White cat in Wonderland~その白い猫はイケメンに溺愛される~

ハルカ

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Lovers~晴れのち曇り、時々雨~【スピンオフ】

第7話

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 流れる涙を拭うことなく必死に走る。
 方向音痴の自分とは思えないほどに、真っすぐに訓練場に向かっていた。
(違う……違うっ……)
 先程聞こえた会話が頭の中をぐるぐると回っている。
 いくら喧嘩をしたからといって、グスターヴァルがそんなことをするはずがない。
 しかし、相手はあの『ユウキ』だ。
 お互いに想い合っているのであれば、もしかしたら……。
 そんな言葉が心に突き刺さる。
 走りながらイアンは涙を流し、声を上げたくなっていた。
 ただの喧嘩から、『別れ』という言葉がイアンの頭の中を埋めていく。


 涙で前が見えにくくなっていたイアンの体がドンっと強く誰かにぶつかり、止まる。

「おい」

 すぐ頭上から聞こえてきたのはイーサンの声だった。
「……た、いちょ……」
 溢れる涙を止めることなくイアンはじっとイーサンを見上げる。
 涙で目の前がぼやけてはいるものの、今まで見たことがないくらいにイーサンが驚いた顔をしているのが見えた。
「…………こっちに来い」
 どこか怒ったような顔になり、イーサンはぐっとイアンの腕を掴み、どこかへと連れて行く。
「…………」
 俯き加減にイアンは泣きながら黙って腕を引かれて歩いて行く。


 頭の中が混乱していて上手く働かない。
 自分がどこを歩いているのかも分からない。
 急ぎ足で歩くイーサンについて行くのがやっとであった。
 どこまで行くのかと、ちらりと顔を上げてイーサンの背中を見る。
 すると、寄宿舎の中に入っていくのが分かり、そのままぐいぐいと引っ張られていく。
 なぜ寄宿舎に? そう考えていると、ある部屋の前でイーサンがぴたりと止まった。
(ここは……)
 ぼんやりしているうちに、イーサンが鍵を開けて中に入った。
 イアンも腕を引かれて中へと入る。
 その部屋は、イーサンがひとりで使っている専用の部屋であった。
 隊長、副隊長になると個室を与えられるのだ。
 何度か訪れたことはあったが、なぜこの部屋に連れて来られたのかと不思議に思っていると、部屋の中央でイーサンが立ち止まり振り返った。
「イアン、何があった?」
 じっと真剣な顔で見下ろしている。
「…………」
 涙を拭うことなくイアンは黙ってイーサンを見上げる。
 どう話せばいいのか分からない。
「イアン、あのドラゴンのせいなんだろう? なぜ泣いているのか聞いている。……誰にも言わない。俺に気を遣うこともするな」
 もう片方の腕もぎゅっと掴み、イーサンは心配そうな顔で覗き込んできた。
 本当に心配してくれているのだろう。
「……隊長っ……」
 再びぶわっと涙が溢れ出す。
 悲しさとイーサンの優しさでもう止まることはなかった。
 そして、苦しそうな顔をしたイーサンにぎゅっと抱き締められる。



 ☆☆☆



「はぁ……」
 昨日、ユウキに会ったことでもやもやとしていた気持ちは少しだけおさまったが、アリスに揶揄われたことを思い出してグスターヴァルは大きく溜め息を付く。
(まったく、何を言ってるんだか)
 アリスが面白がるのはいつものことだ。
 自分のこともユウキのことも揶揄って楽しんでいるのだろう。
 しかし、意地悪で言っているわけではない。
 彼なりのコミュニケーションのひとつだと思っている。
 少し捻くれた性格をしているのが難点なのだ。
(エリスは素直なんだがな)
 ふと双子の弟のエリスを思い出す。
 彼はどちらかというとアリスよりもユウキとの方が性格が似ている気がする。
 素直で明るく恥ずかしがり屋で。
(そうだ)
 もうひとり。素直で明るくて恥ずかしがり屋で、誰よりも笑顔が可愛くて。
 自分の大事な、そして大好きなイアンとも少し似ている。
 再びイアンのことを思い出す。
 せっかくの休日を無駄にしてしまった。
 苦しい思いをしながら待った1週間も無駄になった。
 これからまた1週間かと思うと、更に気持ちが落ち込みそうだ。
(ダメだ……)
 今度こそちゃんとしよう、そう考えた時だった。
 ノックされることなく執務室のドアが開いた。

「おい、ノックをしろといつも言っているだろう」

 席で黙々と作業をしていたセバスチャンはなんとも嫌そうな顔で、入ってきたイーサンに向かって文句を言った。
「ドアの前に誰もいないんだから別にいいだろ」
 面倒臭そうな顔でイーサンが答える。
「っ!」
 突然ふわっと匂った香りに目を見開く。
「おいっ」
 思わず席を立ってイーサンに向かって声を上げる。
「なんだよ」
 じろりと睨むような目でイーサンがグスターヴァルを見た。
「……なぜ、お前からイアンの匂いがするんだ」
 そう。先程感じた香り。自分が良く知っているイアンの物だ。
 イアンがいる気配はない。
 それなのに、香りがするのはおかしい。
 ただそばにいるだけでここまで匂いが移ることはない。
「なぜだろうな?」
 すると、にやりとした顔でイーサンが答えた。
「なにっ!?」
 その表情と答えにかっとなる。
「あいつの体は柔らかくて、抱き心地もいいな」
 ふっと笑って答えたイーサンの言葉に思わず飛び掛かっていた。
 どさっとイーサンの体が倒れ、グスターヴァルがその上に馬乗りになって胸倉を掴む。
「貴様っ!」
 ぐっと顔を近付け怒鳴り付ける。
 その瞬間にもふわりとイアンの匂いがした。
 イーサンの匂いと混ざり合ってはいるが、間違いない。
 なぜこの男から? そんなはずはない。
 かぁっと顔が熱くなる。
「イアンの腕も胸も、どこもかしこも白くて柔らかくて……あれはいいな」
「っ! 殺してやるっ!」
 にやりとした顔のまま答えたイーサンの胸倉を更に強く掴み、強い瞳で睨み付ける。
 今すぐにでも殺してしまいそうだ。
 自分の魔力が上がっているのが分かる。
「ふんっ。お前にそんなことを言える資格はあるのか?」
 すると、今までの表情から一転して睨み付けるようにイーサンが見上げてきた。
「なんだとっ?」
 ぐぐっと掴む手に力を入れながら顔を近付け声を上げる。
「そうだろう? イアンに当たるだけじゃなく、あいつがいることも知らずにホワイトキャットと仲良く話して――」
「なっ……まさかっ!」
 睨み付けながら話すイーサンの言葉にハッとする。
 昨日あの場にイアンがいたのか?
 掴んでいたイーサンの胸倉から手が離れる。
 ホワイトキャットであるユウキの香りが強くて気が付いていなかった。
 あの場にイアンがいたということは、『あの話』を聞かれたということか?
 しかし――。
「しかしっ――」
「言い訳はあいつにしてやれ。正直お前をぶん殴ってやりたいところだが、お前が本気でそんなことを言うとは俺も思ってはいない」
 話そうとした言葉を遮るように、イーサンはいつもの無表情になりそう話した。
「……イアンは」
 どこに、と尋ねようとするとすぐにイーサンから言葉が返ってきた。
「寄宿舎の……俺の部屋だ」
「っ!」
 その言葉に再び頭と顔が熱くなったが、今はそれどころじゃなかった。
 慌てて立ち上がると、グスターヴァルは執務室を飛び出した。
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