれてるんだろ」
 冗談っぽく寂しげに呟く男の言葉に、あれだけ怒っていたにもかかわらず、タクヤはきょとんと不思議そうに首を傾げる。
 そして、その横でイズミは相変わらず鬱陶しそうにぼそりとタクヤの問いに答えていたのだった。
「そうそう、バカが風邪引くと、脳味噌が腐って耳から出るんだってな」
 すると男は突然、面白そうに別の話題を持ち出した。
「えっ!?」
「お前も馬鹿みたいに反応してんなっ!」
 男の話を聞いた途端、タクヤが驚いて思わず耳を塞いでいたので、イズミが呆れながら怒鳴っていた。
「イズミちゃんてば、相変わらず口悪いし、態度でかいし、変わってなくてお兄さんは嬉しいっ!」
「頼むからどっか行ってくれ」
 泣く真似をしながら再びイズミに抱きつく男を、イズミは呆れながらもすぐに男の腕を剥がし逃れていた。
「冷たいなぁ。まぁ、そんなあなたもス・テ・キ♪」
「死ねっ」
 顔を赤らめ人差し指を立てながら話す男を見て、イズミは背筋に悪寒を感じ、言葉を発するのと同時に男を蹴り上げていた。
「なんか楽しそう……」
 ふたりを見ながらタクヤは口を尖らせぼそりと呟いていた。
「お前、何ぼけっとしてんだよ」
 突然イズミが呆れた顔をしながら声を掛けてきた。
「えっ……だって、なんか、入る隙がなかったっていうか……」
 急に話し掛けられ、タクヤはおどおどとしながら答える。
「えっ、何? 入れる隙がなかった? いや~ん、何を~?」
「腐れ外道」
 ふざけながらふたりの間に割り込んできた男をイズミが容赦なく蹴り上げる。
「もうっ、イズミちゃんてば手が早いっ!……って足か」
 男はイズミに攻撃されないよう、少し離れた所から顔を赤らめながら再びふざける。
「クソいかれボケじじい」
 じろりと、イズミは鬱陶しそうに男を睨み付ける。
「えっと……」
 ふたりの会話についていけず、タクヤはどう反応すればいいのか困っていた。
「それにしても、ふたり旅なんてけしからんな、まったく。同じ部屋に泊まって、毎夜毎夜何をしてるんだか。教育的指導が必要だな」
「指導が必要なのはてめぇだろ」
 真剣な顔になったかと思うと、またも男がふざけていたのでイズミは低い声で男の背後に回り、ぼそりと呟き拳銃を男の頭に突き付けていた。
「キャーッ! イズミちゃんてば、激しい指導ねっ」
 男は両手を上げながら慌てるふりをする。
「今すぐ地獄へ送ってやろうか?」
「分かった分かった、もうしねぇよっ。悪かったってっ!」
 カチャッという音を聞き、男は本当に慌てると、両手を上げたままイズミに謝っていた。
「ったく……。アホな奴ばっかだな」
 深く溜め息をつきながらイズミは拳銃をしまう。なぜ自分の周りはこんなのばかりなのかと肩を竦める。
 そして結局ふたりの会話に入ることができなかったタクヤはぼんやりとイズミに話し掛けた。
「なぁイズミ。いつもどっからそういうの出すんだよ」
「秘密」
「なんだよっ! ケチっ!」
 しかし、いつものようにあっさりと返されてしまい、タクヤは頬を膨らませていたのだった。
「で? 戯れてるのは構わんが、俺に用があって来たんじゃないのか?」
 と、男が今度は真面目な表情でふたりに話し掛けてきた。
「あっ! そうだっ……って、えっ? ちょっと待てよ。え? じゃあ昨日のアレはあんただったってわけ~?」
 ハッとしてタクヤは漸く大事な事を思い出したのだが、男の言葉で訝しげな顔をし、じっと男を覗き込むようにして見上げた。
「おうっ、俺様だ」
 男はニヤリと笑う。
