サンドプレイシュミレーション

国府知里

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十、枇杷

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 ふたりの薦めで、御勤めから戻ったアリマを訪ねた。ユタについてきたコミカとタシホから事の成り行きを聞くと、アリマは深々とため息をついた。

「御寵愛が続いたのはいいとして、言った先から約束を破るとはな……」
「も、申し訳ありません……」
「でも、アリマ様、ユタは仲間想いなんです。きっと、俺かコミカであっても、そうしてくれたと思います」
「そうだろうね。だけど、それがこれから思わぬ火種を生むかもしれないよ。……そのビワは?」
「マチホがお礼にと持ってきました。まずはアリマ様にどうすべきかお尋ねしようと思って……。だよね、ユタ?」
「は、はい」
「尋ねるつもりなら、ことを起こす前に尋ねて欲しかったが……」

 アリマがしばらく黙って思案し始めたころ、部屋に使いがやってきた。

「アリマ様。ノアミ様がお見えです」
「お通ししろ」

 ノアミがマチホを引き連れてやってきた。ユタ達が後ろへ下がるのを見るや、ノアミはゆったりと言った。

「そのままでよい。お前にも礼を言いたいと思っていたのだ」

 優美なふるまいで座の中央に腰をすえると、双頭が向かい合わせになった。

「ことの次第はこのマチホからもれなくすべて耳にした。まずは東部屋の代表として感謝いたす」
「ヒノリが伏せっているのは聞いていましたが、それほど悪かったのですか」

 アリマとノアミの勢力は微妙な均衡で成り立っていた。年上で御寵郎でもあるノアミのほうが目上になるが、御用郎としての支持や人気はアリマのほうが上である。さらに、それぞれの男を可愛がる女たちの権力構造がそのまま裾の宮にも反映されている。互いに緊張を保たねばならない相手だという空気が、日の浅いユタにもはっきり感じられた。

「マチホがいうことには……」
「実は、ユタの御指南のときに村木様に痛めつけられ、それがもとで高熱を患いました。今は水上様に頂いた薬のお陰で少し楽になったようです」

 それを聞いて、ユタはほっとした気持ちになった。わずかに投げられたマチホの視線を受けて、ユタは知らずにほほ笑んでいた。
 アリマは口元を隠すようなそぶりをした。

「するとヒノリはひと月も病を押して隠していたということか……。東部屋として、それはいささか問題ですね、ノアミ様」
「左様。しかも、ユタを通じてゼロ様の医者を私用に使ったとあっては、咎められればなんの申し開きもできまい」

 ノアミも同じように口元を隠した。

「それもこれも、同室のよしみでマチホがヒノリをかばっていたことが原因なのだ。わたしの知らぬところで、このような不徳が起こっていようとは、部屋を統べるものとして面目も立たない」

 ノアミの視線を受けて、マチホは頭を下げた。なにやら雲行きが怪しくなってきた。

(え、え……どういうこと……?)

 ユタはきょときょとと男たちの間で視線をさまよわせた。アリマはすっと目を細めた。

「ユタがゼロ様におすがりして医者を借り受けたところは、裾の宮一同が目にしています。その医者がマチホとヒノリの部屋に入っていくのを目にしたものも少なくないでしょうね。人の口には戸を立てられませぬ」
「いかにも、その通り。すぐにふたりを藤村様に引き渡さねばならぬと思っておる」

 ノアミがうなづく様子を、マチホは黙って下を向いている。その立場が危うそうだということがユタにもわかった。

(……これは、まずいんじゃ……)
「ときに、水上様は以前よりマチホを懇意にしてくださっていてな。そうだな、マチホ」
「はい」
(え、そうだったの……? そんなふうには見えなかったけど……)
「マチホは部屋にお迎えして、ご奉仕差し上げたかったのだと、そう申すのだ。……確かに、水上様にお尋ねしてみたところ、マチホのいうことに相違ないとのこと」
「ははあ、左様でしたか……」

 アリマは察したようにくすりと笑った。

「わたしとしては、この度のことはマチホの友を思う情に免じて、その言い訳を聞いてやりたいと思うのだが、アリマ、いかに思う?」
「わたしに異論はございません。ノアミ様の深いお心に感じ入るばかりでございます」
「そうか。そのように言ってもらえてよかったのう、マチホ」
「はい、感謝いたします……」

 マチホが改めて深々と頭を下げた。

「それからユタ、お前には世話をかけたのう」
「えっ、いえ……」
「いつでもわたしの部屋を尋ねてくるとよい。歌の手ほどきなどしてやろう」
「は、はい」

 そういうとノアミは立ち上がり、マチホもそれになった。

「それはそうと、綿貫様の屋敷にはビワの木がたくさんあるそうですね」
「ビワなど、この時期珍しくもなかろう」
「確かに」

 ふたりが去った後、アリマはビワはお前たちだけでおあがりと言い、苦言を呈すのを忘れなかった。

「そういうことだ。ともかく、お前たちもむやみにユタにお願いしてはならないよ。ユタはこれまで以上に慎重に。あまり好き勝手にされては、お前を守ってはやれないからね」
「は、はい……」

 三人で部屋を下がるなり、タシホが腕をさすった。

「おお、こわっ」
「ああ、でも穏便に済んでよかったね、ユタ」
「なんかよくわからなかったけど、ノアミ様がマチホ様をお助けにならないのかと思ってひやひやしたよ」
「ああ、それはね……。ユタには少し難しかっただろうけど、ノアミ様はマチホのやったことは自分の意思とは関係ないということにしておきたかったんだよ」
「うん、僕に頼みに来たのはマチホ様だよ」
「それはそうだけど、ヒノリの具合が悪いことを、本当にノアミ様が知らなかったと思うか?」
「……あ……」
「ノアミ様がいくら目にかけているからって、重病を隠すなんてことは本当はあってはならないんだ。夏風邪のユタでさえすぐに隔離されただろう? だからああして、すべてはマチホが計ったことで、自分とは関係がないような言い方をしたんだよ」
「うん、そうか……」
「それにしても、うわての取り合いが、ひりついていたなあ」
「今日はまだ穏やかな方だよ」
「最後のビワで背筋がざわついたよ、俺は」
「ビワ……?」
「綿貫様というのはノアミ様をお囲いしている高官様なんだ。つまり、ビワを届けさせたのはノアミ様ですよね? わかってますよ、って最後にアリマ様が暗に呼び掛けたんだよ。はああ、怖い」
「お互い手の内は知り尽くしているからね」
「えと……よくわからないけど、アリマ様もノアミ様も、藤村様に言いつけせずに、ヒノリ様が良くなるのを待って下さるということだよね? これって、いいことだよね?」
「うーん、お前にはまだわかんないか。まあ、そういう意味ではいいことだな」
「さあ、部屋に戻って美味しいうちに頂こうよ」
「うんっ」
「というか、お前、もう風邪はいいの?」
「ゼロ様のお顔を見たらもうすっかり」
「げんきんなやつ!」
「うん、もう元気なんだ、僕!」
「元気じゃないよ、げんきんだよ」
「え? げんきん、てなに?」





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