White cat in Wonderland~その白い猫はイケメンに溺愛される~

ハルカ

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Black & White~そして運命の扉が開かれる~

第14話

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 長い廊下にハイヒールの靴音が高らかに響き渡る。
 どこかへ急いでいるのか、その靴音はカツカツと忙しなく聞こえてくる。

 そして、ある部屋の前で足音はピタリと止まった。
 黒く大きな扉の上に、黒い獅子の頭が立体的に彫刻されている。
 扉の前に立つと、その獅子の頭に睨み付けられているようであった。
 しかし、そこに立つ人物は獅子の頭には見向きもせず、両開きになっている扉の取っ手を両手で掴むと、怒り狂ったように勢いよくその大きな扉を押し開ける。
 開け放たれた扉は大きな音をさせ、ゆらゆらと揺れている。

 部屋に入ってきたのは長いウェーブのかかった黒髪の、床を引き摺るような真っ赤なドレスを着た女であった。
 見た目は20代後半くらいであろうか。普通の女性よりも少し高めの身長、そしてきゅっとくびれた腰。目元にはゴールドのアイシャドウが塗られ、幾重にも塗られたマスカラが、その大きな目を更に派手にしているようであった。
 真っ赤に塗られた口紅が取れてしまいそうな程強く唇を噛み締め、まるで猫のような濃い緑色の目を吊り上げ、じろりと部屋の中を見る。

 この女こそ、ワンダーランドの『黒の魔女』である。

 真っ赤な先の尖った爪が割れてしまうのではないかというくらいに両手をぎゅっと握り締め、再び高いヒールを忙しなく動かし、カツカツと音を立てながら部屋の中央へと歩く。

 部屋の中央には、天井から垂れ下がる長い鎖に両手首を頭の上で縛られ、ぐったりと俯く少年が、広い部屋にぽつんと置かれた椅子に座っていた。
 長い焦げ茶色の前髪が顔に掛かりその表情は分からない。
 着ていた黒いシャツは引き裂かれ、ボタンが3つほど飛んでしまっている。
 下に穿いていたジーンズも引き摺られでもしたのか、あちこち汚れたり破れたりしている。

 その少年の前で立ち止まると、魔女は少し腰を屈め、少年の顎を右の人差し指でくいっと上へと押し上げた。
 上げられたその顔は、海斗であった。
 疲労と痛みでぐったりとした表情をしている。
 虚ろな瞳で目の前の魔女をちらりと見上げる。

「ふぅ~ん。なかなかいい男じゃないか。人間にしとくのは勿体ないねぇ」
 魔女は人差し指を顎に当てたまま、真っ赤な口紅が塗られた唇をニヤリとさせ、じっと海斗の顔を舐める様に眺める。
「それはどうも。でも、獣はごめんだ」
 海斗は朦朧とする意識の中で、魔女の顔を見ながらニヤリと笑みを作った。
「随分元気そうじゃないか。もっと甚振っておいた方が良さそうだねぇ、飼い慣らすには」
 魔女は怪しい笑みを浮かべると、鼻で笑いながら海斗を見下ろす。
「痛いのは勘弁してほしいな。どうせなら優しくしてほしいんだけど?」
 人差し指で顎を上げさせられた状態のまま、海斗は目を細めじっと魔女を見つめる。
「ふふっ。私の言うことを大人しく聞くんなら考えてやってもいい。鏡を壊した重罪人だっていうから、甚振り殺してやろうかと思ったけど、いい男は好きでね。お前、私の犬になりな」
 魔女は嬉しそうな顔で海斗を見下ろすと、そっとその顔を海斗に近付ける。
「悪いけど、俺は売約済みでね。それにアンタみたいな年増には興味ねぇな」
 唇が触れるか触れないかといった距離まで魔女の顔が近付いた時、ぼそりと海斗は低い色気のある声でそう囁いた。
「なんだってっ!!」
 魔女はかぁっと顔を真っ赤にさせると海斗から離れ、大声で怒鳴り付ける。
「このっ、人間ごときが小癪なっ!!」
 そう言って海斗の右の頬を思い切り右手の甲で叩く。
 その際に魔女の爪に付いていた長く赤い付け爪の先が海斗の頬を掠り、赤い筋ができる。
 じわじわとそこから赤い血が滲み出てきた。
 魔女に打たれた海斗は、右の頬を正面に向けたまま俯いていた。
 ぱらりと横髪が頬に掛かる。

 魔女は向きを変え、部屋の出口へと荒々しく歩いていく。
 出口の前で足を止め海斗の方を振り返ると、
「そこで私を怒らせたことを後悔してるがいいっ!」
 吐き捨てるように大声で叫び、そのまま部屋から出て行った。
 扉は兵士によってそっと閉じられる。

 そして、再び長い廊下に荒く高い靴音が響いていた。



 ☆☆☆



「いってぇ……」

 魔女が出て行った後、海斗は俯いたままぼそりと呟いていた。
 今さっき叩かれた際に魔女の爪で傷ついた頬、鎖で縛られている両手首、そして痛めつけられた体のあちこちが痛む。

 自分は一体どうなってしまったのだろうか?
 海斗は朦朧としながらも考えを巡らせていた。
 自分の部屋で見たあの黒い影。
 確かに鏡の中から出てくる黒い大きな鳥のような物を見た気がした。
 あのままここへ連れて来られたのだろうか?

