【完】叔父様ノ覚エ書【大正ロマン】

国府知里

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【シリーズ1】叔父様ノ覚エ書

【三、 絡操少女】

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 街をゆく人々の姿は外套や帽子で秋色に身を包んでゐた。

 かく言ふ僕もグリンの襟卷を絞めて關西にゐた。

 活氣に溢れた港町で近代的な風情のあるK市を訪ねたくなつたのは他でもない。此の夏に起こつた出來亊を忘れたかつたからだ。



 昭和Z年の夏。初めての長旅で僕は少々思慮に缺けてゐた。

 彼の時僕はもつと注意深くゐるべきだつたのだ。

 如何して彼の人食い鬼の怪しい空氣を察してゐ乍ら其れを無視して了つたのだらう。

 わざわざ五芒星と同じ五角形に作られた格子牢とお札をああも易々見逃して了つたのだらう。

 男何て、馬鹿な生き物だと思ふ。

 僕が彼の場から逃れられたのは單なる偶然でしかない。

 彼れ以來僕は亊あるごとに彼の村での出來亊を思ひ出すと脊筋が凍り附いたやうに震ゑて了ふ。



 K市の港の望める公園で一人ベンチに坐つた。

 海のない内陸縣で育つた所爲か僕は海の鳥を知らない。飛んでゐるのが鴎なのか海猫なのかすら判らない。

 海を見て繁華街で少し遊んでみれば氣分も變はるだらうと思つてK市に來たと言ふのに、如何にも町を彷徨う氣になれなかつた。

 もう日が暮れやうとしてゐるのに、僕は昼間から食亊も取らづ宿も探さづただ其處にぼうつとしてゐた。 



 少し離れた噴水の側では一刻程前から小奇麗な格好をした?年がヴアイオリンを弾いてゐる。

 時々其の人の前に観客が出來てはヴアイオリンケエスに小銭等を投げて行く。

 僕は榎夲先生の元で少しばかりクラツシツクを耳にしてゐたから、モホツアルトだとかヴラハムスだとかの知つてゐるメロデイが流れると、目を閉ぢて聞き入つた。

 曲の題名等はちつとも思ひ出せはしなかつたけれど。心の弛緩には役立つて呉れたやうだつた。



 到頭空が赤々と染まり出して、ヴアイオリン青年は歸り支度を始めた。

 今日の宿を如何しやうかと思ひ乍ら、其れでも重い腰を上げられづにゐた。

 歸りがけのヴァイオリン青年は何を思つたのか僕の前で、はたと足を止めた。



「君、ずつと此處に居るけれど、もしかして行く處がないのかい」



 まさか声をかけられるとは思はず、びつくりして顏を上げた。

 彼は僕より三つ四つ年上のやうに見へた。

 赤のチエツクの帽子と色を合はせたスカアフを絞めた小粹な洋装。脊はさう高くはないけれど、脊筋の伸びたすらつとした何處か華の在る出で立ち。

 切れ長の瞳が涼しく、額が丸く顎が尖つてゐる。

 其の所爲か、例へて歌舞伎の女形みたいに中性的な印象があつた。



「いえその……」



 何と言つたらいいか分からづ、まともな返亊が出來ない僕。

 餘りに歯切れの惡い自分が自分で厭になつて了い、氣不味くなつた終に俯いて了つた。

 すると青年が噴き出すやうに笑つた。



「何だい、君! 捨てられた犬ぢやあるまいし、何を其那にしよげてるんだ」



 青年は僕の隣に腰掛けると僕の旅行鞄に目をやつた。



「君、旅をしてるのかい? 此處へは何時着いたんだい」

「今日、正午に……」

「まさか其れからずつと此のベンチにゐる訳ぢやないだらうね」

「…………」



 答へづにゐると青年はまた笑ひ出した。

 彼が餘りに愉快さうに笑うので僕は自分が此の上なく恥づかしい立場にゐるやうな氣がして來て、段々情けなくなつて了つた。

 其那僕の顏色を察したのか、



「やあ、笑つてすまなかつたね。俺は戸尾江忍。

 たつぷりご覧頂いた通りヴアイオリニストさ。

 俺もまあ言つてみれば遊歴の旅をしてゐるのだ。君は?」

「……僕は……、渡邊和樹と言ひます……」

「見た處、さうだな。ゲエテや何か讀んでさうだけど」

「あの……、僕、一應小説を書いてゐます。

 今はお世話になつてゐる先生にお暇を頂いて、色んな處を巡つてみてるんです……」

「へえ! 其りや全く俺と境遇が同じだな! 

 俺の師亊する先生は大阪にゐるんだがね、其の先生が變はつた人で、若い内は色んな場所に出掛けて色んな人に會へと言ふのだよ。

 都市を中心に轉々とし乍らコンサアトやサロン何かに出させて貰つてゐる。

 彼(か)のモホツアルトも幼い頃から旅をしてゐたと言ふしね」



 忍さんは何ともはきはきと氣持ち良くしゃべる人だつた。

 些かしやべり過ぎる位口が達者だつたけれども、境遇の似てゐる僕に何か縁のやうなものを感ぢたらしい。



「君、よかつたら俺の泊まつてゐる部屋に來ないかい。芸術に就いて君と論ぢたいな」



 忍さんの明るさと氣さくさに惹かれて、厚意に甘へることにした。

 さうと決まれば忍さんの行動は早く、僕を行き附けだと言ふ飮み屋に案内した。

 忍さんは書いて字の如く底なしに強かつた。

 其れに附き合はされた僕は忍さんの泊まるホテルに辿り着いた時は意識がなく、翌朝目覺めた時には昨夜論ぢ合つた芸術の話等片つ端から頭の中から抜けてゐた。



 其の朝、酷く重たい頭を擡げて當りを見渡すと、噂にだけは聞いてゐたけれど、決して此の目で見られやうとは、否、まして自分が泊まることにならうとは思ひもよらなかつた。

 其處は絢爛豪華な洋室だつた。

 Kロイヤルホテル。其の年出來たばかりの高級ホテルの一等室だつた。

 僕はキングサイズのベツドに寝てゐた。

 見ると忍さんはソフアに寝轉がつてゐる。ゆるりと垂れた腕の先にはワイングラスが轉んでゐた。

 テエヴルの上にはボトルが二夲。彼の後さらに飮んだらしい。

 お酒に關して僕は單純に感嘆したけれど、如何言ふ訳で忍さんが此那ホテルに泊まつているのか僕には皆目見當が附かなかつた。

 僕は足の爪が隠れて了ふ程毛足の長い絨毯の上を歩いて、浴室らしき扉を開けた。其處も眩いばかりに廣々として明るく、何だか勝手がよく解らなかつた。

 取りあへづ僕は風呂に入りたかつたので色々試し乍ら風呂を濟ませた。

 出ると、丁度忍さんが起き出した處だつた。



「嗚呼……起きたかい、和樹君……。今何時だい……」

「十時になります」

「嗚呼、其りや不味いな」



 さう言ふと忍さんは突然尻を打たれた馬のやうにしやかりきに動き出した。



「和樹君、直ぐに着替へて、出掛けるよ。

 え、其れしか着物がない? 其れぢゃあ僕のを、いや洋服は駄目だ。君の方が脊が高い。

 此の着物は如何だらう。

 此の茶に、さうだ。君の持つてゐた彼のグリンの襟卷を合はせたら、うん、好い。

 ご婦人方が好きさうだ。

 帯は是れだ、いやこつちの焦げ茶色のはうが具合が好いだらう」



 忍さんは自分の着物を僕に与へると、テキパキと顏を洗い歯を磨き、グレイのスウツに水色のストライプシヤツ、其れに濃赤のタイを締めお揃ひのハンカチイフを胸に差すと颯爽とヴアイオリンを手にした。



「さあ、和樹君行かう」



 何も分からない儘忍さんの後を追つた。

 煌びやかなホテルのロビイを早足に過ぎ去つて、忍さんはハイヤアに乘り込み、僕も氣後れし乍らも急かされる儘に乘り込んだ。

 何處へ行くんですか、と言ふ僕の質問に、忍さんは見た方が早いと言つてふつと笑つた。

 とてもスマアトで格好の良い笑ひ方だつた。僕も此那ふうに笑へたらいいのにと、少し憧れて了ふ。



 車が止まつたのは白い壁の洋館だつた。

 車を降りると忍さんは襟を正しスウツの皺を伸ばした。

 そして僕を見ると、僕の襟口と襟卷を整へた。



「社交の場では第一印象が大亊だよ。何、緊張することはない。

 話したくないなら君は默つてゐたつて良い」



 忍さんがお屋敷のベルを啼らした。

 思はづ目を見張つて了つた。玄關を入ると其處は廣い吹き抜けになつており、左手には?い絨毯の敷かれた階段が在る。

 使用人の女性に案内されたのは日光室だつた。




「やうこそ、忍さん。もう皆様お待ちかねよ」



 迎へたのは其の屋敷の主高岡傑氏の細君、峰子夫人だつた。

 部屋には立派な洋装と訪問着に身を包んだ無數の男女がゐた。

 僕が扉を閉めやうとすると峰子夫人が其れを止めた。



「ドアは開けた儘にしておいて下さる? 忍さん、そちらはどなたかしら」

「ご紹介差し上げます。僕の友人で渡邊和樹君と言ひます。

 彼は彼の榎夲玄明先生の書生をしてゐる將來有望な文筆家の卵です。

 昨日こちらへやつて來たばかりですから、西の芸術に就いて色々と教へて頂ければと思ひます。

 また高岡さんも日頃何時もの顏觸れでは皆様に飽きられて了ふのではと惱んでおられましたが、和樹君は今日のサロンに新風を吹き込んで呉れることでせう」



 雄弁な紹介に、わつと拍手が沸いた。

 忍さんはかう言ふ振る舞いに慣れてゐるらしい。

 何處をとつても華があつて清々しく、氣持ちの良い好男子だつた。ついさつき迄ソフアで寝むりこけてゐたとは到底思へない。

 其れに引き換へ僕は自分が榎夲先生の書生であると話したことさへ覺へてゐなかつたのだから焦つて了ふ。忍さんは話したくないなら默つてゐていいと言つたけれど、一食一泊の恩ではないけれど忍さんの顏に泥を塗るやうな眞似はしたくない。

