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これサダシリーズ1 【 これぞ我がサダメ 】

第1話 ただ転んだだけなのに……。

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 生クリーム、イチゴ。
 買った。
 ろうそく、プレゼント。
 買った。
 さあ、早く帰らなくっちゃ。
 今日はみんなの誕生日。


 5月15日は忙しい。
 うちの家族はなんと、わたし以外全員、誕生日が一緒。
 父、母、妹、弟――の4人!
 人に言うと必ず驚かれるけど、これが本当。
 というわけで、毎年この日は家族みんなの誕生日をお祝いをわたしが準備することになっている……。


 平日だと仕事があるし、生ものなんかはどうしても当日の買物になってしまうし、ひとりでパーティ料理を作るのって正直、めっちゃ大変。
 だけど、いつの間にかこれが家族の普通になってしまっていて、なんだかんだ今年も。
 ま、わたしもきらいじゃないんだけど。
 ついでに言うと、もう亡くなったけど、おじいちゃんとおばあちゃんの月命日も15日というミラクル。
 とにもかくにも、年に一度この日だけは、一家の夕食のすべてがわたしの肩にかかっている。
 ああ、もうこんな時間。
 急げ、急げ!


 ――ガクン!


 一瞬のうちに視界がぶれて、わたしの体は支えを失った。
 いつもの歩道橋。
 えっ、うそ……。
 足、踏み外した……?



 うそぉぉぉぉぉっ――!



 次に目を開いたそのとき、わたしは全く知らない町に立っていた。


 ***


 な、なに……。
 どこ、ここ……。
 中世の西洋風な街並み。
 色とりどりの髪や目を持つ人々。
 えっ、あの人の耳ってエルフ的な……?
 ええっ、あの人って、お、狼男!?
 なに、あれ、仮装パーティ?
 どうなってるの?
 なにこれ、夢?


 ――カクッ!


 足首に強い痛み。
 ……ち、力が入らない。
 足踏み外したときに、痛めた?
 えっ? 痛いってどういうこと?
 夢、じゃないの?
 あれ、そういえば、持っていた荷物は? 
 どこにも見当たらない……。
 はっ。
 なんか、周りの人にじろじろ見られている……。
 アニメやゲームみたいなカラフルな人たち。
 なにこれ、なにこれ?
 テーマパーク?
 ハロウィン?
 いや、なんか違うよ、これ……。

「○×▼◇?」

 突然、真緑色の髪の毛をした男性が話しかけてきた。
 えっ、なんて?
 何語……?

「○×▼◇、○×▼◇?」
「えっ、え、ちょっと、なにいってるかわかんない……」
「○×▼◇」

 いきなり、腕を掴まれた。
 えっ!
 焦って、思わず痛む足を軸に身を引いた。
 うっ、痛った……!
 よろめくと同時に、緑の男性がわたしの体を支えていた。
 はっとして見上げる。
 え、なに、この、イケメン……。
 髪の色はともかくとして、エメラルドみたいなきれいな瞳が、びっくりするほどきれい。
 その人が急にわたしを掬い上げた。

「ひいっ――!」
「○×▼◇、○×▼◇○×▼◇」

 おっ、お姫様抱っこ!?

 なにこの状況!?
 心臓が急にドキドキ言い出す!
 けど、なに、ど、どうすればいいの!?
 緑の人は心配いらないよみたいな顔しているけど、なにこの状況!?

 どこへ連れて行く気なの――!?


 ***


 町の一角にある家……。
 というかなんだろう、詰所、みたい……?
 緑の人はわたしを椅子に座らせると、手でここにいてと仕草をした。
 他の仲間らしき男性と緑の人が話をしている。
 結局説明はしてくれないの? この状況を……。
 ずきずきと痛む足首を見ると、いつの間にか大きく腫れていた。
 学生時代バレーボール部で捻挫した時以来の腫れ具合。
 う、うわあ……、さすがに折れてはないよね……?
 折れていたらもっと痛いはず……。

「○×▼◇○×▼◇」

 呼びかけられて顔を上げると、真っ白い髪を後ろに束ねたイケメンが立っていた。

 う、うわっ、な、なに、ここ?
 イケメンのテーマパークかなんかなの?
 芸能人みたいに整ったその人がわたしの前に座り込む。
 ど、どうなってるの、誰か説明して……。
 その人は手に箱を抱えていて、指でわたしの足首をさした。
 て、手当してくれるの……?
 この人、医者なのかな?
 こ、こんな素敵なお医者さんに手当してもらえるとか、ちょっとドギマギしちゃう。
 とても丁寧な手つき。
 なんか、ものすごく大事にされている気分……。

