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これサダシリーズ1 【 これぞ我がサダメ 】
第23話 ただ平和であって欲しいだけなのに……。
しおりを挟む「こっほん!!」
カリナさんのわざとらしい咳払い。
ようやくアデル様が離してくれた。
お互い顔が真っ赤。
カ、カリナさん、止めてくれてありがとう……。
「ムタ国のラオウ国王陛下が御目通りを希望なさっておりますが、いかがいたしましょうか?」
「あ、ああ……」
「あの、はい、会います」
わたしとアデル様は居住まいと顔を整えてうなづいた。
けれど、ラオウ国王はわたしたちを見るなり、それまでの空気を察したと見えて小さくほほ笑んだ。
「おや、アデル皇太子もいたとは知らず、無粋な真似をしてしまいましたな。
出直した方が良いでしょうか?」
「あの、いえ、どうぞ」
「それではお言葉に甘えて。こんなに可愛い婚約者殿を放ってなど置けないでしょう。あなたは本当に幸運な方だ、アデル皇太子」
「まさにその通りです」
席に着くと、カリナさんが緑茶をふるまう。
「ほう、これもまた美味……。
貴国からの緑茶はわが国でも高い人気を博していますが、その中でもこれは特別にまろやかで鼻に抜けるさわやかな香り、口に残る甘みがすばらしいですな」
「先ほど差し上げた抹茶は薄茶(うすちゃ)でおたのしみいただきましたが、こちらのように茶葉を湯で抽出したものを煎茶(せんちゃ)と言います。
煎茶にも淹れ方がありまして、同じ茶葉でも正しく入れることでこのように香りもうまみも変わってきます」
「ほう……! まこと、茶とは奥が深いものですな!」
添えて出されたのは薄皮饅頭。
興味津々とばかりにラオウ国王が皿を持つ。
「して、この白い丸いお菓子は……?
さきほどの練り切りとはまた違うようですが……」
「こちらは煎茶と合う和菓子でお饅頭といいます。
先ほどの茶の湯でいただくものよりももっと気軽な、日常的に楽しんでいただくお菓子です」
「……、ほう……! これもまた美味!」
「気に入っていただけてうれしいです。
他にも和菓子の種類はたくさんありますから、ご滞在中にお気に入りのものを見つけて頂けたらうれしいです」
あんこの甘みと口どけ、食感に合うのは紅茶や烏龍茶よりも、断然、緑茶や抹茶。
和菓子を広めない限りには、お茶の消費量増大も期待できない。
豆や米を使ったこのノーオイルでヘルシーな美味しさをわかってもらうには、その種類の豊富さも打ち出していかないとね。
クリスティさんには、最中や羊羹、せんべいやお餅なんかもしっかり研究してもらっている。
ただ、原材料の精製がまだまだで、日持ちのする干菓子なんかはまだうまくいかない。
干菓子の多彩な彩りと形は、絶対貴族受けすると思うんだけどな。
アデル様が先を促す。
「して、お話とはどのようなことでしょうか?」
「ああ、それですが……」
ラオウ国王が和んでいたその表情をすぐさま真剣に差し替えた。
「以前、ハマル国の王家の庭園で、サダメ様が花木を復活させたのは本当でございましょうか?」
「ああ……。あのときの、ええ、確かに。
でも復活と言いますか、わたしが訪ねたときは、黒水晶の周りからはケラスス・サブヒルテッラ以外の花木は別の場所に移されていましたから、新しい芽が出たという方が正しいかと思います」
ラオウ国王が突然首を左右に振った。
「それは違います、サダメ様。ハマル国へ差し向けた使者の話では、サダメ様が復活させた芽はもはや枯れてなくなっているそうです」
「えっ!?」
「ケラスス・サブヒルテッラ以外の花木は、他の場所に移されたわけではありません。すべて、枯れてなくなっているのです」
「え……!?」
わたしとアデル様が互いに視線を交わす。
アデル様が慎重に声を落とした。
「それは、どういうことですか?」
ラオウ国王が苦々しそうに眉をひそめた。
「恥を忍んで申し上げますが……。
