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これサダシリーズ1 【 これぞ我がサダメ 】
第7話 ただ振りコピしただけなのに……。
しおりを挟む翌朝、警護の当番に現れたのは、ウィル副団長と、トマスさんだった。
うわっ、相変わらず圧がすごい……。
でも、ヘンデル皇太子が性懲りもなくまた枝をもってやってくると、その威圧感を発揮して追い返してくれた。
な、なるほど……。
さすがです……。
今朝もまた、体の温まるお茶をもらって、冷えた体が目覚めるまでソファで過ごす。
ふわぁ~……。
例によって手足が冷えて眠れないから、寝不足気味……。
「サダメ様、本日はどちらへ行かれますか?」
「あっ、はい!」
ウィル副団長に話しかけられて、びくっと背筋を伸ばす。
な、なんか、この人緊張するんだよね……。
警護だとわかっているけど、背後に立たれたらその圧だけで、なぜかトドメ刺されそうっていうか……。
トマスさんを見ると、にこっと笑いかけてくれたので、それで少しホッとする。
「朝食を買ってきましょうか? それとも、町に出かけますか?」
「……んと、もう少し静かに過ごしたいので、買ってきてもらえますか?」
「はい、ただいま」
話の流れでそう言ってしまったけど、トマスさんが出て言った後に気がついた。
あ……。
ウィル団長残し。
やばい、この沈黙……。
カリナさんが気を利かせてくれた。
「なにか少しピアノでも弾きましょうか?」
「……あ、いいですね、お願いします」
さすがは貴族。
カリナさんは譜面も見ずに、ゆったりとした曲を披露してくれた。
「わあ~。癒されました~」
「サダメ様もなにか楽器はなされますか?」
「いえ、私は小学校のリコーダーとピアニカくらいなもので」
「そういえば」
背後からの低音ボイスに、またもびくっと肩が震えた。
「ヘンデル皇太子がサダメ様のために音楽会を催したいとおっしゃっていましたが、いかがいたしますか?」
音楽会?
なんか、楽しそうな響き……。
「それって、どんな演目があるんですか?」
「大ホールを使うとおっしゃっていらっしゃいましたから、恐らくはオーケストラやオペラなどではないかと」
……あ、なんか、ちょっと堅苦しい感じ……?
「あ、あんまり高尚なのはちょっと……。
今のカリナさんのピアノソナタくらいならいいんだけど……。正直、オペラってあまりなじみがないですし」
「あら、オペラはお好みではありませんでしたか? わたくしは大好きですのに……。
それでは、遠きお国ではどのような音楽が演奏されているのですか?」
「ええと、いろいろあって一言では言えないんですけど……。
カリナさんが弾きてくれたような感じの音楽は、地球ではだいたいクラッシックっていわれていて、今も人気があります。
ただ、これはひとつの音楽のジャンルにすぎなくて、岩を打ち砕くように激しい音楽ロックンロールとか、もの悲しさや魂の叫びを歌ったブルースとかジャズがあったり、それぞれの国の民族音楽はもちろんそれらの国で発展したポップスだったり……。
あと最近では電子的な……ええとこの国に電気ってありますか?」
「でんき? 初めて聞きますわ」
「あ、じゃあなんて説明したらいいのかな……。
ピアノはひとつの鍵盤でひとつの音しか出せないと思いますが、ある仕組みを付け加えると、色々な音を鳴らせるピアノができるんです。そういう楽器を電子楽器っていうんですけど」
「ピアノからいろんな音が? 例えばどんな音ですか?」