「あ、ありがとうございます……」

 通じないとは思うけど、一応……。
 白い人が、にこっと微笑みを返してくれた。
 うわあっ、は、破壊力すごい……!
 キラキラ感がすごすぎて、まばたきなしでは見ていられない。

「○×▼◇○×▼◇」

 なんて言っているのかはわからないけど、とりあえず慰めてくれているような気がする。
 とりあえずわたし、ここにいていいのかな……。
 それよりも、ここがどこなのか説明して欲しいんだけど……。

「あのう、ここどこですか?
 というか、言葉、通じる人いませんか?
 日本語か、英語も少しなら。
 キャニュースピークイングリッシュ?」
「○×▼◇○×▼◇」

 申し訳なさそうな顔。
 あ、だめなんだ……。
 でも、どうしよう……。
 早く帰らなきゃ、誕生日パーティが……。
 今年はちらし寿司とバーベキューだから期待しててっていっちゃったのに。 
 わたしが帰らなかったら、みんなお腹減らして……。

 ……っていうか、連絡もなしにわたしが突然いなくなったら、それどころじゃないよ。
 困ったなぁ……。
 窓の外を見ていたら、通りのどこからか声が聞こえた気がした。

「Are you sure it was around here?」

 えっ、今の、英語?
 英語だよね!
 急いで外へ飛び出した。
 通りを見渡して、声の主を探す。

 だれ?

 だれ?

 どの人?


「へ、ヘイ! ハロウ! 
 イングリッシュスピーカー……!
 ヘルプミー!」

 誰も来てくれない……。

「アイアムジャパニーズ!
 アイアムアスキングフォーヘルプ」

 どうしよう、もう通り過ぎちゃったの?
 通りを行ったり来たり、見渡しながら声をかけまくる。
 でも、誰も答えてくれない。
 足を引きずりながら、脇道にも目を配らせる。
 だめ、どこにもいない……。
 見失った……?

 痛てて……。
 こらえていたけど、やっぱり無理は効かない。
 路地の影までくると、わたしは足を確認するためにそこに座り込んだ。
 はあ、やばい。めっちゃ熱くなってる……。
 冷やした方がいいかも。
 一度さっきのところへ戻ろう。

 その時、視界に影が落ちてきた。
 顔を上げると、目の前にはいかにも悪そうな男たちが3人立っていた。



 ***



「●×△◆」

 いきなり腕を掴まれた!
 左右の男たちがすばやく麻袋をかぶせてくる。

「ちょっと、なにするの!?」
「●×△◆、●×△◆」

 なにこれ、もしかして、人さらい!?
 ここって、もしかして、安全な町じゃないの!?

 やめて、離して!
 必死の抵抗も、男3人がかりには敵わない。
 まるで穀物かなんかのように袋の中に押し込まれて担がれた。

「うそでしょ! 誰か、誰か助けて!」
「●×△◆!」

 黙っていろというように、袋の上から何かが降ってきた。
 背中を強打され、一瞬息ができない。
 ひ、ひどい……。
 どうして、こんなことに……?
 
 こんなことなら、あの場所を離れるんじゃなかった……!
 その時、別の声が聞こえた。

 「○×▼◇○×▼◇!」
 「●×△◆!」

 罵倒する声のやり取りと同時に、キンカンと金属音。

 ――うそ、なに!?
 ……まさか、戦ってる?

 しばらくして、音が止んだ。
 真上にあった結び目がごそごそと動き出す。 
 ぱっとひらけた袋の口から光が差し込んだ。

 よかった、助かった――!

 う、わあっ……!?
 な、なに、この人……。
 え、映画かゲームみたい。
 白銀の甲冑に、ブルーのマント。
 太陽の光みたいな黄金色の髪に、サファイアみたいな目。

 ええと、こういうのってなんていう……。
 騎士……?

 美形すぎて、思考が停止する。
 なに、ここやっぱりイケメンテーマパーク?

 「○×▼◇○×▼◇?」

 白銀の騎士が手を差し出してきた。
 ん、これ……?
 あっ、手を取れってこと?

