White cat in Wonderland~その白い猫はイケメンに溺愛される~

ハルカ

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Lovers~晴れのち曇り、時々雨~【スピンオフ】

第6話

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 休み明けだというのに体に力が入らない。
 体調が悪いというわけではない。
 気持ちの問題なのだ。
 理由は分かっている。グスターヴァルのことだ。
 結局昨日はあのまま部屋にいたイアンは、散々泣いた後でふと我に返り、泣いたことが他の騎士たちにバレたらまずいと必死に目が腫れないように瞼を冷やした。
 おかげでバレることはなかったのだが、せっかくの休日は部屋でひとりぼんやりとしていただけであった。
 騎士以外は寄宿舎には入れない。
 追いかけてくる様子はなかったが、もしかしたら後から自分に会いに来てくれるかもしれない、という期待をしながら待っていた。
 すまなかったと、自分が悪かったと言いに来てくれるかもしれないと。
 しかし、グスターヴァルが来ることもなければ、他の騎士たちからも特に何も聞いていない。
 きっとここには来ていないのだろう。
 あのまま部屋でひとり、本を読んでいたのかもしれない。
 自分が悪かったのだろうか。再び分からなくなる。
「はぁ……」
 深い溜め息が漏れる。これで朝から何十回目かの溜め息だ。

「おい」

 すると突然、後ろから頭をこつんと小突かれた。
「痛っ」
 ぱちんと片目を瞑り、痛がりながらちらりと振り返ると、そこには眉間に皺を寄せたイーサンの姿があった。
「お前な……。何があったか知らんがちゃんとしろ。怪我するぞ」
 ふぅっと溜め息を付くと、イーサンはじっとイアンを見下ろした。
「……すみません」
 俯き加減に謝る。
 しかし、頑張ろうという気持ちにもならないのだ。
 そのまま顔を上げることができない。
「ったく。これ、代わりにセバスチャンの所に持って行ってくれ」
 そう言ってイーサンは1枚の書類をイアンに差し出した。
「えっ? でも……」
 ハッとして顔を上げ、『隊長がセバスチャンの所へ行く口実なのでは?』と思いながらも言葉が続かない。
「俺のことは気にするな。お前の方が問題だろ。それに……いや、なんでもない」
 無表情に答えた後、イーサンは何か考えたような顔をしたが最後まで言わなかった。
「え? あ、はい……すみません」
 どうしたのだろうと首を傾げながら見上げたが、イーサンに聞けるはずもなく慌てて謝る。
「別に謝らなくていい。さっさと行ってこい。ついでにあのドラゴンと話してちゃんと解決しろ」
 ふんっと鼻を鳴らすと、イーサンはそのまま副隊長のディランの下へと行ってしまった。
 すっかりイーサンにはバレていたようである。
 きっと今もディランに自分のことを伝えに行ってくれたのだろう。
 いつも無表情か怒ったような顔のイーサンだが、なんだかんだと面倒を見てもらっている気がする。
 グスターヴァルとのことも気に掛けてくれているのかもしれない。
「よし」
 渡された書類をしっかりと両手で持つと、イアンは気合いを入れる為になんとなく声を出した。



 ☆☆☆



 緊張しながらコンコンと執務室のドアを叩く。
 中からすぐにセバスチャンの声が聞こえてきた。
 おずおずとそっとドアを開けて中を覗く。
「あれ?」
 思わず声が出てしまった。
 すぐに目に入ったのは忙しそうに何かを書いているセバスチャンの姿だったが、部屋を見回してもグスターヴァルの姿はなかったのだ。
 緊張していた気持ちがなくなり、イアンはそっとドアを閉めて中に入る。
「あ、あの、隊長から預かってきました」
 セバスチャンの所まで歩いて行くと、そっと預かった書類を渡す。
「ん? あぁ……なんだ、イーサンは忙しいのか?」
 漸く顔を上げると、セバスチャンは書類を受け取りながらこてんと首を傾げた。
「あの、えっと……はい」
 何か事情でもあるのかと思っていたが勘違いだったらしい。
 単純にイーサンが自分に気を遣ってくれたのだろうと、イアンはこくりと頷いた。
「ふぅん、そうか」
 書類を見つめながらどこか不思議そうにしながらも、セバスチャンはイアンを見ることなく答える。
「あぁ、そうだ。グスターヴァルはいないぞ? タイミング悪かったな」
 そしてふと思い出したようにイアンを見上げた。
「あ、はい……大丈夫です」
 なんと答えたらいいのか分からずそう答える。
「あの、えっとじゃあ、失礼します」
 グスターヴァルの様子が気になったのだが、セバスチャンの様子から恐らくいつも通りだったのだろうと考え、ぺこりと頭を下げてすぐに帰ろうとした。
「あぁ、ご苦労様」
 表情を変えることなくセバスチャンはじっとイアンを見上げる。
 もう一度軽く頭を下げると、イアンは執務室を出た。


 緊張しながら行ったものの、なんだかほっとしたような残念なような複雑な気持ちで訓練場へと戻っていく。
 しかし、ぼんやりしていたのか、どうやら違う道を歩いてしまっていたようだった。
 見たことのない景色に動揺する。
「やばっ、迷子になったらどうしよ……」
 慌てて周りをきょろきょろとしたが、どうやって歩いてきたかも分からず、戻りようもなかった。
 前にも思ったが、城の中は似たような道が多く、方向音痴のイアンには複雑な迷路のようなものなのだ。
 困った顔で考え込んでいると、どこからか声が聞こえてきて、思わずそちらに歩みを進めた。
 もしかしたら帰り道を教えてもらえるかもしれない。

「ね、そうでしょ? グスターヴァル」

 聞こえてきたのは前に会ったことのある、エリスの双子の兄のアリスの声だ。
 エリスと声は同じだが、話し方が違うので分かる。
 そして聞こえてきた『グスターヴァル』の名前。
 もしかしたらふたりで話しているのかもしれない。
 そう思ってそちらに少し早足に歩く。

「そうだな。ユウキの言うことであれば」

 グスターヴァルの声も聞こえた。
 しかし、『ユウキ』という名前にイアンはぴたりと足を止める。
 少し先に城の中庭がある。
 恐らくふたりは中庭で話しているのだろう。
 ゆっくりと近付き、イアンは中庭の入り口横にある柱の陰にそっと隠れた。
 隠れる必要はないのかもしれないが、なんとなく行きづらい。

「じゃあ、ユウキがキスしてって言ったら、する?」
 すると次にとんでもない言葉が聞こえてきた。
 問い掛けているのはアリスだ。
 どきんと大きく心臓が鳴った。

「ちょっとアリスっ、何言ってるのっ?」

 聞こえた声に更に大きく心臓が鳴った。
 ドキドキと体から出てしまうのではないかというくらいに大きく鼓動している。
 聞こえてきたあの声は……ユウキ?
「えぇー、なんで? 前にグスターヴァルにキスしてたじゃん」
 聞こえてきたアリスの言葉に、イアンの心臓が一瞬止まりそうになる。
(キス、した?)
 再び動き出した心臓の音がうるさい。
「あ、あれは違うよっ。グスターヴァルが人間になるかと思ってっ」
 慌てたようなユウキの声が聞こえてくる。
 理由はよく分からないが、本当にふたりはキスをしたのだ。
 イアンの顔が青ざめていく。
「そんな照れるようなことないでしょ? ふたりはお互いに思い合ってるんだし、恋人がいたってエッチくらいできるでしょ?」
 面白がるように話しているアリスだったが、その内容は許せるものではなかった。
「ちょっとっ!」
「……そうだな。ユウキが望むのであれば――」
 声を上げるユウキの声の後、聞こえてきたグスターヴァルの答えに、イアンはその場から走り出していた。
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