105 / 226
Black & White【番外編】
Talk~ドラゴンと黒い猫~
しおりを挟む
西の森の中に聳え立つ山の頂上に1匹の黒いドラゴンがいた。
黒いとは言っても黒一色ではなく、薄っすらと青味がかった艶々とした綺麗な鱗のドラゴンだ。
名前はグスターヴァル。
古の時代には多くの仲間が生存していたはずのドラゴンも、ある時を境にグスターヴァル以外、皆死んでしまった。
グスターヴァルはたった1匹、残されてしまったのだ。
人々から恐れられ、黒の魔女がワンダーランドを支配してからは森がなくなり、山の木々も枯れ果て、岩山の頂上にずっとひとりぼっちであった。
しかし、今は――。
「グスターヴァルーっ!」
ひとりの黒髪の少年が大きく手を振りながらグスターヴァルに向かって走ってくるのが見えた。アリスである。
優希と海斗が黒の魔女を倒し、ホワイトキャットを主とするグスターヴァルは、すっかり人々にとって怖い存在ではなくなっていた。特に一緒に戦った戦士たちとは。
ただ、グスターヴァルにとっては少しだけ困ったことになっていたのだった。
「グスターヴァルっ、遊びに来たよっ」
にこりと笑顔を向けるアリス。なんだかいつもより楽しそうな表情をしている。
「アリス……来てくれるのはいいが、少し来すぎではないか? 山を登るのも大変だろう?」
アリスを見下ろしながらグスターヴァル本人としては少し困った顔をする。見た目には全く分からないのだが。
「そう? 僕は運動になるし、岩山だったら大変だけど、今はちゃんと道もできて木もあるし、全然平気だよっ」
全く気にしていないようだった。いや、恐らく気が付いていないのだろう。こちらのことなどは。
その返事に思わずグスターヴァルは溜め息が出てしまう。
迷惑ではないのだが、数日に1回の割合で来ているアリスや他のワンダーランドの住人たちのことを、少しだけ困惑していたのだ。人との関わりをほとんど持っていなかったグスターヴァルにとって。
「何? どうかしたの?」
「いや、なんでもない。今日はどうかしたのか? なんだか楽しそうな顔をしているな」
不思議そうに首を傾げるアリスを見下ろしながら、グスターヴァルは半ば諦めると、アリスに向かって問い掛ける。そして、足を屈め、顔をアリスの近くまで向ける。
「うん、あのね、今日はグスターヴァルに聞きたいことがあってね」
アリスは満面の笑みで答える。
聞きたいこととはなんだろうか。グスターヴァルはなんとなく嫌な予感がしていた。アリスは優しそうに笑ってはいるが、人を揶揄ったり意地悪するのが好きな部類である。グスターヴァルはそのことに気が付いていたのだった。
「なんだ?」
仕方なさそうに問い返す。面倒なことを訊かれなければ良いのだがと思いつつ。
「あのね、この前ユウキと話したんだよね?」
一体なんの話だと一瞬首を傾げるが、もしかしてユウキが連絡をしてきた時のことを言っているのだろうか。なぜアリスがそれを? ユウキはもしやアリスとも連絡をしたのか? とグスターヴァルの頭の中でぐるぐると色んな考えが巡っていた。
そして、
「あぁ、そうだな。それがどうかしたのか?」
あれほど言ったのに、ユウキは自分以外とも連絡を取ったのかと頭を悩ませながらも、グスターヴァルは何事もないように問い返した。
「うん、この前ね、ルイに頼んでユウキの所に遊びに行ったんだけど」
アリスの言葉に『なるほど』と納得する。メタトロンの鏡を使って連絡したわけではないようだ。
「ふむ、そうか」
そしてアリスの話がユウキとアリスで話したことの報告なのだな、と少し安心していた。しかし、
「グスターヴァル、『お兄ちゃん』はないよねぇ?」
「む? なんの話だ?」
アリスはにやりとした顔でグスターヴァルを見上げて更に話し続ける。
「だってさ、こんなに大事に大事にしてるのに、ユウキってばちっとも気が付かないんだから」
「なんの話だ? さっきから」
アリスが言わんとしていることが理解できない。確かにユウキには『歳の離れたお兄ちゃんみたいだ』と言われた。しかし、それとアリスが言っている意味が分からない。
「だってそうでしょ? グスターヴァルはユウキのことが大好きなのに」
「っ!? なんの話だっ?」
アリスの話に思わず声を上げるグスターヴァル。大きな目を更に大きくする。
もちろんユウキのことは大事な主だと思っている。しかし『好き』とは?