 う、うひゃあ……。

 な、なんか、て、照れる。
 ザ・騎士って感じ……。
 ドギマギしながらその手を取ると、ギュッと強く握り返された。
 騎士がわたしを袋から引き出してくれた。
 でも次の瞬間、わたしの目に入ってきたのは、

 鮮血にまみれた3つの死体!

 「きゃあああぁぁっ!」

 あまりのショックで、気を失ってしまった……。



 ***


 ……ん、あれ、ここ……、どこ……?
 はっ、そういえば……!
 思わず勢いよく起き上がると、目の前に5つの西洋の鎧が並んでいた。

 「ひいっ!」

 あまりの迫力に喉の奥で悲鳴が止まった。
 白銀の甲冑の上にはもれなく、明るい髪とカラフルな色の目をした美麗な顔が乗っかっている。
 なっ、なにっ!?
 この人たち、ずっとここに……?
 こ、こんなイケメンたちに寝顔見られていたの?

 は、恥ず……。

 て、ていうか、この人たち……。
 あの悪人たちを殺してるんだよね……。
 騎士っていうか、5人もいるってことは騎士団?
 た、多分わたしを助けてくれたんだと……お、思いたいけど……。
 ちょっと頭が追いつかない。
 ここどこなの?

 悪人だからって裁判もなく即刻殺されちゃう世の中ってどうなの……!
 ふいに奥を見ると、緑の髪の人と白い髪のお医者さんがいた。
 思わず助けを求めて見つめてしまう。
 それに気づいた2人がそばに来てくれた。
 はあ、この人たちは優しい人っぽい……!

 相変わらずなにいってるかわからないけど。
 2人がそっと手を握ってくれて、少し落ち着いた。
 相変わらずのイケメンで、……す、少し緊張もするけど……。

 ちらっと青いマントの騎士の人を見る。
 この人リーダーなのかな……?
 他の4人はマントは茶色。左から順番に、

 明るい茶髪の青い目のイケメン。
 ピンク色の髪に茶色の目のイケメン。
 黄緑色の髪に赤灰色の目のイケメン。
 青い髪に灰色の目のイケメン。

 やばい、ご、語彙力……。

 混乱が過ぎて、言葉が出てこない。
 とにかく、総勢7人の顔面偏差値がすごすぎる。
 そして7人が7人とも、えらくわたしを見つめている。
 こんな麗しい顔立ちの人たちにこんなふうに見つめられるなんて、人生初めて。
 勝手に心拍数が上がるのはもうしょうがない。

 話をしているのは、もしかしなくても、わたしのことだよね……?
 わたしの服装は、明らかに周りに馴染んでない。
 見た限り、わたしのような黒髪も直毛もいなかった。
 耳慣れない言葉。
 文化的にはヨーロッパ風だけど、どこの国かは見当がつかない。

 とりあえず外国人と思われているよね……。
 だけど、国どころか、時代から全然違うみたいに見えるんだけど……。
 大使館あるよね……。え、あるよね……?

 「○×▼◇○×▼◇?」

 ふいに、茶色の人がベッドを降りてと仕草した。
 言われるがまま視線で自分の靴を探した。
 その時、目に入ったのは、

 血に染まった彼のブーツ!

 「ひっ!?」

 こびりついた赤黒い染みに体が自動的に固まった。
 茶色の人がしゃがんで顔を覗き込んてくる。
 こ、この人も凄い美形。
 ――でも、今はそれどころじゃない。

 いきなり頭の中に、あの惨状が蘇る。
 こ、この人たち、人を切ったんだ……!

 ここは、テーマパークなんかじゃない……。

 さっきまで気がつかなかったけど、生々しく血の匂いまで思い出されて、思わず吐き気がした。
 茶色の人が手を伸ばしてきた。
 思わず、悲鳴を上げて避けた。

 ――やめて、触らないで!
 ……えっ、あ、やばい?
 この人たちが助けてくれたんだよね……?
 でも、この人たちが、その手で人を殺したんだよね……?
 あの血って、死体って、そういうことだよね……?
 この人、殺人者……。

 ひ、人殺し……!

 そう思ったら怖くて顔を上げられない。
 思わず自分の腕を抱いて、身をすくめた。

 その時、ぱっと平民らしき2人がわたしを守るようにかばってくれた。
 その温度にわたしは、はっとした。

 ――こ、この人たちから離れちゃだめだ!

