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これサダシリーズ1 【 これぞ我がサダメ 】
第28話 ただ、楽しんでもらいたかっただけなのに……。
しおりを挟むそして、朝。
声が耳について目が覚めた。
「まさか、ジュリウスにそのようにいってもらえるとは……」
「エマ様からすれば若輩の身ですが、わたしなりにわたしの妻を最後まで愛し見守りたかったのです」
「ジュリウス……」
「こうして時間ができたのは良かったですが、まさか、本当にひと晩中サダメ様にあなた様を取られるとは思いませんでした。
昨晩のうちに、エマ様がサダメ様にすべての加護を渡して、ひっそりとお隠れになってしまうのではないかと、実はひやひやしていたのです。
非礼と知りながらも、こうして朝早く駆けつけてしまうほどに……」
「そうか……、礼を言う、ジュリウス。この人生の最後に、そんなのような温かい心に触れることができようとは……」
「私ではエマ様のお心を満たすことは敵いませんでしてが、私にとってエマ様と過ごした時間は、まぎれもなく夫婦の愛そのものだったと存じます……」
ジュリウス国王……、そうだったんだね……。
エマさんのことを愛していたんだね……。
そっとソファの縁からのぞくと、ジュリウス国王が膝をつき、エマさんの手にキスをしていた。
エマさんもどこかうれしそう。
エマさんにもあったね。
ここにあったんだね。
望んだ完璧な形とは違ったけれど、家族の愛が……。
それからハマル国では国王たちがこれまでのことと今後をどうするかを話し合った。
茶会は数日間にわたって盛況ののち終焉となり、話し合いが本格化する。
わたしは、エマさんから加護を受け継いだら、花木を復活させて、受け継ぐべき王家の人にそれを渡すことになっている。
でも、国によってはちょうどよく皇太子がいないこともあって、調整が必要みたい。
ハマル国にいたってはいっきに14人だからね。
いっそ、皇女でもいいと思うんだけどなぁ……。
4大王国の国王会談が繰り広げられている間、わたしはエマさんと存分に過ごした。
エマさんにイギリスの昔ながらパンやお菓子のレシピを教えてもらったり、ハマル国のあちこちにお忍びで出かけたり、シェイクスピアの劇を一緒に見たりして過ごした。
ただし、レシピに関してエマさんは今ほとんど味覚も嗅覚もないらしくて、自信がないといっていた。
「苦みと塩味と甘みはわずかに感じるのだが……。
それ以外は全く分からない」
わずかに感じるために、あのお茶としょっぱい料理が生まれたということらしい。
甘さはと聞くと、お茶に大量の砂糖を入れるから、お菓子などのレシピまではかえなかったらしい。
なるほど、そうだったんだあ……。
ん、待って……。
それなら、お茶ってありなんじゃない?
わたしは早速この旅行で持たせてきた茶道具と甘味を用意してもらった。
これらは必要に応じて広告用に使おうと持参したもの。
まさか、こんな形で役立つとはね。
折角だから、野外で特別な感じでやりたいな。
黒水晶の噴水の庭で、野点を設えた。
「アデル様、濃茶を練ってください」
「えっ。……しょ、正直自信がありません……」
「大丈夫です。これは格式ばった茶の湯ではないので」
「ですが……。それなら、父上にお願いしたほうが」
「アデル様にやってもらいたいんです!」
アデル様がはっと目を見開く。
急にやる気な顔つきになって、ぐっとこぶしを握る。
「わかりました! サダメ様がそこまでおっしゃって下さるのであれば!」
「よかったです。よろしくおねがいしますね」
エマさんにとってアレンデル国王は他国の王にしかすぎないけど、アデル様は一応娘であるわたしの未来の旦那様になるわけだから。
よりファミリー感があるとおもうんだよね。
アデル様がこぶしを握ったままわたしを見る。
「……あの、もし」
「はい」
「うまくできたら……」
「はい」
「ご褒美をくださいますか?」
「えっ!?」
アデル様の頬がポッと赤くなる。
ご、ご褒美って……、なにを!?
こっちまで急にどぎまぎしてしまう。
「うまくできたら、わたしにキスをくださいますか?」
キ……!
キ、キスでいいんですね?
