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Destiny~君は私の運命の人~【スピンオフ】
第19話
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正直、白の魔女が話すグスターヴァルの昔のことは、聞かない方が良かったのかもしれない、と思った。
大昔の、しかもグスターヴァルが覚えていない記憶だとしても、俺にとっては聞きたくない内容だった――。
☆☆☆
もう一口紅茶を口に含むと、グレースは魔法で出した菓子をぱくりと食べる。
そして口の中の菓子を飲み込むと、ふんっと鼻を鳴らし淡々と話し始めた。
「さっきも言ったが、お前がドラゴンになったのは300年程前だ。人間だった頃のお前はまったく面白くない男だったよ」
その当時のグスターヴァルの姿を想像してみる。
この前会った時の姿しか思い浮かばないが、素敵な男性だと思うのだが。
グレースの話を聞きながらイアンはこてんと首を傾げた。
「私の趣味はともかく、お前は随分人気があってな。当時、町の女たちはお前との婚姻を夢見る者が多かったと聞いている」
紅茶を飲みながらにやりとグレースが笑う。
その言葉を聞いて、『やっぱりカッコ良かったんじゃないか』とイアンは心の中で突っ込んでいた。
「私は人間の男になど興味はなかったが、まさか馬鹿な妹がお前に夢中になるとは思いもしなかった」
ふっと笑いながらグレースは話しているが、その言葉を聞いたグスターヴァルがびくりと体を震わせたのが分かった。
そのことには気が付くことなくグレースは淡々と話を進める。
「イライザは、魔女ということを隠しながら何度もお前に求婚を迫っていたようだが、承諾されることもなく、ある日、お前が婚約したという噂が流れた」
「婚約っ!?」
思わず声を上げてしまった。
まさか、グスターヴァルに婚約者がいたなんて、ショックでおかしくなりそうだった。
昔の話とはいえ、結婚を考える程に好きな人がいたということだ。
「…………」
しかし、当のグスターヴァルは表情を変えることなく黙ったままだ。
一体何を考えているのかとイアンはじっとグスターヴァルを見つめたが、視線が合うことはなかった。
「しかもその相手は王家の淑女、誰もが憧れる女性だった」
再びグレースはふんっと鼻を鳴らす。まるでどこか馬鹿にしたような、蔑むような表情をしている。
「王家の……」
グレースの言葉を繰り返すようにぼそりと呟いた。
落ち込んでいるイアンを見ながらグレースがにやりと笑う。
「あぁ、そうだ。王女ソフィアだ」
先程受けたショックに更に拍車がかかる。
まさか相手は王女だったとは……。
話の途中ではあったが、イアンは呆然として頭の中が真っ白になった。
「ソフィア?」
すると、黙って聞いていたグスターヴァルが突然その名を口にした。
その声に思わずハッとする。
もしかしてグスターヴァルは何か思い出したのだろうか。
「覚えているか?」
ちらりとグレースがグスターヴァルを見上げる。
「……いや、分からない……」
そう言ってグスターヴァルは目を閉じた。
本当に覚えていないのだろうか。
グスターヴァルを見上げながらイアンは不安な気持ちでいっぱいになっていた。
「ふんっ、まぁいい。王女との婚約は、お互いが好きでそうなったわけじゃない。当時、お前の見た目もだが、家柄も良かったからな。王女の嫁ぎ先として王からの命令のようなものがあったのだろう。詳しいことは私は知らないが、お前とソフィア王女は幼馴染のような間柄だったらしい」
鼻を鳴らした後、グレースはカップに視線を落とし、淡々と当時のことを説明する。
しかし王女との関係を聞いて、イアンは先程までの苦しい気持ちが少しずつおさまっていくような、そんな気がしていた。
少しだけほっとしたような。
「だが、イライザはふたりのことを恨み、憎み、怒り狂っていた。私が止めるのも聞かずに、お前の魂を死んだドラゴンの卵に移し、王女はこことは違う世界へと追放したんだ。お前をドラゴンにしたのは、恐らく誰のものにもならないようにする為だろう。誰もお前を愛さないように。……まったく馬鹿な女だ。魔法で自分のものにすることもできただろうに」
そう言ってグレースは大きく溜め息を付く。
さらりと話しているが、とんでもない情報が詰め込まれていた。
死んだドラゴンの卵に魂を移した?