 騎士団の人たちが悪人たちから助けてくれたんだとは思うけど、あんな怖そうな甲冑に身を包んで、人を殺せる剣を持っていて、それを本当に振り下ろせる人には近寄れない。

 ――近寄りたくない!

 無意識の生存本能が、2人の男性にしがみついた。
 恐怖で胸がどくどくと鳴る。
 2人の陰からそっと見ると……。
 5人の騎士たちがなぜか全員しょんぼりとしていた。

 ……え?
 なに、この反応……。

 わ、わたしが失礼な態度を取ったから……?
 よ、よくわからないけど、とりあえずこの平民っぽい2人が今は頼り。
 顔を上げると、緑の人も、白い御医者さんも、なぜか頬を赤らめていた。

 えっ、……え?
 なに、これ……。

 緑の人がわたしの腕をやさしくさする。

 「○×▼◇」

 なんだろう、なんか大丈夫だっていってくれているみたいだけど……。
 とりあえず、状況がわかるまではこの人たちを頼りにしよう。
 そう思っていると、7人が再び何か相談し始めた。
 2人の平民に促され立ち上がると、緑の人がわたしを2度目のお姫様抱っこ!
 えっ、また……!
 こ、これ、はずかしいんですけど!

 あれよという間に、残りの6人に付き添われ、わたしは町の中にある教会のような建物に運ばれた。


 ***


 神父なのか司教なのか……。
 よくわからないけど、水色の背の高い帽子をかぶっている人がいた。

 「○×▼◇○×▼◇」

 や、やっぱりこの人も言葉通じないんだ……。
 半ばあきらめていたら、水色の神父さんが杖みたいのを掲げて何かを唱えた。
 その瞬間、光が舞い降りてきて、わたしの上に降り注いだ。
 わあ、きれい……。

 「なにこれ、魔法……?」
 「あなたに神のご加護を与えました」
 「えっ!?」

 神父さんの言葉が……!

 眉毛まで灰色で、薄い青色の目。
 神秘的な雰囲気のイケメン。
 ど、どういうこと?
 神の加護……!?

 「わたしはこの教区を預かる司教のエレルメデス。
 星渡りのお方、どうぞあなたのお名前をお聞かせ願えませんか?」
 「わ、わたしは……、川井かわい さだめといいます。
 あの、どうして急に言葉が……?
 あ、星渡りって……?
 そ、それより、ここはどこなんですか?
 わたし早く帰りたいんですけど……」
 「カワイサダメ様、落ち着いて下さい。
 ひとつずつお話いたしましょう」

 色素の薄い神父が優しくほほ笑みながら、椅子を進めてくれた。

 「ここは、タムカラマン大陸にあるフェイデル王国の城下です」

 タム……え、なにその大陸、聞いたことない……。

 「先日、星の知らせにより、星渡りの民がこの地に舞い降りるとのお示しがありました。
 カワイサダメ様のように、はるか遠くの世界からやってくる人々のことを星渡りの民と呼んでいます」

 はるか、遠くの世界……?

「混乱されていらっしゃるでしょうが、心配はいりません。 
 星渡りの民は古くから大陸や国家に吉星をもたらすものとされ、どの国においても重要な保護対象となっております。
 貴族と同等の生活の保障与えられ、あらゆる優遇を受けられます。
 カワイサダメ様は我がフェイデル王国の幸いの星。
 謹んで心より歓迎申し上げます」

 は、はは……。
 なにいってるんだろう……?

 でも、この中世みたいな城下町。
 ファンタジーみたいな騎士団。
 悪人といえど、街角で切り捨て御免される社会。
 神のご加護とかいう力。
 いきなり通じるようになった会話……。
 フェイデル王国?
 とにかく、ここ、地球じゃないんだね……?