「本当に様々で、自分で好きな音を録音して演奏することもできたりして。
バイオリンやフルートの音はもちろん、ティンパニーやトライアングルの音など打楽器もならせるんですが、他にはイメージの音っていうんですかね、宇宙みたいな音とかピコピコした可愛らしい音とか。
神秘的な音だったり、わざと心をザワザワさせる音だったり、水の音や生活音なんかをサンプリングして音楽に組み込むことなんかもあって。
古典から最新技術を使った音楽まで多種多様なんです」
「そんなピアノがもしあったら、ひとりでオーケストラができてしまいますわ……。
なんともすごい楽器でございますね……」
「まさにそうなんです。現在の地球では、本格的に音楽を学んだわけでもないたった一人の若者が部屋にこもりきりで作った曲が、全世界の人を熱狂させるなんて言うこともあるんです」
「ま、まあ……!?」
「む……?」
カリナさんとウィル団長が顔を見合わせた。
あんまりわかってない。
……だよね、電子的にパソコン1台で音楽をつくれるようになったのなんて、地球でだって最近の事なんだから……。
こうしてしゃべっているわたしだって、別にクリエイターなわけでもなし、一般的な内容をただ話しているだけ。
これ以上見聞きしたことのない人に説明するのは難しいかな。
「……えっと、いろいろありますけど、わたしは好きなアーティストグループがあって……。
クライベイビーっていう女性15人のグループなんですけど。
泣き虫っていうグループ名なのに、歌とラップとダンスがキレキレで、しかもみんな可愛くてひとりひとりすごく頑張り屋さんで、落ち込んでも彼女たちの頑張る姿みていたら楽しく元気になれちゃうんです。
……まあ、音源がないのでお伝えできないですけども……」
「女性だけの……歌って踊る……キレキレ……」
「歌とダンスはわかりますが、ラップとは何でしょうか?」
「ラップはビートにのせて、韻を踏みながらリズミカルに喋るように抑揚をつけて歌うんです。
たとえば……。
♪ 布教しよう、主観的に、クライベイビー、良さを君に
ずっと一緒、君と共に、フライデーに、憂さを晴らし ♪
オーイエー。 (ここでキメポーズ)みたいな。
あ、これ、いつも一緒にライブに行く友達と一緒に作ったリリックなんですけど」
ふたりのぽかんとした顔。
あ……。
つ、つい推しのことになると夢中になっちゃった。
あはは……。
「い、いってもわかんないですね……。すみません……」
「な、なにかの呪文かと思いましたわ……。ラップとは、不思議な語り言葉でございますね……」
「この国の音楽とは違うということだけはよくわかりました……」
「でも、せっかくだし行ってみようかな……。この大陸の文化を知っておくのは無駄ではないですし」
でも寝不足気味だからな……。
聞きながらうたた寝ちゃったりして……。
あり得るな。
その日は朝食を食べた後、図書館でいくつかの本を読み、大陸や各国のことをさらに勉強。
トマスさんが先日の続きをいろいろと教えてくれた。
行きかえりの道、第3訓練所ではエーデル皇太子が練習している姿があった。
邪魔しちゃ悪いから遠くから手を振ってみる。
あ、送り返してくれた。
あは、一生懸命大腕振ってる。
可愛いなぁ。
「エーデル皇太子、がんばってくださいね!」
「は、はは、はいサダメ様!」
部屋に戻って、昼食の後は一休み。
少し眠気が……。
「この後はいかがなされますか?」
「はっ……!」
うとうととしていたら、一瞬で殺気で起こされた。
ウィル団長の大きな体が背後に立っていた。
び、びっくりした……!
