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しおりを挟む「ラピュートナリアムの風習に多少興味が出てきた。昨日の話がまだ途中だったであろう?」
「え、あ……」
「食べながらでいい、話せ」
「え、えっと……」
どこまで話したっけ……、そうだ、セイクリッドの話だ。
「そ、その、セイクリッドの教えはサイード様が思っているようなものではなくて……」
「それはもういい。お前の初めての男は誰だ」
「え……」
「お前の初代のイーサンシュラーは誰だ」
「あ……、はい……」
僕がシェフテリィーであることは、僕より先にビルゲが気が付いた。ビルゲ・ドゥリーマン。幼なじみで、僕の初めてのイーサンシュラーだ。僕の生まれた村は都から遠い小さな農村で、ビルゲは村長の息子だった。頭が良くて、村では唯一眼鏡をしていた。ラピュートナリアムでは眼鏡は高級品で、村長くらいの家でないととても買える代物じゃなかった。とにかく本が好きで、ビルゲはいろんなことを知っていた。計算も得意で、少し気弱だけどみんなに平等で、村長を継ぐにふさわしい人物だった。ビルゲにはシェザムという同じ栗色の髪をした妹がいて、僕は大きくなったらシェザムをお嫁さんにしたいとなんとなく心の中で思っていた。
「お前、女が好きだったのか?」
意外そうに眉を掲げてサイード様がいった。
「あ、はい。初代のシェフテリィーも初めて好きになったのは女性だということでした」
「……ふうん」
でも、村長の娘と貧しい農家の息子では全然釣り合わない。そのころそういうことが僕にもようやくわかり始めてきた。僕は親友だったビルゲになんでも話していたから、ビルゲは僕のことをなんでも知っていた。パンを焼くのが上手のシェザムのことを僕が気に入っていること、でもこのままでは将来シェザムをお嫁にできないかもしれない、だからもっとたくさん麦畑を増やしたい。そういうことを僕はいつもビルゲに話して、ビルゲはいつも穏やかにそれを聞いてくれた。
夏のあるとき、村の子どもたちで川に遊びに行った。その日もいつものようにみんなで泳いで遊んで帰ろうとしたとき、僕の服だけがなくなっていた。みんなに聞いても知らないと言うし、なんだかにやにやと笑ってばかりで、僕はなにか変だなあと思いつつもなにがどうなっているのかわからなかった。そのとき、ビルゲだけが自分の服を貸してくれた。その帰り道で、ビルゲが突然言った。
「レィチェはシェフテリィーなんじゃないか?」
「え、僕? そんなわけないよ」
「いや、きっとそうだよ」
「シェフテリィーはもっと裕福な家、それこそビルゲの家みたいなところに生まれるんじゃないかな」
「いや、絶対そうだよ」
「なんでビルゲはそう思うの?」
振り返ったビルゲが耳まで真っ赤にしていた。そのとき僕はまだ、自分がシェフテリィーだなんてちっとも思えなかった。だけど、その日からビルゲは子どもたちのからかいから僕を守ってくれるようになった。初めは子どもたちしか気づかなかったけど、次第に大人たちも気がつき始めた。それから間もなくして、僕と父の住む家にセイクリッドのシェルが来た。
「君が新しいシェフテリィーのレィチェだね。私は山の神殿から来た。セイクリッドを知っているかい」
「う、うん……お父さんから聞いたことがあるよ」
父は僕がシェフテリィーだと知って、がっくり来ていた。妻を亡くした上に、ひとり息子の僕を失うことになるからだ。ここまで広げてきた麦畑も、引き継いでくれる人がいなくなってこんなむなしいことはない。僕も父を置いて山の神殿に行くなんて考えられなかった。
「それじゃあ、君はできるだけ早くイーサンシュラーを見つけた方がいいね。この村で君を大事にしてくれる人はいるだろうか」
シェルの呼びかけで、ビルゲが手を上げた。びっくりしたけど、まだシェフテリィーの役割がなんなのかよくわかっていなかったし、ビルゲの家に世話になれば村を出ずに済むと思ったから、すぐに承諾した。そのあとすぐ、僕とビルゲは儀式のために山の神殿を訪ねた。
山の神殿は静かな山間の中にひっそり立っていて、そのときは二十人位のセイクリッドが住んでいた。ほとんどが六十代くらいで、一番若いシェルでも四十半ばを過ぎていた。シェルはそこで、シェフテリィーの役割と、イーサンシュラーの心構えについて、僕とビルゲに教えてくれた。
「君たちは、自分の心のほかに、相手を思う心を大きく育てていくんだよ。ときに自分の心が大きくなりすぎて、相手を自分の思う通りにしたくなることがある。だけど、そんなときこそ、自分の心のとなりに、相手を思う心を置いて、相手がどうしたいかなにを考え思っているかをしっかりと感じることだ。それはどちらも、……ここ」
シェルはそっと自分の胸に手を置いて見せた。
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