56 / 92
#55、 イルマラの提案
しおりを挟む「これ、お預かりしていた譜面ですわ。
遅くなって申し訳ありません。
水上の音楽の組曲をお返しいたしますわ」
「ああ……。でも、わたしは演奏しませんし、イルマラさんが持っていてくださった方が音楽も喜びますわ」
「いけませんわ。Eボックスを我が物顔にしていたことを、ブランシュお兄様にあんなにきつく叱られてしまいましたもの。
これはきちんとお返ししておきたいの。
あ、それから編曲が済んだオーケストラ用の楽譜は今清書させていますわ。
書きあがったらお届けしますわね。
楽譜に名前が載るなんて、ナナエさんは王家の誇りですわ」
「えっ……!?」
「なにを驚かれていらっしゃるの? 楽譜に名を残すというのは貴族の歴史に名を残すのと同じこと。
ナナエさん、これからも新しい音楽をおつくりになったときは、わたくしに最初に聞かせて下さらなければだめよ。
わたくしが第一愛好者、ファンナンバー一番なのですから」
(う、うわーっ……。天国にいる偉大なる音楽家の皆様、本当に本当にごめんなさい、ごめんなさい、お許しください……!)
楽譜を受け取ったはいいものの、背徳心から持つ手が震え出しそうだ。
(……だめだ、とてもじゃないけど、これを持っていられない。
……ライスに返そう)
返すといっても、結局この世界での作者は奈々江には変わりないのだが、どうしても手元に置いておく気分になれない。
奈々江はイルマラの部屋を後にしたその足で、ブランシュの執務室を訪ねた。
ラリッサとメローナが楽譜を持ってくれようとしたが、罪の意識が高まってか、どういうわけか自分で直接ライスに手渡さなければならないような強迫観念にとらわれていた。
「これからライスのところへ行きたい?
しかし、俺は今陛下に呼ばれたところでな……、え、どうしても?
何をそんなに急ぐ必要があるのだ? 急ぐから急ぐといわれても……。
しかたない、パロット、いや、エベレストを貸してやるから、お前ひとりでいって来い」
「それは構いませんが、ナナエ殿下、セレンディアス殿に頼まれては?」
「セレンディアスには今お使いを頼んでいるのです」
「お使いってなあ、セレンディアスは俺の従者だぞ。それをお前の魔法の勉強のために貸してやっているだけだ」
(あ、そうだった。セレンディアスのこともちゃんとしておかなきゃだよね)
「物のついでのようになってしまって恐縮なのですが、お兄様、セレンディアスをわたしに下さい」
「は? お前、グランディア王国から連れてくるときにいらないといっていたではないか」
「あのときはそうでしたが、今は違います。
今のセレンディアスはわたしの勉強のためにも、研究のためにも必要不可欠な存在です。
それに、セレンディアスもそれを望んでいます」
「しかし、セレンディアスの魔力は国家を占うほどの量だぞ。
お前にその責任が持てるのか」
(それをいわれると、いずれグランディア王国に連れて行きますとはここでは言えないけど……。
でも、セレンディアスを引き受けるためなら、今はそうだと答えるしかない)
「はい、セレンディアスのことはわたしが全ての責任を持ちます」
「しかしなあ」
「お兄様、素直に聞いていただけないなら、カードを使いますわよ」
「カード?」
「ライスに会うためには今もわたしのお供でなければ行けませんよね?」
「そ、それは……」
「それに、あんなに頑張ってふたりの仲を取り持ったんですから、ご褒美を下さってもいいじゃありませんか」
「ごほうび!?」
ブランシュがぐむっと妙な音で喉を鳴らした。
「お、お前、いつの間にそんな交渉術を……」
「セレンディアスのことはそれだけ本気なんです」
「……くっ、わ、わかった……」
(よしっ、やったね!)
喜ぶ奈々江にブランシュがずいと顔を寄せてきた。
「お前、まさかとおもうが、セレンディアスに懸想しているのではあるまいな?」
(は? ……あれ、まさかわたしがグレナンデスに会いたいって言ったこと、ブランシュの中でなかったことになっているの?)
奈々江の真顔に、ブランシュが気色ばむ。
「まさか、ず、図星なのか!?」
「……いえ、それはありませんけど……」
「けど……? けど、なんだっ!?」
「なんでもありませんわ。それでは」
「ちょっ、ちょっと待て!」
「これからわたしはライスのところへ、お兄様は陛下のところへ行かなくてはならないのですよ。わたし(気分的に)とても急いでおりますの」
こちらの都合は心の中だけで付け足した。
一刻も早く楽譜を手放してしまいたいのだ。
ブランシュが困ったようにこぶしを額にやった。
「し、しかし、セレンディアスをお前付きの従者とすると、クレア様のご負担が……」
(えっ、またお金!?)