王女を追放した?
一体何がなんだか分からず頭が混乱する。
「……私は、そのドラゴンの卵から生まれたということか?」
冷静な口調でグスターヴァルがグレースに尋ねる。
今の話を聞いて動揺していないのだろうかと心配になった。
「グスターヴァル……」
不安になり、じっとグスターヴァルを見上げるが、まったくこちらを見ようとはしない。
避けられているようで、再び心が苦しくなっていく。
「まさかそんな物を持っていたとは知らなかったが、イライザが封印された後でその卵を見つけたのが私だ。だが、この北の森では生物を育てることはできない。一縷の望みで西の森へ卵を置いてきた。そこで生まれ、生きることができるかどうかはお前次第だった」
「っ!」
グレースの話は驚くことばかりだった。
とても現実とは思えない。
イアンが驚いたようにグスターヴァルも驚いた顔のまま固まっている。
きっと何も知らなかったのだろう。
「イライザは王子を怒らせ封印された。なぜ封印されたのかはワンダーランドの民には伏せられ、王女とお前は遠い国にふたりで行ったことになっていた。……もしかしたら、あの子はお前を育てようと思っていたのかもしれないな。王子を怒らすことも思いつかないようなバカな妹だが」
そう言ってグレースはどこか寂しげな表情で紅茶を一口だけ口に含む。
「そんなことが……」
黒の魔女のことは、自分たちを苦しめてワンダーランドを乗っ取ろうとしていた悪い魔女だとずっと思っていた。
もちろん今でも恐ろしいし許せない気持ちはある。
しかしグレースの話を聞いて、彼女も辛い人生だったのかもしれないとふと考えた。
彼女は自らが愛した人に殺されたのだから。
大昔の、しかもグスターヴァルが覚えていない記憶だとしても、俺にとっては聞きたくない内容だった――。
☆☆☆
もう一口紅茶を口に含むと、グレースは魔法で出した菓子をぱくりと食べる。
そして口の中の菓子を飲み込むと、ふんっと鼻を鳴らし淡々と話し始めた。
「さっきも言ったが、お前がドラゴンになったのは300年程前だ。人間だった頃のお前はまったく面白くない男だったよ」
その当時のグスターヴァルの姿を想像してみる。
この前会った時の姿しか思い浮かばないが、素敵な男性だと思うのだが。
グレースの話を聞きながらイアンはこてんと首を傾げた。
「私の趣味はともかく、お前は随分人気があってな。当時、町の女たちはお前との婚姻を夢見る者が多かったと聞いている」
紅茶を飲みながらにやりとグレースが笑う。
その言葉を聞いて、『やっぱりカッコ良かったんじゃないか』とイアンは心の中で突っ込んでいた。
「私は人間の男になど興味はなかったが、まさか馬鹿な妹がお前に夢中になるとは思いもしなかった」
ふっと笑いながらグレースは話しているが、その言葉を聞いたグスターヴァルがびくりと体を震わせたのが分かった。
そのことには気が付くことなくグレースは淡々と話を進める。
「イライザは、魔女ということを隠しながら何度もお前に求婚を迫っていたようだが、承諾されることもなく、ある日、お前が婚約したという噂が流れた」
「婚約っ!?」
思わず声を上げてしまった。
まさか、グスターヴァルに婚約者がいたなんて、ショックでおかしくなりそうだった。
昔の話とはいえ、結婚を考える程に好きな人がいたということだ。
「…………」
しかし、当のグスターヴァルは表情を変えることなく黙ったままだ。
一体何を考えているのかとイアンはじっとグスターヴァルを見つめたが、視線が合うことはなかった。
「しかもその相手は王家の淑女、誰もが憧れる女性だった」
再びグレースはふんっと鼻を鳴らす。まるでどこか馬鹿にしたような、蔑むような表情をしている。
「王家の……」
