NEVER☆AGAIN~それは運命の出会いから始まった~

ハルカ

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第7章『人形』

5話

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 イズミは不機嫌に村の中をひとり歩いていた。しかし、顔は今にも泣き出しそうになっていた。イズミ自身、気が付いてはいなかったが……。

(俺は一体何を期待していたんだ……)

 ぼんやりと、タクヤと出会ってからのことを思い出していた。

 タクヤは今まで出会ってきた中にはいないタイプだった。
 何を言おうが離れることなく、しつこいぐらいについてくる。きっと今も、自分がこのまま戻ってこないとは考えてもいないのだろう。
 それでも、どんなに鬱陶しく感じても、タクヤといれば何かが変わるような気がしていた。
 そして自分もまた、タクヤが自分を裏切ることなど決してないと信じていたことに、イズミは少しずつ気付き始めていた。段々自分自身に苛立ちを感じ、この締め付けられるような苦しい気持ちに耐えられなくなっていた。

 どこか落ち着ける場所を探そうと辺りを見回しながら歩いていると、ふいに誰かにぶつかってしまった。

「いったぁーい」

 そんなに強くぶつかった気はしなかったのだが、随分と大袈裟な少女の声が聞こえてきた。
「悪い」
 無愛想に一言だけ言うと、イズミはちらりとだけその相手を見た。
「っ!?」
 相手の顔をしっかりと見たわけではなかったが、何とも嫌な感じがしてすぐに前を向くと足早に歩き始めた。
「やだぁ~。美人さんじゃないっ。って何逃げてんのよっ」
「…………」
 聞き覚えのあるその声に仕方なく足を止め、イズミは物凄く嫌そうな顔をしながら振り返る。
「うふっ。もうこれって運命じゃない?」
 嬉しそうに笑うその顔は、いつかの町で会ったウェートレスのレナだった。
「……アンタがついてきてるだけじゃないのか?」
 イズミは片目を細め、嫌そうに聞き返す。
「違うわよー。私、そんなストーカーみたいな真似しないわよ。運命よ、う・ん・め・いっ」
 そう言ってレナは嬉しそうにウインクをした。
「っ!?」
 ゾクッと背筋に寒気を感じ、イズミはその場から逃げ出したくなっていた。
「ねぇ、今日はハンサム君は一緒じゃないの? 喧嘩でもした? それとも振られちゃったとか?」
 しかし、イズミの態度を気にする様子は全くなく、レナは楽しそうに話している。

(……今日は厄日か?)

 レナの質問に答えることなく、そんなことを思いながら溜め息をついた。
「えっ? 何? まさかほんとに別れちゃったの? うそー、絶対あなた達はうまくいくって思ってたのに」
 イズミが何も答えずただ溜め息をつくのを見て、レナは驚いた顔をして声を上げた。
「……アンタ一体何なんだ」
 呆れた顔でレナを眺める。
「何かしら? んー、そうね、愛のキューピッド」
「じゃあな」
 レナが嬉しそうに話すのを見て再び寒気を感じたイズミは、レナに背を向けそのまま歩き始めた。
「えっ? もう行っちゃうの? ねぇってば」
 イズミが自分から離れていくのを見て、自分のせいだとは思っていないらしく、レナは急いで後を追う。
「何なんだ。ついてくるな」
 レナを鬱陶しそうにちらっと見ると、歩きながらイズミは冷たく言い返す。
「どうして? いいじゃない。ねぇ、どこ行くの?」
「どこでもいいだろ。頼むからどっか行ってくれ」
 イズミの態度を全く気にすることなく、どこまでもしつこくついてくるレナを、鬱陶しさを通り越しイズミは段々苛立ち始めていた。
「なぁに? 何怒ってるの? 私のせいじゃないわよね?……ねぇ、喧嘩したなら仲直りすればいいじゃない」
「だからアンタは何なんだ。何でアンタにそんなこと言われなきゃならないんだ。アンタには関係ないし、俺に構わないでくれ」
 全く分かっていないレナにイズミは一瞬怒りさえ感じたのだが、何とか気持ちを抑え落ち着いた声で、しかし厳しく言い返した。
「だって、アナタ眉間にこぉーんな風にいっぱい皺寄せちゃってるんだもの。ほっとけないじゃない。前はせっかくいい顔になってきてたのに。前より酷いわよ? アナタの顔」
 レナは何を言われても動じることなく、それどころか心配そうな表情でイズミをじっと見つめている。
「…………」
 意表を突かれた表情をしたが、そのまま反論することなく足を止め、イズミはそのまま黙り込んでしまった。
「ねぇ、喧嘩したなら、どちらが悪いとかじゃなくて、ちゃんと仲直りしなきゃ駄目よ。アナタだってほんとは気付いてるんでしょ? あの子が自分にとって、とっても大事な存在になってるってこと」
 いつも明るくはしゃいでいるレナだったが、イズミの横に並ぶと、今は落ち着いた表情で優しく話す。
「アンタに何が分かるんだ」
 しかし、イズミは自分の弱みを握られたような気がして、レナから目を逸らした。
「もうっ、いつまでそうやって意地張ってるつもり? 誰かを大事に思うことは恥じることではないわ。大事だから、喧嘩したこと後悔して、だからそんな顔してるんじゃないの? もうっ、しらばっくれてもちゃんと全部顔に書いてあるわよ」
 レナは腰に手を当てて、少し怒ったような表情で話す。
「…………」
 自分でも気が付いていなかった事をレナに言われ、イズミは言葉を失っていた。
「なぁに? もしかして、自分の気持ちに気付いていなかったわけ?」
 イズミの反応を見て、レナは驚いた顔でイズミを覗き込む。
「……アンタ、俺の考えてること読めるのか?」
 イズミは物凄く嫌そうな顔でレナを見た。
「だから、全部顔に書いてあるって言ってるじゃないっ。ほんっと、言葉に出さない分、分かりやすいのよねぇ」
「…………」
 イズミはぐいっと手で頬を拭う。
「何消そうとしてんのよ」
 レナはイズミの行動を呆れながら眺めている。
 しかし、イズミはレナの言葉を聞きながら、ふと自分が表情を作れなくなっていることに気が付いた。
 常にポーカーフェイスを装い、誰にも自分の気持ちや考えを見抜かれないようにしてきたつもりが、タクヤに出会ってから、タクヤ自身はもちろん、いろんな人達と出会い、そしてふれあい、そういった人達の影響でいつの間にか自然と感情を表に出すようになっていたのだ。