エベレストが恐れながらと前置きして口を出す。
「ブランシュ殿下、その件は私からナナエ殿下にお伝えしておきます。
パロット、陛下をお待たせしてはならない。ブランシュ殿下をお連れせよ。
ナナエ殿下、さあ準備いたしましょう」
もごもごと歯切れの悪いブランシュがパロットらと部屋を出ていった。
エベレストがブランシュの代理として、神官長にむかってスモークグラムを焚く。
それからまもなく、エベレストの手の水晶玉に返事が戻ってきた。
「神官長からの許可が参りました。
では、ナナエ殿下、ブロンズファルコンを羽根を……。
楽譜は侍女に持たせてはいかがですか?」
「大丈夫、持てるわ」
楽譜を抱える見えない手元にラリッサから羽根を渡してもらった。
「風待たず 逢わんとぞ行く ファルコンか 我も命惜しむことあらんや」
いつもの呪文で、ロカマディオール修道院へひとっとびだ。
つくなり、ラリッサとメローナが横に立ち、ブルームーンラビットのケープをかけてくれた。
修道院の前にはいつもと同じ格好でフェリペがたたずんでいた。
「ごきげんよう、フェリペさん」
「ナナエ皇女殿下、ご機嫌麗しく存じます。
ライスを今呼びに行かせておりますから、聖礼拝堂でお待ちください。
その間粗茶ですが、心を込めてお入れいたしますので、おくつろぎください」
(あら、急にサービスがよくなった……?)
顔に出ていたのか、フェリペが苦笑して見せた。
「ロカマディオール修道院で女性を接待することはめったにありませんでしたので、こちらもいろいろと行き届かず、これまで不作法いたしましたことお許しください」
(あ、そういうこと……)
「ありがたい心遣いですわ」
言葉通り、フェリペは聖礼拝堂の戸口でトレーを受け取り、奈々江の前に熱い紅茶を差し出した。
「修道院の厨房からですと、どうしてもここまで運ぶのにお湯が冷めてしまいまして。
聖礼拝堂の裏手に小さな炊事場を作らせました」
「わざわざ……。ありがとうございます、フェリペさん」
「神官長のご指示でございます」
「わたしがお礼を申し上げていたと伝えてください」
「はい」
お茶を飲んでくつろいでいると、息を切らせたライスがやってきた。
「ナナエ殿下、お待たせいたしました」
やってきたライスは髪が乱れ、袖口には土がついていた。
「ライス……、仕事の途中だったの?」
「はい。今はじめて農作業というものをやっています。手の平の皮がむけてしまいました。
農夫というのは大変な仕事でございますね。やってみるまで知りませんでした」
手の平を見せてもらうと、鍬を握るときに当たるのであろう指の下あたりが皮向けて血がにじんでいる。
爪の間にも土が残っていた。
今まで農具など手にしたことのないきれいな手の無残な姿がそこにある。
ひょっとしてマイラがこれを見たら、卒倒しているかもしれない。
「わたしの魔法陣が効いてないの……?」
「魔法陣は夜寝るときに身に着けております。とても役に立っております」
「いつも身に着けていてくれなきゃ、いざというとき役に立たないわ」
ライスが困ったように笑った。
「お気づかいはありがたいのですが、同じ農作業をしても、私だけ汗もかかず、手も汚れず、ローブに砂ぼこりひとつついていないというのは、いささか奇妙に映りまして。
さぼっていないのにさぼっているように思われてしまうのは癪といいますか、損なのでございます」
集団作業の中ではいたしかたないことだ。
だが、元王子がなれない農作業とは、とてもではないがマイラには報告できそうにないと奈々江は内心で思った。
息を整えるように深呼吸したライスがつぶやいた。
「ああ、よい香りですね。久しぶりに紅茶の香りをかぎました」
久しぶり、ということは修道院の食事には紅茶も出ないのだろうか。
奈々江はフェリペのほうを向いた。
フェリペがやや頭を下げていう。
「紅茶は第五階以上の修道士にしか認められておりませんので」
(え……あ、そういうこと……。
でも、わたしに出してくれるのに、ライスには出してくれないのね……。
ライスは修道院に帰属しているから、お客さんじゃないもんね……。
でも、目の前に紅茶があるのに飲めないなんてかわいそうだわ)
思わず、じいっとフェリペを見つめる。
(ちょっとくらい、ルールを曲げてくれたりしない?
