【完】こじらせ女子は乙女ゲームの中で人知れず感じてきた生きづらさから解き放たれる

国府知里

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#45、 秘密の相談事

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 ライスが去り、両陛下が先に謁見の間を去った。
 奈々江はもしかすると、出立の前にライスに合えるのではないかと、退出の順番が来るのをそわそわとして待っていた。

(この世界におけるライスの扱いがいまいちわからない。
 ロカマディオール修道院というところがどんなところなのか、少しでも聞いておきたいわ。
 ライスは気丈だけど、現実の世界ですら同性愛者やトランジェスターらマイノリティーの人達への風当たりは厳しいものがある。
 この世界でライスがどんなふう扱われるのかはちゃんと確認しておかないと)

 クレアと共に退出する順番が来た。
 部屋を出るなりクレアを呼び止めた。

「お母様、わたしライスの見送りに行ってきますわ」
「ナナエ、あなた……」
「すぐ戻りますわ」

 有無を言わさず、奈々江は侍女と警護の者を引き連れて速足に去った。

「ラリッサ、メローナ、ライスは今どこかしら?」
「恐らく正門からは出立できませんわ」

 ラリッサの返答に、警護の兵士ノーブルが素早く行動した。

「裏門にはこちらからが近道でございます」
「案内をお願い、ノーブル」

 中年のノーブルはうなづいて見せた。
 エレンデュラ王国ノーブル城での奈々江の警護は主に交代制で六人。
 今奈々江たちを案内しているのは例によって既婚者の二人。
 グレイヘアのノーブル・マクレーンと、アスパラガスのスープのような緑がかった珍しい金髪をしたチャイブス・パルメニアだ。
 ノーブルの案内で裏門にやってくると、護送されるライスがたった今馬車に乗り込もうというところだった。

「待って!」
「ナナエ皇女殿下……」

 ライスがすぐさま、膝を折った。
 駆け寄り、ライスを立たせた。

「こんな急に出立だなんて、どうしてなの、ライス」

 ライスがため息とともに眉を下げた。

「陛下はやはり理解できなかったようです。訳がわからない者を一刻でも長く側に置いておきたくなかったのでしょう」
「そう……。ブランシュお兄様とは話せたの?」
「……いいえ……」

 とたん、ライスの顔が曇った。

(やっぱり……)

 ライスを引き渡したあの夜以後、ライスがなぜ自暴自棄な強行に及んだのか理由は明らかになったものの、受け入れてはもらえなかったのだろう。

(ファスタンは臭いものには蓋をして遠ざけることにしたってことね。
 ……ちょっと悪意のある言い方かしら。
 でも、それだけ王国や王家にとって衝撃が大きかったということだわ。
 となるとブランシュも……)

 ライスが小さく自嘲した。

「こうなることは予想していました。だが、自分を偽っていたこれまでに比べればずっと気が楽なのは本当です。
 ナナエ殿下には感謝しています。
 ともすれば、修道院でおなじような仲間にも出会えるかもしれませんし」
(それは確かにそうだけど……。
 でも、安全な場所かどうかは確かめておきたいわ。
 それに、ライスのような地位があったのにそれを失った人間がどう扱われるか。
 ちゃんと敬意を払ってもらえるのか)

 不安が顔に出ていたのだろう、ライスがくすりとほほ笑んだ。

「殿下、こんな兄のために心配をしてくださって、本当にありがとうございます」
「ねえ、ライス、わたしも一緒にいったらだめかしら」
「えっ!?」
「だって、心配だわ! 心配があり過ぎよ!
 それに、陛下もブランシュお兄様も肝心なところでこのありさま!」

 奈々江の突然の提案に、驚き焦ったのはライスだけではなかった。
 護送担当の兵士が戸惑いながらいった。

「恐れながら皇女殿下。それはあまりに無謀な話でございます。
 そもそもロカマディオール修道院は女人禁制ですし、いかに王族とあれど神官長の許しがなければ罪人とは面会できません」
(やっぱりライスは罪人扱いなのね)

 奈々江はこれ幸いとばかりに兵士に向き直った。

「ねえ、ロカマディオール修道院はどんなところなの?
 ライスはどんな暮らしをさせられるの?
 いくら罪人だからといっても、ひどい扱いは受けないでしょうね?」
「わ、私はただの護送係で、そこまでは……」
「誰に聞けばわかるというの?」
「そ、それは……陛下は神官長に一切をゆだねると聞いていますが……」
(ええっ!? それじゃあ丸投げじゃないの! あの父親なにをしてるの!?)

