49 / 92
#48、 報告と相談*
しおりを挟む着くなり、ぱっと背を向けてブランシュが歩き出した。
「ちょっと、お兄様! 待ってください!」
「俺はこれから父上に報告に行かねばならん。
ナナエは先に母上の元に行って話をしてくれ」
奈々江は急いで兄の腕を引き留める。
「兄弟の絆を確かめ合うはずが、どうしてこうなってしまったのですか?
話してください!」
ブランシュが眉間に深くしわを寄せた。
「女のお前が口を出すことではない」
(え……)
わからない。
これまで男女の差などなく、兄弟姉妹で助け合ってきたと思っていたのに、どうして突然そんなことを言われなければならないのだろう。
突如として壁を突きつけられたせいで奈々江の手は緩む。そのすきにブランシュはさっと踵を返していってしまった。
(どう……したというの……?)
ブランシュからはこれからも支えてほしいといわれ、頼りにされていると思っていた。
それが急に手のひらを返したように、女だから口を出すなとは。
(姉妹だから理解できないの……?
やっぱり男同士の兄弟は、なにか特別なものがある、……ということなのかしら)
考えたところで、奈々江にはわからない。
和左と右今を見つめながら、さんざん悩んできたことだったからだ。
「ナナエ姫様、行きましょう」
「ええ……」
ラリッサとメローナに促され、奈々江はマイラを訪ねた。
私室にはクレアも一緒に待っていた。
奈々江を見るやマイラは立ち上がり、椅子をすすめた。
「待っていたわ、ナナエ! それで、ライスはどんな様子だった?」
「ちょっと、マイラ! まずはナナエの労をねぎらうのが先ではなくて?」
「ああっ、ごめんなさいね! 悪気はないのよ! よく行ってきてくれたわね、ナナエ」
「マイラ様、お母様、ただいま戻りましたわ……」
「それで、どんな様子だったの?」
奈々江は見聞きしてきたことを一通り聞かせた。
ただし、ブランシュとライスの行き違いとやらについては口をつぐんでおいた。
(話したところで、心配させるだけだし。
なにがあったのかわからないわたしには、結局話せることはなにもないんだわ)
マイラは話を聞くなり、次回は何を届けようかと思案しはじめる。
「やっぱり楽器は必要だったのよ……! いくら罪人だからといって心の潤いまで奪うことはないわ。
ピアノは大きすぎるかしら、チェロ……も大きいから部屋に入らないかもしれないわよね。
そうするとバイオリンくらいなら……!
ねえ、ナナエどう思う?」
「女人禁制ということで修道院のライスの部屋を見ることはできなかったんです。
ブランシュお兄様なら、そのあたりも確認してくださったかと思います」
「そうね、ブランシュが戻ったら聞いてみましょう!」
クレアは妹を落ち着きなさいとたしなめながら、ナナエを見つめた。
「ナナエ、どうかしたの? 元気がないわね」
「あ、そんなことは……」
「秘密の相談事にかかるお金のことかしら?」
(あ、そ、それもあったんだった……)
するとマイラがくるっとこちらに顔を向けた。
「いくらかかるの? いってちょうだい。ライスがわたくしと夫のために、ナナエとなにか考えてくれているのでしょう?」
「ばかね、マイラ。自分のお祝いにお金を出してどうするの」
「そんなの構わないわ! 今ライスとつながれるのは、ナナエ、あなただけが頼りなのよ!」
「マイラ様、お気持ちはありがたいのですが、多分兄弟会がそれを受け入れることはできないと思います……」
「そ……、そうね……、ブランシュがうんといわないわね」
クレアが静かな目で娘を見る。
「ナナエ、兄とも話して資金の都合はついたわ。
心配しないで、あなたの思うとおりにやりなさい」
「え、本当なの、お母様……」
「ええ。兄もあなたの才能を買っているの。いわば出世払いね」
(そっか、わたしが役に立つ魔法を生みだせると証明できれば、お金は融通してもらえるんだ……!
