帝王の執着愛からは逃れられない ~桃の花 匂いたちたる 千と一夜~

国府知里

文字の大きさ
13 / 15

(4)

しおりを挟む
「それがお前の初恋か?」

 サイード様が少しも変わらない表情のままそう言った。

「は、はい……そうです」
「ふぅん……なるほどな……」

 サイード様が少し顎を傾けてなにかを考えるように黙った。請われるまま、思い出すままに話してしまったけれど、サイード様にとっては退屈だったかもしれない。僕がビルゲのようにもう少しでも頭が良ければ……。もっと簡潔にうまくしゃべれたのかもしれないけど……。
 そっと見ると、サイード様がおもむろに立ち上がった。

「うむ……。気に食わんな」
「え……」
「やり直せ、今すぐ」
「え?」
「アド」
「はい、失礼いたします」
 
 なぜか急にアドが部屋を出て行ってしまった。同時に僕も腕を引かれて立たされた。

「夕日にはまだ早いが、いいか、お前の初恋は今から、俺だ」
「え……?」

 どういうこと? 言っている意味がわからない……。
 サイード様が真剣な目をして僕を見下ろしている。でも、僕はサイード様がなにを言っているのか、なにをしようとしているのかが全然わからなかった。ただ見つめ返してぼんやり立っていると、ぎゅっと顎を掴まれた。

「お前の髪の色はなかなかいい」
「……? あ、ありがとうございます……?」

 おもむろに、サイード様が僕の手を取った。

「ふん……。握ってみろ」
「え?」
「いいから、握ってみろ」

 えっと……? 手を握ってみろってそういうこと?
 僕はそっとサイード様の指先を掴んでいる指に力を込めた。その途端ギュウッと強く握り返され、一瞬ビクッと身がすくんだ。

「レィチェ。俺を見ろ」

 低くつぶやかれると、魔法にかけられたみたいに僕の目はサイード様を見つめた。なんでも突き刺して凍らせてしまうような鋭いまなざし。すらっと一本通った鼻すじと形のいい唇。自然と、神様の壁画でも見ているような荘厳さと畏怖に満たされる。いつの間にか、クイッと顎が上に向けられていた。ふわっとサイード様の香りが鼻をつく。
 熱い吐息と共に、サイード様の口づけが降ってきた。

「くっちゅ、ぬっちゅ」

 あ、う……。ざらりと感度のいいところを舐め上げられて僕は身もだえした。サイード様、キスがうますぎる。
 かすかに目を開けると、逃がさないみたいにぎらつく青い光が見えて、僕はさらに身をすくめた。とたんに、サイード様が僕を離れた。

「ぬ? 違ったか。そうか、もっと軽くだったか」
「へ、え……っ」

 今度はそっと僕の両頬をサイード様の両手が包むと、毛布みたいな柔らかなキスが降ってきた。

 サイード様……。混乱しながらも、僕はようやくわかってきた。もしかして、サイード様は、僕の初めてのキスをやり直し、いや、上書きをしようとしているの……? な、なんで、なんのために……?
 あの日ほどの新鮮味はなかったけれど、ドキンドキンと不安が混ざった鼓動が胸を鳴らす。
 
「次は、なんだ」
「え?」
「ビルゲとの初めての夜はなにをした」
「え……っ」

 さっきから少しも変わらない表情なのに、サイード様はいったいどうしてしまったんだろう? どうして急に……。それにもしかして、僕のこと処刑するのを、やめてくれた……、ということ……?

「おい、次だレィチェ」
「あ、あの……」
「なんだ」
「ぼ、僕の処刑は……」
「今日はやらん。早く続くを言え」
「な、なんで……」
「気に食わんからだ。お前は俺の所有物。お前の中にある他のイーサンシュラーとの記憶、そんなものは必要ない」
「そ、それは……」

 ぐいっと包まれた両手で視線を強制された。

「過去も未来もお前の全ては俺のものだ。俺だけを見ていろ」

 ギクンと震えて体が素直に熱くなった。このぬくもりとこの視線……。
 どちらも僕を離してくれそうにない……。

*お知らせ-1* 本作を「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です。ぜひご活用ください!

*お知らせ-2* 丹斗大巴(マイページリンク)で公開中。こちらもぜひお楽しみください!

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

異世界転生した双子は今世でも双子で勇者側と悪魔側にわかれました

陽花紫
BL
異世界転生をした双子の兄弟は、今世でも双子であった。 しかし運命は二人を引き離し、一人は教会、もう一人は森へと捨てられた。 それぞれの場所で育った男たちは、やがて知ることとなる。 ここはBLゲームの中の世界であるのだということを。再会した双子は、どのようなエンディングを迎えるのであろうか。 小説家になろうにも掲載中です。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

処理中です...