「えー? そうでしょう? だって、グスターヴァルは優しいし面倒見もいいけど、ユウキには特別でしょ? 甘々だもん。それくらい見てれば分かるよ」
アリスはふふっと笑いながらグスターヴァルの口元をトントンと人差し指で叩く。
「何を言っている。そんなものは当たり前だろう。ユウキはホワイトキャットだ」
「そうかなぁ? だって、ルイが言ってたけど、カイトもホワイトキャットなんでしょ? まぁ見えないけど。っていうことは、カイトに対しても同じようにする?」
「む……」
アリスの言葉に思わず口を噤んでしまった。
「ユウキだから優しくしてるんでしょ? 可愛くて仕方ないって思ってるよね? グスターヴァル?」
相変わらずにやにやと楽しそうにアリスが続ける。
グスターヴァルはアリスが少し苦手であった。「ふぅ……」と再び溜め息を付く。そしてアリスに説明する。
「アリス。何か誤解をしているようだが、私はユウキに対してそういった気持ちはない。私たちドラゴンにはそういった感情はない。人間たちが言う『好き』や『嫌い』というのが理解できないのだ。ユウキのことは大事に思っているが、あの子は少し危なっかしい所があるから気にかけているだけだ。それだけだ」
「えぇー。本当かなぁ? ユウキが会いに来てくれたら嬉しいくせに?」
「誰が来てくれても嬉しいと思っている」
「うっそだぁ~。グスターヴァル、カイトに遠慮してるの?」
「違うと言っている。それ以上言うなら、今後ここへ来ることを禁じるぞ?」
あまりにしつこいアリスに対して、少しきつめに話した。
本当に禁止するつもりはないが、これくらい言えば少しは理解するだろう。賢い子だ。と思っていたのだが、
「ふんっ、グスターヴァルはそんなことしないもんっ。僕分かってるからね」
全く効き目はないようだった。アリスはぷいっと横を向いてしまった。
グスターヴァルは再び深く溜め息を付く。すると、
「あっ! ユウキっ!」
突然アリスが叫んだ。グスターヴァルは「何?」と思わずアリスが見ている方向を向いた。しかし、
「なんてねー。ほらぁ、やっぱりユウキのこと大好きじゃんっ」
嬉しそうにアリスが見上げている。
「アリス……全く。そういう嘘をつくな」
グスターヴァルは溜め息を付きながら、そして少しだけがっかりもする。
「あ……落ち込んだ? ごめんね。今度は本当にユウキと一緒に遊びに来るからさ」
ほとんど顔には感情が出ないグスターヴァルなのだが、どうやらアリスにがっかりしたことがバレてしまったようだった。
いや、そういう感情ではない。確かに可愛いとも心配とも思うことはある。しかし、人間たちの『好き』という感情がそれだけではないことをグスターヴァルは知っていた。
だから、この気持ちは『それ』ではないと思っている。ただ、大事に思っているだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。ただ、それだけなのだ。
「落ち込んでなどいない。アリス、そろそろ帰りなさい。山を下りる前に日が暮れてしまうぞ」
グスターヴァルはアリスに思いを話すことはなく、そしてアリスを気遣いそう話した。
「うん、分かった。……でもね、グスターヴァル、『好き』って気持ちにはいろんな種類があって、僕はグスターヴァルがユウキを大切に思ってるその思いも『好き』だと思ってるよ。別にいいじゃん、どうにかなりたいとかって気持ちじゃないんだし」
「当たり前だっ!」
アリスの話を黙って聞いていたグスターヴァルであったが、最後の言葉に思わず声を上げてしまった。
全くこの子は何を考えているのやら……。
グスターヴァルはアリスが少し苦手であった。
「ふふっ、グスターヴァルも、もっと素直になっていいと思うよっ。それにね、僕も含め、皆グスターヴァルのことが大好きなんだっ。また遊びに来るねっ」
アリスはそう言ってグスターヴァルに大きく手を振る。そして山の頂上から下りて行った。
「…………」
再び静寂が戻った。しかし、グスターヴァルはもうひとりぼっちではない。
黒いとは言っても黒一色ではなく、薄っすらと青味がかった艶々とした綺麗な鱗のドラゴンだ。
