White cat in Wonderland~その白い猫はイケメンに溺愛される~

ハルカ

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Black & White~そして運命の扉が開かれる~

第34話

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(動いたっ!)

 心の中で叫ぶ。優希はぎゅっと拳を握り締め、ゆっくりそっと音をできるだけ立てないように忍び足でエーテルの剣へと近付いていく。
 グスターヴァルのいびきの音と自分の心臓の音が大きく聞こえてくる。じわりと額に冷や汗が出ているのも感じる。そして手の中もじっとりと濡れてきていた。

(大丈夫、大丈夫……絶対に起きない)

 心の中で自分に言い聞かせながら一歩ずつ近付いていく。
 ゆっくりと確実に、しかし一歩がとても重たく感じる。まるで足に重りを付けられているかのように動きが遅い。それに反して心臓の音はどんどん速くなっている。

 そして、エーテルの剣まであと数歩……もう少しだ、とそう思った時、ふと周りが静かなことに気が付いた。

(あれ?)

 今まで聞こえていた轟音、そして地響きが止んでいる。なぜ? そう思った時、ふと横をちらりと見てしまった。
 何かがこちらを見ている。大きくてよく分からないが、確かに目のように見える。金色の、まるでトカゲか蛇のような――。
「っ!?」
 優希の中で一瞬にして駆け巡った言葉。

『グスターヴァルが起きてしまった』

 静かになった周りと、すぐ横に見えている大きな爬虫類のような目。
 だらだらと顔から汗が滝のように溢れてきている。猫の耳がふるふると震える。

(詰んだ……)

 ゲームであればゲームオーバーである。しかもこれはゲームではない。リセットもコンティニューもできない。
 その時――。

「ユウキっ! 剣をっ!」

 岩陰に隠れていたアリスが叫んだ。
 その声に反応して、優希は転びそうになりながらあと数歩の距離を走る。
「っっ!」
 しかし、あと一歩というところで転んでしまった。
「ユウキっ!」
「ユウキっ!」
「ホワイトキャットっ!」
 3人の叫び声が同時に響いた。
 それに反応するかのようにグスターヴァルがゆっくりと立ち上がる。優希の周りだけ大きな影ができた。

「グワッ!」

 グスターヴァルが大きく口を開けた。
 もうダメだ――と優希が諦めかけたその時、服の中に入れていたペンダントがころりと服の外に出てきた。そして、次の瞬間には、眩しいくらいの光が岩山の頂上全体を包むようにして広がった。
(眩しっ)
 優希は思わず目を瞑る。

「グワゥゥッ!」

 すると、どこからか何かが叫ぶような声が聞こえた。誰が?
 思わずどきんと心臓が大きく鳴った。まさか、誰かが?

 そして光はすぐにおさまっていった。
 優希は眩しさで目を覆っていた手を離し、ゆっくりと目を開ける。
 しかしまだ視界がぼやけてよく見えない。皆は無事なのか? グスターヴァルは?
 目を擦り、ぼやけていた視界がゆっくりと見えるようになった。
 優希は慌てて上体を起こして周りを見回した。

「グウゥゥゥッ……」

 すると、目の前でグスターヴァルが苦しそうに唸っている。目を閉じ、体を伏せている。もしかすると先程の光で動けなくなっているのか?
 そういえば、セバスチャンがグスターヴァルの目を狙えと言っていた。
 ふとそう考えた優希は慌ててエーテルの剣を見上げる。こちらもすぐ目の前にあるのだ。
 エーテルの剣は先程と変わりなく岩山に突き刺さった状態で立っている。
 優希はゆっくりと立ち上がり、よろりとしながらもエーテルの剣の前に立った。
 そして剣の柄の部分をぎゅっと掴み、力いっぱい引き抜いた――。
 エーテルの剣は鞘に収まった状態でいとも簡単に抜けたのだった。
「や、やった……」
 顔に汗をびっしょりとかきながらも、優希はほっと胸を撫でおろす。やっとエーテルの剣が手に入ったのだ。
「ユウキっ!」
 岩陰に隠れていたアリスも喜んで優希の元へと駆け付けた。そしてぎゅっと優希に抱きつきながら声を上げる。
「ユウキ……」
「危なかった……」
 ジェイクとライアンも安心したように声を漏らしていた。
 優希の手にはエーテルの剣が握られている。まさか、本当に奪うことができるとは。
 しかし、まだ終了ではない。グスターヴァルの元から逃げなければ。そう思った時だった――。