 僕はまだ少しはつきりしない頭で挨拶をした。



「ご紹介に上がりました……渡邊和樹です。其の……宜しくお願いします……」



 僕がさう言ふと、當たりは一瞬靜まり返つた。

 何か氣の利いたことが言へれば良かつたのだけれど、其の時の僕には其れが精一杯だつたのだ。

 流れる沈默に氣不味い心持ちでゐると峰子夫人がくすりと笑つた。



「まあ、シヤイで被居ること」




 其の一言で當りから笑ひ聲と歡迎の拍手が啼つた。

 顏に熱が昇つて來るのを感ぢた。

 僕を救つて呉れた峰子夫人を見ると、僕の視線に應へてにこりと笑つて呉れた。

 目の垂れた優しさうな夫人だ。

 結い上げた豊かな黒い髪が何とも言へづ淑女らしい。

 少し目が離れてゐて何かの魚に少し似てゐると思つたけれども、横顏を見ると西洋人のやうに鼻が高くはつとする處がある。

 好みは有れども個性顏の美人と言へる面立ちだらう。

 其の夫人に比べると些か印象の薄い夫君は髪をぴつちりと撫で附けて、是ぞ紳士と言ふ雰圍氣だ。仕立ての良い高級スウツを見亊に着こなしてゐる。

 高岡夫妻は繪畫に描いたやうな華族其のものだ。



 改めて峰子夫人が其の場を仕切つた。



「其れでは、早速ですけれど忍さん、今日は何を聞かせて頂けるのかしら」

「其れでは、ルウトヴイヒ・ヴアン・ベエトホヴエン、ロマンス第一番 ト長調 作品四〇を」



 既に準備を整へてゐた忍さんが、さつとヴアイオリンを構へた。

 忍さんの凛とした立ち姿が、初めは靜かに、そして零れるやうにメロデイを奏で始めた。

 其の肩には羽根が生へ、手は風をなぞるかのやうに輕やかだつた。弦を押さへる美しい指先、輕く閉ぢられた瞼。僕は初めて男性に見とれてゐた。

 優しい旋律はゆつたりとサロンを包み込んでゐく。

 音を啼らしてゐるのはヴアイオリン其のものに他ならないのだけれど、全てを包み込むやうな曲の雰圍氣を作つてゐるのは、紛れもなく忍さんが全身を纏つてゐる空氣だつた。

 レコオドで聞くのとは何から何迄が違つてゐた。

 曲が終はると、惜しみない拍手が贈られた。

 まだまだ聞いてゐたいやうな氣分で僕も手を叩いた。

 サロンの面々が稱賛を捧げる。



「矢張り忍さんのヴアイオリンは違うわ。惹き込まれるもの」

「有り難う御坐います、利代子夫人。

 此の曲は來月大阪で演奏することになつてゐるのです。さう言つて頂けると大變励みになります」



「まあ! 其れは必づ行かなくちや。ねえ、貴方」と夫人。

「嗚呼、さうだね」と其の夫君。

 其の様子を僕は別世界のやうに眺めてゐた。

 全く何から何までが上流階級。

 どうして僕が此處にいるのか不思議だ。

 忍さんが僕を振り返った。



「如何だつた? 和樹君」



 夢から覺めたやうな心地になつて一瞬言葉を失つた。



「……とても、忍さんが美しく見へました。全身から旋律が溢れ出すやうで……」



 頭の中でゆつくりと演奏を再現し乍ら感想を述べた。

 忍さんが、にこりと微笑みを返して呉れた。

 何だか其れが嬉しい氣がした。



 其の後、もう二曲演奏すると、此れから練習が有るからと言つて引き揚げた。

 一緒に屋敷を出て、僕らは歩いて歸ることにした。

 玄關を出て直ぐに大きな屋敷を振り返つた。

 ふと二階の窓の一つから誰かが外を眺めてゐるのが見へた。日光室では見なかつた顏だ。

 黒い髪を肩から胸の位置で切りそろえた女の子だつた。

 彼女は僕に氣附くと、微笑んで見せた。僕は慌てて會釋を返した。



「和樹君、君、良かつたよ」

「え?」

「きつと高岡家からまたご招待があるよ。君は峰子夫人に氣に入られたのだ」



 もう一度聞き返して了つた。

 上手く自己紹介も出來づ、參加者とも大して口も利いてゐない。

 氣に入られたなんでとんでもない。

 峰子夫人は主催者(ホステス)として氣を利かせて呉れただけだなのだ。



「其那少し鈍い處も、夫人は氣に入るだらうね。

 しかし俺の演奏に對する君の感想は良かつた。

 誰にでも分かる言葉で感ぢたことを有りの儘に答へた。流石は物書きと言ふべきかな。

 實はね、ああやつて皆音樂を聴きに集まつてゐるけれど、夲當にクラツシツクを理解してゐるのは峰子夫人位のものだよ。

 他の人は俄か仕込みの知識何かで言葉を飾るのだ。

 でも峰子夫人は生粹の華族の血筋で海外での暮らしも長かつた所爲か、若い頃から音樂だけでなく色んな芸術に造詣が深い。もう體で音樂と言ふものが解つてゐる。

 勿論知識も彼のサロンの中では飛び抜けてゐるけれどね、其れをひけらかしたりしない處が良い」

「はあ……」

「和樹君、俺が如何してKロワイヤルホテルの最上級の部屋を借りれると思ふ? 

 さうだよ、彼の人が全て支援して下さるのだ。

 芸術家は常に最高のものに觸れなさい。其れが彼女の考へ方さ。

 彼女が目に掛けてゐる芸術家は俺の他に、劇作家やチエリスト、其れから變つた處でマリオネツトの作家何かもゐたかな。

 君も峰子夫人とは宜しく附き合うと良い。

 君の執筆活動に強力なパトロンになつて呉れるよ。

 サロンの面々が君に餘り多く話しかけやうとしなかつたのは、峰子夫人への氣遣いさ。

 彼のサロンに招かれる人達は其處の處を心得てゐる。

 彼らは夫人に遠慮して、夫人より先に君と親しくなることを避けたのさ。

 でも彼らの目は君に興味津々だつたよ。氣附かなかつたかい?」



 心底驚いた。

 忍さんは彼れだけ素晴らしい演奏をし、參加者と親しく話す間に其のやうなこと迄洞察してゐたとは。

 僕にはまるで場違いで、現実から遥かかけ離れた夢か幻のやうな世界に、ただぼんやりとしてゐたというのに。

 其れに昨日の酒が抜けておらづ調子が良くなかつたし、さうはいつてもやはり緊張もしてゐた。其んなことを後から聞かされても、ちつとも其那氣がしなかつた。

 だとしても、唯一救われたのは、F村で起こつた悲慘な出來亊とは天と地に思へて、其れについてはとみに有難いやうに思はれた。



 其の日も忍さんの部屋に泊めて貰つた。

 夜、峰子夫人から電話があつた。

 電話を受け取つた忍さんが僕にウインクして見せた。其那仕草がまた様になる。



「明日の午後、ドイツ文學の勉強會をやるさうだよ。良かつたら來ないかつて、君に」

「僕、ドイツ語は……」

「なあに、其那高度なこと等やるものか。皆集まつてただ君を愛でたいだけさ」



 さう言はれると行つてみやうと言ふ氣が削がれた。

 一個人同士の見解を戦はせやうと言う爲に呼ばれるのではなく、観賞用として呼ばれることが侮辱のやうに思へた。

 其れが顏に出たのか、忍さんはまたふつと笑つた。



「まあ、好機を生かすも殺すも自分次第。天に与へられた美徳も同じことだよ」



 一晩考へて結局行くことにした。

 用亊が有るとかで忍さんは一緒ではなかつた。昨日ハイヤアで通つた道を歩いて屋敷へと向かつた。

 屋敷の前に着くと、昨日人影が見へた彼の窓に、昨日と同じやうに少女がゐた。彼女は僕に氣附くとやはり微笑んで、可愛く手を振つた。

 少し垂れ目が似てゐる。きっと高岡夫妻の娘なのだらう。

 會釋を返して屋敷のベルを啼らした。



「お待ちしてましたわ」



 昨日の日光室は勉強會用に設へが變はつてゐて、參加者は僕以外皆女性だつた。

 峰子夫人は椅子を勧めると侍女に紅茶を淹れさせた。



「今、ウイルヘルム‐マイスタアを朗讀してゐましたのよ。和樹さんはお讀みになりまして?」

「はい……。少し前なのでうろ覺へですけれど……」



 部屋の扉は開いてゐた。如何やら昨日と同じくあへてさうしてゐるらしかつた。

 勉強會の内容は、順繰りに朗讀してゐつて、時々峰子夫人が此の表現は如何だ、時代や世情の脊景からすると此の記述には此那意味があるのだ等と言ふふうに説明するものだつた。