ライスは作業の途中で急いできたから、きっと喉が乾いていると思うのよ?)
太陽のエレスチャル効果百パーセントで見つめていたお陰で、フェリペも意図を察したらしい。
困ったように手を組み替えて、どうしようかと悩んでいる。
ライスが笑った。
「ナナエ殿下、こんなことでお力を行使するのはおやめください。
ブラザー・フェリペがお困りになっておられます」
「まだなにもいってないわ」
「殿下のまなざしは、命令しているのと同じことでございますから。
それに申し訳ございませんが、今は神官長に認められるために頑張っているので、規則やぶりはしたくないのです。
バイオリンの所持は認めていただけましたが、演奏は日曜日だけなのです。
一週間がんばらないと、次の日曜バイオリンをただただ見つめるだけになってしまいます」
「そうなの。厳しいのね」
聞けば、食事にも多少の階級差があるらしい。
ごく簡単にいえば、第五階以上か以下かによる貴族と平民の違いだ。
平民は白湯のところ、貴族には紅茶。
味付けは平民は塩だけ、貴族にはわずかながらコショウが許されているという。
それからごくまれに甘いものや酒類がふるまわれるそうなのだが、この分配は当然のように貴族が優先になる。
(本当に少しの差でもつけたがるのね。浮世を離れても、僕たち特権階級ですって感じ?)
これが修道院の外ならどうということもないが、閉ざされた空間で限られた物資を分け合っているのだから、あながち些細なことともいい切れないだろう。
「ライス、なにか食べたいものはない? 実は、マイラ様から何度も聞いて来てといわれて困っているの」
「さきほどお話ししましたが、食の戒律はとても厳しいのですよ。
差し入れて頂いても食べることはできません」
「それって、修道士のみなさん全員にもれなく差し入れしてもだめなの?」
「……王妃陛下がお考えになりそうなことですね。
では、こうお答えください。神官長がお好きなものが喜ばれるのでは、と」
「わかった、そうお伝えしてみる」
それで、と前置きをしてライスが尋ねる。
「今日はどのような御用向きですか?」
「あ、そうよね。ええと、まずはEボックスの件から話しておくわね」
「はい」
「両陛下のお祝いにEボックスを送ることはやめにしたの。
贈り物はオーケストラだけにしたわ。
試作品を含めてすべてのEボックスは分解して、ツイファー教授が処分して下さることになったの」
「さようでございますか。ご英断だと存じます」
「だから、ごめんね。せっかくいろいろとアドバイスしてくれたのに。
披露したオーケストラの音楽も、持って来られなくなってしまったわ」
「それは構いません。
それより、ナナエ殿下の残念なお気持ちお察しいたします」
奈々江はいったんうつむいて息を吐いた。
今も、ばらばらに分解された試作品の数々のパーツのことを思い出すと気がめいる。
奈々江は顔を上げてフェリペのほうを見た。
「フェリペさんもせっかく楽しみにしてくれていたのに、約束を守れなくてごめんなさい」
「い、いえ、私のことはお気になさらずに」
まさか自分のほうにむけられるとは思わなかったフェリペが首を横に大きく振った。
紅茶のカップをつまんで、ゆっくり一口飲んで心を落ち着かせる。
気を取りなおして、奈々江はそばに置いておいた楽譜を手に取った。
「それともうひとつ。これ、ライスにもらってもらえないかと思って。
といっても、書いてくれたのはライスだから半分ライスのものなんだけど」
「え、組曲水上の音楽、これをですか?」
「ええ。わたしが持っていても自分では演奏しないから。
上手な人に弾いてもらった方が音楽も、楽譜も喜ぶと思うの」
「これは、まぎれもない傑作ですよ。それに半分が私のものだなんて大きな誤りです。
この組曲は初めの一音から最後の一音まで、すっかりナナエ殿下が作ったものです」
(うう、だから、違うんだって……)
奈々江は苦い気持ちを押し隠して、楽譜を差し出した。
「わたしが持っていてもただ無駄になってしまうだけだから。
とにかく、わたしは持って帰らないわ」