(……俺は何をしていたんだ)

 自分の変化に気が付いたイズミは、そのことを望んでいたとはいえ、なぜだか酷くショックを受けた。
 そして、それと同時に大事なことを思い出した。
 タクヤと出会った為に忘れかけていた、『自分の目的』を。

「何難しい顔してるのよ? ほら、さっさと仲直りしてきなさいよ」
 じっと考え込んでいたイズミを不思議そうに覗き込み、レナが声を掛ける。
「その必要はない」
「どうしてよっ!」
 冷静な顔付きで答えるイズミの答えに、レナは酷く驚いた様子で声を上げた。
「俺には俺のやるべきことがある。そのためにはアイツは邪魔だ」
「邪魔? 邪魔ってどういうことよっ! アナタのその綺麗なだけで、何の感情もないお人形さんみたいな顔をちゃんと人間らしくしたのは誰だと思ってんのっ! アナタだってちゃんと分かってるんでしょ? それを邪魔? アナタ、また何の変化もない、つまんない生活に戻るっていうの? バッカじゃないのっ!」
 冷たく答えるイズミにレナは怒り出し、半分呆れた顔をしながらもイズミを叱り付けた。
「別に、俺がどうなろうとアンタには関係ないことだろ?」
 しかしイズミは無表情にさらりと返す。
「ああそうっ。じゃあもうアンタなんか、餅でくるまれて食われちゃえばいいのよっ!」
「何だそりゃ」
 顔を真っ赤にしながら口を尖らすレナを見て急に気が抜けてしまった。そしてイズミは呆れた表情になる。
「知らないの? 日○昔ばなし参照よっ」
 レナは腰に手を当てて答える。
「知るか。まったく変な女だな……」
 いつの間にかレナのペースに乗せられてしまい、思わず溜め息が出ていた。
「褒め言葉?」
 イズミの様子を見て、レナは嬉しそうな表情になる。
「バカにしてんだよ」
 溜め息まじりにイズミは呆れながら答える。
「ほーら、笑って笑って。美人が台無しよぅ?」
「アンタの頭の中は理解を超えてるな」
「そんなに褒められたら照れちゃうじゃない」
「だからバカにしてんだよっ」
 頬を赤くしながら嬉しそうに話すレナを怒鳴りつける。そして再び溜め息をつく。
「なぁに? 溜め息なんてついちゃって。そうねぇ、仲直りするのが難しいならさぁ、女装でもしてったら? 喧嘩のことなんか忘れて喜んじゃうかもよ?」
 レナはなんだか楽しそうにじっとイズミを見つめながら話す。
「何で女装なんだっ! だいたい、別に喧嘩なんてしてねぇよ」
 イズミは鬱陶しそうに目を逸らす。
「えーっ、嘘だぁっ。だって顔に書いてあるもの。さっきからそう言ってるじゃない。レナさんを見くびってもらっちゃあ困るわ」
「なんか、頭がおかしくなりそうだからどっか行ってくれないか?」
 レナが腰に手を当て自慢げに話すのを、イズミはもう勘弁してくれと逃げ腰になっていた。
「ねぇねぇ、そういえばアナタの名前聞いてないわ。何ていうの?」
 イズミの話など全く聞いておらず、レナは勝手に話し続ける。
「そんなこと聞いてどうする。別にどうだっていいだろ。どうせもう会わないんだし」
 結局逃げられず、イズミは仕方なく話をする。
「大丈夫よ。心配しなくてもまた会えるから。だからぁ、教えて。だって、いつまでも美人さんじゃつまんないじゃない。なんならポチって呼ぶけど?」
「……イズミだ」
 レナの話を嫌そうに顔を顰めながら聞いていたが、『この女なら本当にまた現れるかもしれない』と、仕方なくイズミは自分の名前を答えた。
「いい名前じゃない」
 レナは驚くことなく、純粋にそう答えているようだった。
「ほんとにおかしな女だな。何も思わないのか? それとも何も知らないだけなのか?」
 イズミはレナの言葉を聞いて呆れた顔で問い掛ける。
「何が? 『イズミ』って名前のこと? もちろん知ってるわよ。だから何なの? そんな大昔のことなんて私は関係ないし、だいたいアナタがあの『イズミ』だとしても何を思うっていうの? 周りの人達の中には色々言う人もいるけど、そんなことどうだっていいし、アナタが気にしてるだけなんじゃないの? 現に私はアナタのことなんてちっとも怖くないわよ? ま、いっつも眉間に皺寄せてムスッとしてるから、もっと笑えばいいのになぁとは思うけど」
 レナはイズミを気遣って言った訳ではないようであった。恐らく本当にそう思っているのだろう。彼女からは緊張しているような空気は感じられない。そしていつも通りである。
「アンタもアイツもほんとにおかしな人間だな」
 溜め息をつきながらも、イズミはふとタクヤに出会った時のことを思い出していた。
「そんなの人それぞれだもの。皆一緒じゃ気持ち悪いじゃない。別におかしいことじゃないわよ」
「……なんか、アイツに会ってから変なヤツばかりだ」
 イズミは溜め息まじりにぼそりと呟いた。
「刺激になっていいでしょ?」
 レナは嬉しそうに笑う。
「地獄耳なとこまで一緒だな……。まぁいい。戻るからついてくるなよ」
 大きく溜め息をつくとちらりとレナを見て、イズミはそのまま方向を変え歩き始めた。

「ねぇっ、あんまり怖がってばかりいて、気持ちに嘘ついてばかりいると、いつか壊れちゃうわよっ。それに、ちゃんと言わなきゃあの子には伝わらないわよっ」
 レナがイズミの背中に向かって声を掛ける。
「ふんっ、余計なお世話だ」
 足を止めちらっとだけ振り返り、ぼそりと言うとイズミは再び歩き始めた。
「うふっ、がんばってねっ! タクヤ君によろしくねっ!」

(……あの女っ!?)

 レナがタクヤの名前を知っていたことで、『もしや自分の名前も知っていたのでは?』と、イズミはハッとして振り返った。
 そこには楽しそうに笑うレナがいた。



 ☆☆☆



 イズミが部屋を出て行ってしまってから、タクヤはベッドに腰掛けたまま考え込んでいた。
 言われた言葉を何度も何度も頭の中で繰り返していた。

『俺が魔物だって言ったら、お前は俺を殺すのか?』

 すぐに否定できなかった。
 今まで、イズミが魔物だなんて考えてもみなかった。
 いくら昔、大事件を起こして、たくさんの人を殺したといっても、今のイズミからそんなことは全く感じられなかった。冷たいことを言ったりするが、自分はいつもイズミに助けられていた。
 どんなに酷いことを言っていてもイズミの本心ではないと、タクヤは信じていた。
 300年前の事件にしても、何か訳があったのだと……。
 しかし、ずっと信じ続けてきたが、もし今のイズミが本当のイズミじゃないとしたら?
 タクヤはそんなことを考え、ひとり途方に暮れていた。

(……イズミ、俺、イズミを信じたいよ)

 心の中で必死に祈る。
 迎えに行くのではなく、イズミが自分で戻ってきてくれることを信じ、タクヤは待ち続けていた。


 イズミが部屋を出て1時間が過ぎた頃、タクヤはぼんやりと時計を見た。
「帰ってくるかな……」
 ぼそりと独り言を呟く。
 その時ドアが叩かれる音がして、タクヤはハッとして立ち上がり、急いでドアに向かう。そして、ゆっくりとドアを開ける。
 そこには、紙袋を片手に、不機嫌そうな顔のイズミが黙って立っていた。
「あ……イズミ。お、おかえりっ」
 タクヤは少し動揺しながらも笑顔でイズミを迎えた。
「……ただいま」
 イズミはぼそりとそれだけ言うと、部屋の中へと入り、持っていた紙袋をテーブルの上に置いた。
「それ何?」
 タクヤはドアを閉めると、本当は飛び上がりたいくらい嬉しい気持ちでいっぱいだったのだが、いつもと変わらないようにイズミに話し掛けた。
「ああ。途中で買ってきた。……昼飯、まだ食ってないだろ?」
 イズミもまた、無表情に答える。
「うん、まだ食ってないよ。イズミは? まだ?」
 タクヤは我慢していた気持ちが込み上げ、満面の笑みをイズミに向けた。
「ああ、まだだ」
「じゃあお茶入れるな」
 そう言って、タクヤは急いでお茶の準備をし始めた。
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