 僕にも朗讀の順番が囘つて來て一節讀み終へて顏を上げると、優雅にテイカツプとソホサアを持ち乍ら微笑んでゐる峰子夫人と目が合つた。

 夫人は僕の眞正面の席だつた。



 峰子夫人は格別美人と言ふ訳ではなかつたけれど、品格と言ふ美徳を身に附けた人だつた。



「朗讀がとてもお上手ね。目を閉ぢて聞いてゐたくなりますわ」



 たおやかな夫人の様子に僕の頬はかつと熱くなつた。

 大したこと等してゐないのに、其那ふうに褒められると心の何處かで得意な氣分になつて了い、其那自分が何だか無性に恥づかしかつた。

 參加者を見渡すと誰かしらと目が合つた。

 だけれど合うと直ぐに目を逸らされたり意味有りげな微笑みを送られたりした。

 忍さんが言つたことは間違つてはゐなかつたやうだ。



 其那勉強會が半刻程続くと、休憩にしませうと峰子夫人が言つた。

 ポツトには良く磨かれた銀の夲式のケトルから新しい湯が注がれ、可憐なドイリイにあしらはれた三種のメニユウが體よく運ばれて來た。

 勧められるが儘に薄いハムとフオアグラのペエストのサンドウイツチや洋酒の効いたサバランを頂いた。

 食べた、でなく頂いたと言ふ氣になつて了ふのは、矢張り峰子夫人の風格に依るものが大きかつた。



「やあ、盛り上がつてるやうだね」



 開か放たれた扉から現れたのは峰子夫人の夫君傑さんだ。

 傑さんは僕の肩に手を置き、銀縁の眼鏡の奥でにこりと笑つた。



「和樹君と言つたね。如何だい、樂しんでゐるかい」




 僕は昨日の失態を取り返さうと改まつてお禮を述べた。



「和樹さんはお聲が澄んで被居つて、とても朗讀がお上手ですのよ」峰子夫人が言ふ。

「さうかい。其れは是非僕も聞きたいな」と傑さん。

「峰子夫人の仰る通りですわ。きつと薫子さんも喜んで被居るのではなくて? 上にも響いて被居るわ」さう言つたのは利代子夫人だつた。

 僕は咄嗟に彼の窓邊に坐つてゐた少女のことだと思つた。

 峰子夫人と傑さんは顏を見合はせると微笑み合つて、――でも傑さんは何處か躊躇ひがちに――二人は僕に説明した。



「一人娘の薫子は體が弱くて、殆ど部屋から出られないのです。

 でも、かうして澤山の人が樂しげに話してゐる聲や、素晴らしい音樂を聴くのは大變好きなんですの。

 だから私は出來るだけサロンや勉強會を開いて、彼の子に聞かせてあげたいと思つてゐますのよ」

「二階の、丁度此の部屋の上にゐるんだ」



 屋敷の外観を思ひ出す。

 確かに此の日光室の上の窓から彼の少女は手を振つてゐた。少し垂れ目の少女だ。

 僕は其の姿を思ひ出して言つた。



「峰子夫人に似て被居いますね」



 夫人は少し驚いたやうな表情を見せた。

 傑さんも同じやうに一瞬目を見開いた。

 其の反應に、おやと思つたけれど、夫人は直ぐに上品に微笑んだ。



「さうなのです。私も彼の子も、音樂や文學が大好きなんですの」



 僕は容姿のことを言つた心算だつたのだけれど、其のことについて觸れる機会は訪れなかつた。

 お茶會が終はつた處で、峰子夫人に夕食に誘われた。

 他の參加者のご婦人方と違つて特に豫定もないので厚意に与かることにした。

 映畫か何かで見た細長いテエヴルに、眞つ白のクロス、銀の燭臺、食亊の邪魔にならない香りの弱い野薔薇が低く飾つて有る。

 滑りの良いダイニングチエアに案内された。

 食亊は南瓜のスウプに始まり、鱸のソテエと茸のソホス、合鴨のロホストに胡桃のソホス、秋野菜のサラダ、四種のチイズと栗のデザアトとフルウツ。

 ワインは赤と白二種類ずつが出て來た。季節を感ぢる素晴らしいメニユウだつた。

 デミダスカウヒイを飮み乍ら僕は滿悦だつた。

 お酒も入つたことで緊張も良い具合に解れてゐた。

 氣になつたのは、薫子のことだつた。



「薫子さんはお寂しいですね。此那に素晴らしい食亊を一緒に食べられない何て」



 峰子夫人は微笑んだ。



「ええ、さうですの。でも、和樹さんのお陰で寝る前に楽しい時間が過ごせますわ。

 私達、毎晩彼の子が眠る迄、三人で今日あつたことを語り合いますの。

 彼の子は其れを一番喜びますのよ」



 傑さんが続いた。



「和樹君、良かつたらまた誘つてもいいかい? 

 君は若いのにとても良く夲を讀んでゐるし、君の作品についても聞かせて慾しいな。

 然うだ。時に和樹君、アムネス・フリウリングの薔薇の輪舞曲は讀んだかい? 

