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これサダシリーズ1 【 これぞ我がサダメ 】

第8話 ただほほ笑んだだけなのに……。

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 しばらくして落ち着きを取り戻したウィル副団長。
 なんか……。
 さっきより、怖い顔になってませんか……。
 恐る恐る見ると、ウィル副団長がまた顔を背け耳を赤くしてしまった。

「だっ、だから、サダメ様! 
 副団長をじっと見つめてはいけませんよ!」
「え、あ、ごめんなさい……」
「サダメ様の無自覚の魔性にまんまとウィル副団長もやられてしましたわね。
 でもあの猫のポーズは確かに反則ですわね。
 女性のわたくしが見ても可愛らしくて楽しくて、なんだか真似したくなってしまいましたわ。こうでしたか?」
「あっ、こうです」
「だから、これ以上爆弾投下しないでください!
 ウィル副団長が、副団長としての威厳が……!!」

 そんな話をしてきたらなんだか眠気も遠のく。
 しばらくして、東の窓のほうからエーデル皇太子の掛け声が聞こえてきた。

 窓辺に立つと一生懸命に剣をふっているのが見える。
 すごいなあ。
 一日中振るってる。
 ん、あれ?
 ……え、ケンカ?
 エーデル皇太子に2人の子どもが突っかかり、何やらもめ始めている。

「あの、あれ、大丈夫ですか?」
「まあ、何でしょう、ケンカでしょうか?」
「あっ、皇太子同士でケンカですね。
 あっ、2人がかりは卑怯ですね」
「止めなくていいんですか?」

 ウィル副団長が威厳を取り戻していう。

「王族とあれど、訓練場でのことは全てが訓練のうちです。あの程度でやられていては戦場で役に立ちません」

 えっ、でも、まだあんな子どもなのに……?
 子どもとはいえ本気のぶつかり合い取っ組み合いになっている。
 はらはらしながら見ていると、エーデル皇太子が地面に手荒く転がされた。

「あっ!」

 エーデル皇太子の額から血が……!
 思わず、ウィル副団長を見た。
 ……けど、兵士の訓練、剣の稽古のことに全くのド素人の門外の人が口を出すことじゃない……。
 でも、エーデル皇太子よりあの2人のほうがどうみても大きいし、2人がかりってやっぱり不公平じゃないの……?

「……っ……。し、仕方ありませんね……」
「え?」
「トマス、行ってお止めしてこい」
「えっ!? と、止めるんですか?
 お、鬼の副団長が、と、止めに入れと、そうおっしゃきましたか……?」
「いいから……! 行けっ!」
「あっ、あの、わたしも!」

 トマスさんの後をおって、第3訓練場へ。
 そこには土に伏したものの全然闘志を失ってはいないエーデル皇太子の目の輝きがあった。
 わ……。
 ち、ちいさくても、兵士なんだ……。
 わたしの心配なんて、杞憂みたい。
 エーデル皇太子はふたりの相手果敢に立ち向かっていく。
 次第に周りが気づき、その争いの結末がどうなるかを見届けるために周りには集まってきた。
 仲間が見ているこの訓練場の中で、たとえ不公平な戦いであっても無様な姿はみせられない。
 そういうところなんだ、ここは……。

 次第に体力を失っては3人が3人ともゼイゼイといきを切らせる。

「喰らえっ、やあっ!」

 ひと回り大きな体の男の子が掴みかかった。
 エーデル皇太子はもはや押し返す力もなく、ヘトヘトになって倒れてしまった。

「それまでだ!」

 ウィル副団長の声が響いた。
 訓練場にいた面々の視線が、副団長に一斉に向く。

「みな、自分の訓練にもどれ」
「はっ!」

 子どもの訓練兵士たちは蜘蛛の子を散らすように散らばっていった。
 勝ったふたりの皇太子が肩で息をしながら言い捨てる。

「お前ばかり気に入られているからっていい気になるなよ!」
「サダメ様は兄上のお妃様になるんだからな!」

 え……?
 この乱闘の、原因って、わたし?
 そういえば、あのふたり確かに、ヘンデル皇太子の弟の……。
 ふたりはわたしに気づくと自分の剣を腰に収めてやってきた。

「サダメ様、ご機嫌麗しく存じます」
「エーデルはあのとおりです。ご結婚なさるなら、ヘンデル兄上のように立派な強い相手になされたほうがいいと思います」

 えーと……、大きい方が確かにリンデル皇太子、小さい方がヒューデル皇太子。
 確かに強気な眉と口元がヘンデル皇太子にそっくり。
 王族男子の誰もが王位をつぐといっても、それなりに軋轢はあるみたい。
 あの父親にして、この子らって感じなのね……。

「アドバイスありがとうございます。リンデル皇太子、ヒューデル皇太子」

 答えると、感触良しと思ったのか、2人がぱっと明るい顔になった。

「あなた達は人を好きになったことがありますか?」
「えっ……?」

 ふたりが戸惑ったように顔を見合わせた。

「頭でこの人のほうが偉い、強い、立派だとわかっていても、人が人を好きなるときには関係ありません。
 好きになる理由は好きだからなんです。
 わたしは2人がかりでエーデル皇太子を倒したあなた方より、2人相手にもひとりでくじけずにあそこまでやりきったエーデル皇太子のそばに行きたいので、失礼しますね」

 2人の横をすり抜けて、そばに行くと、エーデル皇太子は悔しそうに奥歯を噛み締めていた。

「エーデル皇太子、お怪我は大丈夫ですか?」
「……、テテテイ様……。ぶぶ、無様なところを、お、おみせしてしまいました……」
「いいえ、大変勇ましく立派だったと思いました。立てますか?」
「あ……、おお、て、て手がよ、汚れてしまいますから……」
「手など洗えばいいんです」