名前はグスターヴァル。
古の時代には多くの仲間が生存していたはずのドラゴンも、ある時を境にグスターヴァル以外、皆死んでしまった。
グスターヴァルはたった1匹、残されてしまったのだ。
人々から恐れられ、黒の魔女がワンダーランドを支配してからは森がなくなり、山の木々も枯れ果て、岩山の頂上にずっとひとりぼっちであった。
しかし、今は――。
「グスターヴァルーっ!」
ひとりの黒髪の少年が大きく手を振りながらグスターヴァルに向かって走ってくるのが見えた。アリスである。
優希と海斗が黒の魔女を倒し、ホワイトキャットを主とするグスターヴァルは、すっかり人々にとって怖い存在ではなくなっていた。特に一緒に戦った戦士たちとは。
ただ、グスターヴァルにとっては少しだけ困ったことになっていたのだった。
「グスターヴァルっ、遊びに来たよっ」
にこりと笑顔を向けるアリス。なんだかいつもより楽しそうな表情をしている。
「アリス……来てくれるのはいいが、少し来すぎではないか? 山を登るのも大変だろう?」
アリスを見下ろしながらグスターヴァル本人としては少し困った顔をする。見た目には全く分からないのだが。
「そう? 僕は運動になるし、岩山だったら大変だけど、今はちゃんと道もできて木もあるし、全然平気だよっ」
全く気にしていないようだった。いや、恐らく気が付いていないのだろう。こちらのことなどは。
その返事に思わずグスターヴァルは溜め息が出てしまう。
迷惑ではないのだが、数日に1回の割合で来ているアリスや他のワンダーランドの住人たちのことを、少しだけ困惑していたのだ。人との関わりをほとんど持っていなかったグスターヴァルにとって。
「何? どうかしたの?」
「いや、なんでもない。今日はどうかしたのか? なんだか楽しそうな顔をしているな」
不思議そうに首を傾げるアリスを見下ろしながら、グスターヴァルは半ば諦めると、アリスに向かって問い掛ける。そして、足を屈め、顔をアリスの近くまで向ける。
「うん、あのね、今日はグスターヴァルに聞きたいことがあってね」
アリスは満面の笑みで答える。
聞きたいこととはなんだろうか。グスターヴァルはなんとなく嫌な予感がしていた。アリスは優しそうに笑ってはいるが、人を揶揄ったり意地悪するのが好きな部類である。グスターヴァルはそのことに気が付いていたのだった。
「なんだ?」
仕方なさそうに問い返す。面倒なことを訊かれなければ良いのだがと思いつつ。
「あのね、この前ユウキと話したんだよね?」
一体なんの話だと一瞬首を傾げるが、もしかしてユウキが連絡をしてきた時のことを言っているのだろうか。なぜアリスがそれを? ユウキはもしやアリスとも連絡をしたのか? とグスターヴァルの頭の中でぐるぐると色んな考えが巡っていた。
そして、
「あぁ、そうだな。それがどうかしたのか?」
あれほど言ったのに、ユウキは自分以外とも連絡を取ったのかと頭を悩ませながらも、グスターヴァルは何事もないように問い返した。
「うん、この前ね、ルイに頼んでユウキの所に遊びに行ったんだけど」
アリスの言葉に『なるほど』と納得する。メタトロンの鏡を使って連絡したわけではないようだ。
「ふむ、そうか」
そしてアリスの話がユウキとアリスで話したことの報告なのだな、と少し安心していた。しかし、
「グスターヴァル、『お兄ちゃん』はないよねぇ?」
「む? なんの話だ?」
アリスはにやりとした顔でグスターヴァルを見上げて更に話し続ける。
「だってさ、こんなに大事に大事にしてるのに、ユウキってばちっとも気が付かないんだから」
「なんの話だ? さっきから」
アリスが言わんとしていることが理解できない。確かにユウキには『歳の離れたお兄ちゃんみたいだ』と言われた。しかし、それとアリスが言っている意味が分からない。
「だってそうでしょ? グスターヴァルはユウキのことが大好きなのに」
「っ!? なんの話だっ?」
アリスの話に思わず声を上げるグスターヴァル。大きな目を更に大きくする。
もちろんユウキのことは大事な主だと思っている。しかし『好き』とは?
