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Black & White~そして運命の扉が開かれる~
第25話
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目の前に広がるのは深緑色の大きな湖。美しかった湖はすっかり姿を変えてしまっていた。光はなく深く淀み、まるで深緑色の絵の具をそのまま塗りたくったような酷い変わり様であった。かつての湖の姿は全くなくなっていた。
水はしんと静まり、生き物も、そして湖の中の植物さえいないことを物語っている。
「僕たちの思い出の場所が……美しかった湖が……濁ってる……」
目の前の光景に、アリスはぼそりと呟きうな垂れる。耳が垂れ、尻尾も力なく折り曲がっている。
「アリス……」
ジェイクの背中に乗って近くまで来た優希が声を掛ける。しかし、その後の言葉が続かない。こんなに落ち込んでしまっているアリスになんて言えば良いのか分からなかった。
「酷いね」
アリスの横でぴたりと止まると、ジェイクは湖を真っすぐに見て低い声でそう言った。そして背中に乗る優希に向かって話を続ける。
「この湖はね、さっきも話したけど俺達4人の大好きな場所で、とても美しかったんだ。今のこの情景からは考えられないくらいに。赤い花が湖の周りにたくさん咲いていて、あの木も、本当に立派でいつも緑いっぱいの葉を広げて……。湖もこんな酷い状態じゃなくて、とても透き通った綺麗な水でね。太陽の光でキラキラ光ってて、よく俺やアリス、エリスも泳いだりして。飲むことだってできるくらいに綺麗な水だったんだ」
「え? 飲めるくらいに?」
ジェイクの話を黙って聞いていた優希だったが、思わず声を上げた。湖の水が飲めるなんて普通じゃ考えられない。地球上のどこかでそういった湖もあるかもしれないが、自分の知る限りではありえなかった。
「そうだよ。凄く美味しくてね。子供の頃、溺れかけたエリスが水をたくさん飲んじゃったんだけど、ルイに助けられた後、苦しそうにしながらも、『ここの水すごく美味しい』って言ってて皆で大笑いしたりして。ほんと、あの頃は楽しかったね……」
どこか遠い目をしながらジェイクが答える。話を聞いていてもとても美しく、そして楽しい思い出が想像できた。
「このままじゃっ、このままじゃ皆死んじゃうよっ! 魔女が許せないっ!」
うな垂れていたアリスが突然叫ぶように声を上げた。頭の上にある耳を後ろに倒し、尾がぶわっと膨れ上がっている。まるで猫が威嚇しているかのような姿に優希もまた心を痛める。
「うん……魔女を倒さないと」
優希はゆっくりとジェイクの背中から下りると、湖を見つめながら決意する。
「そんな所で何をしているんだ?」
と、そこへ後ろから誰か若い男性の声が聞こえてきた。優希は初めて聞く声だ。
3人はびくりと体を震わせると、声の方向を振り返った。
「ひっ!」
優希が思わず悲鳴を上げる。
そこには大きな虎が1匹、こちらを睨み付けるようにして四つ足で立っていた。
恐らく普通の虎よりも大きいと思われる。こんなに近くで見たことがない為、比較はできないが、背中に乗ることができるジェイクよりも大きいのだ。
「……ライアン」
ジェイクが呟くようにその虎に向かって答えた。どうやら知り合いのようだが、見た目がどうにも……優希はガタガタと震えながらジェイクにしがみついていた。
そしてアリスもまた知っているようで、睨み付けるようにその虎――ライアンを見ている。
「そいつ何? なんで人間がワンダーランドにいるんだ? もしかして噂の『ホワイトキャット』か?」
ライアンはゆっくりと3人に近付いてくる。再び優希が「ひっ」と小さく声を上げ、ジェイクの後ろに隠れるように移動する。
「だったら何?」
アリスは立ち上がるとライアンを睨み付けながら問い返す。
「へぇ……俺はラッキーだな。そいつ、俺にくれよ」
ライアンはにやりと口の端を上げ、顎をくいっと優希の方に向ける。
「はっ?」
「ええっ!」
ジェイクと優希が同時に声を上げる。一体何を言われているのか。
「何言ってんの? 意味分かんないし、ホワイトキャットは僕たちと一緒に戦うんだっ。ライアンは好き勝手ばっかりっ! 渡すわけないじゃんっ!」
アリスは左手を握り締め、そして右手でライアンを指差すようにして声を上げる。
しかし、ライアンはアリスの言葉に嘲り笑うようにニヤリとする。そして低い声で話を続けた。
「一緒に戦う? 何と? お前ら知らないのか? 今ソイツは指名手配されてるんだぜ? 女王の所に連れて行けば城で雇ってもらえる。それに人間にも戻してもらえる。俺はもうこんな生活うんざりだ。……さっさとよこせ」
「指名手配っ!?」
再び優希が声を上げる。自分が指名手配なんて……何か悪いことをした訳でもないのになんでそんな目に……と狼狽える。
「は? ライアンこそ、魔女の犬になるっていうの? はんっ、ありえないっ。僕は絶対に嫌だね。あの女の元で働くくらいなら死んだ方がマシだよっ。でも死ぬのは今じゃないっ。ホワイトキャットが現れたんだ。僕たちは負けないっ!」
両手をぎゅっと握り締め、アリスはライアンを睨み付けたまま言い返す。
「そうだよ。ユウキは渡さない。絶対にね」
今まで黙っていたジェイクがアリスとライアンの間に入り、アリスを守るようにして立つ。
真っ白な耳と尾がぴんと立っている。
「ジェイク、邪魔するなよ。お前が俺に勝てるわけがないだろう?」
