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第5話
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お茶を飲んでいた海斗がおもむろに立ち上がり、口を開いた。
「次はえりすな」
「えっ!?」
海斗の発言にえりすはぞくりと背筋に寒気を感じ、ぎょっとした顔で海斗を振り返る。
「じゃあ、服脱げ。なんなら俺が脱がしてやろうか?」
にやりと口元に笑みを浮かべながらえりすに近寄り、右腕を掴む。
「っ!? い、いいよっ、俺はっ!」
更にぎょっとしたえりすは、真っ赤な顔で慌てて海斗の手を振り払う。
「ダメっ! えりすんに触ったらダメっ!」
そこへ海斗とえりすの間にゆーきが割って入ってきた。えりすを庇うように両手を広げ、海斗を睨み付けながら見上げている。
まるで悪の魔王から姫を守る勇者のように――とはいえ、海斗は魔王ではないし、えりすも姫ではないのだが、優希は3人のやり取りを見ながらそんなことを考えていたのだった。
「あのなぁ。ただ浴衣着せるだけだろ? お前だって着せてやっただろ」
はぁっと海斗は溜め息をつくと、ゆーきの頭をガシガシと乱暴に撫でる。子猫をあやす飼い主というよりは、可愛い弟を揶揄っているようであった。実際海斗はそんな気持ちになっていたのだろう。
「やーっ! 頭触んないでよっ!」
「…………」
そして、楽しそうにゆーきの頭を撫でる海斗と、バシバシと海斗の腕を叩くゆーきを、えりすと優希は溜め息をつきながら見ていた。
一方、その隣ではいまだアリスとしえるが格闘していたのだった。
「ねぇ、なんで嫌がるの? 心配しなくても、こんな所で変なことなんてしないよ?」
満面に笑みを浮かべながらしえるに近付くアリス。顔は笑っているが何かを企んでいるようにしか見えない。
「へ、変なことって……。ほんとに僕は、自分で着れるから……」
青ざめた顔のまま、しえるは必死にアリスから逃れようとする。しかし、部屋の隅に追いやられ、とても逃げられそうになかった。
「あ、しえるって、毛並みもいいけど、肌触りもいいねぇ。すべすべー」
しえるの腕を掴んだアリスが自分の頬にしえるの手を当てた。
「っ!? ア、アリスっ!」
青ざめていたしえるの頬が一気に赤く染まる。
「あー! しーたんの顔、真っ赤になってるぅ」
そこへ、海斗の邪魔をしながらも、えりすの浴衣を着せ終えたゆーきが割り込んできたのだった。驚いた顔でしえるをまじまじと見つめている。
「なんでもないよ。あ、ほら、えりすにまた海斗が言い寄ってるよ?」
「えっ!?」
しえるは近付くゆーきの顔を両手で押し退けると、ちらりとえりすの方を見やる。
その言葉にぎょっとしたゆーきは慌ててえりすの方へと戻る。
「えりすん大丈夫?」
「何が?」
えりすはひとりで座布団に座って、すっかり冷めてしまっているお茶をゆっくりと飲んでいるところであった。隣に海斗の姿はない。
「えりすん、えりすんっ」
しえるに騙されたことなど全く気にすることなく、ゆーきはえりすの横にちょこんと座ると、すりすりと自分の頬をえりすの肩にすり寄せる。
「っ!?」
思わず湯飲みを落としそうになるえりす。
「ねぇ、ちゅーしよ?」
少し目を潤ませながら、じっとえりすを見上げるゆーき。
「は!? な、何言ってんだよっ!」
ゆーきの発言に顔を真っ赤にさせながら、慌ててゆーきをぐいぐいと押す。
ほんとにこの弟は時々凄いことをしてくるのだ。えりすはいつもそんなゆーきに困っていたのだった。
「皆、仲いいなぁ」
