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Black & White~そして運命の扉が開かれる~
第16話
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迫り来る沢山の足音。黒い群れ。
何かを追うようにそれらは一直線にある場所へと向かう。
荒い息遣いと共に、揃ったように聞こえる沢山の動物の足音。
その中に異形とも思えるようなひとつの大きな蹄の音。
それらは確実に近付いていた。
☆☆☆
「ハンカチは持ったかい?」
アンが心配そうに優希とアリスとを交互に見上げながら声を掛ける。
「ハンカチって……。アンさんなんかお母さんみたい……」
苦笑いしながらアンを見下ろし、『幼稚園児か、俺らは』と優希はぼんやりと思っていた。
『エーテルの剣』を手に入れる為、優希とアリスはグスターヴァルが住む西の森へと出発する準備をしていた。
先程までの張り詰めたような空気はなく、そこに集まっていたワンダーランドの住人と優希は穏やかに会話をしていたのだった。
しかし――、和やかになっていた空気の中、突然セバスチャンが優希とアリスに向かって厳しい口調で話し始めた。
「グスターヴァルを倒そうなどとは思うな。ヤツから奪える瞬間を狙うんだ」
再び空気がぴんと張り詰める。
「奪える瞬間?」
優希は不思議そうに首を傾げる。
「そうだ。日が高く昇っている時間だ。アイツは日が高く昇っている時間は眠っていることが多いと聞く。ただ見た人間がいるわけではないから確かではない。それでも可能性があるのであればそれに賭けるのがいいだろう。そして、ヤツの目だ。瞬間を見極めるんだ。きっとその瞬間が訪れる。それを見逃すんじゃない。お前達ならきっとできる。自分を信じるんだ」
セバスチャンに『できる』と言われ、優希は少しずつだが自信が湧いてきていた。なんとかなるんじゃないかと。
「アンおばさん、ダニーおじさん、キティ、トム、そしてセバスチャン。皆、行ってくるね」
アリスは黒い小さなリュックを背負い、そして覚悟を決めたように真剣な顔でじっと5人を順番に見つめた。
「皆、ありがとうっ。俺、頑張るねっ。絶対にエーテルの剣を手に入れるから。ちゃんとここに戻ってくるから。じゃあ、行ってくるねっ」
優希は満面に笑みを浮かべると、2人を見送る5人(正確には4匹と1羽だが)に手を振ろうと右手を上げた。
その瞬間――。
何か遠くで聞こえた気がした。
足音のような、そしてガサガサと落ち葉が擦れるような……。
「っ!?」
セバスチャンがハッとして険しい表情になった。
「黒の騎士団だよっ!」
ピクリと耳を動かしたアンが、音が聞こえてきた方を怯えた表情で見ながら叫んだ。
その瞬間、アン達リス一家は散り散りに慌てて逃げ出す。それぞれ大きな木の幹を登っていってしまった。
「いけないっ! ホワイトキャット、逃げるんだっ!」
セバスチャンの叫ぶ声が聞こえたと同時に優希はぐいっと右手を掴まれた。
ハッとする間もなく、右手を掴んだアリスが走り出し、優希も連れられるようにして走り出していた。
☆☆☆
何かの足音なのか、すぐ近くまで迫ってきているのが分かる。
心臓の音がうるさい。そして、足が縺れそうになり上手く走れない。
優希は前を走るアリスの頭辺りを見ながら今の状況が把握できずにいた。
(一体何が追いかけて来てるんだ?)
――黒の騎士団。
アンがそう叫んでいた。一体どういったものなのか。
騎士団というからには沢山の兵隊でも追いかけてきているのか?