よかった、突然なにをいいだすのかと思って焦っちゃったよ……。
「わかりました」
「では、最大限努力いたします!」
にこっときらめくアデル様。
も、もう……。
昨日から結構かき乱されてる。
でも、うれしい。
そんなわけで、まだ慣れていない濃茶をアデル様に練ってもらうことにした。
濃茶は薄茶よりも2倍くらいの抹茶を使う。
しかも、普通は薄茶の抹茶よりも苦みの少ない品質のいいものを使う。
でも、今回はエマさんのために、苦み増し増しの濃茶を作るつもり。
どっちにしても、濃茶より少し苦味の強い薄茶用の抹茶しかないから、結果的にそうなるはず。
客席にはわたし、エマさん、そしてジュリウス国王の順についてもらった。
顔をベールで隠してはいるものの、エマさんはもう派手派手なドレスも宝飾品も付けていない。
左手に金の指輪をひとつしているだけ。
農民だったエマさんは、本来そんなにけばけばしい装飾を好んでいなかったのだという。
もう、誰かのふりをする必要がなくなったってことだよね。
今回は作法を全く知らないエマさんのためにとても簡易な方法でお茶を飲む。
わたしが正客の席でエマさんに説明をはじめた。
「今からアデル様に練っていただくのは、日本で楽しまれている濃茶というお茶です。
まず、お菓子から先にいただきます」
「ほう……」
本来なら菓子鉢を回すところだけど、エマさんは味を感じにくいから、今回はそれぞれの席に従者がお菓子を運ぶ。
エマさんのお菓子は砂糖5倍増しで作ってもらった。
ハマル国ではまだクリスティさんのような練り切りは作れないから、作ってもらったのは、きんつば。
あんこさえうまくできれば、まあ、間違いのないお菓子だから。
「む……、甘い……。これはなんであろう、芋か野菜か?」
ジュリウス国王が優しい声色でエマさんを見る。
「エマ様、これは小豆と言う豆から作られているのです」
「豆……? 甘い豆は初めてだ……」
「このあと、お茶が出てまいります。きっとびっくりされますよ」
アデル様が苦心しながらなんとか濃茶を練り終えた。
お茶は濃茶を練る、薄茶を点てるという。
濃茶の場合は茶碗や茶入れなど、すこしずつ道具も違う。
でも、今回は急きょの間に合わせだし、格式や正確さを求めてないから、道具は薄茶のもの。
アデル様の練ってくれたお茶が運ばれてくる。
「以前、ジュリウス国王にも楽しんで頂きましたお茶は薄茶といいます。
薄く点てて、ひとり一杯ずつをいただくものです。
今日頂くのは、濃茶と言いまして、一杯のお茶をお客様全員で分け合って頂くというのが習わしです。
これは、一味同心(いちみどうしん)、すなわち、同じ目的の下に力を合わせ、心をひとつにすること、というのが考えのもとになっています。
3口半飲んだら、手元の紙茶巾(かみふきん)で3度拭いて、お隣に茶碗を渡します」
「ひとつの器で回し飲むのか……」
「そのような作法もあるのですね……」
わたしがお手本に茶碗をくるくると回して口に運ぶ。
うん、いい渋みの出具合。
あの奇妙な紅茶よりもまだ渋いくらい。
でも、うまみがあって、香りもいい。
これなら間違いなく、エマさんも苦み渋みを感じるはず。
口元を濡らした紙茶巾で拭いて、隣のエマさんに渡す。
エマさんはわたしの真似をしてくるくると茶碗を回し、くいっと茶碗を吸った。
「……んっ、これは……!?」
エマさんの目がくっと開かれた。
「ふふ、素晴らしいでしょう? どれ、私にもいただけますかな」
ジュリウス国王は以前よりもはるかに濃い、とろっとしたお茶を口に含む。
すぐさま、少し顔をしかめた。
「むん……これは……。前回同様甘味との相性は抜群ですが、かなり苦いですね……」
「最後のお客様は、飲み切らなければいけません」
わたしがいうと、ジュリウス国王が口をへの字にした。
でも、だまって飲み干した。
「アデル様、ジュリウス国王に薄茶を点てて差し上げてください」
「はい」
ジュリウス国王がほっと笑った。
エマさんが口元を押さえたまま、不思議そうに話し出す。
「こんなものは、食べたことがない……。
とても不思議だ……。
甘さの後の苦みが、すうっと……」
「エマさん、楽しんで頂けましたか?」
「ああ……、このようにおいしいものを食べたのは、どれほどぶりだろうか……」
よかった……!
わかってもらえたみたい!
始めきんつばの甘さを3倍にと思ったけど、やっぱり5倍で行ってみてよかったみたい。
ジュリウス国王が薄茶をもらって口直ししたあと、器に眺める。
「一味同心とは、つまり同じパンを切り分けて食べるということですね?
同じ器から飲めば、毒も入れられぬ。つまり、名実ともに人を信頼し家族のように絆を深め、大切に思うということ……」
そうだよ。
だって、家族でしょ?
わたしがほほ笑むと、ジュリウス国王とエマさんが見つめ合ってほほ笑んだ。
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