それじゃあ、やっぱり、音楽装置の魔法は絶対に成功させなくちゃ。
ライスが書いてくれた楽譜もあるし、お金はなんとかなりそう。
この後、ツイファー教授とセレンディアスに会えるかどうか確認してみよう)
そのとき、マイラの侍女のひとりが訪問客の伺いに現れた。
「陛下、イルマラ殿下がお目通しをご希望されております。
なんでも、ナナエ殿下がお戻りだと聞いて、はせ参じたとか……」
「まあ、イルマラさんが」
奈々江にとっても、姉妹の王妃にとっても予想だにしないできごとだった。
マイラは奈々江とクレアの顔を交互に見ながら、うなづいた。
「まあ……、構わないわ、ねえ?」
「ええ……」
クレアも静かにうなづく。
すぐにイルマラが侍女に続いて部屋に入ってきた。
「マイラ様、クレア様、ご機嫌麗しく……。
はあっ、ナナエさん! おかえりなさいっ!」
(えっ、わっ!)
いつかのように、イルマラが奈々江の側にぴったりと寄り添い、腕を組んだ。
「お戻りを首を長くして待っていましたのよ!
それで、秘密の相談事はどうなのましたの?
誰よりも先にわたしくに話してくれるという約束でしたわね。
ですから、いそいで来ましたのよ!」
(あ、そうだった……。危なかった……、思いっ切り約束破るところだった……)
「そ、そうですね、イルマラさん。
わざわざ来てくださってありがとうございます」
「いいのよ、じゃあ、わたくしの部屋にいらっしゃる?
一緒に食べようと思って、新しいお菓子を作らせたのよ」
クレアとマイラがふたりして同じ顔をしている。
「あなたたち、いつの間にそんなに仲良くなったの……?」
「びっくりね……」
奈々江の苦笑いの隣で、イルマラが天使の微笑みを浮かべる。
「姉妹同士仲が良いのは、マイラ様とクレア様と同じですわ」
「……」
「……」
すかさず、ふたりの王妃は差しさわりのない微笑を浮かべた。
さすがだと思ったが、内心、イルマラのいっていることがどこまで本心なのか測りかねているのだろう。
奈々江は波風が立たないうちに部屋を去ることに決めた。
「それでは、わたしたちはこれで」
「ええ」
「そうね」
イルマラにがっちり腕を掴まれて、はじめてイルマラの部屋を訪ねた。
ユーディリアの趣味を引き継いでいるのかどうか知らないが、マイラの私室とはまた一風趣の違う趣向が凝らされている。
辺り中白く輝く陶器や、パール、サンゴといった白を基調とした豪華な装飾、そして家具やクロスも白や淡いパステル調。
(わあ、姫系インテリアの全部乗せ……)
「さあ、さあ! ナナエさん、お話してくださいな!」
お茶も待たずにイルマラが急かす。
魔法技術的なことは教授に相談するとして、オーケストラについてはイルマラを頼ってもよさそうだ。
「あ、えと……。ライスと話をして、両陛下には音楽を送ろうと思っているのです」
「まあ、音楽! それはいい案だと思うわ!」
「それで、一応曲の楽譜はあるのですが、オーケストラ編成にするための編曲と、それからオーケストラを用意したいと思っているのです。どのくらいの予算を見ておけばいいのでしょう?」
「あら、曲はもう決めてしまったの? わたくしも曲の選定には参加したかったですわ」
「そうですよね……。申し訳ありません。わ、わたしが歌ったハミングのメロディを気に入って、ライスが譜面を起こしてくれたのです……。わたしは両陛下がお好きな曲をと想定していたのですが……」
「まあっ、ナナエさんが作曲なさったの?」
「あの……、えっと……」
(作曲したのはヘンデルです……)
あいまいに微笑むことで、奈々江は明言を逃れた。
イルマラが目を見開いて、すぐさま言った。
「そこにピアノがあるわ! 聞かせてくださいな!」
「えっ!」
「ナナエさんが作曲なさったのでしょう?」
「で、でも、わたしピアノうまくないんです」
「でも、あなたの曲でしょう? 譜面はあるの? 見せてくださいな」
メローナが組曲の譜面から花歌の部分を抜き出した。
「あら、そちらの譜面は?」
「あの……、い、一応組曲になっていまして、ライスはお祝いの席には第一番の花歌がいいのではと」
「まあ、そちらも見せてくださいな」
譜面を受け取ると、イルマラは四つの曲を譜面上で攫った。
そして、ぱっと立ち上がると、部屋の壁際のピアノに向かい、初見にもかかわらず花歌を弾き始めた。
(うわっ、初見でノーミス。貴族にとって音楽ができるのって、本当に当たり前なんだ……。
てことは、わたしもピアノ少しはやっといたほうがいいの……? う、やだなあ、もう指が全然動かないよ、絶対……)
「ナナエさん、わたくしもこの組曲が気にいりましたわ! これを演奏するのですね!」
「え、ええ。それで、編曲と演奏をお願いできる音楽家と楽団を雇うにはどうしたらいいのかしら……?」
「この曲を誰かに譲るなんてだめよ! わたくしたちで演奏しましょう!」
(えっ、自分たちで!? お祝いの席までそんなに間ないのに?)