優希はすぐ近くまで来ているであろう気配を感じながら、『黒の騎士団』と呼ばれるものについて考えを巡らせていた。
「アリスっ、黒の騎士団って……」
前を走るアリスに向かって息を切らせながら声を掛ける。
「…………」
アリスからの返答はない。しかし、ぎゅっと掴まれた右手に汗が滲んでいるのが伝わり、焦っていることは分かる。恐らく見つかったら相当まずいのだろう。
――と思ったその時、すぐ近くで馬の走る音が聞こえた気がした。
「見つけましたよ、子猫ちゃん」
ざざっと馬の蹄と土が擦れる音と共に、目の前に見たこともない黒く巨大な馬、そしてそれに跨っている男がにやりと口の端を上げてこちらを見下ろしていた。
「ジャックっ!」
行く手を阻まれ立ち止まったアリスがその男に向かって声を上げた。優希を掴む右手に力が籠められる。
「おや、アリス君も一緒でしたか。可愛らしい子猫ちゃんが2匹だったとは」
ジャックと呼ばれた男は、銀色の長い髪をかき上げながら面白そうに微笑を浮かべる。そしてアリスと優希を交互に舐めるように右目で見ていた。左目には黒い眼帯が付けられている。
「な、何の用? 僕達これから行く所があるんだけど」
アリスは必死に震えを悟られないよう強い口調でジャックに話す。
「そうですか。私はそちらの可愛い人間に用があるんですよ。我が君の命令でね」
そう言ってジャックは懐から小さな黒い小瓶を取り出す。先程、魔女のイライザから手渡された物だ。
「っ!? いけないっ! 逃げてっ!」
何かに気が付いたアリスが掴んでいた右手を離し、優希の背中をドンっと押した。
優希は前のめりに躓きそうになりながら驚いた表情で思わず振り返る。
――バシャッ
ジャックの持つ小瓶から何かの液体が優希の体へとかけられた。
頭から液体を被ってしまった優希は、突然ドクドクと心臓が強くそして速く鳴っているのを感じた。
(熱いっ……)
まるで全身が火傷を負ったかのようにジリジリと熱さと痛みを感じた。
酸か何かでもかけられたのか? 自分はこのまま死ぬのか?
そう思った次の瞬間、突然体がぐらりと傾き、そしてそのまま倒れていく。
「ホワイトキャットっ!」
アリスの声が遠くで聞こえるようだった。
そのまま地面に倒れる――そう思った次の瞬間、
「グワッ!」
何か獣が吠えるような音が聞こえた気がした。そして、優希の体が地面に着く寸前にふわりと浮き上がった。
(えっ?)
すぐ目の前には地面が見える。しかし倒れてはいない。自分は今どういう状態なのか? そう思う間もなく、体がふわりと高く跳んだ。しかも大きな馬や兵士たちを越えて――。
(ええええ?…………)
しかし、体の痛みと熱さ、そして混乱の中、優希はそのまま気を失ってしまったのだった。
何かを追うようにそれらは一直線にある場所へと向かう。
荒い息遣いと共に、揃ったように聞こえる沢山の動物の足音。
その中に異形とも思えるようなひとつの大きな蹄の音。
それらは確実に近付いていた。
☆☆☆
「ハンカチは持ったかい?」
アンが心配そうに優希とアリスとを交互に見上げながら声を掛ける。
「ハンカチって……。アンさんなんかお母さんみたい……」
苦笑いしながらアンを見下ろし、『幼稚園児か、俺らは』と優希はぼんやりと思っていた。
『エーテルの剣』を手に入れる為、優希とアリスはグスターヴァルが住む西の森へと出発する準備をしていた。
先程までの張り詰めたような空気はなく、そこに集まっていたワンダーランドの住人と優希は穏やかに会話をしていたのだった。
しかし――、和やかになっていた空気の中、突然セバスチャンが優希とアリスに向かって厳しい口調で話し始めた。
「グスターヴァルを倒そうなどとは思うな。ヤツから奪える瞬間を狙うんだ」
再び空気がぴんと張り詰める。
「奪える瞬間?」
優希は不思議そうに首を傾げる。
「そうだ。日が高く昇っている時間だ。アイツは日が高く昇っている時間は眠っていることが多いと聞く。ただ見た人間がいるわけではないから確かではない。それでも可能性があるのであればそれに賭けるのがいいだろう。そして、ヤツの目だ。瞬間を見極めるんだ。きっとその瞬間が訪れる。それを見逃すんじゃない。お前達ならきっとできる。自分を信じるんだ」
セバスチャンに『できる』と言われ、優希は少しずつだが自信が湧いてきていた。なんとかなるんじゃないかと。
「アンおばさん、ダニーおじさん、キティ、トム、そしてセバスチャン。皆、行ってくるね」
アリスは黒い小さなリュックを背負い、そして覚悟を決めたように真剣な顔でじっと5人を順番に見つめた。
「皆、ありがとうっ。俺、頑張るねっ。絶対にエーテルの剣を手に入れるから。ちゃんとここに戻ってくるから。じゃあ、行ってくるねっ」
優希は満面に笑みを浮かべると、2人を見送る5人(正確には4匹と1羽だが)に手を振ろうと右手を上げた。
その瞬間――。
何か遠くで聞こえた気がした。
足音のような、そしてガサガサと落ち葉が擦れるような……。
「っ!?」
セバスチャンがハッとして険しい表情になった。
「黒の騎士団だよっ!」
ピクリと耳を動かしたアンが、音が聞こえてきた方を怯えた表情で見ながら叫んだ。
その瞬間、アン達リス一家は散り散りに慌てて逃げ出す。それぞれ大きな木の幹を登っていってしまった。
「いけないっ! ホワイトキャット、逃げるんだっ!」
セバスチャンの叫ぶ声が聞こえたと同時に優希はぐいっと右手を掴まれた。
ハッとする間もなく、右手を掴んだアリスが走り出し、優希も連れられるようにして走り出していた。
☆☆☆
何かの足音なのか、すぐ近くまで迫ってきているのが分かる。
心臓の音がうるさい。そして、足が縺れそうになり上手く走れない。
優希は前を走るアリスの頭辺りを見ながら今の状況が把握できずにいた。
(一体何が追いかけて来てるんだ?)
