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Lovers~晴れのち曇り、時々雨~【スピンオフ】
第2話
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こんなはずじゃなかった。
なぜあんなことで腹が立ったのか。
今でも理由は分からない。
☆☆☆
ガンッと強く城の外壁を拳で叩く。
じわりと手に血が滲む。
「ちっ」
舌打ちをしながらイーサンは来た道をゆっくりと戻っていく。
セバスチャンに会うために執務室の前まで行ったものの、あんな話を聞いてなぜだか無性に腹が立ち、会わずにそのまま引き返してきた。
いつものことだろう?
なぜこんなにも苛つくのか。
自分は何も気にしていないが、セバスチャンは自分と恋人であることを他の人には知られたくないらしい。
しかし、別にルイやグスターヴァルには話してもいいのではないか?
あのまま一言文句を言いに部屋の中に入っても良かったのだが、なぜだかそんな気分にはなれなかった。
苛つく自分にも腹が立つ。
こんな風になっている自分を誰かに見られるのも癪だった。
訓練場に戻ると、既に訓練は終わったのか、騎士たちが宿舎の方へと戻っていく姿が見えた。
そういえば、もうすぐ訓練が終わるからとセバスチャンに会いに行ったことを今更思い出す。
そんなことさえ忘れるほど、自分は腹が立っていたのだろうか。
ぐしゃっと髪の毛を触ると、イーサンは大きく溜め息を付く。
「あ、隊長お帰りなさい。どうかしたんですか?」
すると、すぐ後ろから明るい少年のような声が聞こえてきた。
もちろん自分がよく知る人物だ。
「何がだ?」
面倒臭そうに振り返ると、イーサンは声を掛けてきたイアンに向かって問い返す。
「んー、なんかいつもと違うっていうか、元気がないように見えたので……あっ、すみません……」
首をこてんと傾げて答えた後、イアンはなぜだか申し訳なさそうに謝った。
「は? なんで謝る? それに別に何もない。気にするな」
きゅっと眉間に皺を寄せながら首を傾げると、上目遣いにじっとこちらを見ているイアンに向かって更に問い返す。
「……えっ、あっ、はい……えっと……」
蛇に睨まれた蛙のように一瞬硬直したイアンだったが、ハッとした顔をしながら今度は何か言いたげに再び上目遣いで見上げてきた。
「なんだ?」
怒ったわけではないのだが、どうも自分はすぐに隊員に怖がられるようだ。
皺が寄っていた眉間を戻すと、少し溜め息を付きながらじっとイアンを見下ろした。
「あの、えっと、俺、明日休みなんですけど……」
するとイアンは今までの緊張していた様子とは変わり、もじもじとし始めた。
「なんだ。はっきり言え」
苛ついたわけではないが、言い淀んでいる態度が気に入らない。
しかもどこか浮ついているようにも見えるのだ。
「えっと、実は俺、今日の食堂当番なんですけど、ノアと相談して次の当番と変わってもらうことにしたんですが……いいでしょうか?」
「は? ノアがいいって言ったんだったら別にいいだろ。そんなこと、いちいち俺に確認しなくていい」
何を言ってるんだとばかりに面倒臭そうに返す。
「あ、えっと、副隊長に話したら、ちゃんと隊長に許可貰えって言われたので……」
困った顔で慌ててイアンが言い訳を話す。
他の隊員であれば、隊員同士で話した当番交代のことなど、いちいち報告や承諾を得ることはしていないだろう。
本当にこいつは真面目だな、と思わず溜め息が出る。
「はぁぁ……分かった。いいだろう。……そうか、戻ってから初めての休みか」
答えた後、イアンが顔をぱぁっと輝かせた様子を見てふと思い出す。
グスターヴァルが人間になって、ふたりでの初めての休みだということを。
「あっ、えっと、はいっ!」