立ったままじっと猫たちの様子を見ていた優希が嬉しそうに笑う。すると、
「じゃあ、俺たちも仲良くしようか?」
すぐ横から海斗の声が聞こえ、優希はハッとして隣を見上げる。
いつの間にか海斗がにやりと口元に笑みを浮かべながら優希を見下ろしていた。
「なっ、仲良くってなんだよっ」
焦った優希は海斗の言葉に真っ赤になりながら、慌てて目を逸らす。猫たちと違ってなんだかいやらしい響きに聞こえたのだ。ただ仲良くするのとは違う意味に。
「浴衣、着せてやるよ」
そう言った海斗はいつの間にか浴衣姿になっていた。
えりすの後に着替えたのだろうが、優希はそのことに全く気が付いていなかった。そして、ちらりと見た浴衣姿の海斗に思わずドキッとしてしまう。普段からイケメンな海斗ではあるが、色気が増して更にカッコ良く見える。
「あ……海斗、いつの間に浴衣――」
言いかける優希を遮るように、海斗は置いてあった浴衣を掴み、優希の上着のパーカーのファスナーに手を掛けた。
「わっ!!」
優希は真っ赤な顔のまま声を上げると、慌てて海斗の手を掴む。
「じ、自分で着るからっ!」
「何言ってんだよ。どうせ優希は着方も知らないだろ? 俺が着せてやる」
赤い顔のまま拒否し続ける優希に、海斗はふぅと軽く溜め息をつくと、優希の手を払い除け、そのまま上着を脱がせてしまう。
「い、いいってばっ! 別にちゃんと着れてなくても平気だしっ」
Tシャツ姿になった優希は更に顔を赤らめ、海斗から離れる。
「これも脱いで」
「ぬわっ!?」
海斗は優希の後ろから、着ていたTシャツも無理矢理に脱がす。
背後から器用にTシャツを脱がされてしまった優希は、驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。海斗はいつも簡単に優希の着ている服を脱がしてしまう。
「ふっ。優希、可愛いな」
くすりと笑うと、海斗は優希の肩を背後から抱き締めるように右腕で掴み、優希のジーンズのボタンを器用に左手で外す。
「ぎゃーっ! だから、自分でやるってばっ!」
両手で海斗の手を止めようと、必死で掴む優希。顔から湯気が出るんじゃないかと思うくらいに真っ赤になっている。全くこの男は何をするんだと頭の中がぐるぐるしていた。
「別に全部脱がそうってんじゃないんだから」
「っ!!」
海斗に力で勝てるはずもなく、あっけなくジーンズも脱がされてしまった。下着1枚になってしまった優希は恥ずかしくて顔が上げられずにいた。
そんな優希を後ろから優しく見つめると、海斗は持っていた浴衣の袖に優希の右腕を通す。そして、ゆっくり左腕も通し、後ろから抱き締めるようにして浴衣の前をそっと合わせる。
真っ赤な顔のまま、優希は背中に海斗の体温を感じながら、自分の鼓動が速くなってきていることを感じていた。ますます顔が上げられない。
「ほら、できた」
しかし、優希が緊張している間に、帯まで締めた海斗がにっこりと笑いながら、前に回ると少ししゃがみ、優希を下から覗き込むようにして見上げる。
まったく、この顔に弱い……。
「うっ……」
優しく笑う海斗に見つめられ、優希は声を詰まらせ、ただ見つめ返すことしかできなかった。
「じゃ、お風呂行こう」
突然後ろの方から、アリスの元気な声が響いた。
ふたりを待っていたのか、振り返ると満面の笑みのアリスと、その隣で真っ赤になって俯いているしえる。そして、相変わらず嫌そうな顔のえりすの横で、ゆーきがにこにこと嬉しそうにえりすの腕にしがみつくように腕を絡めていたのだった。
アリスとしえるもいつの間にか浴衣に着替えていた。どうしたのかは優希も海斗も見ていない。しかし、しえるの様子を見る限り、アリスがしえるに浴衣を着せたのは間違いないだろう。