 「そ、それで、どうやったら帰れるんですか?」

 神父の顔が陰る。
 周りを見ると、憐れみともつかない微妙な顔が取り囲んでいた……。

 「こちらから元の世界には帰れません……。
 帰ったという星渡りの民は、かつて一人もおりませんので」

 う、うそでしょ……。
 急に血の気が引いて、目の前が暗くなった。
 気がついたら膝から崩れていて、目の前に白い布があった。
 それがエレルメデス神父の胸の中だと気づくのに、ゆうに十数秒かかった。

 「カワイサダメ様、お気をしっかり」
 「大丈夫ですか?」
 「おい、寝台にお運びしろ!」

 複数の声が飛び交う中、わたしは気が遠くなる。
 気がついたら、またも見知らぬ部屋のベッドに寝かされそうになっていた。
 こ、こんなところで寝ている場合じゃない……。

 「か、帰ります……、困るんです、わたし……」
 「どうかお諦め下さい。どんな術を用いても、星渡りの民が元の世界に戻った試しはありません」

 神父の隣で青いマントの騎士が胸に手を当てた。

 「フェイデル王国王兵団長のアデルと申します。
 カワイサダメ様のことは国王陛下の名のもとに、われら王兵団がお守りいたします。
 どうか我々を信頼なさって、今後のことはお任せください」

 ……キ、キラキラ度合いはすごいけど……。
 安心できる状況、これ?
 今までの人生で、こんなこと今まで一度もなかったよ。
 訳の分からない国に飛ばされて、初対面の人たちばっかりで、言葉も文化もわからないのに、王様の家来だから信頼してとかいわれても……。

 「カワイサダメ様にはまず国王陛下に御目通りねがいます。
 今後は王宮で何不自由なくお過ごしいただけます」

 何不自由なくって、なに……?
 帰れない時点で、もう完全に不自由なのに。
 景色がゆがんで前が見えなくなった。

 「うっ……わぁん……!」

 なんで、なんで、なんで?
 今日はみんなの誕生日で、
 わたしがパーティの当番で、
 ちらし寿司とケーキを作って、
 仕込んでおいたお肉を焼いて、
 プレゼントを贈って、
 みんなで楽しくお祝いするはずだったのに……!
 悲しくて無我夢中で泣きまくった。
 いい加減泣き続けていたら、だんだんと頭が冷静になってきた。
 泣いても、どうにもならないんだ……。
 もうここは、わたしの知っている現実とは違う。
 中世時代みたいに身分の格差があって、王政があって、恐らく現代とは全然違う常識で成り立っている。
 わたし、ここで泣いていてもどうにもならない。
 必死に心を落ち着けて、涙を拭いた。

「わたし……、どうすればいいですか……?」

 泣きじゃくるわたしをどう扱っていいかわからなかった面々に安堵が広がったのがわかった。
 ぽんと背中に温かい手が添えられた。

「今お茶を持って参ります。少し落ち着かれてからこれからのお話をいたしましょう」
「エレルメデス……神父……」

 そのときを見計らっていたかのように、平民の2人が下がった。

「それでは、俺達はこれで」
「捻挫したおみ足をお大事になさってください」
「えっ、ちょっと、待って……!」

 い、いっちゃうの?
 まだお礼も言ってない。

「あ、あの、ありがとうございました。
 あのとき声をかけてくれて。
 それに、手当ても……」

 緑の人が照れたように髪をかく。

「いや、町の見回りは俺の役目だから。大事にならなくてよかった。
 カワイサダメ様が駐屯所を飛び出していっちまったときは、正直焦りましたよ」
「す、すみませんでした。あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「えっ、俺のですか? 南東区駐在所のトビアスです。
 こっちは町医者のエルビス」
「トビアスさんに、エルビスさん……、ありがとうございました」

 エルビスさんがにっこりと微笑む。

「150年に1度の星渡りのお方の治療をさせて頂けたのは、我が誇りとなりました。
 どうか心身安らかにお過ごしください」
「あ、ありがとうございます……」

 エルビスさんって、さすがはお医者さんだな……。
 なんか、すごい優しい言葉をもらった気がする……。
 ところで、150年に1度っていうのは、なに?
 星渡りの民が来る周期ってこと?
 ……ていうか、わたしにとっては、国王とか騎士とかより、こっちの市井の人のほうがよっぽど安心できる気がするんだけど。
 独裁政治なんて、王様がこいつの首をちょん切れっていったら、それでおしまいじゃん……。
 とすると、このままこの兵士たちについていっていいのかな……。
 さっき王宮に住むことになるっていってたけど、町に住むのはだめなの?
 せめて、王宮に行くまででもついてきてもらうとか……。
 でも、下手したら2人に迷惑がかかる……?
 口に出そうか出すまいか、悩んでいるうちに、2人は出て行ってしまった。