 汚れた裾や袖を払ってあげる。
 ここまで傷だらけは流石にないけど、なんだか小さいときの弟を思い出すなあ……。
 あ……。
 そうか。
 なんか今まではしっくりこないと思っていたら、わたし、お世話されるより、お世話したい人なんだ……!
 カリナさんにお風呂に入れてもらうの、単純に馴染みがないからと思っていたけど、わたしどっちかというと子どもの頃は妹や弟たちのお風呂入れてあげたり、おじいちゃんおばあちゃんが生きていた頃は一緒に散歩に付き合ってあげたり、家族のためにご飯作ってあげたり、掃除洗濯したり、布団干したり……。
 そういうほうが性に合うんだった……!
 ここでは、してもらうことばかりだから、道理でなんだかこう、変な感じだったんだ……。

「テ、テ、テイ様、も、もう……」
「あ……、ご迷惑でしたか?」
「い、い、いいえ……!」

 かあっとエーデル皇太子の頬が染まった。
 カリナさんとウィル副団長とトマスさんが連れ立ってこちらへやってきた。

「手当はいつもどうされているのでしょう? 加護の力で治すのですか?」
「王宮の礼拝堂で司教に治してもらえます。エーデル皇太子殿下、今殿下の従者が参りますから」

 ウィル副団長が答えているうちに、エーデル皇太子の従者たちがやってきた。
 従者たちに支えられて去っていくその時途中、エーデル皇太子が振り向いた。

「あ、ああありがとうございました、テ、テ、テイ様……。まままた、ゆ、夕食の席で」
「ええ、また後で」

 去ったあとカリナさんが沿っと耳打ちしてきた。

「サダメ様は、エーデル皇太子のことを真剣にお考えなのですか……?」
「付き合う人は自分で選ぶと言いたかっただけです。でも、エーデル皇太子を見るとなんだか放っておけなくて。夕食でと言っていましたけど、その頃までに本当に回復するんでしょうか……?」
「大丈夫ですよ。ただ、回復するのは目に見える怪我や傷だけなので、疲労は残りますが」

 そっか……。
 まだ体もしっかりできてないのにハードな練習と、あれだけいためつけられたんだもんね……。
 ……ていうか、そんな育ち盛りの子どもにもあんなしょっぱくて油ギッシュな料理って……。
 確かにワインを楽しむフレンチだとかは、ちょっと塩分は強めのほうが合うってことはあると思うけど、子どもはお酒を飲まないみたいだったし……。
 これってなんとかしたほうが良さそうだよね……?

「カリナさん……。王宮の台所って、お邪魔すること出来るんでしょうか?」

 だめと言われるかと思ったのに、案外すんなりと許しが出た。
 王宮の厨房はかなりの規模で、働き手はゆうに30人ほど。
 下働きを入れるとさらにたくさんの人がいきかっている。

「ここの責任者というのはどなたですか?」
「私です。ナイジェマとお呼びください、星渡りのカワイサダメ様、お会いできて光栄でございます」
「あなたがハマル国から借り受けたという料理人?」
「はい、ハマル王国で王宮料理を学んだのち、こちらへ配属されました」

 紫がかった茶色の髪をした中年の料理人。
 あんな料理を出す料理人だからどんな顔をしているのかと思っていたのに、案外真面目そうな雰囲気。
 でも、いちいちほわ~っと、うっとりするような目でこちらを見ているのが少し心配といえば心配。

「あなたは今お出ししてる料理が美味しいと思ってだしているのですか?」
「あ……、いえその……。私はハマル国で習った通りの味を再現しています」
「習った通り……。というと、あなた自身はそれほど美味しいと思ってないと?」
「え、ええと……。人は好みがありますので。……でも、これが遠きお国の味なのですよね?」

 なるほど……。
 決められた味を再現することが優先になっちゃってるんだね……。

「でしたら、今日はあなたが美味しいと思うものを出してもらえませんか?」
「えっ……!?」

 ナイジェマさんは驚いていたけれど、その夕食に出てきたお料理は味付けもちょうどいい、丁寧な味のする料理だった。
 イシューデル国王がひと口食べて首をかしげる。

「今日の料理はやけに味が薄いな?」

 呼ばれたナイジェマさんが緊張しながら答える。

「ほ、本日はカワイサダメ様のリクエストを賜りまして……」
「なに、そうであったのか?」

 例によってずらっと並んだ長テーブルの全員の視線がこちらに集まった。
 これ、いつみても、結構な迫力。
 わたしは神格化バイアスを信じて、できるだけゆったりと微笑んだ。

「ハマル国の味はハマル国の味で結構ですが、わたしはフェンデル国の美味しいものを食べたいと思ったまでです」
「……そ、そうであったか。星渡りのサダメ殿がいうのだから、間違いなかろう」
「おお、そうだ」
「ええ、きっとそうですわね、ほほほ」
「わたしはこれまでのお料理より、ずっと美味しいと思います。
 ナイジェマさんはいい料理人だとお見受けしました。みなさんはいかがですか?」
「ああ、まさにその通りだ」
「そうですとも!」
「全くその通りですね!」

 神格化バイアスさまさま。
 ただにっこりほほ笑んだだけで、みんな納得してくれたみたい。
 ふと、アデル団長がこちらを見て、にこっと笑ったのが見えた。
 これは働き盛りのエーデル皇太子のためでもあるけれど、王侯貴族全般の健康のためにもなることだよね。


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