【完】こじらせ女子は乙女ゲームの中で人知れず感じてきた生きづらさから解き放たれる

国府知里

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#87、 悲愴

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(どうして……、どうして……!!)

 シュトラスは混乱する頭の中で、必死にもがいていた。
 屋敷を出て、島の中をめちゃくちゃに歩き回る。
 同じところを何度も行き来し、ヤシの木に拳を打ち付けたり、白波を蹴ってみたりもした。
 だが、到底納得できない。
 こんなのありえない、思考と心が完全に事実を拒否していた。
 乱暴に歩き回って、もつれた足がシュトラスを浜辺の砂に放り投げた。
 突っ伏しながら、砂を固く握りしめる。

「なんなんだよ、ゲームって……?」

 シュトラス、奈々江の心から伝わってきたことを受けるとめるには長い時間が必要だった。
 島の天気が夕暮れから夕闇になった頃、シュトラスは一通りの情報を自分の中で再構築できるだけの余裕ができてきた。
 今日のことを本当だと受け止めるのなら、ひとつだけ合点がいきそうなことがある。

「いずれにしても、ナナエ姫は長くこの世界にはいられないということか……?」

 禁忌魔法により失われた命。
 クリア間近だというゲーム。
 現在時点で起こっている状況として、同じ意味を指し示しているに違いなかった。

「キスしたらナナエ姫がいなくなるだけでなく、この世界も終わるのか……?
 僕も、この国も、祖国も……」

 そうだとしても、この亜空間に奈々江を閉じ込めておけば、ある程度は時間が稼げるはずだ。
 この空間にいる限り、奈々江の時間は、この世界の時間軸よりずっとゆっくりになるはず。
 だが、それもどれくらいのときが稼げるのだろうか。
 奈々江とともにここで過ごすなら、シュトラスも同じ時間を甘受することになる。
 しかも、ようやく思いが通じ合って結婚したというのに、キスもできないという。
 ある意味では、監獄以上の地獄だ。

「それでも……、それでも、僕はナナエ姫に生きていて欲しい……。
 そばに、そばにいてほしい……、あなたに……」

 シュトラスは自分を抱くように両腕を掴んだ。
 しばらくそうしていたシュトラスが、その場に立ち上がった。

(ひとまず、ナナエ姫をここから出さないということを、王家に了解を得ねば……。
 しかし、全てを伝えたところで信じてはもらえまい。
 ひとまず、ブランシュ殿下とライス殿に先にお伝えしてみよう)

 シュトラスはスモークグラムを取り出すが、言葉だけでうまく伝えられる気がしなかった。
 文字だけではきっと受け取ったほうも納得どころか理解することすら難しいだろう。
 ライスのいる屋敷へ三人だけで話ができるようにして欲しいと、スモークグラムを焚いた。
 すぐに返事が帰って来たので、シュトラスは亜空間を出る魔法を纏った。
 オレンジ色の温かい光が漏れ差す白い屋敷。
 そこにいる愛しい人を思いながら、シュトラスは亜空間を後にした。

 シュトラスが向かうと、すでにブランシュとライスが部屋に待ち構えていた。
 フェリペがお茶を給仕すると、静かに部屋を出て行った。

「急に話がしたいとはどうしたのだ。ナナエになにかあったのか?」
「しかも三人だけでとは。亜空間魔法の魔力のことに関係するのならセレンディアスにも声をかけた方が良いと思いますが」

 ブランシュとライスが差し向けても、シュトラスはすぐには口火を切らなかった。
 なにからどう話せばいいのか、まだ惑っていたのだ。
 ぽつりぽつり、と順を追って話をしていくと、ブランシュとライスがいぶし気に首を傾げ始めた。
 最期まですべて話をしたはいいものの、ふたりの兄弟は顔を見あわせるばかりで、とうてい理解しているようには思われなかった。

「とりあえず……。ナナエの心を読んだことで……。
 とりあえず、ナナエを亜空間から出さないほうがいいということは、わかった……」

 ブランシュは始めと最後しかわかっていない。
 ライスはもう少し思慮深く言葉を選んだ。

「しかし、意味が解りません……。ナナエは別の世界から頭を打ったことで、こちらの世界に来たといいますが、我々はナナエが生まれたときから知っていますし、そのナナエが別の世界の何者かと入れ替わったとでもいうのでしょうか……?
 それに、ナナエがいなくなったら、世界も消えるというのが、そもそもあり得ないと思うのですが……」

 予想していたことだが、理解してもらうのは相当難しいようだった。
 シュトラス自信だって、いまだに実感を持って信じられるとは到底いいがたい。
 シュトラスはもう一度繰り返した。

「わかっていることは、ナナエ姫がこの世界にいられる時間はそう長くないということです」
「だが、命を取り戻す魔法はまだ試していないだろう?」
「はい……」
「それが成功すれば、ナナエはまだ生きていられる」
「それと、シュトラス殿がナナエにキスをしなければ」
「おう、それだ。すまんが、シュトラス堪えてくれ」
「……」

 シュトラスはだんだんと疲労を感じ始めていた。
 自分が感じた衝撃をふたりに伝えるには、どれだけ言葉を尽くしても足りない気がする。
 シュトラスは首もとから聖水のエレスチャルを引き出し、ふたりの目の前に差し出した。

「どうか、これをつけて僕の見たこと聞いたことを読み取ってください」

 ブランシュとライスが一瞬目を見開く。

「ライス、お前がやれ」
「嫌ですよ。妹夫婦の寝室を覗く趣味はありません」
「俺だって」
「……~っ!」

 思わずシュトラスは頭を掻いた。
 まだその心配はいらないから受け取ってくれと言いかけたとき、ドアの向こうから足音が響いてきた。
 フェリペが血相を変えてドアを開けた。

「ナナエ殿下がお見えになりました!」
「なにっ!」
「えっ!?」

 シュトラスは、はっと目を見開いた。

「そんなばかな……」

 そう、来れるはずがない。
 亜空間から出られないように妨害魔法を行ったのだ。
 もし出られたとするならば……。


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