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Lovers~晴れのち曇り、時々雨~【スピンオフ】
第9話
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本当は、一発ぶん殴ってやろうかと思っていたのだが、そんな体の痛みよりも、これが一番効くだろうと考えてのことだった。
今頃グスターヴァルは相当焦ってイアンを探していることだろう。
そして、この状況を何も思わないはずはない。
床に座り込んだまま、イーサンはちらりとセバスチャンの方を見た。
いつの間にか席を立って呆然とした顔でこちらを見つめている。
(そりゃそうだろうな)
たとえ自分のことをなんとも思っていないとしても、今の会話は驚いたのだろう。
グスターヴァルを懲らしめるためと、もうひとり、誤解するようにわざとああいう言い方をしたのだ。
「……本当、なのか? お前、まさか、本当にあの子供と……」
驚いた顔でセバスチャンが尋ねてきた。
少し青ざめてもいるようだ。
この焦り様に少し笑えてくる。
相手はグスターヴァルの恋人だ。子供だなんだという歳でもない。
だったら自分を取られたことにでも焦っているのか?
(まさかな)
ふっと口元に笑みを浮かべる。
「子供って、イアンは一応18だぞ? まぁ、とはいえガキだけどな」
ゆっくりと立ち上がってパンパンと背中と尻に付いた埃を払う。
もちろんセバスチャンの顔は見ない。
「おい。質問に答えろ」
今度は少し怒ったような声が聞こえてちらりと顔を見る。
睨み付けるようにこちらを見ている。
「何をだ?」
わざとしれっとした顔で問い返した。
「ふざけるなっ。さっきグスターヴァルと話していただろうっ。まさかお前、本当に――」
「イアンと寝たのか、って?」
怒って声を上げたセバスチャンの言葉を遮り、嘲るように問い返した。
「イーサンっ!」
かぁっと顔を赤らめながらセバスチャンが怒鳴る。
「さぁ? どうだろうな。でも、セバスチャンには関係ないだろ」
ふんっと鼻で笑うように答えて再び顔を逸らした。
「なっ! 関係ないとはなんだっ!」
「だってそうだろ? あんたが自分で言ったんだ。俺とは『恋人じゃない』って」
もう一度セバスチャンの顔を見つめると、強い口調で言い返す。
そう、あの時ルイとグスターヴァルの前ではっきりと『俺たちは恋人なんかじゃない』と言ったのだ。
他の誰かではなく、あのふたりの前で。
「っ!」
ハッとしたような顔をしたセバスチャンをじっと見つめるが、その後何も言葉が続かないことにふっと再び自嘲する。
「別にいい。俺はずっとあんたに『片想い』のままなだけだ」
そう言ってくるりと向きを変えて執務室のドアへと歩いて行く。
「イーサンっ!」
後ろからセバスチャンの声が聞こえたが、振り返ることなくイーサンはそのまま部屋を出て行った。
☆☆☆
寄宿舎への道を歩きながら、何か憑き物でも落ちたように肩が軽くなっていた。
ずっと分かっていた。
セバスチャンからは一度も『好きだ』という言葉を聞いたことがない。
拒絶されたり断られたりしていないだけだった。
6年前のあの時からずっと。
(なんだったんだろうな……)
髪の毛をぐしゃっとさせながら溜め息が出た。
訓練場に行こうとしてふと足を止める。
そういえばあのふたりはどうなったのか。
知ったことじゃないとはいえ、イアンは自分の弟みたいな存在だ。
泣かすような奴に任せるわけにはいかないが、イアンが望むのであれば応援したいという気持ちもある。
そして恐らくまだ自分の部屋にいるのだろう。
困ったことになっていないとも限らない。
「ふむ……」
くるりと向きを変えて寄宿舎の方へと歩いて行く。
自分の部屋の前に立ち、ドアを開けようと取っ手を掴んだものの、中はどうなっているのかと考える。
中から人の気配を感じる。
気配だけで人数までは分からないが、グスターヴァルがひとりで戻ったとは考えにくい。ここに辿り着いていないということもないだろう。
つまり今、ふたりともこの中にいるということだ。
修羅場の様になっているのか、はたまた、まさかとは思うが他人の部屋でいちゃついていないだろうな、と頭の中がもやもやとした。
ふぅっと息を吐くと、どちらでもいいかと勢いよくドアを開けて中に入る。
いや、まさかとは思ったが……。
「おいっ! お前らひとの部屋で何やってんだっ!」
