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第5章『要求する魔物』

3話

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 その頃、イズミは町の中を歩き、1軒の大きな屋敷の前に門番のように大きな男が2人立っているのを見つけた。

(あれだな)

 あの中にタクヤがいることを確信すると、その屋敷へと向かう。
「何だ?」
 屋敷の前に着くと、大男の1人がイズミを睨み、見下ろした。
「この中に男が連れていかれただろう? 通してもらいたい」
 イズミは大男が睨むのを物ともせずに話した。
「知らんな。用がないなら帰れ。通すわけにはいかない」
 大男は、まったく自分に物怖じしないイズミに少し驚いたが、再び険しい顔でイズミを見下ろす。
「用ならある。ここの主人に会わせてもらいたい。もし、ここに俺が捜す男がいなくても、ここは町の中心となる人物の屋敷なんじゃないか? だとしたら、この屋敷の主に会って男を返すように直談判する」
 イズミは大男を大きな瞳で睨み返す。その迫力に大男は狼狽え、押されていた。
 その時だった――。
 中から1人の痩せ型の男が顔を出し、イズミと話していた大男に向かって何やら耳打ちし始めた。
 イズミはその隙に中に入り込もうとするが、もう1人の大男に肩を掴まれた。
「おい、お前。本当にあの『勇者』の知り合いか?」
 痩せ男と話していた大男がイズミをじろりと見ながら尋ねた。
「ああ、そうだ」
 イズミは肩を掴んでいた男の手を払うと、自分に質問してきた大男を強く見つめ返す。
「……そうか。お前を呼んでいるそうだ。中に入れ」
 大男はそう言ってイズミに中に入るよう促した。
 イズミは何が起こったのか分からなかったが、先程の痩せ男が何やら話していたのは自分のことなのだろうと理解すると、言われるままに屋敷の中へと入った。
 屋敷の中は想像以上に広かった。
 玄関を入ると、まず長く続いている廊下が目に入ってきた。
 イズミは中で待っていた痩せ男の後について、その長い廊下を歩く。
「おい、アイツはここにいるんだろう?」
 イズミは、無言でこちらを振り返りもしない痩せ男に向かって話しかける。
「ここだ」
 痩せ男はイズミの質問には答えず、1つの部屋の前まで来ると、その扉を指差しただけであった。
「…………」
 イズミは痩せ男の態度に少しムッとしたが、この男に何を話しても無駄であろうと判断し、前に進むしかないと決意すると、ゆっくりと扉を押し開けた。
 中は結構広い部屋で、イズミが扉を開くと同時にそこにいた30人程の町の人達が一斉に振り返った。
 一斉に注目を浴びて一瞬動揺したが、すぐに辺りを見回しタクヤを探した。
「あっ、イズミっ。こっちこっち」
 人々の中心辺りからタクヤの声が聞こえた。
 そちらを見るとタクヤが手を振っているのが見えた。

「え……イズミって――」
「まさか、あのイズミ?」
「あの子が? 噂通り綺麗な子だけどねぇ、本当に?」
「でも髪赤くないぞ? 人違いじゃないのか?」

 タクヤの声で、そこにいた人達はイズミを見ながら口々に話している。
『イズミ』という名前を聞いて、何も思わない人はいないだろう。
 300年前のこととはいえ、人々の中で『イズミ』という名前は、魔物が恐れるほどの名前なのだ。
 その為、イズミは自分から名乗るようなことはなかった。
 自分の名前を知られてしまうこともあったが、今までは全て記憶を消してきた。
 しかし、タクヤに会ってからというもの、それを忘れていたかのように、イズミは記憶を消すことをしていなかった。

「お前なぁ、あんまり人前で俺の名前を呼ぶなよ。人には好まれない名前なんだから……」
 イズミはタクヤの所まで行くと、嫌そうな顔付きでタクヤを見上げる。
「なんで? 俺は『イズミ』って名前好きだけどなぁ」
「アホか。そういうことじゃなくてだなぁ――」
「分かってるよ。気にしすぎなんじゃないの? 言いたい奴には言わせとけばいいじゃん。俺はぜんっぜん気にしないけど?」
 イズミが呆れて言うのをタクヤはすかさず反論する。
「あのなぁ、前にも話したけど、どこの世界にこんな呪われた名前付ける親がいるんだよ。この名前を聞いて、何も感じない人間なんていないんだよ。気にしないのなんてお前くらいだ」
「いいじゃんそれで。世界中の人間がイズミのこと嫌な目で見たって、何言ったって、俺は信じてるよ。それじゃダメなの?」
「バカが……」
 タクヤが真っ直ぐな瞳で見つめてくるのを、本当に呆れた表情で深くため息をつく。

 2人のやり取りをそこにいた人達は呆然と見ていた。
 そして、先程までタクヤと話していた少女はふと我に返ると、2人に向かってあの……と話しかけてきた。
「あっ、ごめんね。大丈夫! まかせといてっ」
 タクヤは少女に向かって軽くウインクしてみせる。
「何の話だ」
 イズミはなんとなく嫌な予感がしてタクヤを睨む。
「魔物退治だよ」
 タクヤはそれだけ言うと、へへっとなんだか嬉しそうに笑った。
「あの……、確かに綺麗な方だけど、その格好じゃ魔物が不審がったりしないでしょうか?」
 少女はおずおずと2人を交互に見ながらタクヤに話しかける。
「駄目かなぁ。十分女の子に見えると思うんだけど」
「何の話だっ!」
 2人の会話を聞いて、ますます嫌な感じがして今度は強くタクヤを睨んだ。

「ねぇ、良かったら私の服貸そうか?」
 タクヤが口を開こうとした瞬間、突然横から若い女の人の声がした。

「アンナさん」
 次に口を開いたのは少女だった。
「確かにその格好じゃ男か女か分かんないわよ。私とそんなに背の高さとか変わんないから、私の服を使うといいわ。ミサキ、その子連れて私の部屋に来てちょうだい」
 アンナと呼ばれたその女性は、20代前半くらいの髪の長い綺麗な人であった。
 少しウエーブのかかった栗色の髪を靡かせ、少女にそれだけ話すとさっさと部屋を出て行ってしまった。
「アンナさんはこの家のお嬢さんなんです」
 ミサキと呼ばれた少女はアンナの後ろ姿を見届けると2人にそう話した。
「そんなことはどうでもいい。一体どういうことなんだ? あの女が言っていたのは俺のことなんだろ?」
 再びタクヤを睨み上げる。
 タクヤはイズミに強く睨まれ、目を逸らしながらうーんと唸る。
「実はね、魔物が人質を要求しているらしいんだ。人質を出せば、町を襲うことはしないって。で、その人質っていうのも条件があって、若い男女1人ずつっていう。それで、この子とそのお兄さんが行くことになってたらしいんだけど。その約束の日っていうのが今日で、もしそれまでに『勇者』が来たら助けてもらえるかもしれないって思ったらしいんだ。それで、俺が頼まれたってわけ。しかも、その魔物、昼間でも襲ってくるらしいんだ。もしかしたら俺が捜してるヤツかもしんないし」
「事情は分かった。で、俺は何で呼ばれたんだ?」
「そりゃもちろん、イズミにも手伝ってほしいから」
「……まさかと思うが」
 イズミは眉間に皺を寄せながら嫌な顔になる。
「あ、分かった? だって、俺が行くのはいいとして、この子連れて行くのは危険じゃん? しかも条件付きってことは女の子を連れてかなきゃなんないからってことでイズミ。イズミだったら女の子に見えるし」
 タクヤは自分の考えに満足した表情で話す。
「あのなぁっ!」
「あの、そろそろ……」
 イズミがタクヤを睨み、掴み掛かろうとした瞬間、ミサキがおずおずと2人を見上げてきた。
「さっ、イズミ。行ってきて」
 タクヤにドンッと背中を押される。思いっきり睨むが笑顔で返されてしまった。
 そして、今度はミサキを見ると、悲しげな瞳で見上げている。
 イズミは大きく溜め息をつき、もう一度タクヤを睨む。

「どこに行けばいいんだ?」
 ミサキを見下ろすと、案内するように促した。


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