「そんな、どうしてですか。こんなすばらしい音楽を、なぜ簡単に人に預けてしまうのですか?」
「か、簡単じゃないよ。
ライスみたいに音楽が好きな人に預けたいの。
始めはイルマラさんにと思ったけれど、ブランシュお兄様に怒られるからって受け取ってもらえなくて。
ライスが受け取ってくれなかったら困るの。
わたしを助けると思ってもらってくれない?」
「ナナエ殿下……、正直殿下のいっていることが私にはよくわかりません。
でも、これを預けて下さるというのなら、私は喜んでこの組曲を我が血肉に宿し、天上に捧ぐ調べにして見せます」
「う、うん! ぜひ、そうして!」
ライスが嬉々として受け取ってくれたので、奈々江はようやく肩の荷が下りた気がした。
ふーっと息をつきながら、紅茶を口にしていると、視界の先に見えていたフェリペが突然姿を消した。
見れば、フェリペは膝をつき、その場で頭を垂れていた。
「恐れながら、恐れながら申し上げます、ナナエ皇女殿下……!」
一同の視線がフェリペの頭の上に注がれた。
「ライスに授けし水上の音楽、どうかわたしにも拝謁する許可をいただけないでしょうか?」
「え……」
「修道士として修行を積んでまいりましたが、我が人生は音楽と共にあり、今も片ときも頭を離れることはありません。
ナナエ殿下があの日ここでこの組曲を完成されたとき、私の心は震え、体中を新しい血が巡りくるようでした。
あの日から私はこの組曲に取りつかれているのです!
どうか、私にこの譜面をもって音楽を学ぶ機会をお授け下さい!」
今まで落ち着いた物腰と穏やかさをまとっていたフェリペがとうとうと熱い思いを述べたことに、奈々江は面を食らっていた。
思わずライスを見ると、ライスは意外にも冷静にそれを見つめている。
(……そっか、ふたりは音楽の話とかしているのかな。だったら、驚かなくても当然か)
「ええと、ライスはどう思う?」
はっとしてライスがこちらを向いた。
「私はナナエ殿下のご意向に従うのみです。
とはいえ、今日お預かりしたこの楽譜もいったんは神官長にお預けすることになりますので、いずれにしてもわたしがこの楽譜を手元に置けるかどうかは、神官長次第です」
次にフェリペを見た。
「それって、やろうとおもえばフェリペさんが楽譜を横取りできるっていうこと?」
フェリペがさっと顔を上げて首を横に振った。
「そのような不埒なことは考えておりません……!
ただ、私はこの音楽を学び、私なりにオーケストラ用に編曲してみたいと思ったのです。
以前お話申し上げた通り、私はかつて音楽を生業としていました。
昔取った杵柄とでも申しますか、この譜面の完成を拝見した日から、私の心はその思いでいっぱいなのでございます。
神官長にはこの楽譜の所有をライスに許していただける様、切に進言致します。
それが叶わなかったらば、楽譜はナナエ殿下に必ずお返しいたします」
(え、いや、返してもらったら意味ないんだけど……)
もう一度ライスを見た。
「どうする、ライス? わたしとしては、ライスが嫌ならやめておきたいし、ライスがフェリペさんのいうことが嫌じゃないならそれでもいいかなと思うけど」
フェリペがライスを見上げる。
本当に音楽が好きなのだろう。
その表情には切なるものがにじんでいる。
ライスが小さく息を吐いた。
「構いません。ブラザー・フェリペにはなにかと目をかけて頂いておりますし、音楽への造詣が深いことは少し話しただけでもわかりました。しかし正直なところ、ナナエ殿下の音楽を台無しにされたら、と危惧をしております」
(はは……、それなら一番台無しにしているの多分わたしの気がする……)
フェリペが一度口をきつく結んだ。
「ライスのいうことはまさに。
ナナエ殿下、もしも私の書いた編曲がお気に召さなかったらば、どうぞ私の両手をお取りください。
二度と楽器もペンも持たないと誓います」
(えーっ、そんなこと求めてないよ! 自分に厳しいすぎない!?)
フェリペがあまりに真剣な顔なので、苦笑いさえできない。
しれっとライスが言う。
「当然です」
(ちょっと~っ! なんでこういうときだけ王族の威厳かもしちゃうかなぁ!?)
