【完】こじらせ女子は乙女ゲームの中で人知れず感じてきた生きづらさから解き放たれる

国府知里

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#52、 緑の輝石のブレスレット

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 次の日、奈々江は熱を出してベットから起き上がれないでいた。

(熱は微熱なんだけどな……。だるくて起きる気になれない。
 昨日はなんだかジェットコースターみたいな一日だったしなあ……)

 正午過ぎまでベッドの中でうとうとしていると、クレアが様子を見に来た。

「大丈夫、ナナエ?」
「……お母様」
「まだ具合が悪そうね。いいのよ、ゆっくり休んで」

 それだけいうとクレアはすぐに出て行った。

(婚約者候補の話か……。いいや、具合悪いふりしていよう)

 しばらくすると、キャンキャンという声が耳元でした。

(チャーリー、心配してきてくれたの?)
「クーンクーン」
(ふわああ、癒されるう~)

 チャーリーのぬくもりとふわふわの感触に、奈々江はひとときだるさを忘れた。
 チャーリーと戯れていると、メローナが伺いを立てに来た。

「ナナエ姫様、セレンディアス様がお見舞いにいらしておりますが、いかがされますか?」
「そう……」
「実は、ナナエ姫様がお休みの間に、イルマラ様もお見えになったのですが、お見舞いの品だけ置いてお帰りになりました」
「わかったわ、セレンディアス様をお通しして」

 奈々江は寝間着を調え、羽織を羽織る。
 そして腕にはチャーリーを抱いて迎えた。
 セレンディアスは手に小さな花束を持って現れた。

「ナナエ様、ご加減はいかがですか」
「セレンディアス様、御心配ありがとうございます。
 ただの微熱ですわ、たいしたことはありません」
「キャンキャン」

 チャーリーが訪問者に挨拶をした。
 セレンディアスは吠えられたことに嫌な顔一つせず、花束を渡す。

「昨日いろいろあったので、体調を崩されても仕方ありません。
 それで、その……」
「はい」
「あの、さ、差し出がましいとは思うのですが……」

 セレンディアスがローブから小さな箱を取り出した。

「これは?」
「と、どうぞ開けてみてください。ナナエ様のために作りました」

 箱を開けると、緑色の輝石の連なった美しいブレスレットだった。

「わあ、きれい……。これ、魔石ですわね?」
「はい。魔石から僕が作りました。
 この金の鎖には防御魔法を、チャームには魔力切れを起こさないための魔法を施してあります。
 万が一魔力が切れても、この魔石から自動的にナナエ様に魔力が供給されます。
 そして残りの魔石は僕の魔力とつながっていて、これはナナエ様が僕の魔力から魔法を使いたいときに使います」
「え……、そんな、さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないわ。
 ブレスレットにかけらたれ複数の魔法だけでも何重にもすごいのに、魔力をわたしの自由に引き出せるなんて、さすがに危険だわ」
「いいえ、どうか、持っていてください。僕のために」
「セレンディアス様」
「これは僕の気持ちそのものなんです。お願いですからどうか受け取ってください」

 セレンディアスが頬を染めて頭を下げている。

「セレンディアス様、あなたに頭まで下げられたら、断れるわけないわ……。
 でも、どうしたらいいの。
 これまでの分を含めてお礼をしたくても、わたしにはお返しできるものが何もないのよ……。
 こういうとき、女性なら刺繍のひとつでも差し上げられたらいいのかもしれないけど、わたしはてんで下手で……。
 本当に、魔法陣を書くくらいしか能がないの。
 魔法陣でよければなんでも言って。魔力はないけれど、どんな複雑な魔法陣でも書ける自信があるわ」
「いえ、僕は受け取ってもらえただけで幸せです」
「セレンディアス様……」

