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#64、 シスコン再び
しおりを挟む聖礼拝堂の外に出てそれぞれにブロンズファルコンの羽根がいきわたるのを待っているとき、ふと視線を感じて振り返る。
(見られてる……? 独身の修道士かしら)
慌ててブルームーンラビットのケープを目深にかぶった。
いつもの呪文を唱えてみんなでブルーノ城に戻る。
(そうだ、セレンディアスはもう帰ってきているかしら)
そそくさと景朴の離宮に戻ろうとすると、ブランシュが呼び止める。
「待て、ナナエ。預かりものがあるから、俺の執務室によっていけ」
「なんですか?」
執務室に着くや否や、ブランシュがくいっと指で示した。
部屋の一角に、物入用の箱が五つほど重なっていた。
中には、贈り物の小箱や手紙が詰まっている。
「婚約者候補たちからのお前への贈り物だ。
一応、ライスの一件もあったのでな、怪しげな魔法や危険物質がないか調べておいた。
これらは問題ないので、持ち帰ってよい」
「え……? こ、こんなに、ですか?」
「これは序の口だ。倉庫にまだ箱が山積みだ。
しかも、今日は組曲の感想をしたためた手紙がわんさかきている。
処理しきれんから今は受け取り拒否にして突っ返しているところだ」
「こ、困りましたわ……。
わたしには正直誰が誰なのかわかりませんし、わたしにも処理しきれません。
それに景朴の離宮にこんなにたくさんのものを置いておける場所があるかどうか……」
「そのあたりのことはクレア様を頼れ。
そういうことは俺なんかよりはるかにうまくやるだろう」
「は、はあ……。でも、どうやって持ちかえれば……。あ、エアリアルポケットに入れていけばいいんですわね」
「おい、お前のエアリアルポケットではなく、ラリッサとメローナのを使え。
お前は余計な魔力を使わんでいい」
「大丈夫ですわ。このブレスレットはセレンディアスの魔力と直接つながっていますの。
わたしの魔力切れを起こさないだけでなく、セレンディアスの魔力をわたしの意思で使わせてもらうこともできますの」
「な……、お前たち、そこまで深い関係だったのか?」
「深い……はあ、まあ、セレンディアスの好意でそうさせてもらっているのですわ」
ブランシュがつかつかと側にやってくると、注意深く奈々江の左腕を見つめた。
「むう……」
「あの……?」
「お前と結婚する者は、お前だけでなくセレンディアスをも制御できる者でなくてはならんようだな。
だが、この国にそれだけの器を持つ者がどれだけいようか」
「制御……。なんだか、あまり感じのいい言葉ではありませんわね」
「ナナエ、いっそのこと、俺の三番目の妻になるか?」
「は?」
突然なにをいいだすのだろう。
奈々江だけでなく、ラリッサとメローナも口を開けてぽかんとしている。
「俺とお前は従兄妹同士だ。ライスのときと同じだがお前をいったん別の家に養子に出せば、婚姻には何ら問題がない。
俺もお前さえよければ、お前を妻に頂くことはやぶさかできない」
「……はあ? なにをおっしゃっているんですか?」
意味がわからない。
突然すぎるブランシュの意見に、全くついて行けない。
(これまでずっといい兄だったブランシュが、どうして急に候補に?
どういう発想でそうなったわけ?
そもそもブランシュはイエローゲージだし、本人にはすでにふたりも婚約者がいるのに)
ぽかん顔から困惑に変わった奈々江を見て、ブランシュがやや気遅れがちにいう。
「じ、実はライスとも相談したのだ。案外とそれが一番いいのではないかとな。
俺はお前が妹として可愛いし、側に置いておきたいと思っている。
実際問題、お前は結ばれない相手を思っているし、新しい婚約者探しにも乗り気ではない」
(てことは、一応は覚えていたのね、グレナンデスのことを……)
「しかも、お前の魔力を発展させるためにはセレンディアスの力が必要不可欠であり、ナナエからセレンディアスへの信頼も深い。
となると、ナナエ本人を守っていくだけでなく、同時に国の是非を左右するほどの魔力を持っているセレンディアスをうまく制御できなければならない。
今のところセレンディアスはナナエには従順だが、時折ナナエに対して従者以上の振る舞いを見せる節がある。
並みの胆力の男では、セレンディアスの魔力に太刀打ちできん」
(それでブランシュが、って?)