「カワイサダメ様、お茶をどうぞ」
「あ、ありがとうございます、神父……」

 湯気の立つティーカップ。
 あれ、意外と作りが荒いな……。
 このカップ、白いは白いけど……、素焼き?
 なんかもっと優雅なのを想像してたのに……。
 普通は釉薬のつるっとした感じじゃないの?
 ……この国の生活レベルって、こんな感じなんだ……。
 一口すすって驚いた。

「っ……!」

 なに、これ……!?
 渋……っ!
 全然香りはしないのに、味はめちゃくちゃ渋い。
 色もやたらと濃くて、なんのお茶だかわからない。
 お、美味しくない……!
 周りを見ると、それぞれ茶を配られた面々は平気で飲んでいる。
 しかも、貴族っぽい上品な感じで。
 え、でも、これ、前々美味しくないよね?
 みんな我慢して飲んでるの……?

「お口にあいませんでしたか?」
「す、すみません……。お水かお湯、もらえますか?」

 え、ええ~っ?
 みんな、なんで飲めるの?
 これが普通なの?
 改めてもらったカップには白湯。
 あ、ようやく飲める。
 硬水っぽい感じ。
 やっぱり日本と同じというわけにはいかないよね。
 はあ……、でも少し落ち着いた。

「改めて我が王兵団の面々をご紹介差し上げてもよろしいでしょうか?」
「は、はい」

 明るい茶髪の青い目のイケメンが胸に手を当てた。

「副団長のウィル・ボーソンと申します。以後お見知りおきを」

 ピンク色の髪に茶色の目のイケメン。

「ノーマン・レイブンです」

 黄緑色の髪に赤灰色の目のイケメン。

「グレンザ・アルバートと申します」

 青い髪に灰色の目のイケメン。

「トマス・カレンです」

 最後にアデル団長が締めくくった。

「改めまして、王兵団長のアデル・エルバートです。
 名誉あるフェイデル王国貴族の誇りをもって、我ら一丸となりカワイサダメ様をお守りいたします」

 5人が5人とも甲冑のせいなのか、兵士としてのいで立ちのせいなのか、空間占拠率と圧がすごい。
 こ、怖~……。
 やっぱり、トビアスさんとエルビスさんにいてもらえばよかった……。
 思わず目を背けたとき、アデル団長が言った。

「全員、甲冑を脱げ」

 その命令と同時に、ガチャガチャと5人が重そうな白銀の甲冑を脱ぎだした。
 え、なにごと……。
 ぽかんとしていると、エレルメデス神父がそっと耳打ちしてきた。

「白銀の甲冑は、栄えある王兵団の証です。
 それを外すということは……」

 ということは?
 不思議に思ってエレルメデス神父を見上げると、にっこりと微笑んでいる。
 アデル団長が唐突に床に片膝をつくと、部下たちがそれにならった。


「この鎧を脱ぎ、身ひとつになろうとも、我ら一丸となってカワイサダメ様をお守りいたします。
 どうか、我々を信じて、王宮へいらしてください」


 ……え、これって、わたしがびくついてたせい?

 甲冑を脱いだのって、怖がらせないために気を使ってくれたっていうこと……?
 神父を見ると、そうですよっていうみたいに微笑んでいる。

「えと……、わ、わかりました……。
 あ、あと……。その、さっきは助けて頂いてありがとうございました……」

 アデル団長がぱっと顔を上げた。

「カワイサダメ様が御無事で何よりです。
 我らの配慮が行き届かぬばかりに、動揺させてしまったことを深くおわびいたします」

 ……た、確かにありがたいんだけど……。
 しばらくあの光景は忘れられなそう。
 思い出すだけで吐き気がしてくる。

 やば、手が震える。

「失礼いたします」

 エレルメデス神父がやさしく手を握ってくれた。
 そのぬくもりに少し救われる。
 ……この人は、いい人そう。

「エレルメデス神父も来てくれますか?」
「えっ……」

 エレルメデス神父が驚いたように目を見開いた。

「私の役目は星渡りのお方に加護を与えることだけですので……。
 でも、私がいたほうがいいとおっしゃるのなら、同行いたします」
「そ、そうしていただけると……。
 国王様に会ったあと、町に戻ってもいいですか?
 たとえば、ここにまた戻って来ても……」
「教会は構いませんが……」

 エレルメデス神父がちらとみると、アデル団長が慌てたような雰囲気を醸した。
 ほ、ほら、ほら、やっぱり……!
 何不自由なくっていってたけど、多分お城へ行ったら行ったで、きっと自由になんかならないんだ!
 そんなうまい話があるわけない。
 保護っていったって、言い換えたら体のいい監禁みたいなものかもしれないじゃん。
 独裁王政のやりそうなこと……!