「わ、わたしにはとても無理です!」
「あなたが作ったのに?」
「そ、そう、ですけど……。人に聞いてもらえるほどの腕がないんです。わたしの演奏だけ確実に浮いてしまいますわ」
「なにを謙遜なさっているの」
「ほ、本当です」
(いっそ、これは現実を見せた方がいい)
奈々江は断って、ピアノの席を借りた。
鍵盤を前にすると、かつての記憶が頭の中をよぎりはするものの、指運びはたどたどしく、鼻歌を歌うようにはいかなかった。
(久々といえど、ひどすぎ……。ピアノの先生、出来の悪い生徒で本当にごめんなさい……)
母親の勧めもあり、幼いころに少しだけピアノ教室に通ったが、たまたま選んだ教室が音大進学者を何人も輩出するようなスパルタピアノ教室だったせいで、あるころから奈々江はついていけなくなってしまったのだ。
周りはどんどん上達し、指導はどんどん厳しくなる。
楽しいはずの音楽が、奈々江にとっては次第に重荷に感じるようになっていった。
ピアノ教室をやめたい、その代わりに犬を飼いたい。
ピアノ教室からの帰る夕焼けの道で、母親にそう打ち明けたのは小学二年生だった。
その次の日に、奈々江は五年間続けたピアノをやめた。
冷や汗をかきながら弾き終えた奈々江は、たまらず頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。わたし、本当にこれ以上弾けないんです」
「確かにつまづきは多かったけれど、そこまでひどくなかったですわ。ナナエさん、どうしてそんな顔をしているの?」
奈々江は、はっとして顔を上げた。
(どんな顔をしていたんだろう……)
ピアノ教室をやめたかったあのときの記憶が蘇ってきたせいなのだろうか。
ピアノの指導にはあまりいい思い出はない。
だが、教室に通っていた友達のことは好きだった。
学区の違う同い年の子がいて、奈々江とその子は同じ年にピアノを始めたのだ。
練習時間もいつも重なっていて、その子と待合室で一緒に勉強して待つのが日課だった。
しかし、ピアノをやめると同時に彼女とは疎遠になった。
中学生になったとき同じクラスになったが、ピアノを続けた彼女のほうはもう奈々江を覚えていなかった。
「クレア様の元では十分な先生をつけてもらえなかったのですね?