「そ、それはやり過ぎですわ、フェリペさん。
両手がなかったらスプーンを持つこともできなくなってしまいますもの。
でも、その心意気を信じてみることにいたしましょう」
「あ、ありがとう存じます!」
(ふ、ふう~……。楽譜渡しに来ただけなのに、冷や汗かいちゃったよ~……)
用事が済んだので、奈々江はお茶を飲み干してから暇を告げた。
ライスとフェリペに見送られ、ブルーノ城に戻ると、エベレストが口を開く。
「セレンディアス殿の件ですが」
「あ、はい」
エベレストは簡単に、王家のお金の配分について説明してくれた。
「国家予算のうち王家に分配された予算は、陛下を頂点に主に陛下の采配で割り振られます。
今回問題となってくるのは、ナナエ殿下がセレンディアス殿を自らの手元に置くのに誰がどれくらいの金額を払うのかということです。
ちなみに金額は、おおよそ私の二倍ほどだとお考え下さい」
「えっ、エベレスト様より多いんですか!?」
「セレンディアス殿の手元に入る金額は私より少ないと思いますが、セレンディアス殿は帰化したばかりで、住まいをこちらが面倒を見なければなりませんし、現在のところ教育や食事、衣服についてなどもこちらから提供しています。そのかわり、ナナエ殿下の要望、すなわちエレンデュラ王国の求めに応じて魔力を供出し、国家の魔法技術の繁栄に協力をしています」
「それで……」
「さらに、セレンディアス殿をグランディア王国から譲り受けた際に支払った資金への補てんも含まれます。一番比重が大きいのはこれですね」
「な、なるほど……、それで二倍」
「ナナエ様はクレア第三王妃陛下の庇護下に置かれておりますから、この金額がクレア陛下の予算分にかかってまいります。
もともとクレア陛下は政治に参加することも影響力を持つことも望まれておりませんでしたから、最低限の予算しか割り振られておりません。
クレア陛下には個人的な資産もあまりないと聞いておりますし、兄上を頼りにされるのにも限度があろうかと存じます。
クレア陛下ご自身が国王陛下に予算の割り増しを申し出ることもできますが、ユーディリア第二王妃陛下を刺激するのは、クレア陛下がもっとも気にするところです」
「ええ、ふたりの仲は良くないみたいですね……。
それって、わたしが陛下にお願いしても同じことですよね?」
「はい、結局入るところは一緒ですから」
「う、うう~……」
聞けば聞くほどに、この世界のこの国での自分の立場の弱さが身に染みる。
(課金が無限に無料の無双だなんていったの、どこの誰!)
奈々江の脳裏に無精ひげの上司の顔がちらついた。
「楽譜をお売りになったらいかがですか?」
「え?」
エベレストが眼鏡を押し上げた。
「先ほどから考えておりましたが、それが一番早く最も確実だと思いますが」
(え……、あ、そうか……。
え、そんなの考えてもみなかったよ……。自分の曲じゃないし。
でも、確かにこんなに喜ばれるなら、きっと音楽お金になる……。いや、でも!)
奈々江の頭は混乱する。
(だって人の曲だよ!? それも、偉大なる音楽の神様たちが作り上げたものだよ!?
勝手に売って、わたしがお金稼ぎしていいの!?)
さらに奈々江の脳内議論が重なる。
(え、え? でも待って? ここって、夢の中だよね、私の夢の中だよね?
わたし以外誰も知らないなら、売っても犯罪にならないよね?
この世界の中なら、咎められない……そう、だよね?)
顎に手を当ててみる。
(そうだよ、なにが問題なの?
夢の中でわたしが人の曲を売ってお金を稼いだからって、現実の著作権法に触れたりしないよね?
そ、そうじゃん!
なんか、今まではすっごい悪いことしてるみたいな気がしちゃったけど、ここは現実世界じゃないだもんね……)
奈々江は顔を上げて、エベレストを見た。
「そ、そうですよね。考えていませんでしたけど、確かにそうですね」
「そうでございますよ。祝賀会が終われば、きっと組曲の楽譜は飛ぶように売れます」
(なんだ……! お金問題、あっさり解決!
……そ、そうとわかっていても、なんとなく良心が咎める気がするけど……)
エベレストが教えてくれた。
「ちなみに、新譜の相場は金貨百枚から七十枚というところですね。
普及するにつれて価格は下落していきますが、新譜一曲でセレンディアス殿を雇う一年分から半年分くらいにはなろうかと存じます」
「売ります!」
現金な声が部屋に響いた。
*お知らせ-1* 便利な「しおり」機能をご利用いただくと読みやすいのでお勧めです。さらに本作を「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届きますので、こちらもご活用ください。
*お知らせ-2* 丹斗大巴(マイページリンク)で公開中。こちらもぜひお楽しみください!
0
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……
木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる