上 下
31 / 38
これサダシリーズ1 【 これぞ我がサダメ 】

第28話 ただ、楽しんでもらいたかっただけなのに……。

しおりを挟む

 そして、朝。
 声が耳について目が覚めた。

「まさか、ジュリウスにそのようにいってもらえるとは……」
「エマ様からすれば若輩の身ですが、わたしなりにわたしの妻を最後まで愛し見守りたかったのです」
「ジュリウス……」
「こうして時間ができたのは良かったですが、まさか、本当にひと晩中サダメ様にあなた様を取られるとは思いませんでした。
 昨晩のうちに、エマ様がサダメ様にすべての加護を渡して、ひっそりとお隠れになってしまうのではないかと、実はひやひやしていたのです。
 非礼と知りながらも、こうして朝早く駆けつけてしまうほどに……」
「そうか……、礼を言う、ジュリウス。この人生の最後に、そんなのような温かい心に触れることができようとは……」
「私ではエマ様のお心を満たすことは敵いませんでしてが、私にとってエマ様と過ごした時間は、まぎれもなく夫婦の愛そのものだったと存じます……」

 ジュリウス国王……、そうだったんだね……。
 エマさんのことを愛していたんだね……。
 そっとソファの縁からのぞくと、ジュリウス国王が膝をつき、エマさんの手にキスをしていた。
 エマさんもどこかうれしそう。
 エマさんにもあったね。
 ここにあったんだね。
 望んだ完璧な形とは違ったけれど、家族の愛が……。

 それからハマル国では国王たちがこれまでのことと今後をどうするかを話し合った。
 茶会は数日間にわたって盛況ののち終焉となり、話し合いが本格化する。
 わたしは、エマさんから加護を受け継いだら、花木を復活させて、受け継ぐべき王家の人にそれを渡すことになっている。
 でも、国によってはちょうどよく皇太子がいないこともあって、調整が必要みたい。
 ハマル国にいたってはいっきに14人だからね。
 いっそ、皇女でもいいと思うんだけどなぁ……。
 4大王国の国王会談が繰り広げられている間、わたしはエマさんと存分に過ごした。
 エマさんにイギリスの昔ながらパンやお菓子のレシピを教えてもらったり、ハマル国のあちこちにお忍びで出かけたり、シェイクスピアの劇を一緒に見たりして過ごした。
 ただし、レシピに関してエマさんは今ほとんど味覚も嗅覚もないらしくて、自信がないといっていた。

「苦みと塩味と甘みはわずかに感じるのだが……。
 それ以外は全く分からない」

 わずかに感じるために、あのお茶としょっぱい料理が生まれたということらしい。
 甘さはと聞くと、お茶に大量の砂糖を入れるから、お菓子などのレシピまではかえなかったらしい。
 なるほど、そうだったんだあ……。
 ん、待って……。
 それなら、お茶ってありなんじゃない?

 わたしは早速この旅行で持たせてきた茶道具と甘味を用意してもらった。
 これらは必要に応じて広告用に使おうと持参したもの。
 まさか、こんな形で役立つとはね。
 折角だから、野外で特別な感じでやりたいな。
 黒水晶の噴水の庭で、野点を設えた。

「アデル様、濃茶を練ってください」
「えっ。……しょ、正直自信がありません……」
「大丈夫です。これは格式ばった茶の湯ではないので」
「ですが……。それなら、父上にお願いしたほうが」
「アデル様にやってもらいたいんです!」

 アデル様がはっと目を見開く。
 急にやる気な顔つきになって、ぐっとこぶしを握る。

「わかりました! サダメ様がそこまでおっしゃって下さるのであれば!」
「よかったです。よろしくおねがいしますね」

 エマさんにとってアレンデル国王は他国の王にしかすぎないけど、アデル様は一応娘であるわたしの未来の旦那様になるわけだから。
 よりファミリー感があるとおもうんだよね。
 アデル様がこぶしを握ったままわたしを見る。

「……あの、もし」
「はい」
「うまくできたら……」
「はい」
「ご褒美をくださいますか?」
「えっ!?」

 アデル様の頬がポッと赤くなる。
 ご、ご褒美って……、なにを!?
 こっちまで急にどぎまぎしてしまう。

「うまくできたら、わたしにキスをくださいますか?」

 キ……!
 キ、キスでいいんですね?
 よかった、突然なにをいいだすのかと思って焦っちゃったよ……。

「わかりました」
「では、最大限努力いたします!」

 にこっときらめくアデル様。
 も、もう……。
 昨日から結構かき乱されてる。
 でも、うれしい。

 そんなわけで、まだ慣れていない濃茶をアデル様に練ってもらうことにした。
 濃茶は薄茶よりも2倍くらいの抹茶を使う。
 しかも、普通は薄茶の抹茶よりも苦みの少ない品質のいいものを使う。
 でも、今回はエマさんのために、苦み増し増しの濃茶を作るつもり。
 どっちにしても、濃茶より少し苦味の強い薄茶用の抹茶しかないから、結果的にそうなるはず。
 客席にはわたし、エマさん、そしてジュリウス国王の順についてもらった。
 顔をベールで隠してはいるものの、エマさんはもう派手派手なドレスも宝飾品も付けていない。
 左手に金の指輪をひとつしているだけ。
 農民だったエマさんは、本来そんなにけばけばしい装飾を好んでいなかったのだという。
 もう、誰かのふりをする必要がなくなったってことだよね。
 今回は作法を全く知らないエマさんのためにとても簡易な方法でお茶を飲む。
 わたしが正客の席でエマさんに説明をはじめた。