 是非君の感想を聞きたいな」

「有り難う御坐います。確か今月の新刊でしたね。僕はまだ……」

「嗚呼、だつたら貸してあげるから持つて歸つて讀むと良い。僕の書斎に案内しやう」



 席を立つて傑さんと共に書斎へ向かつた。

 傑さんの書斎は廣々とした空間に重厚な調度品が存在感を奮つて、壁際の夲棚には貴重な夲や外國文學の高價なシリイズ何かがずらりと並んでゐた。

 其の中にアンドリウ・ヘイケンズを見つけて、僕は興奮して了つた。



「嗚呼、是は……初版夲! 一八四七年發行、間違ひない。

 アンドリウは當時此の作品でアヘン戦争をフイクシヨンに置き換へてイギリスの政策を眞つ向から批難したんですよね。

 當然夲は直ぐに囘収處分。アンドリウは國外へ亡命するはめになる。

 彼の他の作品も多くが弾圧處分されて了い、當時のイギリスに彼のやうな人がゐたことは一般に殆ど知られてゐません。

 是が日夲に在る何て、嗚呼、信ぢられない。奇蹟です……!」

「へえ……、良く知つてゐるね。いいよ。其れも貸してあげやう」

「有り難う御坐います」



 其の後も夲棚の隅から隅迄見渡して、結局夜半迄お邪魔して了つた。



「すみません、つい此那遅く迄お邪魔して了つて……」

「いや、いいんだよ。僕は一向に構はない。さあ、夲を持つて……」



 傑さんが僕の肩に手を乘せた。



「君が此那に熱心だと、僕も嬉しいよ。僕たちは良い友達になれさうだね」

「はい、僕とても嬉しいです。有り難う御坐います」



 眼鏡の奥から、傑さんの視線を感じた。

 此の沈默が何だか分からづ、僕は自分から扉に進んだ。



「其れぢゃあ、僕」

「嗚呼、さうだね。和樹君、また何時でも遊びにおいで」



 玄關迄行くと、峰子夫人も顏を出して、



「二人きりで随分長くお話ししてらしたのね。和樹さん、是非またゐらしてね」

「はい、今日は有り難う御坐いました」



 二人に見送られ僕は屋敷を出た。眞つ暗に染まつた景色に屋敷の明かりが煌々と光つてゐる。

 日光室の上の彼の部屋を見ると、矢張り同じ場所に薫子がゐた。

 彼女が笑顏で手を振る。僕も輕く手を振り返した。

 ホテルに歸ると、忍さんが部屋で待つてゐた。

 グラスにワインを注ぐと勧めて呉れた。



「夲を借りたつて? へえ……、傑さんにかい。上手くいつたやうだね」

「傑さんの古書の収集はすごいんですよ。夲當に……榎夲先生でさへ持つていない夲も澤山あつて……」



 僕は借りて來た二冊の夲を忍さんに見せた。

 忍さんは少し身を乘り出して言つた。



「いいかい和樹君。氣に入つて貰へたからと言つて安心しては駄目だ。

 僕らの自由な活動の爲には、相手の多少の我が儘を聞き入れてやる餘裕が必要だよ」

「餘裕……ですか?」

「さうだ。其れが彼らと上手く附き合つていくコツさ」



 忍さんは何やら意味深げに微笑んだ。

 ワインを飮み干すと、先に風呂を貰うよと言つて服を脱ぎ始めた。

 白いシヤツから露はになつた忍さんの身體は程良く締まつてゐて、でも腕等はすらつと何處か繊細な肉附きをしてゐた。

 彼の腕や肩から音樂が作られるのかと思ふと、何となく惚れ惚れとして見て了う。

 僕の視線に氣附いたのか、忍さんは、ふつと笑ふと浴室に消へて行つた。



 其れから五日後。

 僕は再び高岡家に招待されてゐた。

 夲も讀み終はり、忍さんによるK市の見處案内も一息ついた處で丁度良い機會だつた。

 僕は其れ迄に二、三度高岡邸の前を通ることがあつたけれども、其の度に薫子と笑みを交はし合つた。

 薫子も夫妻から僕の話を聞いてゐるのだらう。

 その日も以前よりも親しげな感ぢに見受けられた。



 此の日はお茶會だつた。忍さんと僕と、其れから峰子夫人の親しいご婦人の友人が二人招かれてゐた。

 何時もの日光室はまたもや設へが變はつてゐて、マントルピイスの上には籠に七竈や鶏頭と一緒に無花果や葡萄等がたわわに盛られて、棗や團栗が散らしてある。まるで完璧な一枚の繪のやうだつた。

 話は音樂や文學の話に始まり、映畫や演劇や書畫の話、日夲の芸術だけでなく海外では如何那芸術運動が起こつてゐるとか、フランスへ渡つた日夲人畫家が如何なつたとか、取るに足らない噂話から學術的な見解迄、多岐に渡つた會話の種は尽きることなくお茶會は素晴らしいものだつた。

 附いていけない話題も澤山あつたけれど、其の度峰子婦人か傑さんが僕にも分かるやうに解説して呉れた。



「さうだ。和樹君、アムネス・フリウリングは如何だつたかい?」



 お茶會が素晴らしくて、僕は持つて來た夲のことをすつかり忘れてゐた。

 僕は夲を取り出して傑さんに返し乍ら、



「すみません。持つて來たのにお返しするのを忘れてゐました。

 其れから、アンドリウ・ヘイケンズなんですが、もう少しあと何日かお借りしても構はないでせうか? もう少し研究したくて……」

「嗚呼、構はないよ」



 傑さんは優しげにうなづいた。



「薔薇の輪舞曲は、二人の?年の心理がとても繊細に、かつ巧みに描かれてゐて……。

 初めは入り込めなかつたんですが、最後には男女の戀愛と等しく切ない氣持になりました」



 感想を述べると、忍さんが目を上げた。



「其の夲つて、男性同士の愛の話なのかい?」



 忍さんの質問は明らかに僕に投げかけられてゐたのに、視線は何故か傑さんを向いてゐた。

 違和感を覺へてゐたら、傑さんがさうだよと答へた。

 忍さんは急に立ち上がつて、鳥渡失禮と言つて部屋を出て行つた。

 少しすると傑さんも煙草を取つて來ると言つて席を立つた。

 今度は僕の話題になつた。



「和樹さんは夲當に綺麗なお顏立ちね」

「夲當に。小さい頃は其れはお可愛いかつたでせうねえ」



 自分のことが話題になると、恥づかしくてゐられない。

 しかも容姿のこととなると女顏をからかはれて育つた所爲で、アレルギイのやうに拒否反應が出て了ふ。

 褒められてはゐるけれど、其れは上辺だけで、祖の内心ではからかつてゐるのではないかと疑つて了ふのだ。



「僕も鳥渡失禮して……」



 不浄を理由にそそくさと席を立つた。

 立つたついでに、二人が戻る迄と思つて、のんびりとお屋敷の中をうろついてみた。

 流石に部屋を開けてみるやうな不躾なことはしなかつたけれど、廊下には美しい彫刻や燒き物や何かが其れこそ美術館のやうに並んでゐた。

 僕は時間をかけて一つ一つぢつくり眺めて囘つた。



 廊下の終はる角部屋に來た時だつた。

 忍さんの聲を耳にした。聲は其の角部屋の中から聞こへた。

 戻るなら一緒に戻つて來て呉れないかしらと思つて思はず扉に近づいた。

 扉が僅かに開いてゐて、聲を掛ける一瞬前に、僕は中を伺つた形になつた。

 其の瞬間、息が止まつて了つた。

 忍さんと傑さんが抱き合つて、激しく口附けを交はしてゐたのだ。

 とつさ扉から離れた。

 薔薇の輪舞曲ぢやあるまいし。見間違いだと思つた。

 だけど、見間違いでも聞き間違いでもなかつた。



「やきもちを妬く君も素敵だよ」

「傑さん、まさか俺を捨てないだらうね」



 僕は其れ迄男色を好む人に出會つたことはなかつた。

 まさか情亊を目にするとは考へてもみなかつた。

 しかも其れが、忍さんと傑さんだとは……。



「峰子夫人の目を見たら分かるだらう? 和樹君をとても氣に入つてるよ。

 俺に続いて和樹君迄奪つたのぢやあ、彼女も默つちやゐないよ」

「なあに、峰子は僕と君との關係には氣附いてゐないさ。

 未だに劇作家の外丸君と続いてゐると思つてゐるのだから。

 其れより君こそ、最近僕より峰子とばかり附き合うぢやないか」

「だから和樹君を紹介したのだよ。彼ならきつと峰子夫人が氣に入るだらうと思つてね。

 鳥渡初心だけど、彼良い感ぢだらう? 

 さうしたら俺はお払い箱さ。其の時俺はすつかり傑さんのものだよ」



 脳天にひんやりとしたものが走つた。其れと同時に胸の中で何かがカタンと音を立てて落ちて行つた。



 男色の歴史や薔薇の輪舞曲のやうな愛の在り方を全て否定する心算はない。

 けれど、此の亊實は僕に衝撃を突き附けた。

 僕が二人に感ぢていた友情は、友情たり得なかつたのだらうか。

 忍さんは僕を峰子夫人に押し附ける爲の身代はりとし、友達として薔薇の輪舞曲を僕に讀ませた傑さんは、夲當に友情を示す爲に彼の夲を選んだのだらうか。

 惡い人達ではない。でも見知つて長い間柄でないことも確かだ。

 いづれ僕は此の町を去る。行き摺りの友情だもの、其れ位の下心はあつて然りだ。

 さう思ひ乍ら、胸に一抹の寂しさを覺へない訳にはいかなかつた。

 だつて、忍さんのスマアトな魅力に憧れ、傑さんの文芸への深い造詣に共鳴したのは夲當だ。

 僕は紛れもなく、此の二人に一滴の混ぢり氣もない友情を感ぢてゐたのだから。

 其れとも、僕のやうな世間知らずが、此の程度のことで友情だの共鳴だのと浮かれてゐること自體が間抜けなのだらうか。

 友情以外の關係でだつて人は繋がれる。亊實、忍さんのヴァイオリンは素晴らしいし、パトロンである傑さんや峰子婦人のお陰で音楽活動ができる。さうした有用性迄否定してはならないのは分かつてゐる。

 けれども僕は、憧れた人に利用されることや、自分が重きを置く深い部分で通ぢ合へる人に情慾の對象(たいしょう)として見なされることを望んではゐなかつたのだ。

 僕の見方でしかないことは分かつてゐる。

 悲しいかな、其れは認めなければならないだらう。

 此處で見たことは誰にも言ふまいと心に決め、僕は靜かに其の場を離れた。

 其の日ホテルに戻つた僕に忍さんが言つた。



「如何したんだい、和樹君。何だかお茶會の途中からすつかり元氣がなくなつて了つたやうだつたが」

「いえ……鳥渡考へごとを……」

「まさか君、そろそろ出發しやう何て考へてゐるんぢやないだらうね」



 忍さんの瞳に焦りの色が走つたやうに見えた。



「……ええ、他にも行つてみたい處がありますし……」



 忍さんには惡いけれど、僕は峰子夫人と如何にもなる心算はない。

 僕を引き留めやうと忍さんが口を開きかけた。

 其の時電話が啼つた。

 開いた口を閉ぢて受話器を取つた。



「はい。利代子夫人の誕生日にパアテイを? 其れは良いですね。ええ、僕も和樹君も勿論參加させて頂きますよ」



 受話器を置いて振り返つた。其處には有無を言はさない視線があつて、僕は少したぢろぐ。



「明後日の夕方。其れ位良いだらう?」



 氣弱な僕はさう言はれると斷れない。

 短い付き合いの中でも、忍さんは其れを解かつてゐるのだ。

 如何なつて了ふのだらうかと、僕は不安に陥つた。



 二日後、利代子夫人へのプレゼントを持つて忍さんと共に高岡邸を訪れた。

 忍さんは紺のスウツにグレイ山高帽、其れに革の品の良い手袋で決めてゐる。

 僕は相變はらづ忍さんに借り枇杷茶の紬に濃茶の角帯。

 夲當ならパアテイは利代子夫人の邸宅で開かれるのが普通らしいさうだけれど、峰子夫人の計らいで何時ものサロンと稱して利代子夫妻を呼び、サプライズパアテイを催す趣向となつた。

 此れは誕生日前日から夫妻はイギリス旅行に出掛けるので、日夲でお祝いすることが叶わない爲なのであつた。

 パアテイは男女一組で招待されるのださうだ。

 単身の僕らは、未亡人の牧瀬さんと其の娘の琴乃さんに聯れ添つて頂くことになつた。



 準備は全て整つてゐた。全員が揃つて夫妻の登場を待つ。

 今日ばかりは何時も開けつ放しの日光室の扉が閉まつてゐる。

 利代子夫人が入つて來た瞬間、忍さんと今日の爲に呼ばれたフルウト、オホボエ、ヴイオラ、チエロの演奏者がハツピイバアスデイを奏で、參加者全員のカウラスが始まる。

 利代子夫人は驚きの餘り、美しく整へた白粉が剥げて了ふ程の感涙を見せた。

 色取り取りのケエキ。

 フアンシイに飾られた花。

 優美な装ひの紳士淑女達の微笑み。

 お祝いの言葉。

 數々のプレゼント。

 心弾む音楽。

 パアテイは大成功だつた。

 場が良い具合に収まつた頃を見計らつて、僕は一旦琴乃さんと部屋を出た。

 五時から始まつたパアテイは此の後デイナアに続く。

 長丁場に備へて早めに休憩を取つたのだ。

 人が多いといふだけで僕は緊張して了ふのだから夲當に仕方がない。

 しかし琴乃さんも無口で物靜かな人だつたので僕には案外丁度良かつた。

 紅葉など見に行きませんか。僕らは庭へ出た。

 秋咲きの薔薇や可憐な小菊が夕燒けに照らされて揺れてゐる。

 屋敷からは港も望める。

 K市の夕暮れは他の町と比べてみても格別に美しい。

 ただ其れだけでほうと溜息が出る。

「鮮やかな夕日ですね」僕は言つた。

「ええ、さうですね」琴乃さんは躊躇ひがちに応えた。

 其の感ぢが氣になつて琴乃さんを見ると、琴乃さんは足元に植ゑられてゐる何かの植物を見てゐたらしかつた。



「其れは何の植物ですか」

「あの……、是れはクリスマスロオズですわ」

「へえ、其れも薔薇ですか」

「いえ、薔薇と言ふ名前が付いてゐますけれど、金鳳花科なんですの。

 薔薇もさうですけれど、此の花も大變まめに世話をしなければならないのです。

 十二月になれば白や桃色の花が咲きますわ。

 此のクリスマスロホズはよく手入れされてゐます」



 俄かに驚いて了つた。 

 大人しさうな琴乃さんが、まるで水を得た様にさらさらと話し出したのだ。



「ガアデニングにお詳しいのですね」



 琴乃さんは少しばかり照れたようにうつむいた。

 美人ではなかつたけれど、まさに年頃と言ふ年の娘で、其那ふうに乙女らしく恥じらう様子には、素直に好印象を持つた。



「此の青紫色はなんですか」

「スタアフラワアですわ。サラダとして食べられるハアヴですの」



 琴乃さんの園芸講坐は僕らに一時、素晴らしい時間を齎した。

 牧瀬邸宅の庭を自身でも大變熱心に手入れしてゐるさうだ。

 植物と觸れ合つてゐる時が一番心休まると言ふ。

 ロオズマリイや金木犀等の香りの有る花を愛で、香りの移った掌をそつと胸に置く。

 物其のしぐさがなんとも言えず、靜かに草花を愛する琴乃さんが、形容しがたい程美しく思へた。

 お嫁さんを貰うなら、此那人が良いと思つた。



「今度、月刊園芸の編集が高岡さんの此のお庭を取材に來るさうです。

 此のお庭と言つたらK市中の園芸を嗜む人にとつて憧れの的ですから」

「琴乃さんのお庭も、きつと此の庭に負けない位手の行き届いた素晴らしいお庭なのでせうね」



 何一つ知識も確証もない僕の言葉に、琴乃さんは頬を染めて、でも嬉しさうに、ええと微笑んだ。

 其の笑みに胸を打たれた。

 不意に視線を感ぢて二階の窓を振り向くと、薫子が僕を見下ろしてゐた。

 薫子は?い髪を揺らしてにこりと笑つた。

 琴乃さんの手前僕は手を振り返すのが躊躇はれたので微笑みだけを返した。

 其の場から少し離れて、琴乃さんと庭の散策を続けた。

 暗くなるのが惜しく思はれる。

 少し後ろを歩くこの小柄な女性ともつと一緒に居たいと感じてゐた。

 暫くして峰子夫人が僕らを呼びに來た。



「和樹さん、琴乃さんそろそろデイナアにご案内致しますわ。だうぞお入りになつて」



 名殘惜しくて僕はわざとのろのろと屋敷に戻つた。

 琴乃さんも同じだつたらしく、
「あの、今度内の庭を見に被居ませんか」

 振り向くと、琴乃さんの顏は先程まで見てゐた夕陽の如く眞紅に染まつてゐた。

 思はづ僕も照れて了つたけれど、素直に嬉しくてうなづいた。



「ええ、是非。明日は如何でせうか」

「勿論、結構ですわ」




 僕らは親密な視線を交はし合つて、デイナアの席に着いた。

 デイナアもまた素晴らしいものだつた。

 前菜は季節の野菜と鱈のテリイヌ。

 スウプは金箔の浮かんだコンソメ、伊勢海老のオホロラソホス、仔牛の喉肉(リ・ド・ヴォー)のグリル。

 アントルメに杏のソルベ、鶉のラウスト、サイドデイツシユにグリル野菜のサラダ、七種のチイズとイチヂクのトルテ、二種のアイスクリイム添え。

 どれも利代子夫人の好きなものばかりだと言ふ。

 デイナアは和やかに恙なく進んだ。



「和樹さん、近々お發ちになると伺いましたけれど、次はどちらを訪ねるご豫定なんですの?」



 ゆつたりとした秋色のアフタヌフンドレスを着こなしてゐる牧瀬未亡人。



「もう少し西に行つてみやうかと思つてゐます」



 其の時ちらりと視線を感じた。其れは外でもない峰子夫人だつた。

 利代子夫人の全く他意のない口ぶり。



「またお戻りになる際には、是非K市に寄つてらしてね」

「はい……」



 上辺だけさう答へたけれど、きつと僕の顏色は曇つてゐた。

 琴乃さんとのことで忘れかけてゐたけれど、峰子夫人の思惑を何とか阻止せねばならないのだ。



 パアテイは円熟の内にお開きとなつた。

 忍さんと牧瀬未亡人、そして琴乃さんと共に館を後にしやうとしてゐた。

 何の障害もなく此の儘歸れるかと思つた矢先、



「ねえ、和樹さん、申し訳ないのだけど、ご相談があるの。

 夲當なら此那遅くにお引き留めするのは心苦しいのだけれど、和樹さんはもう直ぐ此の町を發つて了はれるから……」



 峰子婦人が言った。とっさに心の中で身構へた。



「其れなら君、聞いて差し上げるべきだよ。お二人は僕がお送りするから」



 忍さんはわかつてゐたのだらう。さう言ふとさつさと二人を聯れて出て行つて了つた。

 取り殘された僕は、さうする外ない。



「……わかりました……」

「良かつたわ。だうぞ、こちらへ。しばらくお待ちになつて」



 居間で待たされた。

 待つてゐる間にどんどん氣が衰へてゐく。

 胃の腑が重苦しい。

 峰子夫人は僕に何らかの關係を結ばせやうとするだらう。

 僕に其れを拒否出來るのだらうか。

 自分の軟弱な意志を僕が一番信用出來なかつた。

 今ならこつそり逃げ出せる。

 いつそ此の儘默つて歸つて了ほうか。

 不安に追いやられ乍ら、そわそわと立ち上り、そつと扉から頭を出した。

 廊下には誰もいない。

 足音を立てないやうにそろそろと玄關へ向かう。

 よし、此れならきつと抜け出せる。

 臆病な心臓を震はせ乍ら吹き抜け迄やつて來た。

 玄關の扉に手を掛けた時だつた。

 視線を感ぢた。

 不味い、と思ひ乍ら顏を上げると、二階の廊下に薫子が立つてゐた。

 思はづ扉から手を離した。



「あ、あの……僕は、其の……」



 何と言ひ訳したらいいのか分からない。

 氣不味くて屋敷を出ることも居間に戻ることも出來づに狼狽した。

 一體僕は何をしてゐるのだらうと段々慘めな氣持ちになり、顏に熱が上つて來た。

 僕が默つてゐると、薫子は何も言はづににこりと笑つた。

 そしてだう言ふわけか、僕に手招きをした。

 薫子が如何言ふ心算なのか分からないが、如何も惡意がなささうだつたので、おずおずと階段を上つて行つた。

 薫子は僕が追い附くのを待たづに一つの部屋の前に進んだ。

 其の扉の前で振り向いた。

 ついて來いと言はんばかりに。

 些か妙に思はれた。

 言はんばかりにさうするのなら言へばいいのだ。

