恥ずかしくても素直になりたい!

田端善治

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後編

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 心臓が今までにない音を鳴らしながら、村井の背中を追って中庭へ向かう。歩きながらイラストの意図を考察し続けたせいで、頭が糖分を欲している。手に抱える弁当を心待ちにしつつ、これから反し合うことについて不安と期待でぐちゃぐちゃになる。

 校舎の左側に位置する中庭は木々が生い茂っていて、聞かれたくない話をするには最適な空間だ。中庭の隅にある木々に囲まれた木製のベンチに隣り合って腰を下ろす。持ってきたランチトートを開き、お弁当を取り出す。ここまでお互い完全に無言である。

 ーー正直に言おう。気まずい。

 甘い卵焼きを口に運びながら話し出すタイミングを伺う。彼はコンビニで購入したミックスサンドの袋を開封している最中であり、食べる準備が整うまで待つことにした。ただ待つだけだと緊張が増すので、気分を紛らわすために目の前に飛び降りた鳩の模様を観察する。
 お互い準備が完了したところで、気になって仕方ない話題を振る。

「最後のイラストと文章ってさ、どういう意味だったの?」
「そのまんま。」
 会話終了。再び無言になり、もぐもぐと弁当を食べ進める。……どうしよう、会話が続かない。どう話を振ったら真意を確かめられるか悶々と考えていると、村井は一旦手を膝まで下ろし、手元を見つめながらゆっくり口を開いた。

「あの男子の絵ってさ、本当に好きなキャラクターなのか……?」
「……なんか変なところあった?」
「いや、ないけど。ちょっと気になったことがあってさ。」

「勘違いだったら本当にごめん。もしかして、あの絵って……俺?」
 思わず息を呑む。ついに本音を言う時が来た。隠すな、素直に言うんだ。
「そうだったら村井はどうするの?」
 違うでしょう私。今のはシンプルにそうですって言えば済むじゃない。何故そうなった。脊髄反射で試すような発言を口にしてしまい、神経を引っこ抜きたくなる。

「そうだったら嬉しいなと思って」
 苦笑いのような、無理して笑っているような作り笑顔で言った。
 ああ、私は馬鹿だ。恥ずかしいからと自分勝手なせいで大切な人を傷付けている。
「……試すようなこと言ってごめん。村井の考察は合ってるよ。あれは君のイラスト。よく分かったね。」
「三島が少し前に描いてくれた俺の似顔絵とそっくりだったし、うちの高校の学ランを着てたから。」

 彼の言う似顔絵とは、美術の時間に写実的な絵を描けないと話していた際に描いたものだろうか。ササっと描いた適当な落書きをずっと覚えていてくれたのか。事実に心がじんと温まっていく。

「逆に聞くけどさ、あの女の子のイラストって私で合ってる?」
「おう。好きなギャップ?タイプ?……何でもいいけど、好きな子にアピールする絶好の機会だと思って。」

 ーー今なんと?

 いやいや、分かっている。今までのメモや会話の流れ的に察しは付いていたものの、いざはっきりと言葉にされると頭の処理が追い付かない。彼に背中を向けて忙しなく手をブンブン振りながらパニックになった頭を冷やそうとする。私は村井が好き……で、村井も私が好き。つまりこれって……。

 もう強がってる場合じゃない。今度は私が聞く番だ。一度目を瞑って深呼吸し、姿勢を真っすぐ正しながら視線を合わせた。彼の肩がビクリと動き、真剣な表情で見つめ合う。

「……私は、村井のことが好き。友達としてじゃなくて、恋愛的な意味で、好き。」
 静寂な空気が二人の間に流れる。体感にして5分、現実で10秒程経過した後、

「……実はさ、三島の気持ちには、多分、ずっと前から気付いてた。いつも一緒に駄弁って笑い合ってくれる相手が自分に好意的だと分かってすごく嬉しかった。知った日の夜なんか興奮して自室で小躍りしたくらいに嬉しかった。」
 かっこ悪いだろと頭をかきながら自虐する。「ずっと黙ってたのはなんで」と尋ねると「やっぱこういうのって恥ずかしいじゃん」と返される。

「俺さ、新しい人間関係を築くのは得意だけど、大切な相手と距離を縮めるのがすごく苦手なんだよな。大事にしすぎて少しでも悪い方向に関係が変わったらと思うと怖くて一歩先に進めない。」
 意外なことを知った。人見知りという言葉を知らなそうな彼でも人間関係で怖いと思うことがあるのか。
「……すごく分かるよ。私も関係を変えるのは苦手。だからずっと好きバレなんてしちゃいけないって思いこんでた。相手に直接聞かないと本当の気持ちなんて何も分からないのにね。」
 お互い緊張が解れてきたのか、徐々に口数が増えていく。なんでそんなにコミュ強なの?と恋愛話から会話の流れが逸れていく。

「ところでさ、あのメモに『この子の表情が好き』的なこと言ってたよな。つまり三島は俺の好きなところがいっぱいあるってことで合ってるか?」
 ニヤッとした顔で唐突に揶揄うような口調で尋ねる。
「へっ!?えっあっそんなこと書いたっけ!?」
「ちなみに俺は三島の好きなところは沢山あるぞ。ちょっと揶揄うだけで顔が赤くなるとこ……」
「うわー!待って待って!ちょっと一瞬黙って欲しいかな!?」
 状況に順応する速度が速すぎる。あたふたと慌てる私を見てまた面白そうに笑う。

 いざ告白してみたら実は両思いでしたーーなんて女児向け恋愛小説じゃあるまいし。でも、勇気を出して想いを伝えたことで村井の本音も聞くことができた。好きバレを隠されていた事実は穴に潜りたいくらい恥ずかしいけど、結果オーライかもしれない。

「私、今度から自分の気持ちをなるべく言うようにする。独りよがりに悩んで時間を無駄にするくらいなら、村井と喧嘩してでも本音を伝えたい。すれ違ったまま関係が終わる事だけは絶対にしたくない。」
「そうだな。普段からくだらない痴話喧嘩してるし、そこに本気の喧嘩が加わっても上手い感じに仲直りできるだろ。」
「……適当なこと言ってない?」
「まあなんとかなるだろ。お互い相手と離れ離れになるのが嫌みたいだし?」
「なっ!?……いやまあ確かにそういうことだけどさ。すごくはっきり言うじゃん。」
「今まさにそういう話してたろ。」
「ううっ。……それもそっか。」

 午後の授業を知らせるチャイムまであと少し。木々に囲まれて学校から切り離されたような空間の中で、2人して満面な笑みを浮かべながら何気ない会話に花を咲かせるのであった。
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