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これサダシリーズ1 【 これぞ我がサダメ 】

第30話  ただ、うまくできたか聞いただけなのに……。

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 泣いて泣いて、気分が落ち着いた頃。
 アデル様がずっとわたしを抱きしめて、手で腕を温めていてくれたことに気づいた。
 噴水の中に手を伸ばしたせいで、袖がびしょぬれだった。
 顔をあげると、アデル様が労わるように優しくほほ笑む。

「部屋に戻り、まずはお召し替えを。風邪をひかれてしまいます」
「はい……」

 立ち上がり、周りを見渡すと、名前の書いてあった場所から小さな芽が輝いていた。
 14の花木が復活したんだ……。
 おもわず、そのひとつに歩み寄って、そっと掬うようにして触れると、指先から光が伝わってくる。
 加護の力……、わたしに受け継がれている。
 エマさん……。
 わかりました……。
 わたし、ちゃんと受け継いだこの加護を、この世界の人たちにこの名前と一緒に贈ります。
 これが、エマさんがこの世界にいた証。
 わたしがここでそれをちゃんとつないでいきますから……。
 わたしはひとつひとつ木の芽に触れて、名前をもう1度確かめて回った。

「全部ちゃんと覚えました。帰りましょう、アデル様」

 アデル様を振り向くと、急にそわそわと顔を赤くする。
 ……え、なに?
 気がつけば、ジュりウス皇太子や周りの人々まで、そわそわしたり、ぼうっとしたりしている。
 アデル様がそれに気づいたようにして、ぱっとわたしを守るように側に立った。

「か、帰りましょう」
「あの……?」

 アデル様が赤い顔でそっと耳打ちする。

「サダメ様、美しすぎます。加護の力が……」

 ――あっ!?
 そ、そっか、今木の芽に触っちゃったから。
 アデル様が周りの目を隠すようにして馬車に案内してくれた。
 馬車に乗っても、アデル様のそわそわが止まらない。
 そ、そんなに違うのかな……。

 戻った部屋でカリナさんほか侍女とメイドの皆さんがすぐに着替えに取り掛かってくれた。

「ほう……っ、ため息が出てしまいますわ……サダメ様」
「ああ、なんてお美しいんでしょう」
「これまでにも増して輝きが満ち溢れています」
「まるで女神様ようです~」
「ばかねぇ、それは前からでしょ。今は、光よ、光!」

 もはやわたしは生命体ですらなくなったらしい……。
 というか、発光する生命体? 
 ……ホタルイカか、ヤコウチュウかなんかなの?
 いろいろと不安だけど、とりあえずなされるがままに着替え終わった。
 ようやく鏡を見れたところで、わたしもようやくそれがわかった。
 鏡の中のわたしが、ほんとうにまばゆいばかりに光り輝いている。
 なにこれ!?
 どうしちゃったのわたし、大丈夫!?
 ストロボっていうか、反射用のアンブレラでもさしてるみたいっていうか、……とにかく盛れる映え写真を撮るときみたいな光具合なんだけど。
 もはや、肌に影がひとつもない……!
 今ならナチュラルに完璧なレタッチを施したプリクラみたいな写真が撮れそう。
 いやいや、それはいいとしても、この光いつまで出てるの?

「こ、これ……、どうやったら治まるんでしょうか……?」
「まあ、治める必要がございますか? これぞサダメ様の魅力ですわ」

 カリナさんは、はあ~とため息をつきながら、うっとりしている。
 全員が恍惚の時間を過ごしていると、アデル様がやってきた。

「サダメ様、……はあっ……! うっ、美しい……」

 アデル様まで、秒でうっとりモード。
 こ、こりゃだめだ……!
 早いところ、花木の加護をハマル国の王家のみんなに渡さなきゃ……。
 その後、アレンデル国王たちへの説明に出たときも。
 警護についてきていた王兵団のいつもの顔ぶれ。

「う、うわあっ……、こ、ここだけ世界が違うぞ!」
「ノ、ノーマンさん! 直視しちゃだめです! 眼が、つぶれますっ!」

 グレンザさんが手で目を覆ったところで、肘がトマスさんにぶつかる。
 それが運悪く鼻にぶつかった。

「おお、現世にいてこの目で神を見ることができようとは……!」

 トマスさん、鼻血出てます……。き、気づいて……!
 ウィル副団長は真面目に考え込んでいる。

「このように光り輝いては、日が落ちてからの警護のときにどうするべきか……。
 不埒者に居場所を知らせているようなものです」
「この際、1メートル以内に無用に近寄る者があれば切るほかあるまい」
「はっ!」