「そ、そうだねっ」
ハッとして優希は慌てて声を上げると、海斗から離れるようにしてアリスの元へと移動した。
しかし海斗は優希に続くことなく、再び座布団の上に座ると胡坐をかき、湯飲みにお茶を淹れ始めた。
「あれ? 海斗はお風呂行かないの?」
ふと振り返り、海斗の様子に優希は不思議そうにことんと首を傾げる。
「あぁ、行くよ。もう少ししたらな。……優希、ここ座って」
そう言って、自分の隣にある座布団をポンポンと叩く。
「え?……でも」
「じゃあ、優希たちは後から行けば? 僕たち、先に行ってるね」
困った顔をしてアリスの方を見た優希に、アリスはにっこりと笑いながらそう答えた。
「あ、うん。後から追いかけるよ」
「行ってきます」
優希の返事を聞くと、再びにっこり笑うとアリスはしえるの手を引いて部屋を出た。それに続くようにえりすとゆーきも部屋を出る。
今、アリスと猫たちはルイから貰ったという秘密の薬を使って、猫耳と尻尾は見えないようにしてある為、人と何も変わらない姿になっていたのだった。
「どうかした?」
海斗の横にすとんと座ると、優希は不思議そうに首を傾げながら海斗をじっと見つめる。
「優希」
真剣な表情で優希の名前を呼ぶと、海斗はぐいっと優希の腕を掴み、自分の方に引き寄せる。そして、ぎゅっと優希を包むようにして抱き締めた。
「わっ!?」
突然のことに、優希は思わず声を上げる。
ぎゅっと顔を海斗の肩の辺りに押し付けられ、優希は顔を上げられずに自分の鼓動が先程よりも更に速くなっていることに気が付いた。顔が熱い。自分の鼓動の音がすぐ耳元で聞こえるような気がして、更に恥ずかしくなる。
そして今、部屋には海斗とふたりきりである。
「か、海斗……」
ぼそりと呟きながら、行き場を失った手をぎゅっと畳に押し付けながら握り締める。
「優希、立てるか?」
思わず目を瞑りかけていた優希の耳元で、海斗の声が聞こえ、ハッとした。
「え?」
このままどうなるのだろうと考えていた優希は、ぽかんとした顔のまま、海斗を見上げるようにして顔を上げた。
そんな優希を柔らかい表情で見つめ返した海斗は、優希の言葉に反応することなく、そのまま優希の腕を掴んで立ち上がった。
その拍子にそのまま優希も一緒に立ち上がる。
「海斗?」
海斗の行動の意味が分からず、不思議そうに首を傾げる。
「おいで」
そう言ってにっこりと微笑むと、海斗は優希の手を取り歩き始めた。
「う? うん……」
頷きながらも優希は不思議そうに首を傾げたまま、海斗に手を引かれながらついていく。
部屋を出ると、海斗は温泉がある方向とは反対方向に向かって歩く。
優希は海斗に手を引かれながら歩くが、海斗が何を考えているのか理解できず、ただじっと海斗の背中を見つめていたのだった。しかし、
「どこ行くの?」
やはり気になり、海斗を見上げながら声を掛ける。
「すぐだから」
そう答えるだけで、海斗は振り返ることなく歩き続ける。
そして、数分も経たないうちに、本館を出て、隣の別館へと入っていく。
別館は本館ほどの豪華さはないものの、風情漂う造りで、周りに人もいないのか静かであった。渡り廊下を歩きながら、すぐ横には中庭だろうか、豪華な日本庭園のような景色が広がっている。
優希は海斗に手を引かれながら、ぼんやりとその景色に見入っていた。
すると、少し歩いた所で突然海斗が立ち止まった。
「海斗?」
優希はじっと大きな目で海斗の背中を見上げる。
次の瞬間、海斗が真剣な表情で振り返った。
「優希」
