帝王の執着愛からは逃れられない ~桃の花 匂いたちたる 千と一夜~

国府知里

文字の大きさ
上 下
7 / 15

第二夜

しおりを挟む


 翌日の夜。僕は自分の脚を抱えさせられて、のしかかるサイード様の重さと熱さを感じながら喘いでいた。

「あっ、ああっ、はあ、はああ」
「ふっ、んっ、ふ、ふっ」

 僕の中をサイード様が熱く強く行っては戻り、一番奥でぐいぐいと揺れ動く。もはやできあがった水音と、とめどない熱いため息。甘い圧着と摩擦の快楽。ああ、感じる。サイード様を、強く感じる……!
 サイード様が奪う様にして、僕の唇をむさぼった。

「ちゅっ、くちゅっ、ちゅ」
「んっは、ちゅっ、んっ」

 激しいキスに息もとぎれとぎれ。すぐ間近に麗しいサイード様の顔があるだけで、僕は動けなくなってしまう。だって、この長いまつげに囲まれた切れ長の氷の刃のような目。野生の獣でも目だけで射すくめさせてしまうみたいな迫力。とても、さ、逆らえない……。

 ぬっちゅ、ぬちゅと、僕の奥を突くサイード様。ああ……、熱い……熱くて、最高にきもちいい……。
 爆ぜるのが近い。
 あっと思った瞬間、がぶりと口を塞がれた。僕の中にサイード様の愛の液がたっぶりと放たれる。

「ん、ふ……んっ……!」
「ふぬ……っ!」

 あ……ああ……、サイード様……。ど、どうして……。
 どうしてサイード様は、僕のことを……。

 僕はついさっきまでのサイード様とのことを頭に描いた……。

 今夜、僕はガクガクと震えながら、サイード様のお目通りを迎えた。
 今朝目が覚めたとき、僕はひとりで汚れたベッドの上にいた。昨晩の最後、どうなったのかを思い出せない。いや、正確には、サイード様を喜ばせると豪語したにもかかわらず、サイード様の手のひらの上で転がされ、気を失うまで喜ばされたのは僕のほう。それだけははっきりと覚えていた。
 朝から晩までの時間で覚悟はできたつもりだったのに、サイード様の冷たい視線を目の前にすると、僕の血は湖の水のように冷えていく。僕の人生は、ここまでだ……。朝からずっと祈りの言葉を捧げて来たけれど、ちっとも祈り足りない。死ぬ覚悟なんてできてない。怖くてたまらない。ああ、僕の代々のイーサンシュラーたちはどうなるんだろう。ラピュートナリアムはどうなるんだろう……。怖くて聞けない。
 それに、僕はどんなふうに処刑されるんだろう……。どんなに痛くて、苦しいだろう……。ああ……。ここから処刑上に引きずられて行くのか、それとも、この部屋で誰にも知られることなく殺されるんだろうか……。

「レィチェ」

 ギクッと体が跳ねた。低いその声に全身が慄き鳥肌が立つ。喉がカラカラだ。震える顎を奥歯を噛みしめることで保って、僕はなんとか答えた。

「……さ、昨晩は役目を全うできず、弁明の仕様もございません。し……死をもってその咎を償うべく……」
「ふん、確かに口ほどにもなかったな。シェフテリィーの手練手管というのは」
「……申し訳も……、ち、力及ばず……」

 サイード様は手練手管というが、実際のところシェフテリィーになにか特別な技術が備わっているわけじゃない。ただ、真心を込めてイーサンシュラーとの愛の務めに励むだけ。文化が違うシャバーヌ国ではシェフテリィーは男娼と同じだと思われている。でもその実は全く違うものだ。だけど、それをいくら口で話したところで納得などしてもらえるはずがない。それは実際に心と心、体と体を合わせてみて、初めて伝わるものなのだ。だけど、その大切な夜、僕は失敗してしまった。昨晩が最初で最後のチャンスだったのに……。もはや、昨日の失態を取り戻すことはできない。
 下を向いていたら、くいっと顎を掴まれて顔を上げさせられた。目の前に冷たくも美しい青い瞳が僕を見下ろしている。

「ラピュートナリアムにお前のような男は多くいるのか?」
「え……」
「どうなんだ?」

 すぐにでも処刑されると思っていたのに……? サイード様はラピュートナリアム王国の文化についてはほとんど無知で、興味もないと聞く。最後と思って、僕の気を楽にしようとしてくれているのだろうか……?

「あ、あの……。は、話すと少し複雑で……」
「構わん、話せ」
「は、はい……」

 シャバーヌ王国から砂漠を隔てた山河にあるラピュートナリアム王国は農業が基幹の小国だ。シェフテリィーの風習が生まれたのは国が始まって間もないころ。ラーチェという名の男性がその祖だとされている。稀なる美貌を持って生まれたラーチェは、同じく美貌の双子の妹の代わりにとある福家のものとなる。双子の妹はすでに幼馴染の若者と婚約をしていたから、妹のためにラーチェは身を投げうったのだ。福家の主は男色を好んでいたわけではない。だが妹思いのラーチェの優しさと、妹をあきらめて提案を飲んでくれた主へ感謝の心は、真心と忠誠となって主を支えた。実際ラーチェの働きによって主の家はさらに栄えた。そんなある年、その家を訪ねた別の福家の男がラーチェを気に入った。大切にするから譲ってくれ。譲ってくれたら、そなたの家を永遠に支援しようとまで言う。主はラーチェをその福家の男に譲り、永代の庇護を手に入れた。ここで初めて、シェフテリィーの風習が生まれたのである。
 美貌の若者ラーチェはその後も数奇な運命をたどる。新しい家でも可愛がられ重宝されラーチェ。今度はさらに裕福な家の男が現れ、ラーチェを譲って欲しいと願い出た。以前にラーチェが暮していた家を永代庇護するという盟約がある旨を伝えると、それではその家も含めてそなたの家も永代に面倒を見ようと言う話でまとまった。それでラーチェは次の主の元へ行くことになり、これまでの家は新しい福家の庇護に置かれることになった。これと同じことなんと十二回続いたある年、ラピュートナリアム王がラーチェを欲しがった。そして、王家はこれまでラーチェを引き取り愛してきた者たちを幸運を手にした者イーサンシュラーと呼び、重く用い庇護したのだ。
 ラーチェが譲り譲られ過ごしてきた代々のイーサンシュラーの家々は、軒並み栄え、資産をや人脈を手にした。これが、どんな美しい娘より、賢くたくましい息子より、遥かにたくさんの幸福と富をもたらしたシェフテリィーの国習の始まりだ。
 シェフテリィーとはラピュートナリアムの言葉で桃香花。すなわち桃の花の香りや甘く柔らかな花のことを指す。ラーチェは桃色の柔らかな髪に、桃のようにふっくらとした滑らかな肌、そして桃色の唇をしていたそうだ。そしてその体からは不思議といつも淡く甘い芳香がしたらしい。まさに、桃の木を燃やした時のような甘いお香のような香りだったそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...