 ア、アデル様もなにいってるの!?
 ウィル副団長もそのままに受け取らないで!
 実際、遠くから見ても光っているわたしをみて、なんだあの光はと、あちらこちらから人がやって来てしまう始末。
 報告のための部屋の往復だけで、実際数十人の人たちが手を止め、見とれ、仕事も放ってわたしを見物しに来る。

「サ、サダメ様でしたか! なんの光かと思って思わず来てしまいました!」
「えっ、星渡りの……!?」
「本当に神様が舞い降りられたのかと思いましたわ!」
「なっ、なんて神々しい!」
「う、美しすぎる……」
「星渡りのお方って、本当に星を渡るだけでなく、星を引きつれていらっしゃるんですのねぇ」

 も、もう、どうしたらいいの!?
 こんなのがずっと続くの?
 さすがにこれは困るよう!
 部屋に戻ってすぐ、もう一度鏡を確かめた。
 ……ああっ、なにこの人間LED!

「ア、アデル様、どうやったら止められるんですか?」
「そのままでいいではありませんか。サダメ様はこの世にただおひとりの星渡りのお方なのですから」
「で、でも……!」

 やる気に満ちたノーマンさんがなぜか胸にどんと拳を叩いた。

「なにも心配いらないっすよ! サダメ様には俺達がいるじゃないっすか」
「そうですよ! 我がフェイデル国の大切な星渡りのサダメ様は僕たち王兵団がお守りします」

 頬を紅潮させたグレンザさんにつ続いて、トマスさんがうっとりと目を潤ませている。

「このように神聖なお姿、よもやその輝きだけで人々を屈服させるでしょう。
 サダメ様にお仕えできるこの誉れ、僕の人生の最大の喜びです……」

 ウィル副団長だけが真面目な顔をしているけど、表情の違いはもうわかる。
 あの顔は、けっこうゆるい。
 これまでの付き合いで、最上級レベルにほんわかしている。

「思い悩むことはございません。
 サダメ様は生まれながらにして可愛いという加護をすでにお持ちではありませんか。
 それがひとつふたつ増えて、輝いたり艶めいたりしたところで驚くにあたいしません。
 サダメ様は始めから可愛いのですから」

 ウィル副団長か、可愛いという加護って……!
 それとこれとは全然違うよ……。
 この加護、どうにか止められないの?
 あっ、そうだ、今だけでも、アデル様やみんなに一時的に預かってもらったらどうかな?
 そうしたら、この光も落ち着くかも……。

「あ、あの……。
 こ、ここだけの話でお願いしたいんですが、わたしの持っている加護を一時的に、みなさんに預かってもらうっていうのはどうですか?」
「えっ!?」
「な、なにを……!?」
「だ、だって……! 
 光り輝いているのが、周りにこんなにも影響するなんて困ります……!
 ここにいる少なくとも、アデル様とウィル副団長、ノーマンさん、グレンザさん、トマスさん、カリナさん、6人が預かってくれたら、光のが弱まるんじゃないでしょうか?」

 トマスさんが目をこれ以上ないと言うくらいに見開いて首を振った。

「い、いけませんよ、サダメ様! 
 そんなことがもしハマル国にしられたら、友好関係破たんどころか、即刻戦争にでもなりかねません!」
「だから、ここにいる6人だけなら……」

 ノーマンさんが前に出た。

「俺はいいっすよ」
「ノ、ノーマン!」
「お前、何ということを!」
「ノーマンさん、戦争を起こしたいんですか?」
「まさか違うよ。だけど、一時的にでも加護を預かるっていうことは、サダメ様が俺にキスして下さるってことだろ?
 しかもお返しするときには、俺からサダメ様にキスできるんだぜ?
 これを受けない手がどこにある」
「ああっ!!」
「なっ!」
「そ、その手がありましたか!」

 一瞬にして王兵団の3人が浮足立つ。

「ぼっ、僕も賛成します!」
「僕も! なんなら、複数お預かりさせていただいてもいいです!」
「トマス、お前っ! 全部で14本分だから、ひとりあたり2本だからな!」