大丈夫ですわ。これから一緒に練習しましょう。わたくしが最高の先生を紹介してさし上げますわ」
イルマラがそばにきて、奈々江の肩に手を置いた。
(ピアノの練習か……。音楽装置もまだ手付かずなのに、そこまで手が回らないよ……。
それに、久しぶりにピアノに触れて分かったけれど、正直ピアノよりPCのキーボードのほうが恋しい)
奈々江は首を横に振った。
「イルマラさんの気持ちはありがたいのですが、実は演奏して終わりじゃないんです」
「といいますと?」
「わたしにもようやく魔法というものが少しわかるようになってまいりまして、でも、わたしの魔法は他の皆さんのように汎用性といいますか、機動力といいますか、融通が利かないといいますか、とにかく唱えてすぐに力を発揮できるというものではないのです」
「ええ、少しですけれど聞いていますわ。ナナエさんは魔法陣や立体魔法陣を組むのが得意なんですってね」
「はい。だから、それなりに規模や用途を限定したある程度の仕組みを備えたものでなければ有効活用できません。
そこで、音楽装置の魔法を作れたらどうかと思うのです」
「音楽装置? それはどんなものなの?」
「技術的なことはこれからツイファー教授に聞いてみようと思っているのですが、今はこの花歌をオーケストラで演奏したものを録音できたらと思っています」
「ロクオン? 初めて聞きますわ。なんなのかしら?」
「つまり、音を保存しておく魔法ですわ。オーケストラの演奏の音を保存しておいて、好きな時にそれを再生することのできる仕組みです。えっと……、もしかして、そういう魔法はもうこの世にあるのでしょうか……?」
イルマラが神妙そうに顎に手をやった。
「わたくしの知る限り、聞いたことがありませんわ……。音楽はいつだって、自分たちで演奏するか、誰かに演奏させるか……。
音を保存する……。そんなこと、考えたこともありませんでしたわ」
「いかがでしょうか? もしも、音楽を録音して、好きな時に再生できる魔法があったら、両陛下は喜ばれると思いますか?」
「その、サイセイというのは、つまり、保存したオーケストラをまたその場に呼び出すといいうこと?」
「いえ、オーケストラ自体を呼び出すのではなく、その時録音した音だけが鳴るのですわ」
「音だけが……。なんだか、よくわからないけど、でもすごそうだわ。そんなの誰も見たことがないもの。
もしそんな魔法が存在したら、もう楽団はこの世から必要がなくなるわね」
「いえ、録音しなければ再生もできませんから、楽団は必要ですわ。でも、夜ひとりでひっそりと音楽を聞きたいとき、大勢の楽団を部屋に呼ぶ必要はなくなります」
「まあっ、つまり、そういうこと! そうよね、真夜中やピクニックに楽師を大勢呼ぶなんてできないけれど、あなたの音楽装置なら好きな時に音楽を再生できるのね」
「はい、それに音量調節機能があるので、夜でもお隣の部屋に迷惑をかけることもありませんし、いろんな音楽を保存しておけばその時の気分に応じて音楽を選べますわ。いわゆる名演奏というものを何度でも聞くことができますし、複製すればたくさんの方の手に素晴らしい音楽がいきわたります。それに自然の音例えば、川のせせらぎや滝の音、小鳥の歌声や虫の声なんかも癒されると思います」
「自然の音……。ナナエさん、その発想はなかったわ! そう、つまり、音ならなんでも録音できるということなの?」
「はい、今は遠くにいる相手にはスモークグラムで文字を送っていますが、その代わりに声を送るというようなこともできるのではないかと。……でも、目下のところは両陛下へのお祝いがさきですけれど」
イルマラが顎に手をやったまま、部屋の中を行き来する。
しばらく往復した後、奈々江の前に戻ってきた。
「つまり、ナナエさんはピアノの練習より、その音楽装置の魔法に取り組むべきと考えているということですわね?」
「ええ……」
「賛成ですわ!」
イルマラの両手が、がしっと奈々江の手を掴んだ。
「すばらしいですわ。こんな発想誰にも真似できませんわ。
ご覧になって、わたくし、手が震えていますの」
「どうなさったの、イルマラさん」
「感動しているんですわ!
だって、わたくしは今、世界が変わるその日に立ち会っているんですもの!」
編曲とオーケストラについてをイルマラが引き受けてくれたので、奈々江はその足でアトラ棟へ向かった。
音楽装置の魔法にいたく感激したイルマラは、ブランシュにも自分から話を通しておくといって聞かなかった。
「だって、これは反対する余地がみじんもない完璧な計画ですもの!