――黒の騎士団。
アンがそう叫んでいた。一体どういったものなのか。
騎士団というからには沢山の兵隊でも追いかけてきているのか?
優希はすぐ近くまで来ているであろう気配を感じながら、『黒の騎士団』と呼ばれるものについて考えを巡らせていた。
「アリスっ、黒の騎士団って……」
前を走るアリスに向かって息を切らせながら声を掛ける。
「…………」
アリスからの返答はない。しかし、ぎゅっと掴まれた右手に汗が滲んでいるのが伝わり、焦っていることは分かる。恐らく見つかったら相当まずいのだろう。
――と思ったその時、すぐ近くで馬の走る音が聞こえた気がした。
「見つけましたよ、子猫ちゃん」
ざざっと馬の蹄と土が擦れる音と共に、目の前に見たこともない黒く巨大な馬、そしてそれに跨っている男がにやりと口の端を上げてこちらを見下ろしていた。
「ジャックっ!」
行く手を阻まれ立ち止まったアリスがその男に向かって声を上げた。優希を掴む右手に力が籠められる。
「おや、アリス君も一緒でしたか。可愛らしい子猫ちゃんが2匹だったとは」
ジャックと呼ばれた男は、銀色の長い髪をかき上げながら面白そうに微笑を浮かべる。そしてアリスと優希を交互に舐めるように右目で見ていた。左目には黒い眼帯が付けられている。
「な、何の用? 僕達これから行く所があるんだけど」
アリスは必死に震えを悟られないよう強い口調でジャックに話す。
「そうですか。私はそちらの可愛い人間に用があるんですよ。我が君の命令でね」
そう言ってジャックは懐から小さな黒い小瓶を取り出す。先程、魔女のイライザから手渡された物だ。
「っ!? いけないっ! 逃げてっ!」
何かに気が付いたアリスが掴んでいた右手を離し、優希の背中をドンっと押した。
優希は前のめりに躓きそうになりながら驚いた表情で思わず振り返る。
――バシャッ
ジャックの持つ小瓶から何かの液体が優希の体へとかけられた。
頭から液体を被ってしまった優希は、突然ドクドクと心臓が強くそして速く鳴っているのを感じた。
(熱いっ……)
まるで全身が火傷を負ったかのようにジリジリと熱さと痛みを感じた。
酸か何かでもかけられたのか? 自分はこのまま死ぬのか?
そう思った次の瞬間、突然体がぐらりと傾き、そしてそのまま倒れていく。
「ホワイトキャットっ!」
アリスの声が遠くで聞こえるようだった。
そのまま地面に倒れる――そう思った次の瞬間、
「グワッ!」
何か獣が吠えるような音が聞こえた気がした。そして、優希の体が地面に着く寸前にふわりと浮き上がった。
(えっ?)
すぐ目の前には地面が見える。しかし倒れてはいない。自分は今どういう状態なのか? そう思う間もなく、体がふわりと高く跳んだ。しかも大きな馬や兵士たちを越えて――。
(ええええ?…………)
しかし、体の痛みと熱さ、そして混乱の中、優希はそのまま気を失ってしまったのだった。
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