「ええっ!!……って、やっぱあんた人間じゃないのかっ? あんた一体何者なんだよっ!」
 ぎょっとしてタクヤは声を上げ目を丸くしたが、すぐに男を疑うような目付きで睨み上げる。
「殿様だっ」
 得意げに答える男に鋭くイズミから蹴りが入る。
「いてて……。まぁ気にするな。お前が聞きたいことはそんなことじゃないだろ? 俺が答えられるのはひとつだけだ」
「なんでだよっ?」
「秘密。教えてもいいが、そうするとそれで終わりだぞ?」
「うっ……」
 ムッとしながら男に詰め寄るが、男の答えにタクヤは言葉を詰まらせる。
「どうする?」
 男は楽しそうにタクヤを覗き込んでいる。
 なぜ皆こう意地悪なのかと考える。
「…………」
 そしてタクヤはムッとしたまま口を尖らせ黙り込んでしまった。
「お前が知りたいことはなんだ? もういいのか?」
「よくないっ! えっと……俺の知りたいこと……知りたいこと。……イズミの俺に対する気持ち、とか……」
 ハッとして声を上げる。そして真剣に考え出し、ぼそりと答えるのだが、その瞬間思い切り頭を叩かれた。
 もちろん叩いた相手はイズミである。
「いってぇ~……」
「アホかお前っ! そんなこと聞いてどうすんだよっ! もっと真剣に考えろよっ! このすっとこどっこいがっ!」
 頭を押さえ、涙目になっているタクヤを思い切り睨み付け、そして大声で怒鳴る。
「そんなに怒ることないじゃんか。冗談なのに……。だってイズミの気持ち、俺全然分かんねぇもんっ。ちょっと言ってみただけなのに、なにもぶつことないのにさっ」
 思い切り頭を叩かれて、じんじんと痛む。頭を押さえ、タクヤは口を尖らせながら言い訳するのだった。
「うるせぇ猿。ったく、ガキ、馬鹿、間抜け。俺の気持ちが聞きたきゃ教えてやるよ。お前みたいなうぜぇ奴なんか大っ嫌いだね」
「ええっ! ちょっとっ! なんでそうなるんだよっ! 嫌いならなんで一緒にいるんだよっ!」
 鬱陶しそうにタクヤを睨み付けるイズミに、タクヤは信じられないといった顔で声を上げながら詰め寄る。あまりのショックに頭の痛みはどこかへいってしまっていた。
「そうだよなぁ。俺もそう思うわ。って、いつまで遊んでるんだ? 俺への質問はいいのか?」
 ふむ、と顎に手を当てながら男が横から口を挟む。
「良くないっ! 待って、今考えるっ」
 再びすっかり忘れてしまっていたタクヤは慌てて声を上げると、腕を組み、考え込み出した。うーん呟きながら頭を捻る。聞きたいことは沢山ある。再び『ひとつだけ』と言われてまた迷い出してしまっていた。
「昨日言ってたことじゃないのか? 師匠がどうのこうの言ってたじゃねぇか。違うのか?」
「うん……そうだけど、やっぱ師匠が生きてるかどうか知りたい」
 考え込んだままぼそりと答えるのだが、すぐに顔を上げ男を真剣な顔でじっと見つめると自分の考えた結論を答えたのだった。師匠の居場所も知りたいが、今はまだ、生きているかどうかだけ知れればいいと考えたのだった。
「そうか……分かった。本当にそれでいいんだな? 俺が答えられるのはひとつだけなんだぞ?」
 男はタクヤをじっと見つめ返す。そして真剣な顔で確認する。
「うん。いいよそれで」
「そうか。じゃあちょっと待ってな」
 曇りのない瞳で見上げるタクヤを見て、男は優しく見下ろした後ニヤリと笑い、そのまま森の奥へと入っていってしまった。
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