我が国の先代王は、ハマル国への支払いに苦しむあまり、国土を拠出したばかりでなく、王家の花木も拠出しているのです……」
「な……。そんな、まさか……!」
驚くアデル様にラオウ国王が辛そうに視線を下げた。
「なんと愚かなことをしたものだと、どうにかして先代やその上の王たちを止められなかったのかと、私も後悔しない日はございません。
現在我が王家は表向き15花木を守っているとうたっておりますが、実際は庭園には12の花木しかございません。
幸いにも、気候の安定した3月(ミュール)、8月(ジュリエル)、12月(ドゥエル)の花木ですので、ムタ国は大きな災害には見舞われておりませんが、花木を失ってから作物の出来や雨の量、季節風や湧き水の量に大きな変化が見られています……」
「な、なんということを……! ムタ国を守るべき王家が……!」
「大陸を守る4大王家として、咎と辱めは甘んじて受け入れます。
しかし、軍事力、貿易力、経済力でハマル国に抗うことは難しく、また星渡りの民はハマル国にしかお渡りにならなかったこれまでの歴史的経緯。
我が国は、この遺憾なる状況を甘んじて受け入れ続けるほかなかったのです……」
「……確かに……。それは我が国も同じでした。サダメ様が我が国にお渡りになられるまでは、ハマル国の不当な搾取を受け入れるほかありませんでした。
我が国も国土の一部をハマル国に拠出した過去もあれば、大量の麦や数百頭の馬を一度に手放さなけねばならなかった悔しい過去もございます。だが、花木までとは……、ハマル国、なんという卑劣さか……」
わたしは2人の王族を交互に見つめる。
「でも、ハマル国はどうしてそんなことを?
ハマル国の花木を枯らしてしまったからですか?
そもそも、花木は国を支えるための大切な礎ですよね?」
ラオウ国王が拳をぐっと握ったのが見えた。
「我が国の3本の花木を拠出したのは先のエルシー様のときです。
拠出と申しましても、木を掘り返して譲渡するわけではございません」
「では……」
アデル様が息を吸った。
「そうです。エルシー様が花木の加護を受け継がれたのです」
「そ、そうだったのですか……!」
「はい、加護を受け継ぐのが星渡りのお方であったこともあって、我が国もまさか、木が枯れるとは思いもしなかったのです。
ですが、実際には加護を渡して間もなく花木は徐々に活力を失い、ものの見事に枯れ落ちてしまいました。
ハマル国になんどとなくエルシー様に会わせていただきたいと願っても、一向に聞き入れられず……」
エ、エルシーさんが……!?
なに、それ……どういうこと……?
アデル様が思慮深くまつ毛を落とした。
「つまり……、ハマル国の15花木のうち14の木も、エルシー様が加護を受け継いだ結果が今であると……?」
「そうとしか考えられません。
花木の加護は、受け継いだ者に活力と若さを与えます。
エルシー様はハマル国の花木を受け継いだだけでは飽き足らず、我が国の花木の加護まで欲しがったのではないかと。
現在我が国ではなんとか持ちこたえておりますが、現実問題いつ次の花木を要求されるかわかりません……」
そんな……。
これ以上ムタ国の花木が失われたら、ムタ国にどんな災害が起こるかわからない。
王家の守る花木は、そういう不思議な力のある特別な木、だよね……。
「ラオウ国王陛下……」
「サダメ様、恥を忍んでお願い申し上げます。
どうか我が国の失われた花木を、どうか復活させてはいただけませんか?
そして、これ以上ハマル国の言いなりにならずともすむように、どうかお知恵をお授け頂きたいのです」
「ええ、それはもちろんです。
近々にもムタ国を訪問させていただきます」
「サダメ様」
アデル様がぱっとこちらを見た。
ごめんね、アデル様。
結婚式はもう少し先になると思う。
これは星渡りの民として、これは先送りにしちゃいけないことだと思うの。
「ああ……! ありがとう存じます!