「その点、俺ならばセレンディアスを引き揚げてやった恩もあるし、次期王位継承者としての権威もある。
さらにナナエの夫ということにもなれば、よりセレンディアスを制御しやすくなるだろう」
(そんな理由で……。
ブランシュ、わたしの気持ちはとことん無視なんだね)
ブランシュがいい終わると、奈々江の暗く曇った表情に気づいて、口早に付け足す。
「け、結婚したからといって、急に関係が変わるわけではないのだぞ。
俺だとてお前のことはこれからも妹として大切にしたいと思っているし、無理やり夫婦になる必要もない。
ただ、表だっては夫婦としての形を取り、お前の魔力がこの国のものとして永続することが示せればいいのだ。
だから、お前が好きに恋人を作ることも俺は容認するつもりだぞ。
セレンディアスを将来的にお前の愛人にしてもよいのだ」
(ブランシュ……。この人、本当になにいってるの……?
それに、ライスもライスだよ……。
こんな話を、わたしのいないところでふたりで相談しあっていたわけ?
恩を着せたいわけじゃないけど、ふたりのことを思って仲を取り持ってきたのに、わたしのことはこんなふうに裏切るの?
ふたりにとって、わたしってなんなの?
わたしの気持ちは、どうでもいいの……?
わかりあえたと思っていたのって、結局わたしだけってこと?)
頭の中が急激に冷えてくる。
その冷たさが表情にまで落ちてきて、胸の中まで凍っていく。
奈々江の表情の変化に、ブランシュが気づいてぎくりとした。
「ナ、ナナエ……。どうした……?」
「……」
「わ、悪い話ではないと思うのだ。結婚すればクレア様とユーディリア様のことからも解放されるしだな……」
「……」
「と、とかく女性は身を固めねば自由もないわけであってだな……」
「……」
「べ、別にセレンディアスでなくてもいいのだぞ、ホレイシオでもいいし、その他に恋人は何人作ってもいい。むろん、子も作っても構わない。お前の魔力を引き継いだ子孫がこの国に増えるのは歓迎すべきことだからな……」
「……」
「ナ、ナナエ、頼む、なにかいってくれ……」
「……」
「う……、頼む……」
「……」
ブランシュが追い詰められていくようにどんどん顔色を悪くしていく。
奈々江は人生で初めてというくらいに、人のことを蔑んだ冷たい瞳で見据えた。
「……豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ、ですわ……」
「え? とうふ……? 死……?」
プイっと奈々江は踵を返してさっさと出口に向かう。
ブランシュが慌てて追いかけてくる。
「ま、待て、ナナエ!」
「もう口もききたくありません!」
「とうふ……!? とうふとは何だっ!?」
「豆をつぶして煮て、漉してにがりで固めて押しかためたものですわっ!」
「ちょっと待ってくれ! その、とうふとやらで俺に頭をぶつけて死ねと、そういうことか!?」
「そうですわ!」
「い、いや、待ってくれ、ナナエ!」
「ついてこないで!」
「……ナ、ナナエ……」
悲壮な顔つきでブランシュが届かぬ手を伸ばす。
奈々江は侍女らを引き連れて足早に去っていった。
後に残ったのは、強い衝撃のままに言葉を失って呆然と立ち尽くすブランシュだった。
しばらくして、エベレストがそっと主の肩を叩いた。
「殿下……」
「エベレスト……、し……、死ねといわれた……」
「はい……」
「ナナエに嫌われた……」
「はい……」
「どうすればいい……」
「……」
「……どうすればよいのだ、エベレスト……!」
「……誠意をお見せするほかないのではないでしょうか……」
「誠意とは……、とうふの角に頭をぶつけて死ぬことか……?」
「死んでどうするのですか」
「ではどうするのだ」
「……」
「俺はどうすればいいのだ……?」
「……」
ひさびさに見るブランシュの行き過ぎたシスコンっぷりに、かける言葉を失うエベレストだった。
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