「えー? そうでしょう? だって、グスターヴァルは優しいし面倒見もいいけど、ユウキには特別でしょ? 甘々だもん。それくらい見てれば分かるよ」
アリスはふふっと笑いながらグスターヴァルの口元をトントンと人差し指で叩く。
「何を言っている。そんなものは当たり前だろう。ユウキはホワイトキャットだ」
「そうかなぁ? だって、ルイが言ってたけど、カイトもホワイトキャットなんでしょ? まぁ見えないけど。っていうことは、カイトに対しても同じようにする?」
「む……」
アリスの言葉に思わず口を噤んでしまった。
「ユウキだから優しくしてるんでしょ? 可愛くて仕方ないって思ってるよね? グスターヴァル?」
相変わらずにやにやと楽しそうにアリスが続ける。
グスターヴァルはアリスが少し苦手であった。「ふぅ……」と再び溜め息を付く。そしてアリスに説明する。
「アリス。何か誤解をしているようだが、私はユウキに対してそういった気持ちはない。私たちドラゴンにはそういった感情はない。人間たちが言う『好き』や『嫌い』というのが理解できないのだ。ユウキのことは大事に思っているが、あの子は少し危なっかしい所があるから気にかけているだけだ。それだけだ」
「えぇー。本当かなぁ? ユウキが会いに来てくれたら嬉しいくせに?」
「誰が来てくれても嬉しいと思っている」
「うっそだぁ~。グスターヴァル、カイトに遠慮してるの?」
「違うと言っている。それ以上言うなら、今後ここへ来ることを禁じるぞ?」
あまりにしつこいアリスに対して、少しきつめに話した。
本当に禁止するつもりはないが、これくらい言えば少しは理解するだろう。賢い子だ。と思っていたのだが、
「ふんっ、グスターヴァルはそんなことしないもんっ。僕分かってるからね」
全く効き目はないようだった。アリスはぷいっと横を向いてしまった。
グスターヴァルは再び深く溜め息を付く。すると、
「あっ! ユウキっ!」
突然アリスが叫んだ。グスターヴァルは「何?」と思わずアリスが見ている方向を向いた。しかし、
「なんてねー。ほらぁ、やっぱりユウキのこと大好きじゃんっ」
嬉しそうにアリスが見上げている。
「アリス……全く。そういう嘘をつくな」
グスターヴァルは溜め息を付きながら、そして少しだけがっかりもする。
「あ……落ち込んだ? ごめんね。今度は本当にユウキと一緒に遊びに来るからさ」
ほとんど顔には感情が出ないグスターヴァルなのだが、どうやらアリスにがっかりしたことがバレてしまったようだった。
いや、そういう感情ではない。確かに可愛いとも心配とも思うことはある。しかし、人間たちの『好き』という感情がそれだけではないことをグスターヴァルは知っていた。
だから、この気持ちは『それ』ではないと思っている。ただ、大事に思っているだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。ただ、それだけなのだ。
「落ち込んでなどいない。アリス、そろそろ帰りなさい。山を下りる前に日が暮れてしまうぞ」
グスターヴァルはアリスに思いを話すことはなく、そしてアリスを気遣いそう話した。
「うん、分かった。……でもね、グスターヴァル、『好き』って気持ちにはいろんな種類があって、僕はグスターヴァルがユウキを大切に思ってるその思いも『好き』だと思ってるよ。別にいいじゃん、どうにかなりたいとかって気持ちじゃないんだし」
「当たり前だっ!」
アリスの話を黙って聞いていたグスターヴァルであったが、最後の言葉に思わず声を上げてしまった。
全くこの子は何を考えているのやら……。
グスターヴァルはアリスが少し苦手であった。
「ふふっ、グスターヴァルも、もっと素直になっていいと思うよっ。それにね、僕も含め、皆グスターヴァルのことが大好きなんだっ。また遊びに来るねっ」
アリスはそう言ってグスターヴァルに大きく手を振る。そして山の頂上から下りて行った。
「…………」
再び静寂が戻った。しかし、グスターヴァルはもうひとりぼっちではない。
5
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる