サンドプレイシュミレーション

国府知里

文字の大きさ
31 / 35
Simulation Main thread

十四、属国

しおりを挟む

「ええっ、お前いつの間にそんなに……? すごいな!」

 国史記を習いに書き写しているのを見たタシホは感嘆を上げた。

「うわあ、知らない漢字がいっぱいだ。ユタ、もうこんなに覚えたの?」
「ううん、わからない漢字を書きだしておいて、会原様に聞こうと思って」
「ひええ……。恐れ入るよ」
「ユタに歌を教えるどころじゃないよ。これじゃあ僕がユタに漢字を教わらなきゃいけないくらいだ」
「僕もまだ自分では読めないんだ。ゼロ様が内容をさらって教えてくださったんだよ。だから、早く自分で読めるようになりたい」
「えっ、ゼロ様が直接教えてくださったのか?」
「本当に? すごいな! ユタ、僕らにも教えてくれないかい?」
「教えるといっても、僕はまだ……」
「いいだろ! 女と男の神様が人の世を開いた後、この世に戦が起こったんだろ? その戦の部分を聞きたい!」
「そこはなんとなく習ったから、僕はそのあとが聞きたい」
「戦のところを話してくれよ!」
「戦のあとはどうなったの?」
「え、えっと……」

 ユタは戸惑いながら筆をおいた。
 御用郎の御指南は、およそ一年から二年かけられる。その習熟度の個人差は大きい。床の技や歌や楽器と違い、歴史を知ったからと言って、直接的に女を楽しませられるわけではない。そのため、進んで歴史を学ぼうという者は少なかった。

(忌夜良比売神王様のお怒りや、そのせいで男が虐げられることになったことを知っている御用郎も少ないのでは……)
「……あの、僕、どうしたらいいかわからないよ。アリマ様に聞いてみてからでもいい?」
「またそれかよ」
「しょうがない。アリマ様のお許しが出たら、きっと教えておくれよ」
「うん、もちろんだよ……」
(でも、忌夜良比売神王様の話を聞いたら、ふたりはどう思うのかな……)

 それを思うと、ユタは気分が沈むのがわかった。自分の中でもまだこのことは消化しきれていない。幸いにもゼロという保護者ができたユタは、その庇護のもとで生きていられるが、コミカとタシホはそうではない。同室同士のよしみはあっても、その立場は同じではなかった。

「あ、そういえば、アリマ様に聞いてみたけど、御用郎にシュウという人はいないみたいだよ」
「えっ、本当?」
「うん。アリマ様がここへ来てから今まで、そういう名前の男には会ったことがないし、聞いたこともないって」
「そうなんだ……」
「で、そのシュウってのは一体何者なんだ。アリマ様に聞いてみるはなしだぞ」
「う……、い、言えない……」
「なんだよ、なんにも言えないじゃ、協力してやりたくってもできないだろ」
「まあまあ、タシホ。あとはノアミ様に聞いてみるかだね。戸籍を管理している金森様に聞ければ一番いいけど、簡単に教えてもらえるとは思えないしね」
「そうだなあ、お前に金森様をヒイヒイ言わせるくらいのものがあれば別かもな」
「ひいひい……」
「僕ならできるな」
「俺もできる」

 自信満々なふたりのことはそれとして、ユタは日を改めてノアミを訪ねてみることにした。

 コミカを共にして、ノアミの部屋を訪ねると、マチホが笛を習っているところであった。

「構わぬ、入れ」

 マチホがユタに席を譲った。

「訪ねて来てくれてうれしいぞ、ユタ」
「あの、すみません。お稽古の最中に。ノアミ様に伺いたいことがあって」
「ほう、なんであろう」
「シュウ、という名前に聞き覚えはありませんでしょうか」
「シュウ……。珍しい響きだな。はて、わたしの記憶にはないが、御用郎か、それとも官吏様か?」
「あ……、えっと、それはちょっとわからなくて……」

 ノアミがくすくすと口元を隠した。

「枕元でゼロ様がおこぼしなさったか」
「あっ、いや……」
「まあ、よくあることよ。ことを終えると女も男も心身ともに無防備になる。心の片隅の思いもよらぬ名がぽろりと出てしまうものよ」
「……」

 訳知り顔のノアミを前に、やっぱりそうかと思うユタだった。

「残念だが、わたしにはわからぬ。すでに淘汰された者か、もしくは、ゼロ様のお国の方かもしれぬな」
(お国の方……?)
「聞きたいことはそれだけか? であれば、わたしから話したいのだが」
「えっ、はい」
「このマチホへのお咎めはないと、藤村様からお達しがあった」
「えっ、本当ですか! それはよかったですね!」

