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第3話

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「優希、荷物貸せ」
 不機嫌な顔のまま、アリスに答えることなく海斗が優希に話し掛けてきた。そしてすっと右手を優希に差し出す。
「大丈夫だよ。これくらい持てるって」
 しかし優希は荷物を自分の方へ引き寄せ渡さなかった。
 先程橘から手渡された2人分の荷物を持っていたのだが、車も出してもらって旅費も全額負担してもらっているのだから、『これくらいは』と考えていたのだった。
 すると、優希を見下ろしていた海斗の顔がふっと緩む。そして、
「まだチェックインまで時間あるから荷物だけ預けるんだよ。観光でもしよう」
 そう言うと海斗はにこりと笑みを浮かべ、優希が持つバッグの取っ手を自分も掴んだ。
「あ、そうだったんだ。海斗、ありがとっ」
 海斗の笑顔につられ自分も笑顔になると、優希はそのまま海斗の優しさに甘えることにしたのだった。そっと手を離し、海斗に荷物を預けた。
 ふたりが笑顔で見つめ合っていると、すぐ横から明るい声が上がる。
「わーっ、観光っ! いいねっ。あ、これもお願いしまーす」
 隣でじっとふたりの会話を聞いていたアリスだった。にっこりと微笑みながら自分の荷物を押し付けるようにして海斗に手渡す。
「は? だからお前はっ――」
「あ、オレのも~」
 再び不機嫌な顔になった海斗がアリスに向かって声を上げようとしたすぐ横から、また明るい声が聞こえてきた。横を見下ろすと、ゆーきがにこにこと笑いながら「はい」とバッグを手渡してきたのだった。
「あのなー……」
「あ、じゃあ俺も……」
「僕も」
 溜め息をつきながら海斗が呆れた顔でゆーきを見下ろしていると、更に横からえりすとしえるが自分のバッグを渡してきたのだった。
「ったく……俺は保護者じゃねぇぞ」
 再び大きく溜め息をつくと、海斗は仕方なさそうに自分と優希の荷物を含め、6人分の荷物を両手に持ち、そのまま旅館の中へと入っていった。
「あっ! 海斗待ってっ。俺も行くっ」
 さっさと中へと入ってしまった海斗の後を優希が慌てて追いかける。

「ねぇ、アリス。あんまり海斗を苛めないでよ」
 じっと今までの様子を見ていたえりすが心配そうな顔をしながらアリスに話し掛けてきた。
「なに? えりすってば海斗が好きなの?」
 えりすの言葉にふふっと笑みを浮かべながらアリスが問い掛ける。
「ちっ、違うよっ! せっかく連れてきてもらってるからってことでっ!」
 真っ赤な顔でえりすが反論するのだが、アリスはその様子をにやにやと見ているだけであった。
「もうっ! ほんとに違うんだからっ!」
 少し涙目になりながら必死にアリスに反論するえりす。
「えりすん、海斗が好きなの?」
 そこへゆーきがふたりの間に割り込んできた。泣きそうな顔をしながらじっとえりすを見つめている。
「なっ!? だ、だから違うってばっ!」
 ハッとすると、えりすは更に顔を赤くしながら今度はゆーきに向かって反論する。
「良かったぁっ! えりすんが海斗のこと好きじゃなくてー」
 するとゆーきは満面に笑みを浮かべ、嬉しそうにじっとえりすを見つめた。
「良かったって……」
 ゆーきの言葉に困ったような表情をするえりす。
「だってオレ、えりすんが好きだもんっ!」
 むっとした表情になると、ゆーきはぎゅっとえりすの腕に自分の腕を絡ませ、えりすの頬に顔を近付けたのだった。
「ちょっ、ちょっとゆーきっ!」
 えりすはぎょっとして声を上げ、再び真っ赤な顔になると慌ててゆーきから離れようとしていた。
「……いいな……」
 そんなふたりの様子をじっと見ていたしえるがぼそりと呟く。
「ん? なぁに? しえる」
 いつの間にかアリスがしえるの横に立っていた。にっこりと微笑みながらしえるを見ている。
「えっ?……あ、な、なんでもないよ」
 しえるは一瞬顔を赤らめるが、すぐにアリスから目を逸らすと、普段と変わらず無表情にぼそりと答えていたのだった。



 ☆☆☆



 旅館の受付で海斗は自分たちの荷物を預けようと、受付の女の人に話し掛けていた。そこへ――。
「かいとーっ! おなかすいたぁーっ!」
 後ろから誰かが走ってくる足音がしたかと思うと、大声と共に海斗の背中にドンと何かがぶつかったような痛みがあった。
「いてっ」
 顰め面で海斗が後ろを振り返ると、そこには「にゃーん」と甘えた声で鳴くゆーきが海斗の背中にぶら下がっていたのだった。
「お前な……ちょっとは大人しくしてろ」
 眉間に皺を寄せたまま、海斗は背中にぶら下がっているゆーきを無理矢理剥がす。
「だってぇ……」
 ゆーきは床にぽすんとしゃがみ込むと、涙目になりながら海斗を見上げる。
「可愛らしい弟さんですね」
 その様子を見ていた受付の女性がくすくすと笑いながら海斗に話し掛けたのだが、
「違います」
 すぐに真面目な顔で海斗がハッキリと否定する。
「おにーちゃーん。ごはんまだー? お腹すいたよー」
 すると、いつの間にか来ていたアリスが横からわざとらしく甘えた声で海斗を見上げたのだった。
「誰が『おにーちゃん』だ。調子に乗るなっ」
 ぴしゃりと海斗が言い放つ。先程よりも更に眉間に皺が寄っている。
「ご・は・んーっ!!」
 しかし、海斗の態度を気にすることなく、今度はゆーきも一緒にアリスと口を揃えて大声を上げる。
 周りにいた旅館の他のスタッフまでくすくすと笑っていた。
「分かったから……少し黙ってろ」
 額に右手を当て、海斗は大きく溜め息をついた。
 和やかな空気が流れる中、海斗の隣でその様子を黙って見ていた優希は、なんだか今までにない感情を抱き始めていたのだった。