 だいぶデレがにじんでいたウィル副団長だけど、さすがに耐えている。
 賢明にもなにも口にはせず、アデル様のほうを静かに見た。
 アデル様が目元に影を落として、鋭く3人をにらみつけている……。

「お前たち、今ここで不敬罪で私に切られたいか?」

 チャキ……、と剣の冷たい金属音がして、3人がぴたりと止んだ。

「い、いえ、冗談っす……」
「ま、まさかですよ……」
「そ、そうですとも……」

 カリナさんが呆れたように腰に手をやった。

「まったく、殿方の下心ってどうしてこうも愚かなんでございましょうね。
 サダメ様の困り事に付け込んでキスをいただこうとするなんて。
 まったく、聞いて呆れるとはこのことですわ」
「まったくだ。お前たち、しばらく頭でも冷やして来い。
 ウィル、3人を連れて行って、厳しくしつけてやれ」
「はっ」

 王兵団の4人が気まずい雰囲気のまま部屋を後にしていった。

「カリナ、サダメ様になにか心が落ち着くものを」
「左様でございますわね。心身が落ち着けばその光も治まるかもしれません。
 個人的には、そのままでも全く問題ないとは思いますけれど」

 カリナさんが侍女に命じてお茶を準備させる。
 その間にアデル様がわたしの手を取って、ソファに座らせた。

「サダメ様、そのようなことは、思ってみたとしても決して口に出してはなりません。
 それでなくとも、ここは他国の城の中。
 無用な誤解や災いを招くかもしれません」

 そ、そんなつもりじゃなかったけど……。

「……ごめんなさい……」
「でも、ハイドランジアの加護だけなら私に移していただいても構いません」

 あ、そうだった……。
 もともとはアデル様の加護だもんね。
 ひとつ減らせるだけでも違うかも!
 アデル様がにこっと笑った。

「濃茶のお点前は合格でしたか?」
「あ……」

 そうだった。
 その件もありましたね。
 わたしは少し笑って、あの時のお点前を思い出す。

「うーん……、甘めに採点して75点ですね」
「及第点をいただけたのですね?」
「はい」

 手と手を引きあって、体を近づける。
 アデル様の唇に、そっとキスをする。
 柔らかくて甘い感触にうっとりする。

 あ……、いけない、いけない。
 ハイドランジアの加護を今渡しておかなきゃ。
 イメージの中でフェイデル国の王家の庭園のアジサイを思い浮かべる。
 相手に加護を贈るって、やってみるまで分からなかったけど、やってみたらすんなり実感があった。
 その瞬間に、ふっとなにかが風が吹いたような感じがして、ああこれが、とわかった。

 静かに離れて目を開けると、アデル様が優しくほほ笑んでいた。
 確認のために一応聞いてみる。

「うまくできてましたか?」
「はい、とても」

 えっ……。
 加護を贈るのがうまくできたか聞いたつもりなのに、なんだか、キスの返事みたいな顔つき。
 胸がキュンとして、体温が上がってくる。

「侍女長として目をつぶるのはここまででございますよ。
 さあ、緑茶をどうぞ」

 カリナさんが間に入って、茶碗を置く。

「あら、でも、本当に、光が鎮まってきたようでございますね」
「え、本当ですか?」

 鏡を見たら、確かにさっきより光が治まってる。
 よかった……!
 アデル様を見たら、にっこりと麗しい笑みを浮かべている。
 あれ、もうハイドランジアの加護の効果が……?

「サダメ様、いくら困ったからといっても、私以外の者にむやみにキスをするなんていうことは、2度と口にしてはいけませんよ。わかりましたね?」

 うっ……きゅん……。
 美丈夫がさらに増して、輝いて見える。
 花木の加護の力、すごすぎる……。
 アデル様がまるでここに座ってと言うように、自分の隣のソファの座面をぽんぽんと叩いた。
 思わず、吸い寄せられるようにそこに腰掛ける。

 カリナさんが、あらまあと言いながらも、茶碗の位置をかえてくれた。
 2人ならんで仲良くお茶を飲む。
 なんだか、口に残る風味がいつもより甘い気がしたのは、気のせい……?


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