 思わず咎のない兵士を睨んでしまったが、この期に及んで今すぐファスタンに思い直してもらうのは無理だろう。
 兵士が気まずそうにうつむいた。
 太陽のエレスチャルが効いているからだろう、奈々江の要求を飲めないことに申し訳なさを感じているらしい。
 ここは一押しすれば、護送に一緒について行けるかもしれない。
 そう思って口を開きかけたとき、ライスが言った。

「ナナエ殿下、心配には及びません。私は大丈夫です。
 それに、殿下に会えるよう陛下に約束を取り付けてくださったではありませんか。
 次回お会いできた折には、修道院での暮らしぶりにいてもお話しできましょう」

 にわかにライスの顔に微笑みが宿った。

(ライスはもう覚悟を決めているんだわ。
 それに、ブランシュの気持ちがわからない以上、今はライスになにも言ってあげられない。
 せめて、兄であるブランシュの後ろ盾があれば、修道院でのライスの生活が守られると思ったけれど……。
 ライスと会う約束があるからとはいっても、わたしの影響力じゃあ高が知れているわ。
 どうしたら……、あ!)

「ちょっと待って!」

 奈々江はすぐさまエアリアルポケットを開いた。
 中から紙と筆記具を取り出すと、インク壺をメローナに持たせてペンを走らせた。

(守りの魔法陣。これで少しはライスが保護されるはずだわ。
 まずは、怪我、病気。それに、人からの悪意、暴力。
 ええと、それから飢え、寒さ、穢れ。
 えと、あとは、そうだわ。カウンターよ!)

 奈々江はライスに危害を加えようとするものに同じだけの威力でその力が跳ね返るように魔法陣を書いた。

(このあいだツイファー教授に習ったときはいつ使うんだろうと思っていたけど、こんなに早くこれを書くことになるとはね……。
 威力は最大で設定。
 魔力はセレンディアスから……、あ、でも、だめだわ。
 セレンディアスから魔力をもらうときはセレンディアスに事前に伝えて了承を得るようにと教授からいわれてるんだった。
 でも、わたしの魔力量じゃ大した反撃の威力を得られないかも……)

 書きかけの途中で、はっとして、奈々江はちらりとライスを見た。

(そうだ、ライスの魔力を使ったら……?)

 奈々江は紙の向きを変えると、ライスに差し出して見せた。

「あなたに守りの魔法陣を授けます。
 でも、わたしの魔力量では多分効き目が薄いわ。
 だから、あなたの魔力を使うようにここに組み込んでもいいかしら?」

 にわかに目を開いたのはライスだけでなく、後ろに控えていた兵士たちも同様だった。
 先ほどの兵士が思わず滑らせたというように漏らした。

「こ、こんなにたくさんの保護魔術を魔法陣でもっていたら、なんのために修道院に行くのか……」

 奈々江は兵士を見つめた。

「それってつまり、修道院での暮らしはやっぱり厳しいっていう意味よね?」
「い、いえ、その……」
「だったらやっぱりこれを持って行ってもらうわ。ライス、ここにあなたの名前を書くけどいいわね?」
「はい……」

 ライスの了承が得られたので、魔法陣を完成させて、ライスに手渡した。
 ライスが一つ一つの意味を読み解くように魔法陣を見つめている。

「これが発動されたらわたしにもわかるはずだから、お守り代わりに持っていてね」
「修道院では魔法の使用を禁止されることになっていましたから、正直大変心強いです。ありがとうございます、ナナエ殿下」
「えっ、そうだったの!?」
「当然です。私は人に対して使ってはならない魔法を使ったのですから」