名前を呼ばれたことと、その真剣な表情に優希は再びドキッと心臓が大きく鳴った。
「別に部屋を取ってあるんだ」
思いもよらない一言が返ってきた――。
「次はえりすな」
「えっ!?」
海斗の発言にえりすはぞくりと背筋に寒気を感じ、ぎょっとした顔で海斗を振り返る。
「じゃあ、服脱げ。なんなら俺が脱がしてやろうか?」
にやりと口元に笑みを浮かべながらえりすに近寄り、右腕を掴む。
「っ!? い、いいよっ、俺はっ!」
更にぎょっとしたえりすは、真っ赤な顔で慌てて海斗の手を振り払う。
「ダメっ! えりすんに触ったらダメっ!」
そこへ海斗とえりすの間にゆーきが割って入ってきた。えりすを庇うように両手を広げ、海斗を睨み付けながら見上げている。
まるで悪の魔王から姫を守る勇者のように――とはいえ、海斗は魔王ではないし、えりすも姫ではないのだが、優希は3人のやり取りを見ながらそんなことを考えていたのだった。
「あのなぁ。ただ浴衣着せるだけだろ? お前だって着せてやっただろ」
はぁっと海斗は溜め息をつくと、ゆーきの頭をガシガシと乱暴に撫でる。子猫をあやす飼い主というよりは、可愛い弟を揶揄っているようであった。実際海斗はそんな気持ちになっていたのだろう。
「やーっ! 頭触んないでよっ!」
「…………」
そして、楽しそうにゆーきの頭を撫でる海斗と、バシバシと海斗の腕を叩くゆーきを、えりすと優希は溜め息をつきながら見ていた。
一方、その隣ではいまだアリスとしえるが格闘していたのだった。
「ねぇ、なんで嫌がるの? 心配しなくても、こんな所で変なことなんてしないよ?」
満面に笑みを浮かべながらしえるに近付くアリス。顔は笑っているが何かを企んでいるようにしか見えない。
「へ、変なことって……。ほんとに僕は、自分で着れるから……」
青ざめた顔のまま、しえるは必死にアリスから逃れようとする。しかし、部屋の隅に追いやられ、とても逃げられそうになかった。
「あ、しえるって、毛並みもいいけど、肌触りもいいねぇ。すべすべー」
しえるの腕を掴んだアリスが自分の頬にしえるの手を当てた。
「っ!? ア、アリスっ!」
青ざめていたしえるの頬が一気に赤く染まる。
「あー! しーたんの顔、真っ赤になってるぅ」
そこへ、海斗の邪魔をしながらも、えりすの浴衣を着せ終えたゆーきが割り込んできたのだった。驚いた顔でしえるをまじまじと見つめている。
「なんでもないよ。あ、ほら、えりすにまた海斗が言い寄ってるよ?」
「えっ!?」
しえるは近付くゆーきの顔を両手で押し退けると、ちらりとえりすの方を見やる。
その言葉にぎょっとしたゆーきは慌ててえりすの方へと戻る。
「えりすん大丈夫?」
「何が?」
えりすはひとりで座布団に座って、すっかり冷めてしまっているお茶をゆっくりと飲んでいるところであった。隣に海斗の姿はない。
「えりすん、えりすんっ」
しえるに騙されたことなど全く気にすることなく、ゆーきはえりすの横にちょこんと座ると、すりすりと自分の頬をえりすの肩にすり寄せる。
「っ!?」
思わず湯飲みを落としそうになるえりす。
「ねぇ、ちゅーしよ?」
少し目を潤ませながら、じっとえりすを見上げるゆーき。
「は!? な、何言ってんだよっ!」
ゆーきの発言に顔を真っ赤にさせながら、慌ててゆーきをぐいぐいと押す。
ほんとにこの弟は時々凄いことをしてくるのだ。えりすはいつもそんなゆーきに困っていたのだった。
「皆、仲いいなぁ」
立ったままじっと猫たちの様子を見ていた優希が嬉しそうに笑う。すると、
「じゃあ、俺たちも仲良くしようか?」
すぐ横から海斗の声が聞こえ、優希はハッとして隣を見上げる。