「お前はホワイトキャットなのか?」

 どこからか、聞いたことがない低い男性の声が聞こえてきた。ジェイクの声でもライアンの声でもない。もちろんアリスでもない。
 しかも、うっとりしてしまうようなバリトンボイス。一体誰が?
 きょろきょと優希が周りを見回しながらそう思った時、
「どこを見ている」
 再び今度は上の方から声が聞こえた気がして優希はそっと見上げた――そこには、いつの間にか再び立ち上がっているグスターヴァルの姿があった。
「ひっ……」
 思わず声が漏れた。ぞくりと体中に電気が走ったように震えがきた。
 そして、エーテルの剣を握り締めたまま、優希とアリスは再び汗を流しながら抱き合っていた。
 グスターヴァルはゆっくりとふたりの方へと顔を寄せる。
 ガタガタと震えながらもグスターヴァルから目を離すことができず、じっとふたりは見上げていた。
 今度こそ、ゲームオーバーか?
 しかし――。
「お前はホワイトキャットなのかと聞いている」
 再び先程聞こえた声が目の前のグスターヴァルから聞こえてきた。
「え?」
 泣きそうになっていた優希は思わず口を開けたままグスターヴァルを見上げる。
 よく見ると、グスターヴァルの体は黒一色ではなく、薄っすらと青色がかっているのが分かった。そして体にずらりと並んでいる鱗は艶々としている。恐らくとても上級なドラゴンの種類なのだろうと思わず考えていたのだった。
「答えよ」
 グスターヴァルは低く、そして厳しい口調で優希に問い掛ける。
 ぼんやりと見上げていた優希はびくんと体を震わす。そして、再び頭の中で沢山の考えが駆け巡っていた。これはイエスと答えるべきなのか、ノーと答えるべきなのか。グスターヴァルはなぜそのようなことを訊いてくるのか……。
「答えよ」
 再びグスターヴァルに強く問い詰められる。
 目の前のドラゴンの姿に優希は頭が真っ白になった。しかし、
「そ、そうだよ。俺がホワイトキャットだっ」
 優希はイエスを選んだのだった。真っ白になった頭の中で一瞬で考えた答え――もしもこのワンダーランドの救世主と言われるのがホワイトキャットなら、エーテルの剣を守っているグスターヴァルは味方かもしれない、そう考えたのだった。
「ほう、本当に現れたか、ホワイトキャット」
 グスターヴァルはゆっくりと首を傾げるように話す。
「ま、魔女を倒すために、このエーテルの剣が必要なんだ。だから、少しの間でいいから貸してほしい。魔女を倒したらちゃんと返すから」
 優希はアリスから離れると、震えながらもグスターヴァルに向かってそう話した。
 言葉が分かるのなら、自分の話ももしかしたら分かってくれるかもしれない、と。
「魔女を倒す?」
 首を傾げたままグスターヴァルが尋ねた。
「そう、俺の、俺の大事な人が魔女に捕まってる。その人を助ける為に。それとワンダーランドを元に戻すために」
 徐々に震えがおさまってきた。見た目は怖いがなんとなく大丈夫かもしれないといった考えが頭をよぎったからだ。このまま上手くやり過ごせるかもしれない。
「ふん、随分大きなことを言うじゃないか」
「っ!」
 グスターヴァルの鼻息がぶわんとかかる。
(失敗したっ!?)
 どきんと心臓が大きく鳴る。
 そして優希が再び不安になっていると、思わぬ答えが返ってきた。
「そいつは返さなくていい。元々はホワイトキャットのものだ。そして私はお前を待っていた」
 グスターヴァルがゆっくりと足を曲げ腰を下ろす。そして、優希をじっと見下ろしながらそう話したのだった。優希は思わず「え?」と呟いた。
「こ、これ貰っていいってこと?」
 緊張しながら両手でエーテルの剣を持ち、グスターヴァルの方へ掲げるようにして見せる。
「あぁ。言っただろう。それはお前のものだ。そして私もお前のものだ」
 まさかの答えに優希は唖然として声が出なくなってしまった。
 エーテルの剣が自分のものと言われたことも、グスターヴァルまでも自分のものだなんて誰が信じられるか。

「お前の願いを申してみよ。私にできることであれば叶えてやる」

 次に発せられた言葉に再び驚く。優希以外の3人も。
 そして優希はじっとグスターヴァルを見上げながら尋ねる。
「な、なんでも?」
「あぁ、なんでもだ。ただし、私にできること――だ」
 グスターヴァルはゆっくりとそう答えたのだった。
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