なんとも言えないほどの満面の笑みが返ってきた。
本当に嬉しいのだろう。
まるで子供のように目を輝かせて笑っているイアンを見ると、少しだけ羨ましい気持ちにもなった。
「そうか……まぁゆっくり楽しめ」
くしゃっとイアンの頭を撫でると、そのまま訓練場にある剣の置き場へと向かう。
後ろから元気な返事と走って行く足音が聞こえてきた。
ちらりと振り返ると、イアンが駆けていく姿が見えた。
「…………」
姿が見えなくなるまでじっと見つめた後、再び向きを変える。
並んで置かれてある訓練用の剣を1本取ると、すっと構え、そして素早く振り下ろす。
気持ちを切り替えるため、誰もいなくなった訓練場でひとり、素振りを始めた。
そして先程まで話していたイアンのことをふと思い出す。
イアンはこの隊の中で1番年少である。
可愛いと思ったことはないが、自分の弟のような感覚があった。
いや、弟は今15歳だから一緒にしたら可哀想な気もするが、気持ち的にはあまり大差ないような気もする。
しかし、そんなイアンにも恋人ができた。
それも元ドラゴン。そして自分の遠い親戚のような存在だ。
不思議な感覚があった。
イアンとはイーサンが騎士になって間もない頃、東の森の中で魔獣に襲われそうになっていたところを助けたことが出会いだった。
なぜあんな所にひとりでいたのか未だに不明だが、あんなに小さな子供がまさか本当に騎士になるとは思いもしなかった。
あの時、怖くて泣いていたイアンが、自分が助けたことでキラキラとした目で約束をしたのだ。
いつか必ず騎士になって、一緒にこの国を守っていきたいと。
聖騎士の隊長になった時に、ひとつだけ前隊長にお願いをしたことがあった。
それが、イアンを自分の隊に入れることだった。
体も小さくとても騎士には向かないタイプであったが、相当努力をしたのだろう。
剣の腕も魔法も申し分ないと判断した。
何かあれば自分が責任を負うと約束し、イアンを聖騎士に入隊させたのだ。
「相変わらずチビだけどな」
ぼそりと呟き、思わず笑みがこぼれた。
なぜあんなことで腹が立ったのか。
今でも理由は分からない。
☆☆☆
ガンッと強く城の外壁を拳で叩く。
じわりと手に血が滲む。
「ちっ」
舌打ちをしながらイーサンは来た道をゆっくりと戻っていく。
セバスチャンに会うために執務室の前まで行ったものの、あんな話を聞いてなぜだか無性に腹が立ち、会わずにそのまま引き返してきた。
いつものことだろう?
なぜこんなにも苛つくのか。
自分は何も気にしていないが、セバスチャンは自分と恋人であることを他の人には知られたくないらしい。
しかし、別にルイやグスターヴァルには話してもいいのではないか?
あのまま一言文句を言いに部屋の中に入っても良かったのだが、なぜだかそんな気分にはなれなかった。
苛つく自分にも腹が立つ。
こんな風になっている自分を誰かに見られるのも癪だった。
訓練場に戻ると、既に訓練は終わったのか、騎士たちが宿舎の方へと戻っていく姿が見えた。
そういえば、もうすぐ訓練が終わるからとセバスチャンに会いに行ったことを今更思い出す。
そんなことさえ忘れるほど、自分は腹が立っていたのだろうか。
ぐしゃっと髪の毛を触ると、イーサンは大きく溜め息を付く。
「あ、隊長お帰りなさい。どうかしたんですか?」
すると、すぐ後ろから明るい少年のような声が聞こえてきた。
もちろん自分がよく知る人物だ。
「何がだ?」
面倒臭そうに振り返ると、イーサンは声を掛けてきたイアンに向かって問い返す。
「んー、なんかいつもと違うっていうか、元気がないように見えたので……あっ、すみません……」
首をこてんと傾げて答えた後、イアンはなぜだか申し訳なさそうに謝った。
「は? なんで謝る? それに別に何もない。気にするな」
きゅっと眉間に皺を寄せながら首を傾げると、上目遣いにじっとこちらを見ているイアンに向かって更に問い返す。
「……えっ、あっ、はい……えっと……」
蛇に睨まれた蛙のように一瞬硬直したイアンだったが、ハッとした顔をしながら今度は何か言いたげに再び上目遣いで見上げてきた。
「なんだ?」
怒ったわけではないのだが、どうも自分はすぐに隊員に怖がられるようだ。
皺が寄っていた眉間を戻すと、少し溜め息を付きながらじっとイアンを見下ろした。
「あの、えっと、俺、明日休みなんですけど……」
するとイアンは今までの緊張していた様子とは変わり、もじもじとし始めた。
「なんだ。はっきり言え」
苛ついたわけではないが、言い淀んでいる態度が気に入らない。
しかもどこか浮ついているようにも見えるのだ。
「えっと、実は俺、今日の食堂当番なんですけど、ノアと相談して次の当番と変わってもらうことにしたんですが……いいでしょうか?」
「は? ノアがいいって言ったんだったら別にいいだろ。そんなこと、いちいち俺に確認しなくていい」
何を言ってるんだとばかりに面倒臭そうに返す。
「あ、えっと、副隊長に話したら、ちゃんと隊長に許可貰えって言われたので……」
困った顔で慌ててイアンが言い訳を話す。
他の隊員であれば、隊員同士で話した当番交代のことなど、いちいち報告や承諾を得ることはしていないだろう。
本当にこいつは真面目だな、と思わず溜め息が出る。
「はぁぁ……分かった。いいだろう。……そうか、戻ってから初めての休みか」
答えた後、イアンが顔をぱぁっと輝かせた様子を見てふと思い出す。
グスターヴァルが人間になって、ふたりでの初めての休みだということを。
「あっ、えっと、はいっ!」
なんとも言えないほどの満面の笑みが返ってきた。
本当に嬉しいのだろう。
まるで子供のように目を輝かせて笑っているイアンを見ると、少しだけ羨ましい気持ちにもなった。
「そうか……まぁゆっくり楽しめ」
くしゃっとイアンの頭を撫でると、そのまま訓練場にある剣の置き場へと向かう。
後ろから元気な返事と走って行く足音が聞こえてきた。
ちらりと振り返ると、イアンが駆けていく姿が見えた。
「…………」
姿が見えなくなるまでじっと見つめた後、再び向きを変える。
並んで置かれてある訓練用の剣を1本取ると、すっと構え、そして素早く振り下ろす。
気持ちを切り替えるため、誰もいなくなった訓練場でひとり、素振りを始めた。
そして先程まで話していたイアンのことをふと思い出す。
イアンはこの隊の中で1番年少である。
可愛いと思ったことはないが、自分の弟のような感覚があった。
いや、弟は今15歳だから一緒にしたら可哀想な気もするが、気持ち的にはあまり大差ないような気もする。
しかし、そんなイアンにも恋人ができた。
それも元ドラゴン。そして自分の遠い親戚のような存在だ。
不思議な感覚があった。
イアンとはイーサンが騎士になって間もない頃、東の森の中で魔獣に襲われそうになっていたところを助けたことが出会いだった。
なぜあんな所にひとりでいたのか未だに不明だが、あんなに小さな子供がまさか本当に騎士になるとは思いもしなかった。
あの時、怖くて泣いていたイアンが、自分が助けたことでキラキラとした目で約束をしたのだ。
いつか必ず騎士になって、一緒にこの国を守っていきたいと。
聖騎士の隊長になった時に、ひとつだけ前隊長にお願いをしたことがあった。
それが、イアンを自分の隊に入れることだった。
体も小さくとても騎士には向かないタイプであったが、相当努力をしたのだろう。
剣の腕も魔法も申し分ないと判断した。
何かあれば自分が責任を負うと約束し、イアンを聖騎士に入隊させたのだ。
「相変わらずチビだけどな」
ぼそりと呟き、思わず笑みがこぼれた。
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