 見ると、マチホが笑って見せた。

「それから、どうやら村木がどこぞに飛ばされたそうだ」
「え……っ」
「お前がゼロ様に告げたのではないのか?」
「……あっ」

 そういえば、ヒノリの話をするときに、村木の名前を出した気がする。

「その様子からすると、お前に意図はなかったのか。今に官吏たちがお前のご機嫌取りを始めかねぬのう」
「僕はなにも……」
「お前にその気はなくとも、他の者たちは自然とその先にいるゼロ様の顔色を伺うのだ」
「……」
「気を付けることだ。お前を利用しようとする者も出てくるぞ」
「アリマ様にも注意されました。僕はまだいろんなことがわかっていないから……。すみません……」
「わたしに謝る所以はない。まあ、アリマの手に余るようなら、お前を引き取ってやってもよいがな」
「え、えと……」
「さて、せっかく訪ねてきたのだから、歌の一首でも教えてやろうかのう」
「あの……。さっきの、ゼロ様のお国の方って言うのは、どういう意味ですか?」
「ああ、それは。ゼロ様は他国からこの国へと派遣された国司様なのだ」
「えっ……? く、国というのは、この国の他にもあるのでございますか?」
「そうだ。ここムクロヒを治めるために、国司長官様が赴任されるのだ。派遣している大きな国を、我々は神が居ると書いて、居神国きょしんこくと呼んでいる」
「居神国……。だから、ゼロ様はこの国の者とどこか面立ちが違うのですね。驚きましたが、納得いたしました……」
「わたしが裾の宮に上がってから数えて、十五人目の国司長官様だ。これまでの国司様と比べると、いささか感じが違うが、いずれは任期を終えたら再びお国へ戻るのだろう」
「えっ? 戻る?」
「およそ、一、二年でな」
「そ、そんな……」
「これまでも国司様が御寵郎を抱えることはあったが、お前は滓児ゆえ、面食らうことが多かろう。今のうちにゼロ様が去っても、ここで生きてゆけるだけの力と術を身につけておくのだ。ただでさえ、お前に嫉妬や敵がい心を燃やす者は多い」
「その居神国とは、どのような国なのですか? 誰か行ったことのある者はいるのでしょうか?」
「綿貫様の話では、誰もその国へは行けぬらしい。いつも一方的に国司様がやってきて、時期が来れば入れ替わるのだそうだ」
(……僕は、なにも知らないんだ……、この国のこと、居神国のこと、ゼロ様のこと……!)

 ノアミの部屋を辞した後、コミカが急いたように口走った。

「すごいことを聞いてしまったね。僕も、国司長官様が他の国から来ていたなんて知らなかった。さすがはノアミ様だよ、アリマ様でもご存知かどうか……」
「僕、いろんなことを知らないってことがわかったよ、本当に……」
「僕もだよ。この国の名前なんて、考えたこともなかった。ムクロヒ国、居神国。ねえ、もしかしたら、国って他にもいくつもあるのかな」
「いくつも……?」
「うん、だって、少なくとも二つの国があるってわかったんだよ。それも、ゼロ様のいた居神国は、この国に統治者を送り込むだけの力がある。ムクロヒ国は、その支配下っていうことだろう?」
「支配下……」
「つまり、女が強くて男が弱い。それと同じだよ。居神国が強くてムクロヒ国が弱い。ムクロヒ国は居神国の支配下ということだよ。偉い人だとはわかっていたけど、ゼロ様って、ただの官吏とは違う。はるかに格上の存在なんだよ!」

 コミカの興奮する様を間近に、ユタの足は地をつかみ切れていなかった。この世は、自分が思っていたよりもはるかに大きいらしい。それが、歴史であり、国であり、ゼロなのだ。

(ゼロ様、お会いして、なにもかもをお聞きしたい……!)

 でも、その前にできることもある。もっと歴史を学ぶことだ。ノアミの言うように、生きていく術を身に着けること。ユタはゼロさえいれば、無事に生きていけると思っていたが、実際ゼロはユタが思うよりはるかに雲の上の存在らしい。ゼロには帰るべき故郷があり、おそらく待ち人もいる。時期が来れば、ユタを置いてこの国を去るのだ。ゼロと別れることを思うと、ユタの心はひどく乱れたが、それでも、納得せざるを得ない。ユタにとっては、それだけ途方のない話だった。






こちらもぜひお楽しみください

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...