 思わず奈々江は抱いていたチャーリーをギュッと抱きしめた。
 チャーリーが苦しそうにキャンと鳴く。

「ごめんねチャーリー。セレンディアス様に感謝のハグをしたいけど、さすがにはばかられるからあなたを代わりにギュッとしているの」

 とたん、セレンディアスの顔がぱっと染まった。

「ナ、ナナエ様……」
「本当よ、セレンディアス様」
「はい、僕はそれで十分です。それに、今日はいつもよりお近づきになれた気がしてうれしいです。
 これからもぜひそうしてくれませんか?」
「え?」
「今日は敬語がありませんでしたから」
「あ……」
(そういえば、部屋で寝間着で迎えたせいで、心のガードが下がりまくってた……)
「も、申し訳ありません! わたし、まだ寝ぼけているのかしら」
「いいんです。僕は嬉しかったですから。素のナナエ様が見れて」
(ちょっと、やだ……。セレンディアスがいい子過ぎる……)

 思わず奈々江までぽっと赤くなってしまった。

「よければ、ブレスレットを僕につけさせていただけませんか?」
「は、はい」

 突然奈々江の心臓がトクトクと高鳴る。
 セレンディアスが大事なものを扱う手つきで、奈々江の左腕にブレスレットをつける。
 緑と金の光がキラキラと手首に宿った。
 奈々江は顔の側に手首を持ってきて、セレンディアスを見た。

「きれい」

 セレンディアスが嬉しそうに微笑む。

(やだ、なんだか、恋人同士みたい……)

 奈々江まで急に熱くなってきた。

「どうしたのかしら、わたし熱が上がってきたのかしら……」

 慌てたラリッサとメローナが来て、ナナエを介抱し始めた。
 セレンディアスが心配そうに暇を告げる。

(あれえ……やっぱり熱が……)

 奈々江はゆっくりまどろみの中へ沈んでいった。

 目が覚めると翌朝だった。
 昨日の発熱も引いていた。
 ともすると、いつもより調子がいいくらいだ。

「おはようございます、ナナエ姫様」
「お顔の色が良さそうで安心しました」
「おはよう、ラリッサ、メローナ」

 目を擦るとシャラと手首で光が揺れた。

(セレンディアスのブレスレット、きれい。
 そういえば、景朴の離宮に戻ってから装飾品なんてほとんど見てなかったなあ。
 この離れにはお金がないから……)

 それで思い出した。

(……どうしよう、出世払いをあてにしてクレアの兄が資金を出してくれているんだよね……。
 プラチナとか金とか、結構な材料費がかかっちっゃたのに、なにもできてませんなんて言えないよ……。
 でも、はあ……、今はショックが大きすぎてなにも作る気になれないや……。
 もう一度ライスのところへ行って相談してみようか……。
 それとも、教授とセレンディアスに相談してみようか……)

 祝賀会は五日後だ。
 たった五日で一体何ができるのだろう。
 そのとき、ラリッサが初めて見るドレスを持ってきた。
 総レースの今までになく品のよさげな白いドレスだった。

「ナナエ姫様、ご覧くださいませ。
 これは昨日マイラ様から届きました」
「マイラ様から?」
「はい、祝賀会用のドレスで、当日はこれをお召しになって欲しいとのことです。
 すてきでございますねぇ……、ため息が出てしまいます」
「うん……」
「お気に召しませんか?」
(ドレスより、お金のほうが心配なんて、はあ……。乙女ゲームにあるまじきヒロインだよね……)
「それから、イルマラ様からはこちらのリボンと手袋が送られてまいりましたわ。
 当日お揃いで身につけたいということで」
「そう……、わかったわ。
 お見舞いのお礼もしなくちゃだし。
 マイラ様にはお礼の手紙を書くわ。
 イルマラさんは午後お尋ねしてもいいか先触れを出しておいて」
「承知しました」

 身支度を整え、手紙を書いたところで、朝食の時間だ。
 食堂にいくと、クレアがすでに席で待っていた。

「おはよう、ナナエ。具合が良さそうね」
「はい、おはようございます、お母様」

 食事が進むと案の定クレアはあの話を持ち出してきた。

「このあと、少しでいいから一緒にお相手の釣書を見てみない?」
「……申し訳ありません。
 今日はツイファー教授に特別授業をしていただくことになっていますの」
「あらそう……。祝賀会までもう間近だものね。わかったわ。
 じゃあ、午後はどう?」
「午後はイルマラさんと会う予定ですわ」
「あらまあ、忙しいのね……。祝賀会が終わるまでは仕方ないわね……」
(そう、祝賀会が終わったら、とにかく別の方法で婚約者候補を寄せ付けないなにか工夫を見つけなきゃ)

