White cat in Wonderland~その白い猫はイケメンに溺愛される~

ハルカ

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Lovers~晴れのち曇り、時々雨~【スピンオフ】

第16話

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 終業後、イアンは約束の物置小屋に向かってひとり歩いていた。
 訓練が終わってすぐノアに声を掛けられたのだが、わざと持ってきていた掃除道具が役に立った。
 片付けに行くという良い口実ができたのだ。
 いつも一緒にいるノアには申し訳ない気持ちになったが、先に寄宿舎へと戻ってもらった。
 文句を言いつつも疲れているからか、ノアも待つことなく行ってしまった。
 そのため特に誰かに疑われることもなく、スムーズに物置小屋へと来ることができた。
 物置小屋は訓練場の端にあるのだが、誰の目に留まることなくぽつんと建っている。
 ほとんど使わないような物ばかりが入っているため施錠もされていなければ、最近誰かが使った形跡もない。
 なんだか少し可哀想な気もしてしまう。
 物置小屋の前に立ち、イアンはガララと鈍い音を立てて扉を開けると、持ってきていた箒を中に入れる。
 掃除道具入れは別にあるのだが、この中にも小さな箒があるのを知っていた。
 休憩用のベンチを掃除するためと言ってここから持ち出していたのだ。
 しかし、明日からはどう言い訳をしようかと悩んでしまう。
 この物置小屋の中のもので使えそうな物が他にないのだ。
 できるだけ誰かに声を掛けられないようにこっそり来るしかなさそうである。
 物置小屋の扉をゆっくり閉めると、イアンは裏側へ行くため再び歩き始める。
 グスターヴァルはもう来ているだろうか?
 どこか緊張しながら裏側へと回る。
 すぐにでもグスターヴァルの姿が見えるかとわくわくしながら行ったのだが、まだ来ていないようで姿はなかった。
「なんだ……」
 すぐにでも会えると思って期待していただけに、少ししょんぼりとしてしまう。
 場所が分からないわけではないだろう。
 城側からは木の陰にはなっているが、迷うような場所でもない。
「早く来ないかな、グスターヴァル」
 城との敷地の間にはネットフェンスが張られている。
 ガシャンと背中を預けるように凭れ掛かった。
「はぁ……」
 思わず溜め息が漏れてしまう。
 これはイーサンとセバスチャンのためにとふたりで決めたことなのだが、グスターヴァルに会えるというだけで、まるでデートの約束でもしたような気持ちになっていた。
 仕事が終わるのが、これほどまでに待ち遠しく感じていたのは自分だけなのだろうか。
 いや、自分の場合は仕事というよりもほぼ訓練ではあるのだが。
 それでも、グスターヴァルに会えるというだけで嬉しかった。

「どうかしたのか?」

 髪をさらりと触れられ後ろから良い声が聞こえてきた。
 びくっと体が震える。
「っ! グスターヴァルっ!」
 驚いて慌てて振り返ると、フェンス越しにグスターヴァルがこちらを見下ろしていた。
 少しだけ落ち込んでいた気持ちが再び高揚する。
「遅れてすまない」
 そう言ってグスターヴァルは軽く頭を下げた。
「ううんっ。俺も今さっき来たところだから」
 頭が飛んでいってしまいそうなほどに首を横に振った。
 来てくれただけで嬉しい。
 今までであれば週に一度しか会えなかったのだ。
 グスターヴァルの顔を見て思わず笑みが零れてしまう。
「えへっ」
「元気そうで良かった」
 嬉しそうに笑う顔を見て安心したのか、グスターヴァルも柔らかく笑った。
「うんっ! あっ、えっと、報告しなきゃだね。隊長は……うーん、俺が見る限りはいつも通りだったよ」
 本当はゆっくり話したいところだが、あまり時間もない。
 すぐに本題に入った。
「そうか……セバスチャンもそうだな。特に変わった様子はなかった」
 グスターヴァルもすぐに真剣な表情に変わる。
「そうなんだ……ねぇ、やっぱりグスターヴァルの気のせいとかじゃなくて?」
 疑うわけではないがやはり違うのではないかと問い掛ける。
「うむ……そうだといいのだが。でも、やはり気になってな。確かにセバスチャンはいつもと変わらない様子ではあったのだが、いつもと違うことがひとつだけあったんだ」
 考え込むようにグスターヴァルは顎に手を当てて答える。
「え? 違うこと?」
 じっとグスターヴァルを見上げながら首を傾げる。
「あぁ。私は鼻が利くと説明しただろう? いつも休みの次の日は、セバスチャンからイーサンの匂いがしていたんだが、今朝はそれがなかった」
 顎に手を当てたままグスターヴァルが答える。
 その答えにイアンは思わず顔が熱くなってしまった。
 セバスチャンからイーサンの匂いがする、ということはふたりが一晩中くっついていた、ということだ。
 恐らくこの前の自分の時とは違い、ただ抱き締めて眠るだけではないのだろう。
「そ、そうなんだ……」
 なんと答えればいいのか分からずしどろもどろになる。
「あぁ。私がセバスチャンの所で働くようになって初めてのことだ。恐らく、昨日はイーサンはセバスチャンの所には行っていないんじゃないかと思ってな。強くはなくても、ずっとそばにいれば多少の匂いはすると思うのだが、今日は全く感じなかったからな」
 難しい顔でグスターヴァルが考え込んでいる。
 確かに、イーサンがセバスチャンの所に行っていないのはおかしいことではある。
 今日1日見ていておかしな所はなかったはずだが、よく思い返してみると、休み明けにしては肌艶があまり良くなかったようにも思える。
 普段から眠そうではあるが、今日はいつも以上によく欠伸をしていた気もする。
 休み明けはご機嫌で肌艶も良いのがイーサンだ。
 セバスチャンと一緒に過ごしていたと思っていたのだが、そうじゃないとしたら?
「うん……確かにやっぱりおかしいかも。隊長いつも通りには見えたけど、いつもの休み明けより元気なかったかもしれない」
 元気はいつもないイーサンだが、機嫌も普通だったように思える。
 ご機嫌、といった感じではなかった。
「そうか……とりあえずもう少し様子を見よう。明日は少し探りを入れてみる」
 ふむ、と顎に手を当てたまま頷くと、グスターヴァルは手を下ろしてじっとイアンを見下ろした。
「うん、分かった。俺もできるだけ何か分かるか探ってみるね」
 にこりと笑ってグスターヴァルを見上げる。
「無理はするなよ」
 ふっと優しく微笑んだグスターヴァルの顔を見て、離れ難くなってしまった。
 急に切ない気持ちになる。もっと一緒にいたい。
「グスターヴァル……」
 じっとフェンス越しに見上げていると、グスターヴァルが両手でフェンスをぐっと掴んだ。
 そこにそっとイアンも手で触れる。
「イアン、手を開いて」
 言われてフェンスに沿って両手を当てると、フェンスの穴からぐっとグスターヴァルが両手を握り締めてきた。
「っ!」
 ドキッとしながら自分も握り返す。
「また明日な、イアン」
 手を触れることしかできないのがもどかしいが、それでも言葉を交わし、手を握り合うことができただけで幸せだった。
「うん、また明日ね」
 今からもう、明日の終業時間が待ち遠しくなる。
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