(橘、心配してるよな…………優希……)

 ふと思い出される顔。
 いつも自分の面倒を見てくれている橘。そして優希。

(怒らせてしまったままだな……)

 最後に見たのが泣きながら怒っていた優希の顔。
 笑顔が見たいのにすぐに怒らせてしまう。
 愛しいからこその態度や発言も、怒らす道具にしかならない。

(これからどうなるんだろうか……優希……会いたい……)

 なんだか弱気になってしまう。
 これは夢なのだろうか?
 ここへ連れて来られた際に見た沢山の動物達。言葉を喋っていた。
 そして先程の女。
 海斗自身、魔女とは理解していなかったが、風貌からして女王か何かだろうと考えていた。
 自分はファンタジーの世界にでも入り込んでしまったのか。
 それともリアルな夢なのだろうか。

 考え事をしていた海斗の耳に、ふとギギっと扉が開くような音が聞こえてきた。
 ハッとして顔を上げる。
 様子からして先程の女ではないらしいことは分かった。
 じっと目を凝らして扉の方を見つめる。

 すると、扉の隙間から小さい頭が覗き込んでいるのが見えた。
(子供?)
 すぐにそう思った。
 頭が見えた位置、そして頭の大きさからして小学生か中学生くらいの子供のようであった。
 更に扉が開かれる。
 頭の一部だけ見えていた姿が今度は小さな手と顔が少し見えた。
(何をしてるんだ?)
 海斗はじっとそちらを見つめる。
 きょろきょろと中を窺っている様に見える。
 しかし、ふとこちらを見た瞬間、その子供は海斗と目が合い、びくりと体を震わせたのが分かった。
「何をしてるんだ?」
 なんとなく声を掛けてみた。
 相手は子供だ。きっと危険はないだろうと判断したのだ。

「あ……べっ、別にっ!」

 海斗に声を掛けられ、その子供は思わず扉を開け、その姿がハッキリと見えた。
 黒い髪に金色の大きな瞳。
 そして、黒い袖なしのシャツに膝までの黒いズボンを穿いている。
 足は――靴下も靴も履いていない。裸足だ。
 少し長めの前髪と横髪がサラサラと揺れている。
 その姿は、海斗が知るはずもないが、優希と出会ったアリスにそっくりであった。
 魔女と同様、人間と何も変わらない姿をしている。
 アリスのように動物の耳や尻尾なども付いていない。

 少年は真っ赤な顔で海斗の問いに答える。
 そして、ぷいっと横を向きながらも、その手には何か器のような物を持っていた。

「ふぅ~ん? そう。で、それ何? 俺に?」
 海斗は面白そうに、にやつきながら少年をじっと見つめる。
 そして少年が持つ器を顎で指すようにして尋ねる。
「っ!? お、俺はただ、頼まれただけだからっ」
 少年はハッと何かに気が付いたような表情をする。
 そしてぶつぶつと言いながらも海斗に近付いてきた。
 ひたひたと裸足のまま床の上を歩く。

「こ、これっ。食べればっ?」
 海斗の前まで来ると、少年はぐいっと右手に持っていた器を海斗に差し出した。
 覗き込むようにして器を見ると、そこには雑炊のような物が入っている。
 どうやら少年は海斗に食事を持ってきてくれたらしい。
 しかし、なぜ少年がこのような態度を取るのか海斗には理解できなかった。
「ありがたいんだけどさ……。俺こんなだから食べられないんだよね。食べさせてくんない?」
 海斗はニッと口元に笑みを浮かべ、少年を覗き込むようにして話す。
「っ!? な、なんで俺がっ!」
 少年は再びかぁっと顔を真っ赤にさせ、驚いて声を上げる。
「手が使えないんだし、ね? お願い」
 海斗は上目遣いで少年をじっと見つめる。
 その様子に少年はどきんと心臓が高鳴るのを感じた。
「しょ、しょうがないなぁ……」
 少年は器を左手に持ち替え、器に入っていたスプーンを右手で持つ。
 そして中の物をふるふると手を震わせながら掬おうとする。
「ねぇ、君の口で食べさせて」
 低い声で海斗はそう囁いた。
「っ!?」
 少年はびくりと体を震わせ、沸騰してしまうのではないかというくらいに顔が真っ赤になった。
「バッ、バッカじゃないのっ!! もう知らないっ! アンタの世話なんか知らないっ!」
 少年は真っ赤な顔のまま大声で叫ぶと、器を両手で持ち、そのまま向きを変え扉の方へと大股で歩いていく。

「知らないからねっ!!」

 そう言って扉を勢いよくバタンっと閉めた。壁がみしみしと音を立てている。

 部屋に残された海斗はくすくすと笑っていた。
 この部屋に少年が入ってきた時から感じていたこと。

(優希みたいだ)

 こんな状態にも拘らず、海斗は少年を可愛いと思っていたのだった。
 そして、先程反省をしたばかりだというのに、少年を怒らせてしまったことを少し後悔もしていたのだった。
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