グルルッと喉を鳴らしながらライアンがジェイクの顔に自分の顔を近付ける。お互いの鼻先が付きそうなくらいに。
「そんなもの、やってみなきゃ分からないよね?」
そう言ってジェイクが突然グワッと吠えたかと思うとライアンに向かって飛び掛かった。
水はしんと静まり、生き物も、そして湖の中の植物さえいないことを物語っている。
「僕たちの思い出の場所が……美しかった湖が……濁ってる……」
目の前の光景に、アリスはぼそりと呟きうな垂れる。耳が垂れ、尻尾も力なく折り曲がっている。
「アリス……」
ジェイクの背中に乗って近くまで来た優希が声を掛ける。しかし、その後の言葉が続かない。こんなに落ち込んでしまっているアリスになんて言えば良いのか分からなかった。
「酷いね」
アリスの横でぴたりと止まると、ジェイクは湖を真っすぐに見て低い声でそう言った。そして背中に乗る優希に向かって話を続ける。
「この湖はね、さっきも話したけど俺達4人の大好きな場所で、とても美しかったんだ。今のこの情景からは考えられないくらいに。赤い花が湖の周りにたくさん咲いていて、あの木も、本当に立派でいつも緑いっぱいの葉を広げて……。湖もこんな酷い状態じゃなくて、とても透き通った綺麗な水でね。太陽の光でキラキラ光ってて、よく俺やアリス、エリスも泳いだりして。飲むことだってできるくらいに綺麗な水だったんだ」
「え? 飲めるくらいに?」
ジェイクの話を黙って聞いていた優希だったが、思わず声を上げた。湖の水が飲めるなんて普通じゃ考えられない。地球上のどこかでそういった湖もあるかもしれないが、自分の知る限りではありえなかった。
「そうだよ。凄く美味しくてね。子供の頃、溺れかけたエリスが水をたくさん飲んじゃったんだけど、ルイに助けられた後、苦しそうにしながらも、『ここの水すごく美味しい』って言ってて皆で大笑いしたりして。ほんと、あの頃は楽しかったね……」
どこか遠い目をしながらジェイクが答える。話を聞いていてもとても美しく、そして楽しい思い出が想像できた。
「このままじゃっ、このままじゃ皆死んじゃうよっ! 魔女が許せないっ!」
うな垂れていたアリスが突然叫ぶように声を上げた。頭の上にある耳を後ろに倒し、尾がぶわっと膨れ上がっている。まるで猫が威嚇しているかのような姿に優希もまた心を痛める。
「うん……魔女を倒さないと」
優希はゆっくりとジェイクの背中から下りると、湖を見つめながら決意する。
「そんな所で何をしているんだ?」
と、そこへ後ろから誰か若い男性の声が聞こえてきた。優希は初めて聞く声だ。
3人はびくりと体を震わせると、声の方向を振り返った。
「ひっ!」
優希が思わず悲鳴を上げる。
そこには大きな虎が1匹、こちらを睨み付けるようにして四つ足で立っていた。
恐らく普通の虎よりも大きいと思われる。こんなに近くで見たことがない為、比較はできないが、背中に乗ることができるジェイクよりも大きいのだ。
「……ライアン」
ジェイクが呟くようにその虎に向かって答えた。どうやら知り合いのようだが、見た目がどうにも……優希はガタガタと震えながらジェイクにしがみついていた。
そしてアリスもまた知っているようで、睨み付けるようにその虎――ライアンを見ている。
「そいつ何? なんで人間がワンダーランドにいるんだ? もしかして噂の『ホワイトキャット』か?」
ライアンはゆっくりと3人に近付いてくる。再び優希が「ひっ」と小さく声を上げ、ジェイクの後ろに隠れるように移動する。
「だったら何?」
アリスは立ち上がるとライアンを睨み付けながら問い返す。
「へぇ……俺はラッキーだな。そいつ、俺にくれよ」
ライアンはにやりと口の端を上げ、顎をくいっと優希の方に向ける。
「はっ?」
「ええっ!」
ジェイクと優希が同時に声を上げる。一体何を言われているのか。
「何言ってんの? 意味分かんないし、ホワイトキャットは僕たちと一緒に戦うんだっ。ライアンは好き勝手ばっかりっ! 渡すわけないじゃんっ!」
アリスは左手を握り締め、そして右手でライアンを指差すようにして声を上げる。
しかし、ライアンはアリスの言葉に嘲り笑うようにニヤリとする。そして低い声で話を続けた。
「一緒に戦う? 何と? お前ら知らないのか? 今ソイツは指名手配されてるんだぜ? 女王の所に連れて行けば城で雇ってもらえる。それに人間にも戻してもらえる。俺はもうこんな生活うんざりだ。……さっさとよこせ」
「指名手配っ!?」
再び優希が声を上げる。自分が指名手配なんて……何か悪いことをした訳でもないのになんでそんな目に……と狼狽える。
「は? ライアンこそ、魔女の犬になるっていうの? はんっ、ありえないっ。僕は絶対に嫌だね。あの女の元で働くくらいなら死んだ方がマシだよっ。でも死ぬのは今じゃないっ。ホワイトキャットが現れたんだ。僕たちは負けないっ!」
両手をぎゅっと握り締め、アリスはライアンを睨み付けたまま言い返す。
「そうだよ。ユウキは渡さない。絶対にね」
今まで黙っていたジェイクがアリスとライアンの間に入り、アリスを守るようにして立つ。
真っ白な耳と尾がぴんと立っている。
「ジェイク、邪魔するなよ。お前が俺に勝てるわけがないだろう?」
グルルッと喉を鳴らしながらライアンがジェイクの顔に自分の顔を近付ける。お互いの鼻先が付きそうなくらいに。
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