 祝賀会が終わったら、どうにかもう一度グランディア王国へ行く方法を探りたい。
 ひとまず、ブランシュとライスのことは片が付いた。
 これは大きな一歩だ。
 いつかトラバットがいっていたように、新しい機会が訪れたとき、以前とは違う道を選んで記憶を上書きする。
 和左と右今のことに対しては、この世界を通じてそれができたように思う。

(きっと、現実で和左君と右今君に会っても、今度は以前とは違う自分を選べる気がする)

 今回のことで奈々江は少し自分に自信を持てた。
 人生は変わる。
 上書きして前に進める。
 やろうと思えば、できる。

(そう、手段を選ばなければ、わたしはグランディア王国に行ける)

 奈々江は左手首のブレスレットに触れた。

(セレンディアスの魔力と、わたしの空間移動の魔法陣。
 わたしはグレナンデスに会いに行ける)

 問題なのはそこに持続力がないことだ。
 つまり、重要なのはグランディア王国にとどまる理由。
 グレナンデスとの結婚だ。

(それでも、一度会いに行ったらどうだろう。
 あれからグランディア王国ではどのくらい皇太子妃選びが進んだのかしら。
 全く情報が入ってこないのは、きっと城の中にいて制限されているからよね。
 やっぱり、城を出てみないことには状況を知ることができないわ)

 そして、もう一つは奈々江の魔力。
 エレンデュラ王国が国家として保持し保護を決めているというこの力を、どうやって折り合いをつけさせるのか。
 こればかりは、セレンディアスと同じようにお金で解決するにしても、その出所はグランディア王国となるのだから、奈々江が頭を悩ましたところでなにも進まない。

(グランディア王国に味方になってくれる人が必要だわ。
 だとすると、やっぱり第二皇子シュトラス)

 しばらく無精してしまったが、手紙を書いてみよう。
 こんなときこそスモークグラムを使えればいいが、景朴の離宮ではクレアしか所持しておらず奈々江の個人所有は一本だってない。

(そういえば、ライスは一般的な無臭のものが売っているといっていたわね。
 町へ出れば手に入るかも……。
 それに、今ならクレアの兄から融通してもらったお金を当てにできる。
 でも、どうやって町へ出る?
 こなときにトラバットが来てくれたらタイミングばっちりなのに。
 そううまくはいかないよね……)

 食事を終えて奈々江は通信魔法の魔法陣を書いた。
 これはスモークグラムが一般的なるより前に使われていた汎用魔法で、相手の精神を直接刺激するものだ。
 いわば、イメージを共有するというもの。
 この魔法は相手の状況によって通信精度が左右されるため、今は特殊に状況下以外ではめったに使われない。

(この魔法陣に、Eボックスで使った再生を組み込めば。
 恐らくはっきりとではなくても、声も届くはず)

 奈々江は別の紙に研究室で会いましょうと書いて、相手に見えるように手に持った。
 もう片方の手で魔法陣を持って、ナナエは呪文を唱える。

「ライトオン」

 魔法が発動してから、奈々江はセレンディアスに向けて言葉を伝えた。

「セレンディアス様、研究室で会いましょう。
 午前いっぱい待っていますわ」

 それが終わると同時に、ラリッサとメローナがそばにやってきた。

「ナナエ姫様、今日はアトラ棟へ行く用事はなかったはずでございますよね。
 なにたくらんでいらっしゃいますか?」
「わたくしたちは何をしたらよろしいのでしょう?」
「ラリッサ、メローナ。よく聞いてくれたわ。
 わたし、動き出すわ」

 早速アトラ棟へ向かう。

「用がなければきっと来てくださいますよ。なんといっても、セレンディアス様は奈ナナエ姫様の信奉者ですから。またの名を忠犬セレンディアスですから」
「忠犬って、言い方。でも、いつも頼ってばかりで申し訳ないとは思っているのよ。
 それでも今のわたしにとって一番頼りになるのはセレンディアス様だわ」

 研究所にやってくると奈々江は人目を避けて研究室へ向かう。
 これまでは魔法薬を飲んでから来ることが多かったが、魔法薬は一旦口にしてしまうと、一日経つまで効果が持続してしまう。
 太陽のエレスチャル効果を発揮したり、隠したりをコントロールできるわけではないので、使い方は慎重にする必要があるのだ。
 いつもの部屋の前に来たとき、ホレイシオに出くわした。

「あ、ナナエ様! 今日はいらっしゃらないのかと思っていました。
 お会いできてうれしいです」
「ホレイシオ様、もしかしてもうセレンディアス様が見えていますか?」
「いえ、まだのようですよ。ツイファー教授も今日はまだ見えていません」
「ええ、……部屋で二人を待ちますわ」
「それなら、僕とお茶でもいかがですか」
「いえ、行き違いになってはお待たせしては困りますし」
「でしたら、この部屋で待ちましょう。今お茶を淹れてきます。
 部屋で待っていてください」
(どうしよう、いきなり出端をくじかれちゃった)

 仕方なく部屋で待っていると、ホレイシオが自ら紅茶を乗せたトレーを持ってきた。

「どうぞ、最近の僕のお気に入りなんです」
「ありがとうございます。とてもいい香りですわ」

 一口飲んでホレイシオが口を開く。

「それ、初めて見ますね」
「え?」
「ブレスレット。どなたかからのプレゼントですか?」
「あ、ええ、セレンディアス様が贈ってくださいました。
 セレンディアス様にはいろいろよくしていただいているので、いつかお返しをしなければと思っているのですが」
「へえ……」

 ホレイシオがブレスレットをまじまじと見つめる。

「……回復魔法と、魔力切れを防ぐ魔法が入っていますね」
「あ……、見て分かるのですね。わたしは全然わからないのですが、とてもきれいなので気にいっています」
「あの、ナナエ様。僕もブレスレットを作ったら、その手にはめてくださいますか?」
「ありがたいですけれど、これがありますし。いくつも着ける趣味もありませんわ」
「それを外して、僕のをつけてくださればいいと思うのですが」
「え……、あ、でも」
「セレンディアスくんより、僕とのほうが付き合いが長いではありませんか。
 だったら、セレンディアスくんのブレスレットを受け取って、僕のを受け取らない理由にはならないと思います」
「え、ええ、でも、これはセレンディアス様がわたしのためにいろいろと工夫を凝らしてくださったもので」
「僕も負けないくらいのものを作りますよ。色はそうだな、風の性質のナナエ様を助ける淡いブルー。
 僕だったら、水の性質のブレスレットを作ります。
 ナナエ様にぴったりな可憐で美しく、プラチナの透かし彫りの入った豪華なものを作ります」
(敵対心煽っちゃったのか……。そんなにブレスレットばかりいらないよ。ええと、なんて断ろう……)

 答えに迷っていると、いつの間にか奈々江の左手をホレイシオが取っていた。
 いつかと同じように静かに口付ける。
 そのまま左手越しに、じっと見つめられる。
 奈々江の体にどきっと緊張が走る。

「あの、ホレイシオ様、手を……。困りますわ」
「どうか断らないでください。現物を見てからでも遅くはないと思いませんか?
 ひと目見て、このブレスレットよりも気にいらなかったのならあきらめますから」
「あの、でも、本当に」
「後生ですから、これが僕の最後のお願いだと思って」
「ホレイシオ様……」

 ホレイシオが急に切ない声を上げた。
 思わず、奈々江も胸がきゅっとなる。

「あ、あの……。わかりましたわ……。
 ホレイシオ様のご迷惑でなければ……」
「ありがとうございます! よかった」

 ホレイシオがもう一度手の甲にキスをしてようやく手を離した。
 そのとき、ドアが開き、セレンディアスが入ってきた。
 セレンディアスはすぐさま妙な気配を感知し、さっとホレイシオに目をやった。
 ホレイシオは人当たりのいい顔を浮かべて微笑んだ。

「やあ、セレンディアスくん。君と教授が来るまで楽しくおしゃべりしていたところだよ」
「ホレイシオ殿……」
「今日はツイファー教授遅いね。こんなことは珍しい」
「教授に研究の準備を頼まれています。取り掛かりたいのですが」
「そうか、そういうことなら退散するよ」

 従者にトレーを持たせてホレイシオが出て行った。
 見届けると、セレンディアスがすぐに奈々江の側にやってきた。

「ナナエ様、その、大丈夫でしたか」
「ええ……、押しに負けて、ホレイシオ様がわたしにブレスレットを作ってくださることになってしまったんですけれど……。
 わたしにはセレンディアス様にいただいたこれがあるからとお断りしようとしたんですが、断り切れなくて……」

 セレンディアスがほっと息を吐いた。

「無事ならいいんです。それより、今日はどうなさったのですか?
 通信魔法、ちゃんとナナエ様の声も聞こえましたよ」
「えっ、ほんとう!」
「はい」

 微笑みを返してくれるセレンディアスに、奈々江は心を決めて、話し出す。

「セレンディアス様、いつも頼ってばかりなのに、今日も急なお願いを聞いて下さってありがとうございます」
「いいんです。僕がそうしたいんですから」
「わたし、今日は最後のお願いをしようと思って来ました」
「最後?」

 セレンディアスがにわかに眉を上げた。

「わたし、グランディア王国にいって、グレナンデス皇太子にお会いしたいと思っています」

 はっとセレンディアスが息をのんだ。

「セレンディアス様、どうかわたしを助けてはいただけませんか?」

 しばらく時が止まったようだった。
 次に動き出したのは、セレンディアスだった。

「いつか、そうおっしゃると思っておりました……」
「セレンディアス様……」
「一目見たときから、僕にはなんとなくわかっていたような気がします」

 セレンディアスがぱっと顔を上げると、そこに浮かんでいたのは微笑みだった。

「わかりました。僕はナナエ様の望むようにして差し上げたいです。どんなことでも協力します」
「セレンディアス様!」

 奈々江にも笑顔が浮かぶ。

「だた……ひとつだけお願いがあります」
「なんですの……?」
「僕を生涯ナナエ様の従者にしてください。ナナエ様が行くところにはどこへでも僕をお連れ下さい」
「でも、あなたはエレンデュラ王国に帰化した身でしょ?」
「僕は初めから、あなたにだけついていくと決めていました。ナナエ様が僕の主なんです」
「セレンディアス様……」
「様はいりません。セレンディアスとお呼びください。僕はあなたのしもべなんです。あなたにお会いしたあの日から」
(どうしよう、そこまでセレンディアスが思っているなんて知らなかった……。
 わたし、甘かった……。
 セレンディアスのことを自分の都合のいいところだけ利用しようとしていたんだわ。
 今セレンディアスに助けてもらうということは、彼の人生に責任を持つということだわ)

 奈々江の中に逡巡が来ては過ぎ去りまた戻る。

(だけど、もう後には戻れないわ。
 進まなきゃ、この世界をクリアできない)

 奈々江はそっとセレンディアスの手を取った。

「側にいて。わたしを助けて、セレンディアス。あなたを頼りにしているの」
「はい、ナナエ様。僕は今生涯で一番の幸せを感じています」

 くったくのない微笑みに、奈々江もつられる。

「あなたって、おっきなワンちゃんみたいだわ」
「はい、ナナエ様の番犬です」
「よしよし」

 冗談でそういうと、突然セレンディアスがナナエの前に膝を折った。
 見上げた顔はまるでチャーリーと同じだ。

「これからは、チャーリーではなく僕をよしよししてください」
(ちょっと……!)

 奈々江はかあっと頬に血がのぼるのを感じた。

(自分の犬が欲しかったけど、これは人として倫理的に……う、うう……。
 だめだわ、自分の心をごまかせない。セレンディアスが可愛すぎる……!)

 奈々江はそっと、セレンディアスの髪をなでた。

「よしよし……」

 うれしそうなセレンディアスに、メローナが一言いった。

「納まるところに納まったって感じですね」


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