それに、ナナエさんはまず初めにこのわたくしに、それからブランシュお兄様にお話しすると順番が決まっていますわ。
ですから今後、ブランシュお兄様にはわたくしからお話を伝えます。
構いませんでしょう?」
構わないが、ブランシュにはまだライスのことを聞かなくてはならない。
いずれにしても、話し合う時間を取る必要には変わりがないのだ。
アトラ棟につくと、セレンディアスが迎えに待っていてくれた。
「ナナエ様! お疲れさまでございました」
「セレンディアス様こそ、急な及び立てにも関わらずありがとうございます」
「いえいえ! さあ、ツイファー教授も中でお待ちですよ!」
いつもの部屋に向かうと、ふたりを前に奈々江は早速音楽装置のことを相談した。
ツイファーが白いあごひげをさすりながら、なんどもうなづいている。
「なかなか面白い発想ですな。しかし、かなり複雑な魔法陣、いや、今回の場合は立体魔法陣になるでしょうな」
「備えたい機能ははっきりしているのです。録音、保存、再生、音量調節、それから保存した音のラベリング、グループ分け機能、それから複数の装置がいろんな人の手元にいきわたることを想定して、複製、送信受信。あと、将来的には音の編集、例えばトリミングや、不要な雑音を取り除くノイズキャンセリング機能なんかも」
「ナ、ナナエ様……! す、すごい立体魔法陣になりそうですね……!」
「セレンディアス様、どうでしょうか? 魔力量的には」
「そうですね……。実際に立体魔法陣を見てみないことにはわかりませんが、かなりの魔力を使いそうです」
「ナナエ殿下、まずは基本となる録音、保存、再生のみで立体魔法陣を作ってみましょう。この魔法における容量の配分ですが、保存された曲の数によって保存に必要な魔力量が変りますね。どれぐらいの長さの曲を想定しているのでしょうか?」
「両陛下に送るのは三、四分くらいの曲です。そうか、不要になった音源を消す機能も必要になりますよね」
「なるほど。録って消すができれば、何度でも使えますね。では、録音、保存、再生、消去の四つで作ってみましょう」
「はい」
ツイファーの指導にそって、まずはごく簡単な木製のパズルに魔法陣を書いてみることにした。
この木製のピースを組んで完成させることで、立体的な音楽装置となるのだ。
(複雑な電子工学技術がいらないのはありがたいわ。
半導体も配線もはんだ付けもないから、この世界ではわたしにも音楽プレーヤーが作れちゃう。
あっ! そっか、これが作れたら、PCだって作れちゃうんじゃないの!?)
「できましたね。これが録音のピース、保存、再生、消去のピースですね」
「はい」
「では、これらを紐付けるピースを作りましょう」
「はい」
これらのピースは汎用ピースの組み合わせだ。
組み合わせ方には少しコツがいるが、奈々江には少しも難しくはない。
早速、全てのピースを完成させ、組み上がると、きれいな十二面体の立体が完成した。
奈々江の両手に納まるくらいのハンドボールくらいのサイズだ。
両手にした奈々江は教授を見上げた。
「早速使ってみてもいいですか?」
「いえ、想定していたよりも少し大きいですね。一度分解して、セレンディアス殿の魔力を組み込むようにしましょう」
「そう、ですか?」
「はい。恐らく一度では成功しません。何度も魔力を流すことになるでしょうから、発動にナナエ殿下の魔力を使うのは避けましょう」
「わかりました。セレンディアス様、よろしいでしょうか?」
「もちろんです!」
再びピースを作り直す。
木製なのでツイファーは簡単に魔法で形を整えてくれる。
だが、それが意外と手間でもある。
慣れないセレンディアスも手伝いながら、新しいピースが揃った。
(うーん、立体パズルって、パズルを解くより作るほうが難しいんだ……。
あらためて目の前で見るまで気がつかなかったよ……。
もっとシンプルな形だったら時間がかからないのに。
それに、ツイファー教授やセレンディアスのように魔力も技術もある人たちだから、こうしてすぐに作ってくれるけれど、きっと誰もがここまでの技術レベルを持っているわけじゃないよね。
ってことは、音楽装置の立体魔法陣を制作するのには、それなりの時間とお金がかかるってことかな……。
それでも貴族の人たちなら欲しがってくれそうだけど、製作が間に合わないなら、これを世に広めるのって簡単にいかないかも。
イルマラの反応からして評判にはなるかもしれないけれど、量産体制がないと欲しい人の手にはなかなか届かない。
ってことは、ひょっとして、あんまりお金にならない……?