「驚かせてしまい申し訳ありません」
「い、いえ……」
「やはり、私にサダメ様の警護は向かぬようでございますね。明日からはやはり別の者に任せた方がよさそうでございます」
「す、すみません……。ウィル副団長みたいなタイプが、これまでわたしの周りにいなかったので……。
なんか、武道の達人っていうか、殺気がすごいっていうか……」
「お会いしたその日にそうと分かりましたので、私は警護の任を辞退したのですが、ヘンデル皇太子は強引な方なので、アデル団長の代わりにサダメ様をお守りせよと強くいわれまして」
「……そうだったんですね……。気を使わせてしまってすみません……。
地球にも戦争や紛争はあるんですが……。
幸いにもわたしは平和な国で暮らしていたので、日常的に血を見るということがなくて……」
「配慮が足りず申し訳ありませんでした。
一刻も早くご無事を確かめたく、私も少しばかり焦ってしまったのです。まだまだ未熟でした」
「あ、いや、でも、そのおかげで助かったのは確かなことですし……。
ありがとうございました。
アデル団長も、頼りになるウィル副団長をわざわざ選んでくださったんですよね。
でしたら、誰かと変わる必要はありません。
それに知った顔のほうが安心できますし」
「知った顔、そうですね」
「できればもう少し、ゆるめの表情でいて頂けるとありがたいんですけど」
「ゆるめ?」
「ほんわかっていうか」
「ほんわか……」
ウィル副団長が強面の顔をどうにか操作しようと口の端や眉を上下にじりじりと動かす。
ぜ、全然ほんわかしてない……。
「あの、例えば、好きな人や物を見たときとか、考えたときって顔がゆるみませんか?
そのときの感じなんですけど……」
「好きな人や物……」
「わたしだったら、こうです。
クライベイビーのアンリちゃんのサビパートのキメポーズ。
♪ ああ、だってそう~ 気になってるんでしょう~ Love so sweet! Yeah! ♪ 」
ここで、キメポーズ!
甘えんぼなガールズキュート満載のこの曲で、アンリちゃんは猫モチーフのポーズをとる。
両手で猫の手をつくって、顎から耳へ。
みゃおみゃおってかんじ。
ライブでは観客みんなが揃って振りを真似する。
この曲のあざとかわいさも、アンリちゃんがやるとちょっぴりスパイシーでカッコイイ。
「このときのアンリちゃんを見ると、はわあ~! ってなる、今、この顔です」
キメポーズからの、わたしのデレ顔。
ああ、イメージだけでこんなに楽しい!
やっぱ、アンリちゃん最高!
癒されるぅ~。元気でるぅ~。
わかってもらえたかな?
「……っ!」
ウィル副団長が突然バッと後ろを向いた。
あれ、肩が……、震えている。
もしかして笑ってる?
ええっ、そんなにへんなデレ顔してたかな!?
急に心配になって、自分の顔を確かめた。
「す、すみません、そんな変な顔してましたか……?」
カリナさんが隣でふるふると首を振る。
ウィル副団長がじっとしたままいつまでもぷるぷるしているので、そうっと横から顔を覗く。
……ん、あれ?
耳、赤い……。
「ウィル副団長……」
「……っ、すっ、だっ、……わっ!」
ウィル団長の大きな体がグワッとさらに向こうを向いた。
すだわ……?
なんのことかわからなくて、下からそうっとのぞきこもうとすると、側にいたトマスさんが慌てたように間に入ってきた。
「サダメ様、もう! 勘弁してあげてください!」
「え?」
「これ以上はもう!」
トマスさんに肩を掴まれ、強制的にウィル副団長から遠ざけられ、ソファに座らされた。
「急にどうしたんですか?」
「ど、どうしたもなにも……! あんな爆弾落としておいて……、その無自覚は犯罪です!」
え、えーっ!?
いや、だって、今のは、アンリちゃんのダンスの振りと、それを見たときのわたしの気持ちを表現したのであって……。
爆弾って……。
今まで、ウィル副団長にそんなそぶりゼロだったのに……。
神格化バイアスがここでも……。
でも、可愛いのはわたしじゃなくて、曲と振り付けとアンリちゃんなんですけど……。
わたしの100倍くらい可愛い本物のアンリちゃんを見せてあげたいくらいですよ……。
*お知らせ* 作中のCRY BABYの曲はsunoで聞いていただけます。
本作は便利な「しおり」機能をご利用いただく読みやすいのでお勧めです。さらに本作を「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届きますので、こちらもぜひご活用ください。
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