いつの間にか海斗がにやりと口元に笑みを浮かべながら優希を見下ろしていた。
「なっ、仲良くってなんだよっ」
焦った優希は海斗の言葉に真っ赤になりながら、慌てて目を逸らす。猫たちと違ってなんだかいやらしい響きに聞こえたのだ。ただ仲良くするのとは違う意味に。
「浴衣、着せてやるよ」
そう言った海斗はいつの間にか浴衣姿になっていた。
えりすの後に着替えたのだろうが、優希はそのことに全く気が付いていなかった。そして、ちらりと見た浴衣姿の海斗に思わずドキッとしてしまう。普段からイケメンな海斗ではあるが、色気が増して更にカッコ良く見える。
「あ……海斗、いつの間に浴衣――」
言いかける優希を遮るように、海斗は置いてあった浴衣を掴み、優希の上着のパーカーのファスナーに手を掛けた。
「わっ!!」
優希は真っ赤な顔のまま声を上げると、慌てて海斗の手を掴む。
「じ、自分で着るからっ!」
「何言ってんだよ。どうせ優希は着方も知らないだろ? 俺が着せてやる」
赤い顔のまま拒否し続ける優希に、海斗はふぅと軽く溜め息をつくと、優希の手を払い除け、そのまま上着を脱がせてしまう。
「い、いいってばっ! 別にちゃんと着れてなくても平気だしっ」
Tシャツ姿になった優希は更に顔を赤らめ、海斗から離れる。
「これも脱いで」
「ぬわっ!?」
海斗は優希の後ろから、着ていたTシャツも無理矢理に脱がす。
背後から器用にTシャツを脱がされてしまった優希は、驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。海斗はいつも簡単に優希の着ている服を脱がしてしまう。
「ふっ。優希、可愛いな」
くすりと笑うと、海斗は優希の肩を背後から抱き締めるように右腕で掴み、優希のジーンズのボタンを器用に左手で外す。
「ぎゃーっ! だから、自分でやるってばっ!」
両手で海斗の手を止めようと、必死で掴む優希。顔から湯気が出るんじゃないかと思うくらいに真っ赤になっている。全くこの男は何をするんだと頭の中がぐるぐるしていた。
「別に全部脱がそうってんじゃないんだから」
「っ!!」
海斗に力で勝てるはずもなく、あっけなくジーンズも脱がされてしまった。下着1枚になってしまった優希は恥ずかしくて顔が上げられずにいた。
そんな優希を後ろから優しく見つめると、海斗は持っていた浴衣の袖に優希の右腕を通す。そして、ゆっくり左腕も通し、後ろから抱き締めるようにして浴衣の前をそっと合わせる。
真っ赤な顔のまま、優希は背中に海斗の体温を感じながら、自分の鼓動が速くなってきていることを感じていた。ますます顔が上げられない。
「ほら、できた」
しかし、優希が緊張している間に、帯まで締めた海斗がにっこりと笑いながら、前に回ると少ししゃがみ、優希を下から覗き込むようにして見上げる。
まったく、この顔に弱い……。
「うっ……」
優しく笑う海斗に見つめられ、優希は声を詰まらせ、ただ見つめ返すことしかできなかった。
「じゃ、お風呂行こう」
突然後ろの方から、アリスの元気な声が響いた。
ふたりを待っていたのか、振り返ると満面の笑みのアリスと、その隣で真っ赤になって俯いているしえる。そして、相変わらず嫌そうな顔のえりすの横で、ゆーきがにこにこと嬉しそうにえりすの腕にしがみつくように腕を絡めていたのだった。
アリスとしえるもいつの間にか浴衣に着替えていた。どうしたのかは優希も海斗も見ていない。しかし、しえるの様子を見る限り、アリスがしえるに浴衣を着せたのは間違いないだろう。
「そ、そうだねっ」
ハッとして優希は慌てて声を上げると、海斗から離れるようにしてアリスの元へと移動した。