グレースの言葉を繰り返すようにぼそりと呟いた。
落ち込んでいるイアンを見ながらグレースがにやりと笑う。
「あぁ、そうだ。王女ソフィアだ」
先程受けたショックに更に拍車がかかる。
まさか相手は王女だったとは……。
話の途中ではあったが、イアンは呆然として頭の中が真っ白になった。
「ソフィア?」
すると、黙って聞いていたグスターヴァルが突然その名を口にした。
その声に思わずハッとする。
もしかしてグスターヴァルは何か思い出したのだろうか。
「覚えているか?」
ちらりとグレースがグスターヴァルを見上げる。
「……いや、分からない……」
そう言ってグスターヴァルは目を閉じた。
本当に覚えていないのだろうか。
グスターヴァルを見上げながらイアンは不安な気持ちでいっぱいになっていた。
「ふんっ、まぁいい。王女との婚約は、お互いが好きでそうなったわけじゃない。当時、お前の見た目もだが、家柄も良かったからな。王女の嫁ぎ先として王からの命令のようなものがあったのだろう。詳しいことは私は知らないが、お前とソフィア王女は幼馴染のような間柄だったらしい」
鼻を鳴らした後、グレースはカップに視線を落とし、淡々と当時のことを説明する。
しかし王女との関係を聞いて、イアンは先程までの苦しい気持ちが少しずつおさまっていくような、そんな気がしていた。
少しだけほっとしたような。
「だが、イライザはふたりのことを恨み、憎み、怒り狂っていた。私が止めるのも聞かずに、お前の魂を死んだドラゴンの卵に移し、王女はこことは違う世界へと追放したんだ。お前をドラゴンにしたのは、恐らく誰のものにもならないようにする為だろう。誰もお前を愛さないように。……まったく馬鹿な女だ。魔法で自分のものにすることもできただろうに」
そう言ってグレースは大きく溜め息を付く。
さらりと話しているが、とんでもない情報が詰め込まれていた。
死んだドラゴンの卵に魂を移した?
王女を追放した?
一体何がなんだか分からず頭が混乱する。
「……私は、そのドラゴンの卵から生まれたということか?」
冷静な口調でグスターヴァルがグレースに尋ねる。
今の話を聞いて動揺していないのだろうかと心配になった。
「グスターヴァル……」
不安になり、じっとグスターヴァルを見上げるが、まったくこちらを見ようとはしない。
避けられているようで、再び心が苦しくなっていく。
「まさかそんな物を持っていたとは知らなかったが、イライザが封印された後でその卵を見つけたのが私だ。だが、この北の森では生物を育てることはできない。一縷の望みで西の森へ卵を置いてきた。そこで生まれ、生きることができるかどうかはお前次第だった」
「っ!」
グレースの話は驚くことばかりだった。
とても現実とは思えない。
イアンが驚いたようにグスターヴァルも驚いた顔のまま固まっている。
きっと何も知らなかったのだろう。
「イライザは王子を怒らせ封印された。なぜ封印されたのかはワンダーランドの民には伏せられ、王女とお前は遠い国にふたりで行ったことになっていた。……もしかしたら、あの子はお前を育てようと思っていたのかもしれないな。王子を怒らすことも思いつかないようなバカな妹だが」
そう言ってグレースはどこか寂しげな表情で紅茶を一口だけ口に含む。
「そんなことが……」
黒の魔女のことは、自分たちを苦しめてワンダーランドを乗っ取ろうとしていた悪い魔女だとずっと思っていた。
もちろん今でも恐ろしいし許せない気持ちはある。
しかしグレースの話を聞いて、彼女も辛い人生だったのかもしれないとふと考えた。
彼女は自らが愛した人に殺されたのだから。
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