 それではライスは丸腰も同然だ。
 いくらどうしていいかわからないにしても、ファスタンとブランシュはあまりにほったらかしすぎやしないか。
 今の自分に魔法陣がすぐに書ける力と道具があるということに、奈々江はひとりほっとした。
 すると、どうにもわからないというように兵士のひとりが首を左右に振った。

「恐れながら……。
 この罪人は皇女殿下に卑劣な魔法をかけようとしたと聞き及んでおります。
 その害を被ったはずの殿下がなぜ、ここまで罪人にご温情をおかけになるのでしょう?」

 その兵士を見ると、まわりにいる兵士たち一同表情は違えど、考えていることは同じようだった。
 奈々江はひとりひとりの顔を見渡して、最後にライスを見た。

「確かにライスの行ったことは罪であり、罰をうけて贖う必要があるわ。
 でも、そのことについてライスは深く反省していることをわたしは良く知っているの。
 そのような行為に及んでしまったライスの気持ちもわかる。
 だから、今はライスの力になりたい。
 簡単には人に理解してもらえないかもしれないし、陛下やブランシュお兄様も今はまだ戸惑っていらっしゃるわ。
 だけど、きっと分かり合える時が来るから。
 あきらめたり、投げやりになったりしないで、ライスには自分を大事にしてほしいの」

 ライスは急にぐっと唇を結び、目を潤ませて、なにもいわずにこくりとうなづいて見せた。
 奈々江もうなづいてみせて、その後兵士たちを見やった。

「だから、あなた達にもお願いがあるの。
 ライスのことを今すぐにすべて理解するのは無理でも、孤独のために罪を犯さずにはいられなかった、どこにでもいる普通の人間のひとりとして見守ってほしいの。
 特別に優しくしたり、無理やり受け入れようとしなくてもいい。
 ただ、嘲笑ったり蔑んだりしないで、静かにそこにいることを許してくれるだけでいいの。
 それが無理なら、ライスはわたしの兄だということを思い出してくれるだけでもいい。
 ライスはわたしにとって大事な兄のひとりだから、敬意を払ってほしいの」

 奈々江はひとりひとりの目を見つめて語った。
 兵士たちはまるで名演説を聞かされているかのように、奈々江の言葉に真摯に耳を傾けている。
 質問を投げかけた兵士が敬礼をして、靴を鳴らした。

「ナナエ皇女殿下の仰せに従います!」
「私も!」
「私もです!」

 次々に兵士たちが敬礼をして奈々江に従順を示した。

(太陽のエレスチャル効果、様々だわね)

 ほっとしたのもつかの間、背後からふたりの兵士がぐっと前にせり出してきた。

「なんと心が広くお優しいお方でしょう! 小生は殿下に命を捧げても惜しくはありません!」
「天使が降臨された……! ナナエ殿下、私は一生あなたについていきます!」
(うわっ! やばい、独身者!)

 幸いノーブルとチャイブスがすかさず間に入ってくれた。
 ひさびさに太陽のエレスチャルの威力を再確認する羽目になったが、ひとまず奈々江に心酔してくれたのなら、彼らはきっとライスの役に立つだろう。

(うう……、ごめんね、もてあそびたいわけじゃないんだよ、本当に……)

 奈々江はひとり心の中で謝っておいた。
 護送の代表らしき兵士が出立を告げる。
 馬車の窓越しに奈々江はそっとライスに手を伸ばした。
 ライスもその手を受け、ぎゅっと握った。

「また近いうちに会いましょう」
「はい、そのとき秘密の相談事について詳しくお聞かせください」

 互いにくすっと笑い、手を離した。
 ライスが馬車に乗り込む。
 すぐに裏門が開き、馬車とそれを取り囲む騎馬兵たちが門を出ていった。
 門が閉まると、そこにはもうライスはいない。

(さて、ブランシュは今どこにいるのかしら)


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