サダメ様のお姿をひと目拝見した時から、お心の通じる方だと感じておりました……!
先のエルシー様はお顔を隠していらしたので、なにをお考えか少しもわかりませんでしたが……。
ああ、ほっと、胸のつかえがおりました……!」
「あ、でも……」
ふと頭をよぎった不安を、わたしは慎重に口にする。
「あの、ちょっと思ったんですが……。
木だけ復活しても、加護は結局どこへ行ってしまっているのでしょうか……?
ハマル国で復活した花木の芽は枯れてしまったんですよね……?」
「確かに……」
アデル様の同調に、ラオウ国王の目元が陰った。
「い、言われてみれば……。
エルシー様はすでに亡くなられているのだから、ハマル国の誰かがその加護を受け継いでいるはずですね……。
その方に加護を還してもらわねばなりません。
しかし、一体誰が……」
「ジュリウス国王も、ジュサイア皇太子も、一見した様子そこまでの加護を受けているとは思えませんでしたが……。
ジュサイア皇太子はケラスス・サブヒルテッラを受け継いでいるといっていました。それは確かなようですが……」
この加護という力。
悩ましいことに、誰が何の加護を持っているということは、一目見たところでわからない。
その仕事に当たっていれば、明らかに他とは違う能力が備わっていることはわかるけれど、黙っていたら本人以外には全くわかりようがない。
王家の花木のように、活力と若さといった外面に現れる加護でもないかぎり、他人からは確かめようがもなく……。
だから、エルシーさんが受け継いだであろうすべての加護の力を総じるとすると、よっぽどの若さや美貌を持った人ということになると思う。
あるいは、バラバラにいろんな誰かが受け継いだのか……。
だとしても、木が枯れている以上、受け継いだ人の体もおかしなことになっている可能性が高い気もする……。
わたしだけでなく、アデル様にもラオウ国王にも、今の時点では思い当たる人がいないみたい。
「しかし、不当な貿易や国土を奪うにとどまらず、国の安寧に欠かせぬ花木の加護まで奪うとは……。
これは目に余るどころではありません……。
大陸の安寧そのものが揺らぎます。
確かに、黙って見過ごすわけにはいきませんね、サダメ様」
わたしはアデル様に深く頷いた。
そのとき、カリナさんが新しい来客を告げた。
「ガジュマ国シュリ国王陛下が御目通りを希望なさっておりますが、いかがいたしましょうか?」
***
ラオウ国王の告白を聞いて予想はしていたけれど、まさに予想通りだった。
シュリ国王も先々代の国王が、花木の加護をエルシーさんに渡してしまっていた。
賢明にも、すぐにおかしいと気がつき、被害は1本ですんだけれど、王家としてあるまじき過ちに、シュリ国王も苦しんでいた。
「わかりました、ガジュマ国にもうかがいます。
ムタ国もガジュマ国も、わたしがハマル国でできたように花木を復活させられれば、ひとまず災害の不安は軽減できると思います。ただ……」
「そうですね、奪われた加護の行方を捜し、早急に取り戻さねばなりませんね……。
加護は持っている者が直接渡すことでしか他者に受け継がせることができません。
今誰が持っているのかを確かめめねば」
アデル様の言葉に、ラオウ国王とシュリ国王が同時にうなづいた。
「サダメ様」
「はい、ジュリウス国王に会ってみましょう」
茶会がいい具合に落ち着いてきたころ、予想通りハマル国から面会の希望申請が届いた。
ラオウ国王とシュリ国王には一旦いつも通りにふるまってもらうことにして、わたしとアデル様はそのわずかな時間を縫って、アレンデル国王と王政の中枢の家臣たちと話し合いをすることにした。
「な……っ! そ、それが真ならば、この大陸の理自体が揺らぎまするぞ!」
「早急に事の真相を確かめねば……!」
「だ、だが、どのように?