「わ、わたしやっぱり、こっちがいいです。
 エレルメデス神父、教会に置いて下さい。
 もしだめなら、さっきのトビアスさんとエルビスさんを頼りに町のどこか……」
「わ、私どものことは、それほどまでにご信頼を戴けないということでしょうか……」

 アデル団長が、ずん……と顔色を重くしていた。
 4人の部下たちが気を遣わし気に団長を見ている。

「す、すみません……。助けて頂いたくせに……。
 でも、なにをもとに信頼したらいいのか、わからないんです。
 少なくとも、わたしのいた国では悪人であってもその場で切り捨てられるようなことはありません……。
 逮捕されたのち、その事件の経緯や現場を調べて、弁護士と検事が裁判で事件を明らかにしたのち裁判官がその罪の重さを判断します。
 政治としても国民が国民の中から複数の代表を選ぶ民主制という政治体系なので、ひとりひとりの命がもっと重いというか……。
 す、すみません、みなさんの国を非難するわけではないんですが……。
 とにかくわたしにはこの国の社会基盤のなにをもとに信頼したらいいのか……」

 そのとき、今まで黙っていた兵士の中から青い髪のトマス・カレンさんが顔を上げた。

「おおおっ! この度の星渡りのお方は政事や法にお詳しいご様子……!

 きっとこの国によりよい光をもたらしてくださいましょう!」

「えっ……?」
「失礼いたしました。私は今でこそ兵役についておりますが、もともとは文役を希望しておりましたもので」
「おい、余計な口を挟むな!」

 茶色い髪のウィル副団長がたしなめた。
 ぎくっ、と体が震えた。
 5人の中で一番鋭い目つきをしているのがこの副団長。
 体も他の4人より、ゆうに一回りも大きい。
 手練れというか剣豪というか、そんな気配がだだもれ。
 わたしが怯えたのがわかったのか、ウィル副団長が視線を下げる。

「失礼いたしました」

 きびきびとした武人然とした物言いも、あ、圧が……。
 いや、カッコイイはカッコイイんだよ……?
 でも、親しみやすさは皆無。
 そういうカッコよさは、ほんとフィクションの世界だけで十分だということを知る現在……。

「国王陛下にここへお出ましになっていただくことはできないのでしょうか?」
「なるほど、それも一計ですね」

 唐突なエレルメデス神父の提案に、アデル団長がすぐに同意した。
 えっ、ここに? 王様来ちゃうの?
 急きょそういうことになって、待つ間わたしはエレルメデス神父に捻挫を治してもらった。
 魔法みたいな神のご加護という力があるらしいこの世界。
 エレルメデス神父が言うには、主に貴族と言われる人にだけその力があって、平民にはないのだとか。
 え、なに、その不平等……。
 階級社会が神の加護をもとに作られているのだとしたら、人の上に人をつくらずって、この世界では初めから通用しないってことになるの?

「そなたが今世の星渡りか」
 振り向くと、濃茶の髪を後ろに撫でつけ、宝石みたいなまぶしい青い瞳のイケメンが立っていた。
 う、うわ……!? 最上級イケメン来た……!

 これが国王様……?
 もっとおじさんを想像していたけど、若いんだ……。
 全身真っ黒の服がまるで制服みたい……。
 金のきらびやかな飾りがなかったら、ちょっと喪服みたいかも……。

「父上は忙しい身の上でな、私が代わりに来た。フェイデル国第一皇太子のヘンデルだ」
「か、川井……ルビです……」
「ほう……」

 ヘンデル皇太子が物珍しそうにじろじろとみつめてくる。

「ほう、ほう……」
「……」
「ほう……、ふうむ、なるほど……」
「……」


 角度を変え、くるくると周りを回りながら。
 な、なに、これ……。
 わたし、珍獣かなんかですか……?


「気に入ったぞ!」
「ぎゃっ!」


 いきなり抱きしめられて、喉から鳥みたいな声が出た。
 て、ていうか、なに――っ!?
 いきなりのハグって!?




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