この立体魔法陣を作る工場を作る? それとも、もっとシンプルな構造に……?)
パズルを組みながら、奈々江は頭を巡らせた。
「できました」
「では、発動させてみましょう。
先ほど決めたように、録音することを目的とした魔法ですから、発動に音を使うことは相応しいとはいえません」
「はい。なので、とりあえず発動はこのピースに指で軽くタップすることにしました」
「よろしいでしょう。あとはなにか音楽が必要なのですが、ナナエ殿下はこの魔法がどのように働くか観察しなくてはなりませんし、セレンディアス殿は魔力を供出しなくてはなりません。ということは、誰かに歌でも歌ってもらわなくてはならないのですが」
「じゃあ、ラリッサ、メローナ」
「えっ! わ、わたくしたちですか!?」
「ええ、なんでもいいのよ」
「え、えとー……、じゃあ、海の女神に捧ぐポルカを。いい? ラリッサ」
「ええ、いいわよ」
ふたりの準備ができたところで、奈々江はそっと人差し指を口元に立て、その指でピースにタップした。
そして、ふたりに向かって手のひらを差し伸べ、促す。
ラリッサとメローナが息を吸うと、陽気な歌を歌い始めた。
「♪ ある朝 いつもの海辺を散歩 ルーララー 王子は今日も ごっきっげん~ ♪」
どうやら、海辺を散歩していた王子が海の女神に出会い、一目惚れしたという歌らしい。
ラリッサとメローナが子どものように楽し気に歌っている。
単純な曲調や、明るく朗らかな歌詞からすると、童謡のような歌だろう。
「♪ どこまでも行こう~ 愛と海のあるところ~ ランララン! ♪」
歌が終わり、奈々江は静かにピースをタップする。
「OK!」
「久々にこの歌を歌ったから、緊張しましたわ!」
「一か所、歌詞をまがえそうになりました~、すみません、ナナエ姫様」
「大丈夫よ。すっごくいい歌いっぷりだったわ、ふたりとも!」
奈々江たちに拍手されて、ラリッサとメローナが腰を折って首を垂れた。
拍手がやんだところで、奈々江がいう。
「それじゃあいい? 再生するわよ」
同じピースをフリックして、タップする。
再生の指示動作だ。
すると、木製のパズルからラリッサとメローナの声が響きだす。
『♪ ある朝 いつもの海辺を散歩 ルーララー 王子は今日も ごっきっげん~ ♪』
「きゃあっ、わたくしたちの声ですわ!」
「まあ……、自分の声って、人にはこんなふうに聞こえているんですわね」
ラリッサとメローナが身を乗り出して歌に耳を澄ませている。
セレンディアスが楽し気にうきうきと肩を揺らして聞いている。
奈々江は思わず笑ってしまった。
曲が終わると、またも拍手が起こった。
「ナナエ姫様、すごいですわ! こんなおもしろい魔法アイテム、売り出したらきっと子どもたちに大うけですわ!」
「でも、これ、何度でも再生できるのですよね? なんだか、恥ずかしいですわ……」
「大丈夫、ちゃんと消す機能もついているの。ここをこうやってね……」
「あっ! でも、いざ消すとなるとおしい気がしますわ……」
ラリッサがそういうので、一同笑ってしまった。
ツイファーが考察を述べた。
「ひとまず、第一試作としては成功でございますね。
ただ、音質の部分でいうと、ややくぐもったように聞こえましたな」
「それはわたしも思いました。高音、低音と分けて音を保存してみてはどうかと」
「それもいい案ですが、材質を変えるという手もあります。
保存のピースを金属製に変えるのです。木製よりもはるかに精密な音を記録できるはずですよ」
「なるほど! 材質によっても変わるのですね!」
突然、セレンディアスが立ち上がった。
「ナナエ殿下! どうか、僕にもこの研究をお手伝いさせてください!