下手に機嫌を損ねられて、軍隊でも差し向けられたらひとたまりもない」
「まずは、ガジュマ国とムタ国と同盟を組むべきです!」
さまざまな意見が交わされるが、時は刻々と過ぎていく。
結局のところ、真正面から切り込んでいくしか方法はないという結論に至った。
アレンデル国王がわたしを見た。
「どう思われますか、サダメ様?」
「そ、そうですね……。
正直、もっと外貨を得て国力をつけてから交渉できればいいというのが本音ですが……。
でも、ガジュマ国とムタ国のことを考えると、のんびりはしていられません。
それに考えようによっては、花木を失っているのはハマル国も同じですから、あるいは……」
「そうですね……。ここはサダメ様のお力にすがることになりそうですが……」
「……は、はい。できるだけ、穏便に話を……、まずは話を聞いてみることにします」
「よろしくお願いいたします」
会議の場を離れて、アデル様と私室に戻る。
「サダメ様……」
「アデル様……、勝手に外国行きを決めてしまってすみませんでした」
「いいえ、納得しております。
それより、明日の会談はどのようにされるおつもりですか?」
アデル様にも緊張と不安の表情が浮かんでいる。
できることなら和らげてあげたいけど、今のわたしには確かなことはなにもいえない。
「どうしても気になってるんですけど……、エルシーさんが花木の加護を受け継いだとして、どうして木が枯れてしまうんでしょうか?
わたしはアデル様からハイドランジアの加護を受け継いでも木は枯れてはいませんよね?
それに、木は受け継いだ人と影響し合っているはず。
だとしたら、枯れてしまうって、つまり……」
「エルシー様がお亡くなりになったと同時に、加護がこの世から消えてしまったということでしょうか……?」
「だとしたら、ハマル国は大きな災害に見舞われてもおかしくありませんよね?
でも、今のところそのような話は聞いていません……。
この矛盾は何なのでしょうか?」
アデル様も首をかしげてしまった。
「なにか別の加護の力が働いているとか……?
加護は宿ったものの意志に強く反映しますから、なにか特殊なことが起こっているのは間違いないのではないでしょうか」
「そうですね……。明日話がうまくいけばいいですけれど、うまくいかなかった場合のことも考えておかなければいけませんね……」
このように性急だとは予想もしなかったけれど、わたしは準備しておいたものをとりに向かった。
厳重にかけられたキャビネットの鍵。
取り出した箱にも鍵がかかっている。
「ふう――……」
この箱にそれを入れたときから、覚悟はしていた。
図面はこの中に。
材料は何の材料ということは伏せたまま、すでに保管させてある。
だから、匠の加護を持つマッコス親方にこれを渡せば、すぐに銃や大砲の開発が進められる。
やだな……、手が震える……。
その時、アデル様がわたしの後ろから一緒に持つようにしてわたしの手に手を重ねた。
「サダメ様におひとりでは背負わせません」
「アデル様……」
実際、この箱はわたしとアデル様がそれぞれに持つ2つの鍵がないと開かないことになっている。
重なるアデル様の手の平も、しっとりと濡れていた。
この箱の中の重みを、アデル様も知っているから。
「明日、うまくいかなかったら……これを……」
「はい……」
2人互いの温度とその重さを感じつつ、じっと箱を見つめた。
そのとき、カリナさんの声が後ろから聞こえた。
「ハマル国ジュサイア皇太子殿下がお目通りを願っておられます。どうしてもと……」
わたしとアデル様は、ぱっと顔を見合わせた。
どうして、ジュサイア皇太子が……?
明日ハマル国との会見は用意されているというのに。
「わ……、わかりました。カリナさんはお茶を」
「はい」
しばらくして、ジュサイア皇太子がやってきた。
わたしとアデル様は並んで、できるだけいつも通り平穏な態度で迎えた。
「突然の御目通り、叶えて頂き心より感謝申し上げます」
緑茶とお菓子が運ばれてくる。
練り切りに次ぐ新しいお菓子に、ジュサイア皇太子の顔が少し緩む。
こんなときでも、お茶が空気を和ませてくれるから、ありがたい。
「これもまた形は素朴ですが、味は大変美味ですね」
「ありがとうございます」
「明日は、菓子職人やレシピの件で交渉させていただきたく存じておりましたが、いやはや、まったくサダメ様のお力には平伏いたします」
「わたしの祖国の味を気に入ってもらえてうれしいです。
それで、今夜はどのような御用向きで?」
ジュサイア皇太子がすっと居住まいを正した。
「本日の茶会、大変感服いたしました。
わが国では星渡りの民を迎え、長い歴史と品格を誇っていると自負しておりましたが、茶の湯なるもてなしは、まったく別の概念とでも言いましょうか、とはいえ、単に意外性にばかり驚かされるというものではなく、そこにたゆたう静かなことわりとでも言いましょうか……。
とてもひとことでは言い尽くせませんが、私はあの茶会の席に大変感動いたしました」
「ありがとうございます」
「サダメ様……」
ジュサイア皇太子がじっと見つめる。
なにか真理を求めるような、静かで真っ直ぐな瞳。
不思議にも、以前会ったときの刺すような視線ではなく、素直な真っ直ぐとした面立ちだった。
「私も茶の湯をぜひ学びたいと存じます。
サダメ様のような深遠なる精神性を語るそのお姿に心が、魂が惹かれているのです」
「ええ、ぜひともに楽しみましょう。
心のありようはすべてお茶に現れます。
きっと、本質と本質で語り合えましょう」
「はい……」
ジュサイア皇太子が頭を下げ、再び顔を上げた。
「私も本質を語りたく今宵は参りました」
え……。
どういうこと……?
「明日、我が父はサダメ様に貿易交渉などのために会談を申し込んでおりますが、その場では私から話すことは許されませんので、こうして足を運んだ次第です」
「……と言いますと……?」
「エルシー様は生きておられます」
「え……?」
「正確に申しませば、エルシー様はエマ様です。
エマ様は600年間以上生き続けておられるのです」
視線を酌み交わしたアデル様は、恐らくわたしと同じで、まったく意外な、理解できないという驚きの表情に満ちていた。
「ハマル国王家には秘密がございます……。
エマ様が我が国に渡られたとき、それ以降渡られた星渡りの民は、みな……、エマ様が亡き者にしてございます……」
「えっ……!?」
「当然、サダメ様のこともエマ様はつけ狙っておりました。
お渡りになられたその日、エマ様の手の者がサダメ様を連れ去ろうといたしましたが、未遂で終りました……。
今となっては難を逃れて本当によかったと思いますが、私もそれまではそうすべきと思っていたのです。
他でもない、星渡りのエマ様がそうお望みになったのですから」
「な……っ!?」
アデル様がじりっと前に出た。
受けるようにジュサイア皇太子がうなづく。
「サダメ様が星渡りの民として台頭してしまった以上、エマ様は表舞台に出ることは敵わず、今もハマル国で身を隠しておられます。
でも、それ以前は市井に交じってフェイデル国の城下に潜んで、サダメ様のお渡りを待っていらしたのです。
サダメ様を亡きものとし、新しい星渡りの民として君臨するために」
「な、なんと……! それではつまり……」
「左様。エマ様は星渡りの民がお渡りになる前に建前上没し、新しい星渡りの民がお渡りになるや、捕え亡き者にさせました。
そして、新しい星渡りの民として、民衆の前に出現するのです」
「し、しかし……、150年、いやそれ以上の年月を経ては、新しい星渡りの民のふりをするなど……普通に考えて無理なのでは……?」
「もはや、ガジュマ国とムタ国に聞き及んでいらっしゃるのでは?
エマ様は若さと美貌を保つために、花木の加護をお集めになったのです」
「……っ!」
そ、そういうことだったの……?
エルシーさん……いや、エマさん……!
そ、そうか……!
だから、時代遅れなんだ!
全ての文化が15世紀止まりなのは、新しい星渡りの民ではなく、エマさんが繰り返し、この世界の星渡りの民だったから……!
「我が国の花木の加護はすでに私の受け継いだケラスス・サブヒルテッラ以外はすべてエマ様がお持ちです。
王家として1本だけ持つことを見逃されましたが、他14の花木の加護を持ったエマ様に、王家はなにひとつ意見できません。
エマ様の求めるがままに、貿易を有利に操作して他国の土地だけでなく花木の加護も奪いましたが……、このままでは大陸すべての花木がエマ様に奪われかねません。
今エマ様は……、まるでそこを知らぬ闇のようです……」
「や、闇……?」
思わず繰り返すと、ジュサイア皇太子が固い息を吐いた。
「以前サダメ様に聞かれお話いたしましたが……。
エマ様はお渡りになられてから、おひとり皇女を産んでおられます。
伝え聞いたことによりますと、エマ様はお渡りになる以前、遠きお国でも女の子を出産されたそうです。
ここへお渡りになられたとき、赤子は夫の腕の中にあり、エマ様は単身でこの地にお渡りになられました。
家族や幼子と離ればなれになったことに、大変お悲しみだったそうです」
……そ、そんな……。
生まれたばかりの我が子と、家族と引き離されたの……?
そんなの、辛すぎるよ……!
「ですが、時を経て我が王家と婚姻を結び、皇女に恵まれました。
その時はエマ様も安定してこの世界に愛情を注いでくださったのですが……。
その皇女は幼くして亡くなってしまったのです……。
以来、エマ様は大変お嘆きになり……」
ああ……、エマさん……。
その気持ち……、わたしにもわかる……。
今は嘆いていないけど、そう思ったときが何度あったことか……。
「我が王家は、エマ様のお心を慰めようと、あらゆる手を尽くしましたそうです。
悲しみは癒えることなく失意のまま命を終えようというとき、当時の夫であるジュダイヤ王が最後の望みをお尋ねになりました。
エマ様が、もう少し若ければ、もう一度子を授かれたかもしれないとおっしゃったので、ジュダイヤ王が自らの花木の加護をエマ様に贈ったのです。
それが、はじまりでした……」
ジュサイア皇太子が一度息をつく。
「花木の加護により、エマ様は再び活力と若さを取り戻しました。
加護と言うのはご存知の通り、宿った者の意志に強く影響されます。
エマ様は、この世に渡られたその時と寸分たがわないほどに美しくお若く戻られました。
これで子ができればよかったのですが……。
残念ながら、これまでの間、ひとりも成しておりません。
ジュダイヤ王が亡くなられた後は、次の王がエマ様の夫となり、その王が亡くなった後はまた次の王が……。
若さが衰えるたびに新たな花木の加護を身につけ、エマ様は今も離宮でお隠れになって過ごしておられますが、私が王位を継げはいずれは……」
「な、なんと……。
だが、そこまでして子がなせぬのであれば、相手がジュサイア皇太子だとて難しいのでは……」
「はい……、恐らくは……。
でも、王家には拒否することなどできませんし、エマ様は今も次なる花木の加護による若さと、いまだ会いまみえぬ我が子を求め続けていらっしゃるのです……」
深い苦悩の影が落ちる。
わたしもアデル様も言葉を失ってしまった。
エマさん……。
そんな……。
600年以上も、願い続けているなんて……。
わたしには、想像もできないくらい、……辛い……。
「それはあまりにゆゆしき事態。
もはや捨て置けません。
エマ様には、お覚悟していただきます」
アデル様が語気を強めてはなった。
ジュサイア皇太子がすかさずうなづいた。
「はい……。サダメ様のお作りになられた茶会を見たとき、私にはわかったのです。
今この世界に必要なのは、あの和みであり調和なのだと……!
エマ様のお嘆きに引っ張られ、我々はもはや18の花木の加護を我が王家の手から奪われています。
サダメ様が辛くもエマ様の牙を逃れたのは、この世界が再び正しい循環を取り戻さねばならないという予兆に違いありません」
ジュサイア皇太子が単身やってきたのは、エマさんを裏切る覚悟があったから……。
そうだったのね……、ジュサイア皇太子。
エマさん……。
ああ……、今どんな思いで……。
「あの、エマさんは今どこに……?」
「ハマル国の離宮の奥で人知れず隠遁されています。
サダメ様、どうか、ハマル国にいらしてください。
エマ様にどうか引導を渡して差し上げてください。
そして、この世界をどうか、本来の形に添うべく正しく導いていただきたいのです」
そ、そんなこと急にいわれても……。
「サダメ様、行きましょう」
アデル様までもが目を燃やしている。
き、気持ちはわかるけど……。
ジュサイア皇太子が慎重に声を下げた。
「ただし、父上はまだエマ様をお信じになっています。
ことは慎重に動かねばなりません。
エマ様の秘密を知っているのは王家と、重用している数名の家臣だけですが、エマ様を守るためなら、国軍を動かすことをいとわないはずです。
それでなくとも、このところ、ハマル国はフェイデル国に経済や文化面で押し返されております。
面白く思っていない者が多いのも事実でございますれば」
「なるほど、確かにそうですね……。
しかし、ジュサイア皇太子がこちらについて下さったのは幸運でした」
ジュサイア皇太子がにわかに目を伏せた。
「ふ……。実は茶会の後、すぐに部下を城下の工房にやりました。
今日サダメ様がお召しになっていたドレス、それにあらゆる個所に使われていた布や刺繍。
一見派手さはありませんが、我が国の品質にも劣らぬ素晴らしいものでした。
これが輸出されれば、我が国にとっては大いなる痛手。
探らずにはいられなかったのです……」
「……そうでしょうね」
「帰ってきた部下の報告を聞いて驚きました。
工房には見たこともないような大掛かりな糸車があり、わずかな人数でそれを回すだけで、大量のしかも均質な糸が生産されていたと。
機織りも、なにやら大掛かり動力によってあっという間に品質の高い織物がわずか数名の手勢によって作られていた。
これらを聞いたとき、私はサダメ様がお尋ねになった数々の質問を思い出したのです。
そしてわかりました。ああ、これが450年の年月を経た新しい文明なのだと……」
アデル様がうなづいた。
「もはや、これだけの違いを見せられて、どうしてハマル国が立ち向かえるでしょうか?
我々にはエマ様がいるにせよ、サダメ様のもたらす叡知にはもはや敵わないと知りながら、盲目にエマ様を頼みにすることができましょうか?
今はまだ軍事力で勝ってはいますが、今日の茶会を見れば、ガジュマ国とムタ国の心がハマル国から離れたのは目にも見て明らかでした。
三国が結束すれば、ハマル国も無傷ではいられません」
「ジュサイア皇太子……、貴殿の御慧眼には敬服いたします」
「いいえ、私も長い安寧の上に胡坐をかいて眼が曇っていたのです。
私が父を説得できればよかったのですが……。
いかんせん、私の言葉だけでは伝わらず……。
明日の会談で、父もそれに気づいてくれればとそれを願うばかりですが……」
そっか……、多条操糸機や力織機を見たんだ。
エマさんの時代との差をジュサイア皇太子は理解できたんだ。
少なくとも、ジュサイア皇太子はフェイデル国と戦う気はないんだね。
それを聞いて少し安心……。
あの箱を開けることにはならなそう……。
それがともかくは良かった……。
「いろいろと合点がいきました……。
150年前に渡ったはずのエルシーさんなら知っていて当然だったいろいろなことが、この世界にはないことの理由」
「はい、サダメ様……! あのときは私も立場があり……。
ただ、エマ様に一度でもお会い頂ければなにがしかの妥結点が見出せるのではと思っておりました」
「な!? なにをばかな……! あのとき貴殿はサダメ様とエマ様を引き合わせようと考えていらっしたのですか?」
「……ええ……」
アデル様がきりっとジュサイア皇太子をにらみつけた。
「サダメ様のお命を狙ったエマ様と引き会わせようとしていたとは……!
この期に及んでの妥結とはなんとするおつもりか?」
「……ええ、今になれば、私の浅はかなる思惑に過ぎなかったと理解できます。
今この世界に必要なのは……、求められているは、サダメ様ただおひとりです!
エマ様のせいで、我々は450年もの間、大した進歩もなくただのうのうと年月を過ごしてしまった。
授かるはずだった450年分の英知とその恩恵ををすっかり不意にしてしまったのだと。
このハマル国の、いやハマル国王家の失態はこれからのひとつずつ取り返していかねばなりますまい……」
「当然のことです。
エマ様には早急に加護をお返しいただきたく存じます。
ハマル国王家にも相応の責任を負うていただかなくてはなりません。
加護を失ったエマ様はきっと……、恐らくは生きてはいられないと思いますが……」
「ええ……。
でも、花木の加護を元に戻すことは、この大陸にとっては要(かなめ)。
私からも父上にもなんとかご理解いただけるよう説得してみるつもりです」
「サダメ様」
2人が一緒にこちらを向いた。
状況はわかった。
この世界の人の気持ちもわかる。
でも、このままでは誰も幸せにはなれないということもわかる……。
だけど、わたしはそう簡単に割り切れないよ……。
とにかく、エマさんに会わなくちゃ……。
その晩、わたしは久しぶりに夜中手足が冷たくなって、寝付けなかった……。
久しぶりに家族や友達の顔が夜闇の中に、いつまでもちらついた。
エマさん……、今もきっと、わたしのように眠れない夜を過ごしているのかな……。
***
その翌日、ジュリウス国王とジュサイア皇太子が面会に現れた。
茶葉や抹茶の貿易などの話が一通り済むと、アデル様とジュサイア皇太子が互いに目配せした。
「すばらしい茶会に招いていただいたお礼に、サダメ様とアデル殿を我が国にお招きしたく存じます。
父上、ハマル国でも各国の王族要人を招いての茶会を催してはいかがでしょうか?」
「それはいいですね。ハマル国のレベルの高い紅茶はわが国ではまだまだなじみが薄いですし、よき文化交流となりましょう」
「ほう、それもそうだな……。サダメ様、いかがですか?」
「ええ……、それはぜひにも」
昨日、アデル様はその日のうちにアレンデル国王と家臣たちにあの話を打ち明けた。
国内にガジュマ国シュリ国王、ムタ国ラオウ国王がいるのをいいことに、三国は水面下で同盟を約束し、これまでの情報を共有した。
当然、シュリ国王もラオウ国王も憤りを隠せなかったが、次期王位継承者であるジュサイア皇太子が平に服していたことから、密約は穏便に進んだ。
ジュサイア皇太子が提案した茶会と言うのはすなわち、ハマル国の古参や悪しき習慣の根絶だ。
諸悪の根源、つまるところ、エマさんの糾弾。
ジュリウス国王もなにか微妙な空気の機微を感じているらしい。
「サダメ様……。これから先、我が国……いえ、この大陸はどのような変わっていきますでしょうか……?」
「わたしが思うに、変わるのではなく元にもどるではないかと……。
あるべきものがあるべきところへ……。
それがこの世界の理なのではと思います」
「は……」
フェイデル国をあげての茶会は成功をもって締めくくられた。
それも、あまりにも思いもよらない事実を明らかにして……。
それからわずかふた月を待たずして、ハマル国から茶会の招待状が届いた。
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