White cat in Wonderland~その白い猫はイケメンに溺愛される~

ハルカ

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Family~すれ違い~

第3話

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 入ってきたのは橘だった。思わずふたりは抱き合ったまま深く息を吐いた。
 そして海斗は優希を離すと、橘の方へと向き直った。
「どうかしたのか? 橘」
「海斗様、ご安心ください。私も海斗様もパリには行きません。ここも売りません。もちろんロディとテディも」
 真剣な表情で見つめる海斗に向かって、橘はにこりと笑って答えたのだった。
「えっ?」
 その答えに海斗と優希は同時に声を上げた。
「どういうことだ? 親父を説得したのか?」
 思わず立ち上がると、海斗は驚いた表情のまま橘に詰め寄った。
「はい、と言いたいところですが、実は――」
 そう言って橘は事の経緯を話し始めた。



 ☆☆☆



 キッチンで総司と海斗へのお茶の準備をしていた橘の所へ、突如思いがけない人物がやってきたのだった。
 この家の主人、藤條総司である。
「旦那様?」
 今までこの場所へ総司が立ち入ったことはなかった。驚いた表情で橘が振り返る。
「はぁ……海斗が、言うことを聞かないんだ」
 まさかの愚痴であった。額に手を当てながら総司は大きく溜め息を付いている。
「まったくあいつは。一体誰に似たんだ、あの強情は」
 そう言って総司はキッチンにある椅子に座り込んだ。そして、ふんと鼻を鳴らしながら不貞腐れたような顔をしている。その顔はまるで拗ねている海斗にそっくりであった。
 思わず『やはり親子なのだな』と心の中で橘は思っていたのだった。
「おやおや。それは……奥様でしょうね」
 そう言って橘は微笑する。普段他の人には見せない総司の顔に慣れた様子である。
 唯一、いや二人目かもしれないが、総司が心を開けるのが橘であった。
「はぁ……亜妃か。そうだな……」
 そう言って総司は再び大きく溜め息を付く。
「そういえば、あいつはどこへ行ったんだ?」
 名前が出たことで思い出した総司はちらりと橘を見上げる。
「あぁ、奥様でしたら――」
 そう言い掛けたところに、明るい声がキッチンの中に響き渡った。
「ほんっとあの子たち、凄く賢いわっ! ねっ、橘?」
 声と噂の主である、藤條亜妃であった。嬉しそうに目をキラキラと輝かせている。
 あの子たちというのは、ロディとテディのことである。
「いらっしゃいました」
 にこりと総司に向かって橘が話す。
「まったくお前はどこに行ってたん――」
「どうせ海斗に振られて橘に愚痴りに来てたんでしょ?」
 不機嫌な顔で言い掛ける総司に向かって、被せるように亜妃が問い掛ける。
「は?」
 総司は眉間に皺を寄せながらじろりと亜妃を睨み付ける。
「無理よ無理。海斗には可愛い恋人がいるんだもの」
 手をひらひらと振りながら亜妃が答える。
 その言葉に思わず総司は椅子から立ち上がった。
「はっ? 恋人だとっ? そんな話は初めて聞いたぞっ? 誰から聞いたんだっ? お前は海斗と連絡を取っていたのかっ?」
 そして眉間に皺を寄せながら矢継ぎ早に亜妃に尋ねたのだった。少し焦りのようなものも見える。
「橘よ」
 しかし亜妃はしれっとして答える。
「はっ?」
「…………」
 思わず橘を睨み付ける総司。そしてそれに橘は無言のまま笑顔で答えた。
「あなたと違って私はちゃんと海斗の様子を橘から聞いていたの」
 左手を腰に当て、右の人差し指を総司の胸に当てながら強い口調で亜妃が言い返す。
「…………」
 何も言い返すことができず、思わず総司はムッとした表情をする。
「ほんっと、そういう素直じゃないところは、あなたと海斗はそっくりよね」
「なんだと?」
 呆れたように話す亜妃を更にムッとした顔で総司が睨み付ける。
「だってそうでしょ? ほんとは海斗のことが可愛くて仕方ないのに、子供の頃からどう接すればいいのか分からないからって、冷たく突き放したりして。だらしない顔をしたら威厳が保てないとかって、バカじゃないの? パリだって海斗が来ないって言ったら慌ててたくせに、素直じゃないんだから。今回だって、一緒に来てほしくて、顔が見たくてわざわざ時間もない中、日本にまで来たくせに。なんでちゃんと言わないのよ」
 再び亜妃は総司の胸を人差し指でトントンと強く突く。
 初めて聞く言葉の数々に、隣で聞いていた橘は驚きを隠せなかった。
 普段から素直になれない総司のことを理解しているつもりではあったが、海斗のことをそのように思っていたとは。
「余計なことを言うなっ!……橘も、黙っていろよ。今の話は聞かなかったことにしろ。いいな?」
 厳しく言い聞かせながらも、顔を赤らめ、いつもとは違う、ただの父親の顔になっている総司を見ながら橘はにこりと微笑んだ。

「だいたい、前にも言ったけど、この家が売れると思う? 無理に決まってるじゃない。誰がこんな馬鹿でかい家を買うのよ。それにここを売ったら日本に来た時どうするの? 今まで通り、橘に管理してもらって、海斗と海斗の可愛い恋人に住んでもらえばいいじゃない」
 亜妃は総司の横の椅子に腰掛け大きく溜め息を付いた後、再び総司の胸を人差し指でトントンと突きながら話した。そして総司を見ながらにこりと笑う。
「しかしなっ」
「もうっ! いつまでもグチグチ言わない。男でしょっ! 心配しなくても、海斗は日本でちゃんとやれるわよ。橘もいるんだし。それにあの子達をどこかにやるなんて、私が許さないわよっ」
「は? あの子達?」
「ロディとテディをどこかにやろうとしてたでしょっ。私ちゃんと知ってるんだから。絶対に駄目よっ」
「…………」
 誰にでも厳しく、そして冷淡な態度に見えていた総司だったが、唯一、亜妃にだけは頭が上がらなかった。もちろんこの事は橘以外は誰も知らない事実だった。
 そしてもう一つ。総司は犬が苦手なのであった。
「分かったから……もう喚くな」
 大きく溜め息を付き、総司は額に手を当てる。
「分かればいいのよ」
 そしてその答えに亜妃は満足そうに満面の笑みを浮かべていた。
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