しかし海斗は優希に続くことなく、再び座布団の上に座ると胡坐をかき、湯飲みにお茶を淹れ始めた。
「あれ? 海斗はお風呂行かないの?」
ふと振り返り、海斗の様子に優希は不思議そうにことんと首を傾げる。
「あぁ、行くよ。もう少ししたらな。……優希、ここ座って」
そう言って、自分の隣にある座布団をポンポンと叩く。
「え?……でも」
「じゃあ、優希たちは後から行けば? 僕たち、先に行ってるね」
困った顔をしてアリスの方を見た優希に、アリスはにっこりと笑いながらそう答えた。
「あ、うん。後から追いかけるよ」
「行ってきます」
優希の返事を聞くと、再びにっこり笑うとアリスはしえるの手を引いて部屋を出た。それに続くようにえりすとゆーきも部屋を出る。
今、アリスと猫たちはルイから貰ったという秘密の薬を使って、猫耳と尻尾は見えないようにしてある為、人と何も変わらない姿になっていたのだった。
「どうかした?」
海斗の横にすとんと座ると、優希は不思議そうに首を傾げながら海斗をじっと見つめる。
「優希」
真剣な表情で優希の名前を呼ぶと、海斗はぐいっと優希の腕を掴み、自分の方に引き寄せる。そして、ぎゅっと優希を包むようにして抱き締めた。
「わっ!?」
突然のことに、優希は思わず声を上げる。
ぎゅっと顔を海斗の肩の辺りに押し付けられ、優希は顔を上げられずに自分の鼓動が先程よりも更に速くなっていることに気が付いた。顔が熱い。自分の鼓動の音がすぐ耳元で聞こえるような気がして、更に恥ずかしくなる。
そして今、部屋には海斗とふたりきりである。
「か、海斗……」
ぼそりと呟きながら、行き場を失った手をぎゅっと畳に押し付けながら握り締める。
「優希、立てるか?」
思わず目を瞑りかけていた優希の耳元で、海斗の声が聞こえ、ハッとした。
「え?」
このままどうなるのだろうと考えていた優希は、ぽかんとした顔のまま、海斗を見上げるようにして顔を上げた。
そんな優希を柔らかい表情で見つめ返した海斗は、優希の言葉に反応することなく、そのまま優希の腕を掴んで立ち上がった。
その拍子にそのまま優希も一緒に立ち上がる。
「海斗?」
海斗の行動の意味が分からず、不思議そうに首を傾げる。
「おいで」
そう言ってにっこりと微笑むと、海斗は優希の手を取り歩き始めた。
「う? うん……」
頷きながらも優希は不思議そうに首を傾げたまま、海斗に手を引かれながらついていく。
部屋を出ると、海斗は温泉がある方向とは反対方向に向かって歩く。
優希は海斗に手を引かれながら歩くが、海斗が何を考えているのか理解できず、ただじっと海斗の背中を見つめていたのだった。しかし、
「どこ行くの?」
やはり気になり、海斗を見上げながら声を掛ける。
「すぐだから」
そう答えるだけで、海斗は振り返ることなく歩き続ける。
そして、数分も経たないうちに、本館を出て、隣の別館へと入っていく。
別館は本館ほどの豪華さはないものの、風情漂う造りで、周りに人もいないのか静かであった。渡り廊下を歩きながら、すぐ横には中庭だろうか、豪華な日本庭園のような景色が広がっている。
優希は海斗に手を引かれながら、ぼんやりとその景色に見入っていた。
すると、少し歩いた所で突然海斗が立ち止まった。
「海斗?」
優希はじっと大きな目で海斗の背中を見上げる。
次の瞬間、海斗が真剣な表情で振り返った。
「優希」
名前を呼ばれたことと、その真剣な表情に優希は再びドキッと心臓が大きく鳴った。
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