思わず声を荒らげてしまった。
目の前には自分の部屋のベッドで一緒に寝ているふたりがいたのだ。
(ありえねぇ……)
呆れて額を押さえながら大きく溜め息を付く。
「あっ! 隊長っ!」
ガバッと慌ててイアンが起き上がって声を上げた。
服は着ているので、何かしていたわけではなさそうだ。
「……なんだ、来たのか」
むすっとした顔をしながらグスターヴァルも体を起こす。
「あのな……ここは俺の部屋なんだ。なんで俺が責められるような顔をされなきゃならないんだ」
じろりとグスターヴァルを睨み付けて文句を言う。
上手くいけばいいとは思ったが、いきすぎだろうと再び溜め息が出る。
「ご、ごめんなさいっ! すぐ退くのでっ」
そう言ってイアンが慌ててベッドから下りる。
別にイアンはいい。ここで寝るように言ったのは自分なのだ。
「…………」
むすっとした顔のままベッドから下りるグスターヴァルの姿を見て、なんとも言えない気持ちになる。
元ドラゴンとはいえ、あいつは何様なんだと腹が立つ。
やはり一発ぶん殴っておけば良かったとイーサンは思っていた。
「イアンを責めるなよ。私が一緒に寝ようと言ったのだ。お前が私を騙した仕返しだ」
すると、ふんっと鼻を鳴らしながらグスターヴァルが睨み付けるようにして話し掛けてきた。
その言葉に更に腹が立つ。
「何が仕返しだ。自業自得だろう。だいたいお前がイアンに酷い態度をするのが悪いんだろう。少しは反省しろよ」
睨み付けながら言い返す。やはりこの男のことは嫌いだ。
「そんなことは分かっている。お前に言われなくてもな。……だが、なぜあんなことを言ったんだ。あれじゃ、あの場にいたセバスチャンにも誤解されただろう?」
グスターヴァルはむっとした顔で言い返したが、ふと首を傾げながら呆れたような顔をした。
やはりこの男は気が付いたかと、ますます気に食わない。
「ふんっ、お前には関係ない。仲直りしたんだったらさっさと帰れ。……イアンはいいが、ここは関係者以外、立入禁止だ」
じっと睨み付けると、親指でくいっとドアの方を指差した。
「分かっている。だが、イアンも連れて行く。ここにはいさせたくない」
ぎゅっとイアンの手を握ると、グスターヴァルが再び睨み付けてきた。
「何をまだそんなこと言ってるんだ。イアンには今日は休むように言ってあるんだよ。それにその顔、そのまま部屋に戻って誰かに会いでもしたら厄介だろう」
今度はイーサンが呆れた顔になるとそう言い返した。
「あ、あのっ……」
困ったような顔でイアンがグスターヴァルとイーサンを交互に見ている。
「イアン、こっちを向いて」
そっと反対側の手でイアンの頬に触れると、グスターヴァルはそう言ってイアンの瞼にキスをした。
「っん……」
びくっと体を震わせイアンは両目を瞑る。
「これで大丈夫だろう」
そう言ってグスターヴァルが顔を離すと、イアンはそっと目を開けてぱちぱちっと瞬きをさせた。
「ふんっ、勝手にしろ」
すっかり瞼の腫れが引いたイアンの顔を確認すると、イーサンは溜め息を付きながら横を向く。
「あぁ。じゃあ行こうか、イアン」
そう言ってグスターヴァルはイアンの手を引いて歩き出す。
「あっ、えっと、隊長っ! あの、ありがとうございましたっ」
驚いた顔でグスターヴァルを見上げた後、慌てて振り返りイアンがお礼を言う。
「別に」
ぼそりと答えてちらりと見ると、イアンはぺこりと頭を下げてグスターヴァルに引かれるまま部屋を出て行った。
「……あれだけ執着してるんだったら、離さなきゃいいのにな」
ぼそりと呟いた後、急に胸が苦しくなった。
今頃グスターヴァルは相当焦ってイアンを探していることだろう。
そして、この状況を何も思わないはずはない。
床に座り込んだまま、イーサンはちらりとセバスチャンの方を見た。
いつの間にか席を立って呆然とした顔でこちらを見つめている。
(そりゃそうだろうな)
たとえ自分のことをなんとも思っていないとしても、今の会話は驚いたのだろう。
グスターヴァルを懲らしめるためと、もうひとり、誤解するようにわざとああいう言い方をしたのだ。
「……本当、なのか? お前、まさか、本当にあの子供と……」
驚いた顔でセバスチャンが尋ねてきた。
少し青ざめてもいるようだ。
この焦り様に少し笑えてくる。
相手はグスターヴァルの恋人だ。子供だなんだという歳でもない。
だったら自分を取られたことにでも焦っているのか?
(まさかな)
ふっと口元に笑みを浮かべる。
「子供って、イアンは一応18だぞ? まぁ、とはいえガキだけどな」
ゆっくりと立ち上がってパンパンと背中と尻に付いた埃を払う。
もちろんセバスチャンの顔は見ない。
「おい。質問に答えろ」
今度は少し怒ったような声が聞こえてちらりと顔を見る。
睨み付けるようにこちらを見ている。
「何をだ?」
わざとしれっとした顔で問い返した。
「ふざけるなっ。さっきグスターヴァルと話していただろうっ。まさかお前、本当に――」
「イアンと寝たのか、って?」
怒って声を上げたセバスチャンの言葉を遮り、嘲るように問い返した。
「イーサンっ!」
かぁっと顔を赤らめながらセバスチャンが怒鳴る。
「さぁ? どうだろうな。でも、セバスチャンには関係ないだろ」
ふんっと鼻で笑うように答えて再び顔を逸らした。
「なっ! 関係ないとはなんだっ!」
「だってそうだろ? あんたが自分で言ったんだ。俺とは『恋人じゃない』って」
もう一度セバスチャンの顔を見つめると、強い口調で言い返す。
そう、あの時ルイとグスターヴァルの前ではっきりと『俺たちは恋人なんかじゃない』と言ったのだ。
他の誰かではなく、あのふたりの前で。
「っ!」
ハッとしたような顔をしたセバスチャンをじっと見つめるが、その後何も言葉が続かないことにふっと再び自嘲する。
「別にいい。俺はずっとあんたに『片想い』のままなだけだ」
そう言ってくるりと向きを変えて執務室のドアへと歩いて行く。
「イーサンっ!」
後ろからセバスチャンの声が聞こえたが、振り返ることなくイーサンはそのまま部屋を出て行った。
☆☆☆
寄宿舎への道を歩きながら、何か憑き物でも落ちたように肩が軽くなっていた。
ずっと分かっていた。
セバスチャンからは一度も『好きだ』という言葉を聞いたことがない。
拒絶されたり断られたりしていないだけだった。
6年前のあの時からずっと。
(なんだったんだろうな……)
髪の毛をぐしゃっとさせながら溜め息が出た。
訓練場に行こうとしてふと足を止める。
そういえばあのふたりはどうなったのか。
知ったことじゃないとはいえ、イアンは自分の弟みたいな存在だ。
泣かすような奴に任せるわけにはいかないが、イアンが望むのであれば応援したいという気持ちもある。
そして恐らくまだ自分の部屋にいるのだろう。
困ったことになっていないとも限らない。
「ふむ……」
くるりと向きを変えて寄宿舎の方へと歩いて行く。
自分の部屋の前に立ち、ドアを開けようと取っ手を掴んだものの、中はどうなっているのかと考える。
中から人の気配を感じる。
気配だけで人数までは分からないが、グスターヴァルがひとりで戻ったとは考えにくい。ここに辿り着いていないということもないだろう。
つまり今、ふたりともこの中にいるということだ。
修羅場の様になっているのか、はたまた、まさかとは思うが他人の部屋でいちゃついていないだろうな、と頭の中がもやもやとした。
ふぅっと息を吐くと、どちらでもいいかと勢いよくドアを開けて中に入る。
いや、まさかとは思ったが……。
「おいっ! お前らひとの部屋で何やってんだっ!」
思わず声を荒らげてしまった。
目の前には自分の部屋のベッドで一緒に寝ているふたりがいたのだ。
(ありえねぇ……)
呆れて額を押さえながら大きく溜め息を付く。
「あっ! 隊長っ!」
ガバッと慌ててイアンが起き上がって声を上げた。
服は着ているので、何かしていたわけではなさそうだ。
「……なんだ、来たのか」
むすっとした顔をしながらグスターヴァルも体を起こす。
「あのな……ここは俺の部屋なんだ。なんで俺が責められるような顔をされなきゃならないんだ」
じろりとグスターヴァルを睨み付けて文句を言う。
上手くいけばいいとは思ったが、いきすぎだろうと再び溜め息が出る。
「ご、ごめんなさいっ! すぐ退くのでっ」
そう言ってイアンが慌ててベッドから下りる。
別にイアンはいい。ここで寝るように言ったのは自分なのだ。
「…………」
むすっとした顔のままベッドから下りるグスターヴァルの姿を見て、なんとも言えない気持ちになる。
元ドラゴンとはいえ、あいつは何様なんだと腹が立つ。
やはり一発ぶん殴っておけば良かったとイーサンは思っていた。
「イアンを責めるなよ。私が一緒に寝ようと言ったのだ。お前が私を騙した仕返しだ」
すると、ふんっと鼻を鳴らしながらグスターヴァルが睨み付けるようにして話し掛けてきた。
その言葉に更に腹が立つ。
「何が仕返しだ。自業自得だろう。だいたいお前がイアンに酷い態度をするのが悪いんだろう。少しは反省しろよ」
睨み付けながら言い返す。やはりこの男のことは嫌いだ。
「そんなことは分かっている。お前に言われなくてもな。……だが、なぜあんなことを言ったんだ。あれじゃ、あの場にいたセバスチャンにも誤解されただろう?」
グスターヴァルはむっとした顔で言い返したが、ふと首を傾げながら呆れたような顔をした。
やはりこの男は気が付いたかと、ますます気に食わない。
「ふんっ、お前には関係ない。仲直りしたんだったらさっさと帰れ。……イアンはいいが、ここは関係者以外、立入禁止だ」
じっと睨み付けると、親指でくいっとドアの方を指差した。
「分かっている。だが、イアンも連れて行く。ここにはいさせたくない」
ぎゅっとイアンの手を握ると、グスターヴァルが再び睨み付けてきた。
「何をまだそんなこと言ってるんだ。イアンには今日は休むように言ってあるんだよ。それにその顔、そのまま部屋に戻って誰かに会いでもしたら厄介だろう」
今度はイーサンが呆れた顔になるとそう言い返した。
「あ、あのっ……」
困ったような顔でイアンがグスターヴァルとイーサンを交互に見ている。
「イアン、こっちを向いて」
そっと反対側の手でイアンの頬に触れると、グスターヴァルはそう言ってイアンの瞼にキスをした。
「っん……」
びくっと体を震わせイアンは両目を瞑る。
「これで大丈夫だろう」
そう言ってグスターヴァルが顔を離すと、イアンはそっと目を開けてぱちぱちっと瞬きをさせた。
「ふんっ、勝手にしろ」
すっかり瞼の腫れが引いたイアンの顔を確認すると、イーサンは溜め息を付きながら横を向く。
「あぁ。じゃあ行こうか、イアン」
そう言ってグスターヴァルはイアンの手を引いて歩き出す。
「あっ、えっと、隊長っ! あの、ありがとうございましたっ」
驚いた顔でグスターヴァルを見上げた後、慌てて振り返りイアンがお礼を言う。
「別に」
ぼそりと答えてちらりと見ると、イアンはぺこりと頭を下げてグスターヴァルに引かれるまま部屋を出て行った。
「……あれだけ執着してるんだったら、離さなきゃいいのにな」
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