 ☆☆☆



 旅館に荷物を預け、辺りを散策し始めた3人と3匹。
 温泉街ということもあり、通りには色とりどりの土産屋が立ち並んでいた。
 珍しい置き物やキラキラとした飾りに、猫たちは目を輝かせていたのだった。
 いや、目を輝かせていたのは猫たちだけではなかった。
「見て見てっ、海斗っ。なんか面白い人形があるっ」
 優希が海斗の上着の裾を掴みながらはしゃいでいたのだった。
 同じレベルだなと思いながらも、海斗は優しく優希を見下ろす。
「何か土産でも買ってくか?」
「ほんと? あ……でも俺、あんま金持ってないし……」
 海斗の言葉に嬉しそうに声を弾ませた優希であったが、ふと自分の財布の中身を思い出し、しゅんと頭を下げる。
「そんなこと気にするな。それくらい俺が出してやる」
「でもっ!……それじゃ土産になんないじゃん」
 さらりと答える海斗にハッとして顔を上げた優希だったが、再び口を尖らせながら俯いてしまった。
「そうか、なるほどな。じゃあ、家への土産は自分で買えよ。菓子とかならそんなに金は掛からないだろ? 優希が自分で欲しい物は俺が買ってやる。今日の記念だ。それならいいだろ?」
 そう言って海斗は優希の頭を軽くポンポンと撫でるように触る。
「ちょっ! 頭触るなってばっ」
 優希は顔を真っ赤にしながら海斗の手を払い除けるが、内心海斗の気持ちが凄く嬉しかった。怒りながらも顔が嬉しそうに綻んでいたのだった。
 そんな優希を見下ろし、海斗は嬉しそうに微笑む。
 その時、どこからか猫が威嚇している時のような鳴き声が聞こえてきた。
 ふたりはまさかと思い、声がした方を見る。

「にゃっ! にゃにゃにゃにゃっ! フーッ! シャーッ!」

「…………」
 やっぱりか、とふたり同時に溜め息をつく。
 ふたりが見た方向には動くぬいぐるみと格闘しているゆーきがいた。
 とりあえずまだ手は出してはいないようだった。じっと睨み付けながら威嚇している。
「もー……」
 優希は愕然とうな垂れる。そして仕方なさそうに溜め息をつき、すぐにゆーきの元へと駆け寄った。
「こらっ! ゆーきっ!」
 怒鳴りながら自分と同じ名前を叱るのも変な気分だと感じながらも、「フーッ!」と相変わらず威嚇しているゆーきの腕を掴んだ。すると――。
「ニャッ!!」
「いてっ!!」
 興奮していたせいか、急に腕を掴まれたゆーきは優希の手をバリッと引っ掻いたのだった。
 幸い、今のゆーきは人間の姿をしていた為、猫のように鋭く長い爪ではなかったおかげで、優希の手には赤い筋ができただけであった。
「ゆーきっ!」
 すかさず海斗がふたりの間に入り、ゆーきの襟首をぐいっと掴んで叱りつけた。
「にゃ?」
 ゆーきは海斗に首を掴まれ一瞬びくっとしたが、両手を少し上げた状態で首を傾げながら海斗をじっと見上げている。
「……ったく。ダメだろうが。危うく優希が怪我するところだっただろっ」
 海斗は溜め息まじりにゆーきを見下ろすと、厳しい口調でゆーきを更に叱りつける。
「にゃー……」
 ゆーきはしゅんとすると、悲しそうな声で上目遣いに海斗を見上げる。
「分かったか?」
「にゃ」
 海斗はじっと厳しい表情のままゆーきを見下ろす。するとゆーきは目に涙を浮かべながら小さく返事をした。
「よしっ」
 そう言うと、海斗はゆーきから手を離し、頭をガシガシと帽子の上から撫でる。
「うにゃっ。かいとやめろっ」
 ゆーきは嫌そうに顔を顰め、両手で海斗の手を払い除けようとする。
 それを見て海斗はにやりとすると、楽しそうに更にゆーきの頭を掻き回すように撫でていた。
 ふたりの様子をじっと横で見ていただけの優希は、先程感じた気持ちが再び湧き上がってきていた。
 この気持ちが何なのか分からず、もやもやとして体が熱くなっていた。何となく嫌な気持ちがする。
(何だろ……これ)
 キュッと口を閉じ、俯く。
「どうした、優希?」
 ふと、俯いている優希に気が付いた海斗は不思議そうに優希の顔を覗き込む。
「べ、別にっ。なんもっ」
 優希は慌てて首を横に振ると、海斗から離れ、土産を見ているアリス達の元へと走っていった。
「…………」
 海斗は溜め息をつきながら、走っていく優希の背中をじっと見つめていた。
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