この世にこんな楽しい魔法があるなんて、僕は知りませんでした!」
「なにを言ってるのですか……。セレンディアス様はもう手伝ってくれているではありませんか」
「ええ、はい! そうなのですが、この魔法をもっと良いものに改良して、たくさんの人にも知ってもらいたい、そう思いました!」
「ありがとうございます、セレンディアス様。とっても嬉しいお申し出ですわ」
「はい! ナナエ殿下がここへ来られないときや、ピースづくりなど、僕にできることならなんでもお手伝いしますから、おっしゃってください!」
セレンディアスの申し出は実際大いに役立った。
立体魔法陣に使えそうな素材集めから、魔力を保持する魔石づくり、汎用ピースの製作など、細かな作業のほとんどをセレンディアスが引き受けてくれたのだ。
ツイファーもセレンディアスの働きに感心しながらも、奈々江に今後の展望を授けた。
「これを正式に世に広めるとなれば、品質に信頼のおける加工工房を押さえる必要があるでしょうな。
両陛下に送る音楽装置は一点ものとして我々の手で製作するにしても、複数台製作するのには他の手も必要になりましょう。
それから、他の者の手元にわたる音楽装置が両陛下と全く同じというわけにはいきません。
性能をやや落として、量産しやすいマイナーモデルをお作りになったほうがよろしいでしょう」
「わかりました。それはブランシュお兄様に相談してみますわ」
「ちなみに、この音楽装置を備えた立体魔法陣の名前はもうお決まりですか?」
「えと……、そうですね……。蓄音機、レコーダー……じゃなくて、ジュークボックス……えと、ミュージックボックス、とか……。
でも、音楽以外にも使うし……。音声、通信……共有……、シェアリング……、複合機、マルチ……は言い過ぎか、うーん……」
ぶつぶつ言いながら悩んでいると、ラリッサとメローナが議論を始め出した。
「蓄音機がいいのではないですか? とても分かりやすいと思います」
「そう? なんだか響きがナナエ姫様っぽくないわ」
「そういわれると、確かに……」
「それならミュージックボックスは? なんとなく響きがいい気がします」
「悪くないですよね。でもちょっと長いっていうか、それに普通過ぎる気が」
「そうよね。ミュージック、音楽、音楽……」
「わたくしは、ミュージックより、ボックスの響きのほうが好きですわ。
だって、まさにこれは面白い音を詰め込める箱ですもの」
「そうね! じゃあ、Mボックス」
「それをいうなら、Nボックスですわ!」
「そうね、Nボックスよ!」
「「ナナエ姫様ボックス! 略して、Nボックス!」」
侍女たちの声が合わさると、ツイファーとセレンディアスがまさにそれだというように賛同した。
「いいのではないでしょうか、Nボックス」
「僕もいいと思います。開発したアイテムに開発者の名前を付けるのはよくあることですし」
(いやいや、それ、車にあるから……)
奈々江は苦笑いした。
夢の中とはいえ、音楽に続いて商標まで権利を侵害する気にはなれない。
「それなら、エレンデュラ王国の箱、Eボックスのほうが両陛下には喜ばれると思うんだけど……」
しかし、ラリッサとメローナとセレンディアスの反応はいまいちだった。
「Nボックスのほうが響きがいいですわ」
「そうですわ、それにナナエ姫様の箱のほうが子どもたちの興味を引けます」
「僕も個人的にはNボックスのほうがしっくりきます」
ツイファーは冷静だった。
「Eボックスも悪くないと存じます。
それに、これはナナエ殿下個人ではなく、兄弟会からの贈り物なのですよね?」
その一言で名前が決まった。
*お知らせ-1* 便利な「しおり」機能をご利用いただくと読みやすいのでお勧めです。さらに本作を「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届きますので、こちらもご活用ください。
*お知らせ-2* 丹斗大巴(マイページリンク)で公開中。こちらもぜひお楽しみください!
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる