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第6章『ペンダント』

15話

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 翌日、2人は朝食を済ませると、すぐに出発の準備をして部屋を出た。
「あっ、サトルっ!」
 階段を下りる途中、タクヤは宿屋の入り口にサトルがひとり座り込んでいるのを見つけ、声を掛けた。
「おにいちゃんっ!」
 サトルはタクヤの声でハッとして立ち上がり、嬉しそうに2人の元へと駆け寄ってきた。
「あのね、お母さんが、おにいちゃん達に『ありがとう』って。……昨日、お母さん、お父さんからの手紙読んで泣いてた……。お父さん、自分がもうすぐ死ぬってこと分かってて、お母さんに手紙を書いてあの花瓶に入れたみたい。お母さん、ちゃんとお掃除をしてなかったから気が付かなかったんだって、お父さんに怒られちゃうねって言ってた。だからね、今日からちゃんと僕とお姉ちゃんでお掃除しようねって話したんだ」
 サトルは最後まで話し終わると、少しだけ涙目になりながらえへへと笑った。
「そっか……。サトル、しっかりとお母さんを手伝ってあげるんだぞ」
 タクヤはサトルの話をしんみりと聞いていたが、そう言ってサトルの頭に手を乗せて優しく笑う。
「うんっ! 僕がんばるよっ! あ、あのね、お願いがあるんだけど。おにいちゃんの旅が終わってからでいいから、僕に剣を教えてほしいんだ。僕、おにいちゃんみたいに強くなりたいから。ひとりでも頑張るけど、うんと強くなって、お母さんとお姉ちゃんを守るんだっ!」
 サトルは強くしっかりとした意志のある瞳でじっとタクヤを見上げた。
「分かった。お前は素直で優しい子だから、絶対強くなるよ。俺が次にここ来るまでに、少しは成長してろよ」
 タクヤはニッと笑うと、サトルの頭を優しく撫でた。
「うんっ! 約束ねっ」
「おうっ」
 2人はしっかりと指切りをしたのだった。



 ☆☆☆



「あー、俺も頑張らなきゃなーっ」
 宿屋を出発し、再び荒れ果てた村の跡地を歩きながら、タクヤは大きく背伸びをする。
「ほんとだな」
 イズミは無表情にぼそりと呟く。
「何だよっ! 俺がまるで頑張ってないみたいじゃんっ」
「みたいじゃなくてそうだろ?」
「何だよ。俺だって頑張ってるのに」
 イズミにあっさりと返され、タクヤはむくれて口を尖らせる。
「お前なんて激甘だろ。甘えっぱなし」
 イズミは何の感情もない顔で淡々と話す。
「もうっ、甘えてないよっ。たぶん……」
 勢いよく言い返したものの、自信がなくなり目を逸らしながらぼそりと呟く。
「自覚ねぇな、猿」
「だから猿って言うなよっ!」
 イズミに馬鹿にされ、タクヤは顔を赤くして振り返った。
「……あ、あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 ふくれていたタクヤであったが、急にふと真剣な面持ちになってイズミに話し掛けた。
「何だ?」
「あのさ、昨日言ってた『大切な人』って……」
 昨夜、イズミが話していた『大切な人』の存在がずっと気になっていたのだが、なかなか聞けずにいた。そしてやっと口に出すことができたものの、イズミの答えを聞くのが怖いのも事実であった。
「……お前には関係ないことだ」
 イズミはあっさり答えるだけであった。
「何だよ、教えてくれたっていいのに……。じゃあさ、その人と俺とどっちが大事?」
 思わず1番気になっていたことを口にしてしまった。
(うわっ、何言ってんだ俺……墓穴掘っちまった感じ……)
 タクヤは言った直後で既に心の中で後悔し、答えを聞く前からひとり落ち込んでいた。
「…………」
 しかし、質問にすぐ答えることはなく、イズミは難しい顔をして考え込んでいた。
(あれ? イズミ迷ってる?)
 なかなか返事をしないイズミに、タクヤは再びサトルの言葉を思い出し、少しだけ期待していた。

「何? イズミ。俺のこと大事に思ってくれてたんだ」
 数分が過ぎても全く反応のないイズミに、タクヤは冗談っぽく話し掛けてみた。
「アホか。そんなわけないだろ。どっちが大事じゃないかって考えてたんだよ」
「何だよそれっ! 昨日は『大切な人』だって話してたじゃねぇかよっ」
 イズミの答えに、タクヤは信じられない思いでいっぱいになり怒鳴り付ける。
「うるせぇな。あれはただの口実だ。『大切な人』なんていない」
「ふざけんなっ!」
 何の感情もない顔で平然と答えるイズミを、タクヤは悔しい思いで怒りが込み上げ、思わず殴ってしまった。
「…………」
 殴られた方の頬を手で押さえると、イズミはそのまま黙って横を向いてしまった。
「……ごめんっ。でもっ、イズミが悪いんだぞっ! マリエさん、騙すようなことするからっ。何でっ……。あの人、すごく大事にしてたのに……そんな嘘ついて……酷いよっ」
 イズミを殴ってしまった自分の右手をぎゅっと強く握り、震わせる。そして、殴ってしまったことを謝罪しながらも、悔しくて涙が出そうになるのをぐっと堪えながらイズミを責めた。イズミがそんなことをするなんて、信じられない思いでいっぱいになっていた。悔しくてたまらない……。
「…………俺にとっても重要な物なんだ、あれは。重要な手掛かりなんだ……」
「えっ? 手掛かりって?」
 横を向いたまま話していたので表情は分からなかったが、声が、今まで聞いたことがないほどに真剣なものであったので、タクヤは少しずつ怒りがおさまってきていた。そして、イズミの言葉が気になり、覗き込むようにして聞き返した。
「何でもない」
「…………」
 イズミは顔を隠すようにタクヤから顔を背けてしまった。
 そしてタクヤはそんなイズミを見て、それ以上は聞けなかった。しかし、
「そういえば、サトルの姉ちゃん会えなかったなぁ……。マリエさん綺麗だから、きっと可愛いんだろうなぁ」
 この暗いなんとも言えない嫌な空気を変えようと、タクヤは平静を取り戻し、別の話をしたのだった。
「……だったら残れば良かったじゃねぇか。俺は構わないぞ? あのガキにも剣を教えてやれるし、いいんじゃね?」
 タクヤが残念そうに話す様子を見て、先程までとは一転、イズミは不機嫌に返す。
「えっ? 何? もしかしてヤキモチ焼いてんの?」
 イズミのそんな態度を見逃さず、タクヤは嬉しそうに顔を覗き込む。
「うるせぇっ。何勘違いしてんだ。自惚れてんじゃねぇよ。ったく、お前、鬱陶しいからあの村戻れよ」
「なんか、ますます怪しい。そっかぁ、分かったぞ。イズミは俺に自分のことだけ見ててほしいんだろ? だから、俺がサトルのこと構うのが気に食わなくて、あの時も機嫌悪かったんだろ?」
 イズミが嫌そうな顔で自分から離れていくが、タクヤは負けじと更に近付き、嬉しそうに話していた。
「はぁ? お前な、自意識過剰もいい加減にしろよ。何で俺がヤキモチ焼かなきゃなんねぇんだよ」
 イズミはまたタクヤから離れ、不機嫌に言い返す。
「俺のこと好きとか?」
「死ね」
「何だとぉーっ!」
 タクヤは冗談半分で言ってみたのだが、イズミは動揺するどころか本気で嫌そうにしていた。
 そしてタクヤはまた、悔しそうに顔を赤くしながら怒鳴っていた。
「もうっ! ……って、あのさ、イズミ、顔、ごめん。痛い? 大丈夫か?」
「うるせぇ猿。寄るな」
 怒りつつも先程殴ってしまったことを再び思い出し、心配になったタクヤは申し訳なさそうにイズミを見つめるが、鬱陶しそうに返されるだけであった。
「だから猿って言うなよっ!」 
「じゃあ、バカ犬」
「なんでだよっ!」
 いつものように言い合う2人。再び旅が始まった――。



 ☆☆☆



「やっと見つけた……」
 村の跡地に残っている壊れた建物から、2人の様子をじっと見つめる人影があった。
 その人物は、口元に怪しい笑みを浮かべると、そのまま2人に近付くことなくそのままそこを立ち去った。

 そのことに2人は気付いていなかった。
 そして、これから起こることを知る由もなかった……。
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