「今からアデル様に練っていただくのは、日本で楽しまれている濃茶というお茶です。
 まず、お菓子から先にいただきます」
「ほう……」

 本来なら菓子鉢を回すところだけど、エマさんは味を感じにくいから、今回はそれぞれの席に従者がお菓子を運ぶ。
 エマさんのお菓子は砂糖5倍増しで作ってもらった。
 ハマル国ではまだクリスティさんのような練り切りは作れないから、作ってもらったのは、きんつば。
 あんこさえうまくできれば、まあ、間違いのないお菓子だから。

「む……、甘い……。これはなんであろう、芋か野菜か?」

 ジュリウス国王が優しい声色でエマさんを見る。

「エマ様、これは小豆と言う豆から作られているのです」
「豆……? 甘い豆は初めてだ……」
「このあと、お茶が出てまいります。きっとびっくりされますよ」

 アデル様が苦心しながらなんとか濃茶を練り終えた。
 お茶は濃茶を練る、薄茶を点てるという。
 濃茶の場合は茶碗や茶入れなど、すこしずつ道具も違う。
 でも、今回は急きょの間に合わせだし、格式や正確さを求めてないから、道具は薄茶のもの。
 アデル様の練ってくれたお茶が運ばれてくる。

「以前、ジュリウス国王にも楽しんで頂きましたお茶は薄茶といいます。
 薄く点てて、ひとり一杯ずつをいただくものです。
 今日頂くのは、濃茶と言いまして、一杯のお茶をお客様全員で分け合って頂くというのが習わしです。
 これは、一味同心(いちみどうしん)、すなわち、同じ目的の下に力を合わせ、心をひとつにすること、というのが考えのもとになっています。
 3口半飲んだら、手元の紙茶巾(かみふきん)で3度拭いて、お隣に茶碗を渡します」
「ひとつの器で回し飲むのか……」
「そのような作法もあるのですね……」

 わたしがお手本に茶碗をくるくると回して口に運ぶ。
 うん、いい渋みの出具合。
 あの奇妙な紅茶よりもまだ渋いくらい。
 でも、うまみがあって、香りもいい。
 これなら間違いなく、エマさんも苦み渋みを感じるはず。
 口元を濡らした紙茶巾で拭いて、隣のエマさんに渡す。
 エマさんはわたしの真似をしてくるくると茶碗を回し、くいっと茶碗を吸った。

「……んっ、これは……!?」

 エマさんの目がくっと開かれた。

「ふふ、素晴らしいでしょう? どれ、私にもいただけますかな」

 ジュリウス国王は以前よりもはるかに濃い、とろっとしたお茶を口に含む。
 すぐさま、少し顔をしかめた。

「むん……これは……。前回同様甘味との相性は抜群ですが、かなり苦いですね……」
「最後のお客様は、飲み切らなければいけません」

 わたしがいうと、ジュリウス国王が口をへの字にした。
 でも、だまって飲み干した。

「アデル様、ジュリウス国王に薄茶を点てて差し上げてください」
「はい」

 ジュリウス国王がほっと笑った。
 エマさんが口元を押さえたまま、不思議そうに話し出す。

「こんなものは、食べたことがない……。
 とても不思議だ……。
 甘さの後の苦みが、すうっと……」
「エマさん、楽しんで頂けましたか?」
「ああ……、このようにおいしいものを食べたのは、どれほどぶりだろうか……」

 よかった……!
 わかってもらえたみたい!
 始めきんつばの甘さを3倍にと思ったけど、やっぱり5倍で行ってみてよかったみたい。
 ジュリウス国王が薄茶をもらって口直ししたあと、器に眺める。

「一味同心とは、つまり同じパンを切り分けて食べるということですね?
 同じ器から飲めば、毒も入れられぬ。つまり、名実ともに人を信頼し家族のように絆を深め、大切に思うということ……」

 そうだよ。
 だって、家族でしょ?
 わたしがほほ笑むと、ジュリウス国王とエマさんが見つめ合ってほほ笑んだ。


*お知らせ*  本作は便利な「しおり」機能をご利用いただく読みやすいのでお勧めです。さらに本作を「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届きますので、こちらもぜひご活用ください。

丹斗大巴(マイページリンク)で公開中。こちらもぜひお楽しみください!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

溺愛されて育った夫が幼馴染と不倫してるのが分かり愛情がなくなる。さらに相手は妊娠したらしい。

window
恋愛
大恋愛の末に結婚したフレディ王太子殿下とジェシカ公爵令嬢だったがフレディ殿下が幼馴染のマリア伯爵令嬢と不倫をしました。結婚1年目で子供はまだいない。 夫婦の愛をつないできた絆には亀裂が生じるがお互いの両親の説得もあり離婚を思いとどまったジェシカ。しかし元の仲の良い夫婦に戻ることはできないと確信している。 そんな時相手のマリア令嬢が妊娠したことが分かり頭を悩ませていた。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【本編完結】実の家族よりも、そんなに従姉妹(いとこ)が可愛いですか?

のんのこ
恋愛
侯爵令嬢セイラは、両親を亡くした従姉妹(いとこ)であるミレイユと暮らしている。 両親や兄はミレイユばかりを溺愛し、実の家族であるセイラのことは意にも介さない。 そんなセイラを救ってくれたのは兄の友人でもある公爵令息キースだった… 本垢執筆のためのリハビリ作品です(;;) 本垢では『婚約者が同僚の女騎士に〜』とか、『兄が私を愛していると〜』とか、『最愛の勇者が〜』とか書いてます。 ちょっとタイトル曖昧で間違ってるかも?

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...