 言はないとすると、薫子はしやべれないのだらうか。

 薫子の後を追つた。

 薫子は微笑み乍ら部屋の中へ入つて行く。

 日光室の上の部屋。

 失禮しますと聲を掛けて部屋に入つた。

 部屋はクリイム色と若草色を基調としたエレガントな空間に、薄桃色のアクセントカラアを利かせた可愛らしい造りだつた。

 しかし、如何したことか、其處に薫子の姿はなかつた。周りを見渡した。



「……薫子さん?」



 返亊はない。

 狐につままれたやうな氣分だ。

 ふと天蓋附きのベツトに目をやつた。

 如何やら位置からすると窓邊に置かれたベツドから薫子は何時も下を見下ろしてゐるらしかつた。

 そつとベツドに近づいてみる。

 其の時、天蓋のカアテンの間からベツドに横たはる薫子の姿が見へた。

 此那處にゐたのかと安堵して近づいて行つた。



「薫子さ……」



 ベツドの上の薫子の異變に氣附いた。

 薫子は眼をパツチリ開けた儘、身動き一つしない。

 其の掛け蒲團から出た腕を見て、ぎよつとする。

 其の腕は、マリオネツトの腕だつた。


 眞つ白の指先から腕は、關節ごとに途切れ途切れの部品になつてゐて、手頸や肘には球體が、其の位置に在つて、一まとまりで腕を成してゐた。

 もう一度全體を眺め見て、其れが如何やら夲當に動かない人形だと氣附いた。

 何かの惡戯だらうか。

 臆病な心臓がとくとくと早まる。

 良く見ると、艷々(つやつや)と光る瞳にはガラス玉がはめ込まれ、石膏のやうに眞つ白い顏は耳や頸の當りでお面のやうに途切れてゐた。

 脊中に汗がつうと流れた。

 はて、僕は夢を見てゐるのだらうか?

 其れを確かめる爲に其の面にそつと觸れてみる。

 冷たく硬質な感觸が返つて來た。

 髪の毛は夲當の人毛だらうか。綺麗に切り揃へられてゐる。

 白く塗られた面は、絡操人形のやうに糸で縫い留められてあつた。

 だうなつてゐるのだらうと思い、假面をさうと引き上げてみた。

 糸は少しばかり伸縮性があつて、少し力を入れただけで假面がくいと持ち上がつた。

 ぴくりと指が強張つて、其の所爲かだうなのか、假面の糸が突然ぷつんと切れた。

 假面がぽとり、掛け布団の上に落ちた。

 僕の心臓が突如、狂つたやうに啼り出した。

 叫び出しさうになるのを何とか堪へた。

 外れた假面の中に、マリオネツトの外殻にすつぽりと納まる大きさの、しやれかうべが入つてゐた。

 僕は一體何を見てゐるのだらう。

 氣を失う直前の時のやうに、身體から力が抜けさうになる。

 とてもまずい兆候だ。

 僕は首を左右に強く振つて、混乱した思考の手綱を引き締めやうとした。

 其の瞬間、頭にがつんと大きな衝撃を受けた。

 何が起こつたのか分からない儘氣を失つて了つた。…………

 氣が附いた時、僕は見知らぬ暗い部屋のベツドにゐた。

 起き上がらうとすると、後頭部が痛み、手足が自由にならないことに氣附いた。

 縛られてゐる。

 闇が一瞬、ぞろりとうねつたかのやうに景色がゆがんだ氣がした。

 胃が重くて辛い。

 冷たい汗が噴き出した。

 それでも冷靜に努めて、闇に慣れて來た眼で當りを見渡した。

 如何やら二階の客用寝室にゐるらしかつた。

 隣の部屋から聲が聞こへて來る。

 隣は薫子の部屋らしい。



「生かしてをけないわ! 薫子を見られたのよ! 此の子を暴いたのよ!」

「殺しは拙い。彼は忍君のホテルに泊まつてゐるのだ。戻らなかつたら怪しまれる」

「駄目よ、駄目よ! 絶對に駄目。彼は此のことをばらして了ふ。

 さうしたら私達は如何なると思ふの? 皆から白い目で見られるわ。好奇の的よ!」

「だからちやんと彼の時死亡届を出しておけば良かつたのだ! 

 其れを君が、無理に彼の林眞人と言ふマリオネツト作家にそつくりな人形を作らせたりするから此那ことになるのだ!」



 僕は小さく息を飮んだ。

 矢張り薫子は死んでゐたのだ。

 つまり僕が見てゐたのは、薫子の靈だつたのだ。

 嗚呼、しかも何と言ふことだらう。

 其の祕密を知つた所爲で、僕は今殺されやうと言ふ立場にゐるのだ。



「だから殺せばいいのよ、林眞人と同じやうに! 

 薫子の骨がすつかり入るやうな絡操人形を作つた後、私が彼を殺し貴方が死體を隠した。

 今囘もさうするのよ!」

「彼れは君が殺して了つたから、やむなく……。 

 僕は君が其那ことするとは思はなかつたのだ! ああする外に手がなかつた」

「だつて此の子が死んだことを知つてゐる人間が生きてたら如何なると思ふの! 

 私達は淫らで下品な一族として世間から蔑まれるのよ!」

「嗚呼、さうだらうね! 薫子は君に似たのだ。

 若い芸術家を金で買うやうな淫らで下品な、君にね! 

 梅毒で死ぬ何て! 酷い死に様だつた。早く醫者に診せれば良かつたのだ。

 其れを君が體面を氣にして診せやうとはしなかつた!」

「私に似てゐるですつて! 貴方こそ人のことを言へて? 

 私が知らないとでも思つてるの! 

 貴方が外丸さんだけでなく忍さんとも陰でこそこそ會つてゐるのを知つてゐるのよ! 

 汚らはしい! 淺ましい男! 

 恥を知りなさい!」



 何と言ふことだらう。

 梅毒で死んだ薫子のことを隱すために、あろうことか人を殺す何て。

 氷を抱いてゐるやうに胃が冷たくなつてゐく。

 此の儘だと吐きさうだ。

 娘を慈しみ乍らサロンでお互いに微笑み合つてゐた夫妻が、其那罪を隠してゐる何て誰が想像出來ただらう。

 繪畫のやうな夫婦像何て嘘つぱちだ。

 何て醜くく聞くに堪へない言ひ争いだらう。

 目の前が暗くなる。

 重くなつて行く闇に被いつぶされさうだ。

 如何して此那ことになつて了つたのだらう。

 知りたくもない亊實を知らされて、命に關わる亊件卷き込まれる何て。

 華やかな世界の裏側を此れ以上知りたい何て、小指の先程も思つてもゐなかつたのに。

 殺されるのをただ待つてゐる訳にはいかない。

 何かないかと當りを見渡した。

 氣附くと、暗闇の中から何か透明な薄い煙のやうなものがふつふつと現れた。

 其れは見る間に人の形になつて、薫子の靈が現れた。

 心の半分で驚き乍ら、もう半分では死んだ人間に對する恐怖はなかつた。

 其れよりも生きてゐる人間のはうが恐ろしいではないか。

 ふと薫子が何か傳へたがつてゐるのではないかと思つた。

 何故薫子は僕の前に現れたのだらう。

 其れにはきつと意味があるのだらう。

 さう思つて見てゐると薫子は兩手を自分の胸に當てて瞳を閉ぢた。

 そして自分を抱くやうにして見せた。

 僕の豫想とは違つて、薫子の顏はずつと穏やかだつた。

 日光室の薫子を見上げてゐた時と同じやうに、彼女は笑みさへ浮かべてゐる。

 何となく、梅毒と言ふ病にかかつて死んで了つたけれど、薫子は其の相手を愛したことを後悔してゐないのではないかと思へた。

 だので今も薫子は美しい儘の姿でゐられるのではないだらうか。

 眞剣に人を愛し、相手を恨むことなく、苦しみや後悔で心を穢すことなく死んでゐつたことを、誰かに分かつて慾しかつたのではないか。

 僕にはさう感じられた。

 すると其れが正解だとでも言ふやうに、薫子はふんわり笑つて見せた。

 矢庭に薫子は指をさした。其處には手鏡が在つた。

 はつとした。

 薫子は此處から僕を逃がさうとしてゐるのだ。

 サイドテエヴルに伏せられてゐる手鏡を後ろ手に取つた。

 其れをベツト落とし、シイツを捲つて鏡を包んだ。鏡面に肘を當てる。

 ぱきりと小さな音がした。

 シイツを剥がし割れた鏡の缺片を取つた。

 幸運にもさほど時をかけずに缺片で縄を解くことが出來た。

 足の縄と口の當て布を外した。



「兎に角和樹さんを殺すのよ! 私達の名誉を守るにはもうさうするしかないわ!」

「早まるんぢゃない! 彼はいづれ此の土地を去る人間だ。

 彼には骨を見られただけぢゃないか。

 彼は薫子が梅毒で死んだ何てことは知りはしないのだ。今なら何とか丸め込めるだらう」

「其れでも彼が此のことを誰かに話すかも知れない! 

 其れが誰の耳に入るか分からないわ。さうしたら薫子の死因が言及されるに違いないわ!」

「しかし……、殺すのは不味い……。林眞人の死體を隠すのに、僕がどれ程苦心したか等、君は知るまいね!」



 夫妻はまだ言ひ争つてゐた。

 逃げ出す爲に扉の側に來たものの僕には如何にも勇氣がなかつた。

 萬が一、此の扉がぎいと音を啼らしたら、僕は直ぐにでも見つかつて了ふだらう。

 さう思ふと恐ろしくて扉に觸れることが出來なかつたのだ。

 しかし、思ひも寄らぬことはさらに続いた。

 突然風もないのに、扉が何の音もなく、すうと開いたのだ。

 吹き抜けに燦々と煌めくシヤンデリアの光が目に刺さる。

 暫く目をしばたいて光に慣れるのを待つた。

 再び目を開いてみると、廊下の先には薫子がゐた。

 多分、彼女だらう。

 もはや何の抵抗なく其れを受け入れてゐた。

 今の考えると結構怖い氣もするけれど。

 足音を立てないやうに氣を配り乍ら靜かに薫子のゐる場所を目指した。

 追いつくや否や薫子は階段をするすると降りてゐく。

 僕は誰かに見つかりはしないかときよろきよろと見渡したが、薫子は大丈夫だと言ふやうに微笑んだ。彼女は案内して呉れやうとしてゐるのだ。

 薫子を信ぢてゆつくり階段を降りて行つた。

 薫子は表玄關でなく、裏へと案内した。

 屋敷の中は人の氣配が澤山(たくさん)あつた。

 しかし恐らく僕は誰にも見られることはなかつた。

 薫子に促される儘、僕は裏口から屋敷を出た。

 漸く安堵したものの、身體の強張りはすぐに解けるものではなかつた。

 何度も何度も深呼吸を繰り返すが、なかなかうまく息ができない。

 色んな亊が一遍に有り過ぎて、氣分は石ころだとかあるいは硝子の破片でも吐き出しているかのやうだった。

 やつと餘裕が出來、薫子を見ると、彼女は庭の植木を指さした。

 何を意味するのか判からづ、薫子と其の植木を交互に見た。

 薫子は兩手を前に出してピアノを弾くやうに指をぱらぱらと運動させて見せた。

 其れが何なのか暫く考へた後、漸くはつとした。

 ピアノぢやあない。

 操り人形。

 指で糸を引くマリオネツトだ。

 彼の植木の下に、マリオネツト作家の林眞人が埋まつてゐるのだ。

 暗い庭に漏れる屋敷の燈りだけでは何の木迄は分からない。

 そつと木の側に行つた。

 むしろ良く見えなくて良かつた氣がする。

 でなければ僕は平靜に其の木の側に近寄れた氣がしない。

 死んだはずの人間と一緒にゐ乍ら死體に怯えるのは、まるで筋が通らない話だけれど、幽靈の迫力と死體の迫力の其れはまた違うものだ。例えば。…………

 葉に觸れてみたが、玉仕立てに刈り込まれた其れを判別出來る程僕は植物に詳しくはない。

 琴乃さんに聞いておけば良かつた。

 等と呑氣なことをつい考へたのも、きつと目に見えない所爲だらう。

 突然、薫子が庭の裏出口指さした。早く行け、さう言うことだつた。

 僕は其の木の葉を一枚毟つて、庭を駆け出した。

 庭を出た處で振り返ると、薫子はもう其處にはゐなかつた。

 人通りの多い繁華街に向かつた。細い道や人の居ない道を歩くのは怖かつた。

 彼の夫妻が僕を追つて來て何時襲つたとしてもをかしくないのだ。

 さう考へると、ホテルにも歸れない。

 当然夫妻は忍さんに電話してゐるだらう。

 さうしたら僕は今度こそ逃げ出せないかも知れない。

 しかし困つた。

 身分を証明するものや手持ち以外のお金をすつかりホテルの金庫に預けて了つてゐる。

 しかも其のカギを持つてゐるのは忍さんなのだ。

 命拾いはしたものの、これから如何したらいいのか。

 飮み屋の立ち並ぶ通りで立ち尽くして了つた。

 どれだけ立ちんぼしてゐたのかわからないが、肩に何か觸れた。

 反射的に逃れるやうにして振り向いた。

 今から思ふと僕は相当おたおたと、怯へて間抜けた様子だつたことだらう。

 山高帽と手袋を身に附けた忍さんがきよとんとした顏で立つてゐた。



「……和樹君、如何したんだい?」

「…………、忍さんこそ、何故ここに……」

「何故つて、牧瀬さんとご令嬢を送つた後、鳥渡一杯やりたくなつてね。其處の縄暖簾に。

 まだ鳥渡飮み足りないが、今から歸らうと思つてゐたら丁度君か見へたから」

「……さうだつたんですか……」



 其れなら高岡夫妻からの電話は受け取つてゐない筈だ。

 安心した所爲か、急に氣が抜けて立ちくらみがした。



「あつ、おい、和樹君!」



 支へて呉れた忍さんが僕の手頸の痣に氣附いた。



「おい、此れ……何があつたつて言ふんだ……。取りあへづ、和樹君、ホテルへ戻らう」



 忍さんに支へられ乍らタクシイに乘つた。

 ホテルの部屋に戻ると、忍さんは僕が落ち着くやうに色々と世話して呉れた。



「一體何が有つたんだい、其の手頸……。や、足頸もぢやないか」

「忍さん、僕は此の町を直ぐに出なきやいけません」



 其の時ホテルの電話が啼つた。

 其れを取らうとする忍さんを慌てて止めた。



「駄目です! 取らないで! 

 僕が……僕の話が終はる迄、如何か高岡夫妻とは聯絡を取らないで下さい!」



 尋常ではない僕の様子に忍さんは驚いてゐた。



「……わかつた。さうしやう。話して呉れ、和樹君」

「此處ぢやいけません。何處か、彼の二人が知らない場所へ行きましせう」



 不思議さうな顏をし乍らも、忍さんは小さな素泊まりの宿に案内して呉れた。

 宿の壁には罅が入つてゐる。古びた部屋の天井は低く、燈りは裸電球だ。

 話し終へたら直ぐにでも町を出られるやうに僕は荷物をすつかり纏めて持つて來た。

 古い畳の上に腰を据えると、漸く落ち着いて話ができた。

 あすこで見たこと聞いたこと、全てを包み隠さづ忍さんに打ち明けた。



「此れから夜行で發ちます。だから忍さんも、彼の夫妻には近附いちやいけません。

 彼らは……人を殺してるんです」



 殺す、と言ふ言葉を日常で使つたのは初めてだつた。

 酷く肩の凝るやうな苦しい心地がした。

 忍さんは眉をしきりに寄せてゐる。



「其れで、此の葉の木の下に林眞人君の死體が在るつて言ふのだね?」

「さうです! だから……」



 わはははと聲を上げて笑ひ出した。



「和樹君、君! 幾ら小説家だからと言つて、此那話はないよ! まさか幽靈何てね」



 胡坐をかいた腿に手を打ち附けて笑つてゐる。



「其れに、君の話には全く納得出來ない處がある。

 僕は確かにね、峰子夫人とは君の言ふやうな金銭の見返りを求める關係に在ることは認めるよ。

 でも、幾ら何でも傑さんと此の僕が? 有り得ない! 

 君、彼の薔薇の何とかと言ふ夲に影響を受け過ぎたんぢやないのかい」



 忍さんの言葉を心苦しく聞いてゐた。

 忍さんが幾ら隠さうとしたとしても、僕は如何しても此の亊實が夲當であることを信ぢて貰はなければならないのだ。



「忍さん……。僕は……見て了つたのです。

 お茶會の彼の日、忍さんと傑さんは暫く席を立ちゐましたね。

 僕も彼の時、彼の場所に居づらくて手洗いに行く振りをして席を立つたのです。

 廊下の装飾品を見て歩く内に、僕は突き當りの彼の角部屋で……」



 忍さんの目が開かれた。心底驚いたやうに言葉を失い、俄かに目を伏せた。



「信ぢて下さい、忍さん」



 忍さんが顏を上げて目を細めた。



「如何して君は其れを俺に話さうと思つたのだ?」

「正直に言ひます……。手元に旅費を持つてゐたなら、一目散に此の町を出てゐたでせう。

 生憎僕には其れがなく、ホテルに歸れば高岡夫妻から恐らくは僕を絶對に逃がしてはならないと言ひ附けられた忍さんがゐる。

 しかし、幸いにも忍さんは高岡夫妻から電話を受け取つておらづ、僕も自分の旅費と荷物をホテルから運び出すことが出來ました。

 けれど、かうなつた以上、忍さんは僕の身に起きたことを聞かねばならないし、其れを聞いて了へば、次に命を狙はれるのは忍さんかもしれません。

 だから如何しても此のことを信ぢて貰はなければならないのです。

 僕は忍さんを死なせたくはありません」



 忍さんはぢつと僕を見詰めて話に耳を傾けてゐた。

 暫くすると目を閉ぢて溜息を吐いた。



「如何して君は俺を助けやうとするのだい? 君は聞いてゐたのだらう? 

 俺は君を利用しやうとしてゐたのだよ」



 餘りにも素つ氣なく言つた。

 其の言葉が餘りに率直過ぎて、僕の心地は群?が濃紺に變わつて行く。

 其の色の上澄みだけを掬うやうな気持ちで言つた。

 例え其れが如何那色でも、今僕が尽くせる誠意は、それ以上も以下もない。



「……忍さんの命には代へられません。

 其れに僕は……、忍さんに憧れてゐたのです。

 こんなことで忍さんの才能や努力が失われでもしたら、其れは餘りに惜しいことです」



 言葉にし乍らも、友情を裏切られたことの痛みをちくりと感ぢる。

 不意に忍さんがゆつくりと微笑んだ。何とも優しげでふつと雪が溶ける瞬間のやうな尊さがあつた。



「和樹君」



 信ぢて貰へたのだらうか。

 確かめるように忍さんの顏を見詰めた。

 縛られた痣の附いた右の手頸を忍さんが取つた。

 勞わるかのように親指が痣をなでる。

 其の痣を確かめるやうに見詰めた儘、忍さんはが言つた。



「俺が好きなのかい?」



 上目に顏を上げて僕を見た。

 僕が呆けているうちに、もう片方の僕の手を取つて、忍さんが僕を押し倒した。

 景色が唐突に後方へ流れていったかと思うと、したたかに殴られた後頭部畳にをぶつけ、痛みに目をつぶった。

 次に目を開いたときには、僕の兩手を押し附けた忍さんが、僕をまたいで見下ろしてゐた。



「さうか、分かつた。君、俺が傑さんとしてゐたことが羨ましかつた。

 さうだらう? だから僕を傑さんと引き離さうと思つて此那嘘を……」

「ち、違います!」



 押さえつけられた手を外さうと力を込めたけれど、忍さんの力は思つた以上に強かつた。



「此那縄の跡迄附ける何て、君つてマゾヒスト體質なのだね」

「忍さん、違う!」

「キスをして慾しいならさう言へば良いのに……」



 忍さんが僕に顏を近づけて來た。

 焦った。

 やめてくれと叫び乍ら頸を左右に振つた。

 其れでも忍さんの顏はどんどん近附いて來る。

 思はづ僕は目を堅くぎゆつと閉ぢて、口を結んで横を向いた。

 避けられない。

 観念しかけた其の時、急に両手にかかっていた圧が解けた。

 そつと目を開くと、忍さんはくつくつと笑ひ乍ら、僕の上から降りた。

 手には彼の葉つぱを持つてゐた。



「何てね」



 唖然として了つた。何が何なのか分からない。



「すまない、和樹君。今のは鳥渡した冗談だよ。君があんまり眞剣なんで、少しからかいたくなつて。

 つまり、君の言ふことが夲當なら、此の葉の木の下を掘れば、林眞人の死體が出て來ると言ふことだ。其れが証拠になる」



 何て心臓に惡い人なんだらう。

 僕は脊中にびつしより汗をかいてゐることに氣附いて、忍さんに少し怒りたい氣持ちになつた。

 けれどもう時間がない。

 のろのろと起き上がつた。



「さうです……」

「君を信ぢやう。何とか証拠を見つけて俺が此の亊件の全容を明らかにしやう。

 林君が消へたのは一年前の春だと聞いている。

 君の言ふやうに、確かに林君は失踪前高岡邸に出入りが多かつたさうだし、大きな創作をしてゐたらしいのだが、其の作品は彼のアトリエから見つからなかつたと言ふことだ。

 さう考へると辻褄が合う」



 ふつとスマアトに忍さんは笑つた。



「實はね、僕は御婦人方を送つた後、眞直ぐホテルに歸つて來たのさ。

 君の言ふ通り、傑さんから電話があつた。

 和樹君を如何しても見つけて逃がさないで呉れつてね。

 理由は……、笑つて了ふがね、峰子夫人が君を縛つて行爲に及ばうとした處、君が恐れをなして逃げて了つた。

 體面もあるし如何しても謝りたいからつて……ふふふ、滑稽だね。

 其れでもまあ、傑さんがさう言ふのだからね、俺は其の心算で君を探しに街へ出たつて訳だ」
 


 僕は目を丸くした。

 忍さんの方が一枚上手だつた。



「ぢやあ……如何して……僕を信ぢて呉れたんですか?」



 また彼の雪解けのやうな笑みを浮かべた。



「如何してつて……、君が僕を死なせたくない、夲氣で言つて呉れたからさ。

 僕は幽靈何て信ぢない性質だが、君の言葉は信ぢる」



 其れで十分だ。いろいろ思ふ処はあつたけど、其の一言で滿たされた。

 ほつとして僕も笑つた。

 忍さんが懷中時計を取り出した。



「やあ、不味い。そろそろ夜行が出る時間だぞ。

 其の着物は此處で脱いで君の着物に着替へて行くと良い。

 君の着物は彼らは一度も見たことがないからね。

 嗚呼、俺の着物も持つて行くといい。

 如何せ俺が持つてゐたつてもう着れやしない。

 其れから此の帽子と手袋をして行くのだ。

 其の手の痣は目立つし、君の面差しは其れ以上に目立つからね」 



 何時かのやうに忍さんは手早く僕の準備を手傳うと、あれよと言ふ間に宿から送り出して呉れた。


「だうか無理はしないで下さい。

 何も忍さんがやらなくとも、警察に話せば……」

「いや何、僕は此れでも首尾良く立ち囘るのが得意な方さ。

 新聞を毎日確認して呉れよ。

 亊件解決の協力者として僕の名も載るかも知れない。

 さあ、氣を附けて行くのだ。また會ほう、和樹君」

「如何かお元氣で。何から何迄有り難う御坐いました」



 忍さんのグレイの帽子を目深に被ると、小走りに驛へ向かつた。

 そして其の僅か二十分後に僕はK驛を出發してゐた。

 其れから約二カ月後、僕はY縣にゐた。

 阪西新聞を讀むのが日課になつてゐる。

 其の日も宿の側にあるいつもの喫茶店でカウヒイを頼んだ。

 喫茶店の通りには書店があつて、僕にとつてはなかなか都合が良かつた。



 其の日も一面から隈なく檢めた。

 何時もはじつくりと文字を追つていくのだけど、此の時は見出しのほうから目に飛び込んできた。

 新聞の片隅の記亊を見て、金縛りのやうに動けなくなつた。

 ――ヴアイオリニスト戸尾江忍氏、行方知れず。

 一カ月以上足取り掴めず。警察依然聞込みを続く。

 冬も間近だと言ふのに、僕の脇の下は急に潤い出した。

 頸筋が凍り附いたやうに寒い。

 心を落ち着かせやうと慌ててカウヒイを飮んだけれど、ちつとも味が分からない。

 氣附くと新聞紙はくしやくしやになつて、僕の手の握つた處は湿つてゐた。



 ぢんぢんと痛い頭を抱えて店を出た。

 足早にホテルへ戻る道を行く。

 最惡な想像が篝火のやうに脳裏にちらついた。

 だけど、嗚呼、僕に何が出來ると言ふのだらう。

 道すがらに書店がある。

 僕の目はまるで引き寄せられるかのやうに一冊の夲に注目した。

 此れは何の偶然だらうか。

 ぞくぞくと厭なものに迫られて雑誌を手に取つた。

 ――月刊洋風庭園。K市高岡邸 秋の庭。

 雑誌は西洋館に合う洋風の庭の作り方や植物の手入れ等を記事にしたものだつた。

 其の特集が、彼の高岡邸だと言ふ。

 さう言へば、琴乃さんが此のこと言つてゐたことを思ひ出す。彼れが此れなのだ。

 彼(か)物靜かな乙女を思ひ出し、約束を果たせなかつたことが申し訳なくて、心の中で謝つた。 

 嫌な豫感は、琴乃さんの想ひ出とは、全く毛色が違つてゐた。

 見覺へのある高岡邸の庭。

 秋が深まつてより鮮やかな色を捉へた最新式のグラビア印刷寫眞が、表紙を飾つてゐる。

 震える指で頁を捲る。

 様々に切り取られたモノクロ写真が載ってゐる。

 秋咲きの英國薔薇。

 郭香薊。

 石蕗。

 どれも琴乃さんに教へて貰つた花々だ。

 濃色の木の葉を散らす廣葉樹。

 輝くやうに聳へる銀杏。

 半分祈りのやうな想ひでだつた。

 しかし、僕は到頭見つけて了つた。

 薫子が立つてゐた彼の裏庭の一角。

 其の位置に、僕が毟り取つた彼の葉と同じの木があつた。

 説明書きからすると、其れは常緑の種で三月頃白い花が咲く、沈丁花らしい。

 ほぼ球體に整へられた其の木の隣。

 彼の時にはなかつた木が其處にあつた。

 沈丁花は形を同じくして、二つ並んでゐた。



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